大塚圭一郎

世界で2番目に大きな国土を抱えるカナダには、鉄道利用とは縁遠い地域がある。その一つだと信じ込んでいた西部ユーコン準州の州都ホワイトホースを2024年9月に訪れたところ、宿泊したホテルの目の前に想定していなかった駅舎風の建物がそびえ、線路が延びている。ユーコンでゴールドラッシュがわき起こった後、一攫千金を狙った夢追い人たちを運んだ鉄道路線がホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車として健在だったのだ。「ゴールドラッシュ時代の列車を追体験したい」という私の「夢」の行方は―。
【ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルート】アメリカ西部アラスカ州スカグウェイの港とカナダのユーコン準州の州都ホワイトホースを結ぶ鉄道路線。1896年にユーコンのドーソンシティーで金が発見されたことでゴールドラッシュが起こり、金の採掘を目指す開拓者らを運ぶため1900年に完成した。船舶でスカグウェイに到着後、険しい峠を越えてホワイトホースまで列車を利用し、ユーコン川を下ってドーソンシティーへ向かって金を掘り当てることを狙った。
1982年にいったん運行停止したが、88年に一部区間が観光列車として復活した。現在は毎年5月下旬から9月中旬までの夏期に、スカグウェイとカナダ西部カークロスの間を、ディーゼル機関車または蒸気機関車(SL)が客車をひく観光列車を運行している。旅行方法では全区間を列車で往復する行程のほか、途中駅での折り返し運転、列車とバスを組み合わせたツアーなども販売している。
「駅舎」なのに列車は…

ユーコン川に沿った建物は木造2階で、屋根に「ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルート」の看板を掲げている。建物には「ホワイトホース ユーコン」の表示もあり、脇には短いプラットホームもあるため「ここを観光列車が行き来するのだろう」と駅舎としての役割を想像した。
だが、私が訪れた夕方に建物は施錠されており、人けもなかった。そこで近くのユーコン準州の観光案内所を訪れ、窓口の女性にあいさつをすると「ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの列車は何時に出発するのかご存じですか?」と質問した。すると、想定していなかった答えが返ってきた。
「あの建物の場所からはもう列車は走っていないの。でも、列車に乗るツアーは今の時期は毎朝出発しているわ」
列車が走っていないのに、列車に乗車するのはどうして可能なのだろうか。駅舎風の建物の扉は漫画「ドラえもん」のひみつ道具「どこでもドア」になっており、扉の向こうに列車が待ち受けているとはさすがに思わなかったものの首をかしげた。
すると、合点がいっていないのを直ちに察した女性は、笑みを浮かべながら付け加えた。「朝になるとあの建物の前にバスが来て、乗客をピックアップしてスカグウェイへ向かうの。そこから列車に乗るのよ」

建物は厳密には「元駅舎」で、今は事実上のバスターミナルとして機能していたのだ。このホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートはスカグウェイからホワイトホースまで運行していたものの、1982年にいったん運休。その後、ゴールドラッシュ時代に開拓者たちがたどった“ゴールデンルート”を追体験する“舞台装置”として復活し、ホワイトホースの南70キロ余りにあるユーコン準州カークロスとスカグウェイを結ぶようになった。
しかしながら、列車はホワイトホースまで戻ってこなかった。代わりに夏期の観光シーズンに列車とバスを併用する“ハイブリッド”のツアーを販売しているのだ。
ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの公式ウェブサイトによると、行程はバスでホワイトホースを午前7時半に出発し、10時にブリティッシュ・コロンビア州フレイザー着。列車に乗り換えて10時15分に出発し、国境を越えたスカグウェイまでの約45キロを1時間半余りで走る。2時間余りのスカグウェイ観光を楽しんだ後、午後2時にバスで帰路について5時半にホワイトホースに戻る。

