第59回 「母語」の不思議

忘れえぬ記憶

 年齢を重ねたシニアは、よく昔の話を繰り返す。これは脳の記憶を司る部分に、過去の出来事が何度もよぎるからで、そのため昔の事は鮮明に覚えている。一方昨日や今朝のことは、旋回回数が少ないため記憶に残らないのだとか。医学的な真意は不確かだが、聞きかじりのこんなセオリーには「なるほど!」と思え説得力がある。

 これで思い出すのは、昔ドイツ系のカナダ男性と国際結婚した日本女性の義母にまつわる話である。しっかり者のこの老夫人がカナダに移住したのは12,13才の幼い頃だった。もちろん初めこそ英語に慣れるのに子供なりの苦労はあったようだが、すぐに英独両語を完璧に使いこなせるバイリンガルとして成長した。

 ところが老齢期に入り85才頃から認知症の症状が出始めると、英語がすっぽりと抜け落ち、ドイツ語のみでしか用が足せなくなってしまった。ということは、息子の日本人妻とは会話が成り立たない。あれほど頭脳明晰だった義母の変わりように、彼女はただ唖然としたが、息子とは最後まで心の通うコミュニケーションが出来たと言う。

 もちろん人によって千差万別とは思うものの、母語とは不思議なもので、幼少期に育まれた言語は何年経っても忘れることなく記憶に残るようだ。

奪われた言語 

 話しは飛ぶが、去年の春カムループス市の元Indian Residential School(IRS)の跡地から、墓標のない先住民(含メティス/イヌイット)の子供の遺骨が何体も発見された。それを皮切りに各地に残るIRSの多くの跡地に同様な墓地が幾つも存在することが分かり、ショッキングなニュースとして世界に流された。

 周知の通り北米は、元々は先住民が住む土地に欧州を中心とした国々から多くの白人が移住して成り立ったのである。カナダも歴史的な紆余曲折の末に、John A Macdonald氏が1867年に初代首相に選出され建国のために功績を残している。だが残念ながらその中の最大で最悪の政策の一つは、欧州人と相いれない先住民に白人社会への同化を強制した事である。その手段として4~16才までの子供を親元から離し、寄宿生活をさせて言語、文化、宗教など、彼らがよって立つ軸とする物すべてを剥奪した。1996年には全国で15万人以上が在籍したと言う最後のIRSは閉鎖された。

 だがその間に子供たちは、受け継いだ先住民の言語使うと体罰を受けるなど厳しく制限され、英語のみの教育を施された。そのため家族や種族内の世代間のアイデンティティの喪失が生じ、後々までトラウマを抱えての生活を強いられることになったのである。

UNESCOの活動

ユネスコロゴ。Photo Photo courtesy of UNESCO
ユネスコロゴ。Photo Photo courtesy of UNESCO

 折しも今年はUNESCOの分科会が、向こう10年に渡り活動する「International decade of Indigenous Languages 2022‐2032(国際先住民言語年2022-2032)」の初年と位置付け、カナダにイニシャティブを執ることを薦めている。

 その理由は北方のNunavut準州では、人口(約39,000人)の70%は先住民語のInuktitut語を話しているにもかかわらず、学校での教育は英語のみ。そのためシニアが緊急で911に電話しても、オペレイターは出来ない等の不具合が生じているのである。ケベック州が仏語の存続に躍起になっているように、今後は国策として英仏の二言語国家から、Inuktitut語を加えた三言語国家にすべきであるとアドバイスしている。

 統計によると、現在世界には7000に及ぶ異なった言語が存在するが、そのうちの40%は滅亡の危機に晒されていると言う。恐らく日本のアイヌ語もその一つと言えるのではなかろうか。

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サンダース宮松敬子 
フリーランス・ジャーナリスト。カナダに移住して40数年後の2014年春に、エスニック色が濃厚な文化の町トロント市から「文化は自然」のビクトリア市に国内移住。白人色の濃い当地の様相に「ここも同じカナダか!」と驚愕。だがそれこそがカナダの一面と理解し、引き続きニュースを追っている。
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