日本の平均賃金は、何故上がらないのか(後編)

2022年1月28日

 桂川 雅夫

 それぞれの主張の根拠を裏つけるデーターが示されたわけではないし、いずれが正しいとかを論ずるつもりもないが、正直のところ本当にそれだけなのかという疑問が起きた。

 なぜかと云えば、例えば、2022年の1月中旬のニュース番組で、2021年の米国での新車販売台数はGMが約231万台に対しトヨタが約232万台と、1931年からGMが保ってきた王座の地位を、初めてトヨタが奪ったという報道があった。トヨタ全社員の努力に対し敬意を払うと同時に、そのニュースは米国民にとって不愉快なものであろうことを理解するものだ。

 処(ところ)で、そのすべてのトヨタ車が米国製か一部が米国外での製造車かどうかについての情報や、各車種の総コストの内訳は当然トヨタの企業秘密であろうから、発表されていないので分からないが、トヨタは米国に複数の工場を持っているから、その多くは米国国内産だろうと思う。

 という事はその製造にあたり、支払われる人件費(労務費)は当然米国の自動車産業の賃金水準であろう。だとすれば上述とおり日本の平均賃金が、おおざっぱに云うと米国のほぼ半分だという数字が発表されていることから、当然日本の自動車産業の平均賃金水準以上のものであろう。

 仮に同じ車種が日米両国で造られているとすれば、又仮に調達する部品コストが同じであれば、労務費分の差だけ米国産の車は割高になっているはずである。総コスト中の労務費の占める割合が若しも極く僅かであれば、日本で米国並みの賃金を払えないはずはないし、若しも労務費が総コストに対して比重が大きければ、米国並みの労務費を日本で払えば、その差だけは割高になるとしても、米国でGMを凌駕するほど売れる車種なら、米国と同じ価格レベルとなる価格つけをして、日本の平均賃金の上昇の停滞が世界的に話題となっている折なのだから、日本全体の賃金を引き上げの先鞭役を担う様なことを、日本産業界のリーダー的地位にあるトヨタが配慮をし、岸田政権の新資本主義の実現に力を貸すという事が出来ないものかである。

 それはトヨタにとって米国では既に結果も確認していることであり、米国でと同じことを日本で行う意思があるかどうかというという事だ。(新しい価格付けという点で、上記で述べなかったが、1月19日のNHKニュースの放映の中で、日本の車の価格の話があり、メーカー名は不明だが或る車種が以前200万円程度だったが、同じ車種が今や2割アップどころか、370万円になっており、これでは日本の若者は車を買えないという話があったからだ。)

 日本の経済評論家なる人達も日本の平均賃金の上がらない理由を論ずるだけでなく、どうしたら引き上げられるかの可能性も含めて、実態を検証して論じ提案をして欲しい。そういう観点から、上述した様な事柄以外に、日本で賃金が上がらない最大の原因は、下記ではないのだろうかと思考する次第であるが、経済学者というか、社会学者のご意見を伺いたい。

 一般論として、日本の雇用市場は流動性は諸外国に比して極端に少なく、日本企業の多くでは、担当部門を掌握する役員ですら、自分の秘書すら独断で採用することは出来ない。即ち、採用権も解雇権も持ち合わせていないので、社員の採用は最高経営者や人事担当役員や人事部が行っているケースが多い。営業部長も部下の賃金や待遇も勤務時間も決める権限を持っていない、まして功績の顕著な部下の特別賞与などを自ら決めるなどの権限もない。

 それに対して野球や、相撲などのスポーツ界や、芸能界などは、能力を数字で示すとか、人気度を以て興行成績が或る程度(ある程度)客観的に測る方法が有るから、それぞれの待遇に差がある事を納得させやすいが、そうでない一般企業の場合は、特に日本的な終身雇用を前提とした企業で定時の一括採用で入社した社員は、配属部所の選択権が当人に有るケースは少なく、運不運もあり、昇進にも差が出やすい。

 従って待遇面(特に賃金面で)あまり大きな差が生じる様な給与体系を作れないという事になりがちである。そういう事で実際よくあるケースは部長待遇とか部長代理とかという称号で、優秀な部下を部長なみの給与面で処遇をして本人を納得させて引き留めてきたのが、少なくともこれまでの日本企業の実態だった様に思う。

 欧州でもそうだが特に米国では、自分の特性を見極めるとか、自分に適した職場を見つけるために、32歳になるまでの間に1~2回の転職をする事は当たり前だと云われている。役職者が敵対企業先に移動するなども時にある。これからの日本がどう変わるかにもよるが、少なくとも今までの日本では、転職は例外的であり、自分に向いていない職場で一生がまんするか、或いは退職しても職を見付けられずで引きこもりになると云う事態が往々に起きている。

 最近よく学びなおしとかと云うが、40歳に近くなって再教育とかと云つても、簡単に出来ることではないし、改めて再教育を受けなくても既に備わっている特性を売り込むチャンスがある様な流動的な雇用市場があれば、又適職を見つけるために転職することを厭わない社会習慣があれば、又待遇面でも納得出来る賃金を得られやすくする様な解放された市場が日本に出来れば、又定時採用よりも途中入社が一般化される様な労働市場の流動性が増せば、更に必要なスキルを持った人間をボスが自分で選ぶことが当たり前の様な企業が多く出てくれば、賃金は自ずと他国並みになると思う。

 そうなるためには、ある程度時間がかかるだろうと思うが、日本のIT産業ですら海外との比較で、未だ閉鎖的であり賃金面で遅れているとすれば、若しもこのまま日本の社会習慣の改革が期待できないようなことになれば、今後も日本の平均賃金はあまり上がらず、26位どころかもっと順位は下がり、G7どころかG20にも入らない、後進国並みとなってしまう事を危惧する。

 有識者から日本の賃金が上がらない主たる原因として、又上げるための方策として、今までの日本の雇用形態や社会習慣が変わる必要が有る、という様な見解が全く出されなかったのは何故なのだろうかと、疑問に思っている。

 海外に居ても祖国の繁栄を願う者の一員として有識者に問う次第である。

 (完了)

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