料金は大人1人当たり170アメリカドル(1ドル=144円で2万4480円)だから安くはないが、優れた鉄道旅行を表彰する賞「鉄旅オブザイヤー」の審査員が2024年度で12年目になった愛好家として到底放っておけない。情報を知った瞬間、私にとって追い求める「夢」は金、もとい列車となった。
直談判、返ってきた答えは
ただ、サイトには気になる記載が2点あった。1点目は「表示料金で購入するには24時間前までに購入してください」と書かれていることで、もう1点は電話での予約受付時刻がアラスカ州時間で午前7時から午後3時と既に過ぎていたことだ。
表示料金の期限を過ぎており、予約可能な時間も過ぎている。案の定、記されていた電話番号にかけても通じなかった。
「予約受付時刻を過ぎているので無理でしょうね」と残念がる私に、女性はこう勇気づけてくれた。「明日朝に直接行ってみたら。当日でもツアーに入れてくれるかもしれないわよ」
確かに人の良いカナダ人は、融通を利かせてくれることが往々にしてある。バス乗り場で「当日料金でもいいので乗せてください」と直談判すれば、もしかすると受け入れてくれるかもしれない。
「アドバイスをありがとうございました。明日の午前7時に行ってみます」と伝え、翌朝にいちるの望みをつないで旧駅舎に向かった。
旧駅舎の建物の扉は既に開いており、中に入ると窓口で女性が対応していた。そこで、「予約していませんが、参加したいです。代金はここで支払います」と切り出した。
女性はきっぱりと応答した。「それは無理です。前日までに予約していなければ参加できません。アメリカ当局に参加者の名簿を前日に提出しており、そこに名前がない方は受け入れられません」
国境をまたぐので、管理が厳格なのだ。それでも「この通りパスポート(旅券)を持っており、(アメリカのビザ免除プログラム)ESTAも取得しています」と食い下がったが、「名簿にない方の参加を認めることはできません」となしのつぶてだった。
無理難題の依頼だったのかもしれないが、カナダでは珍しくきっぱりとした「ノー」の言い方だった。その理由に気づいたのは、バスが出発する時だった。
窓口にいた女性も乗り込んだバスは、アラスカ州のナンバープレートだったのだ。ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートはアラスカ州が拠点で、ツアー時にはアメリカ人の係員がホワイトホースまで来て対応しているのだ。
「あの断り方はアメリカ流だったのだ」と考えると、アメリカに通算10年間住んでいた私には妙に合点がいった。おそらくカナダ人ならば無理な場合でも、「まだ乗れる日もあるので予約をお待ちしています」といったフォローをしてくれた可能性が高い。
肩を落としたものの、親愛なるカナダ人にお門違いの不信感を抱かなくて済んだことに胸をなで下ろした。
独特の鐘の音色、その正体とは

こんな展開も想定した私は「プランB」を選択し、ホワイトホース空港行きの路線バスに乗り込んだ。前日にエア・カナダでホワイトホース空港に着いた後、近くに旧カナダ太平洋航空(現エア・カナダ)のプロペラ機「DC3」が屋外に保存されているのに目が釘付けになった。そこは「ユーコン交通博物館」で、訪問したいと思っていたのだ。


交通を通じて紹介したユーコン準州の歴史と自然を学ぶのはとても有意義で、その一角にはホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートで使っていた客車や資料も展示されていた。客車の座席に腰掛け、列車からの車窓映像を眺めた。ユーコンの大自然の山岳部の断崖絶壁を縫うように鉄路が続き、先人たちが大変な労力を投じて完成させたであろう巨大な橋梁を列車が渡っていくスリルに満ちた映像に引き込まれていると、まるで客車に乗り込んで「ゴールドラッシュ時代の追体験」をした気分になった。「搭乗拒否」の鉄槌を受けた失望感も雲散霧消し、すっかり気分が晴れて博物館を後にした。

翌日は団体のツアーで、カークロスを訪れた。ゴールドラッシュ時代の建物が残る街並みは風情があり、広場にはシャチやカエルなどを彫った柱「トーテムポール」が先住民文化を伝える。脇にあるベンチに腰掛けると、なんとウィリアム英王子夫妻(当時、現皇太子夫妻)が2016年にユーコンを訪れた時に着席した「貴賓席」だった。なんと恐れ多い!

野心でギラギラした男たちが集うゴールドラッシュ時代を思い浮かべていると、「カンカン…」という独特の鐘の音色が聞こえてきた。「あの音はもしや…」と聞こえてくる方角へ早足で向かうと、想像した通りだった。
緑色と黄色のツートンカラーで彩られたディーゼル機関車が茶色のレトロ風客車をひくホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車だった。前日に交通博物館で眺めた車窓の映像と、眼前の列車が結びついて乗り鉄気分を味わうことができた。この瞬間に完全ではないものの、私が追い求めた「夢」が半ば実現した。

降りてきた観光客たちの多くが列をつくったのは、「24種類の伝説のアイスクリーム」との看板を掲げたアイスクリーム店だった。
私の「夢」はゴールドラッシュ時代をしのばせる列車に乗ることで、それを成し遂げた列車の乗客たちが目当てにしたのはアイスクリーム。一攫千金を追い求めた開拓者たちはあの世から私たちを見下ろし、「後世の連中はずいぶんと小粒になったものを追い求めているんだな!」とあざ笑っているかもしれない。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。