第46回 核兵器と言う魔物

核兵器科学者の暗殺

 先月末、イランの核兵器開発疑惑の総指揮者と思われていた科学者モフセン・サクリザデ氏が暗殺され、30日にテヘランで葬儀が行われた。ニュースは世界に流され、イランはイスラエルの仕業だとなじり、米国が大統領選でドタバタとやっている時機であったことから、緊張が一気に高まった。

 イスラエルやイランを含む中東の国々の関係は、歴史、外交、宗教、政治、経済など多方面の問題が複雑に絡み、スンナリと理解出来ない事が多い。特にこの暗殺事件のように対立した両国の間で起こる問題は複雑だ。一般的にはイスラエルがイランの核開発を遅らせ、打撃を与える為だったとみられているが、核を巡るこうした争いは醜さを増す一方である。イランのロウハニ大統領は「適切な時期に何らかの形で報復する」としている。何とも怖い話だが、犠牲になるのはいつも罪のない一般人である。

 ウィキペディアの情報によれば、現在世界で核兵器(原子爆弾や一部の国は水素爆弾)保有を認めている五大筆頭国は、アメリカ、中国、イギリス、フランス、ロシア。次いでインド、パキスタン、北朝鮮も保有を表明しており核実験を行っている。

 この他にも公式に保持を宣言していないものの、疑惑を持たれているのは上記のイスラエルであり、またイランは1960年代から核開発計画があったと言われているが、その後紆余曲折を経て2006年に正式に核開発を認め平和利用のためと主張している。

核兵器禁止条約

トロント在住の被爆体験者で反核運動家のセツコ・サーロー氏
トロント在住の被爆体験者で反核運動家のセツコ・サーロー氏 ©︎ Keiko Miyamatsu Saunders

 Covid-19に振り回されたこの一年の中で、数少ない嬉しいニュースの一つは、10月24日に核兵器の保有・使用に加え威嚇まで禁じる核兵器禁止条約の批准国/地域が、発効条件の50になったことである。来年一月には条約が発効される運びとなる。

 これは2017年にノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の地道な活動も大いに影響しているのだろう。このグループの中心人物の一人で、広島での被爆体験を持つサーロー節子さんが、授賞式で力強いスピーチを行ったことは忘れられない。

 だが周知の通り日本は世界で唯一の被爆国であり、東日本大地震では福島で原発事故が発生し未曽有の被害を被っている。これ程の体験をしながらも、いまだに日本は条約に批准していない。通説では核兵器は持たないものの、自らを守るために核保有国のアメリカの傘に頼っているからと言う。

岸田文雄元外務大臣が出版した『核兵器のない世界へ 勇気ある平和国家の志』 
岸田文雄元外務大臣が出版した『核兵器のない世界へ 勇気ある平和国家の志』 (https://www.nikkeibp.co.jp/atclpubmkt/book/20/279800/)

 今秋の安倍氏退陣後に就任した菅義偉新首相は、長い間の安倍路線の継続をするばかりで、核問題迄考える等は荷が重く期待できそうもないのは残念なことである。核保有国と共に条約に加わらない日本の姿勢を、今後更に問われることになるのは必須だろう。関係者からは、日本は合法のままにしているとみられても仕方がないと言われている。

 そんな中唯一希望が持てるのは、首相選で争った岸田文雄元外務大臣が、『核兵器のない世界へ 勇気ある平和国家の志』と題する著書を10月に出版したことである。日米の関係を理解しながらも、被爆から75周年と言う節目に、政治家として未来に向けてこれから日本が目指すべき姿を説いているという。

平和首長会議(Mayors for Peace)

 こうした国際政治レベルでの動きとは別に、市井の人々が係わる核兵器反対の活動に、平和首長会議というのがあるのを知っている人は大いに違いない。

 筆者は物書きとして、世の中の動きを日々追うことを怠らないように努力はしているものの、時には知るべきニュースの概要がうろ覚えであったりする。その一つがこの世界規模で展開している平和首長会議(http://www.mayorsforpeace.org/jp/outlines/)である。

 その詳細な知識を得たのは、2018年にビクトリア市の北に位置するSaanich市(以下S市)の、Richard Atwell前市長を訪ねたことがきっかけであった。当時S市は、広島県の廿日市市と姉妹都市関係を結ぶ気運が高まっていて、前市長はとても乗り気であった。それを耳にした私は、その本気度を確かめたかったのである。加えて西海岸を中心としたカナダ日系史のグループによる邦訳(「希望の国カナダ・・・、夢に掛け海を渡った移民たち」)を終えた時であったため、将来S市に日本から表敬訪問があった際に、お土産として贈呈出来るのではないかと思い会見を申し込んだ。

 その折りに前市長は「日本で被爆した銀杏の木から取った種が苗に育ち、当舎の前庭に一本植わっている」と言い自ら案内してくれた。

S市の庁舎前庭の銀杏(2018年9月)
S市の庁舎前庭の銀杏(2018年9月)©︎ Keiko Miyamatsu Saunders
二年後の銀杏(2020年10月)
二年後の銀杏(2020年10月)©︎ Keiko Miyamatsu Saunders

 廿日市市は広島市と隣接しているため、私はその被爆の苗は廿日市市から直接S市に贈られた物とすっかり勘違いし、2019年1月の当コラムに書いたのである。それを読んだ廿日市市の職員の方が、大部経ってから、市には苗を送った記録がないと知らせて下さった。

 そこでこの秋私は、自分の勘違いを正すため各方面に問い合わせた結果、同じバンクーバー島内にあるOak Bay市が広島から贈られた苗を、S市にお裾分けしたことが分かったのである。更にはそこにも立派に育った一本の銀杏が生育しているのを目撃することが出来た。

Oak Bay市内の銀杏(2020年7月)
Oak Bay市内の銀杏(2020年7月)©︎ Keiko Miyamatsu Saunders

 こうして被爆地広島が世界に送った銀杏の苗は、多くの国の町々で力強く育っているのを知ったのは、私にとってこよなく嬉しいことであった。現在世界の平和首長会議への加盟都市数は7974に上り、カナダも109都市が参加している。

 この世界中の多くの人々の思いが、今後も核無き世界を願う末永い草の根の運動として引き継がれて行くことを心から願っている。

付記:S市と廿日市市との姉妹都市提携案は、その後の地方選挙でAtwell 氏が落選したことで頓挫した。

サンダース宮松敬子 
フリーランス・ジャーナリスト。カナダに移住して40数年後の2014年春に、エスニック色が濃厚な文化の町トロント市から「文化は自然」のビクトリア市に国内移住。白人色の濃い当地の様相に「ここも同じカナダか!」と驚愕。だがそれこそがカナダの一面と理解し、引き続きニュースを追っている。
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