
カナダで暮らす日本人にとって、医療や介護、心の不調に直面したとき、日本語で相談できる先を見つけることは容易ではない。
在留邦人が直面している医療や生活上の課題について、医療・福祉・教育・心理分野の専門家らが連携し、情報共有を通じて邦人医療支援に取り組むネットワークJAMSNET-CANADAに話を聞いて、まとめた。
在留邦人が直面するカナダの医療制度
カナダの医療制度で、日本から来た人が戸惑いやすい点の一つが、受診の仕組みの違いである。日本では、目の不調であれば眼科、腹部の痛みであれば消化器内科と、症状に応じて専門医を直接受診することが一般的だ。一方、カナダでは、症状の種類にかかわらず、まず家庭医(ファミリードクター)を受診し、必要に応じて専門医への紹介を受ける仕組みが基本となっている。
この制度の下では、家庭医を持たない人が受診先の確保に苦労する場合がある。留学生など短期滞在者や移住直後の人は家庭医を持てないケースが多い。
そうした人でも利用できるのが、予約なしで受診できる「ウォークインクリニック」。診察や薬の処方が受けられる一方で、専門医による診療は行われていない。症状に応じて専門的な検査や治療が必要と判断された場合は、家庭医や病院を通じて専門医の紹介を受ける必要がある。
このため、専門医の診察にたどり着くまでに時間がかかるケースが多い。実際に数カ月、地域や診療科によっては1年以上待つ例があり、カナダの医療制度が抱える課題の一つと言える。
JAMSNET-CANADAが実施している在留邦人向けのアンケート調査でも、こうした待ち時間の長さを不安要因として挙げている人が多い。
体調がすぐれない中で、制度を理解し、受診の流れを自ら調べなければならない負担は大きく、その結果、日本に一時帰国して検査や治療を受ける選択をする人もいる。
言語や文化の違いが壁となるメンタルヘルス
在留邦人が直面する医療を巡る問題の中でも、メンタルヘルスは、言語や文化の違いが影響しやすい分野である。身体的な不調と異なり、症状を検査値などで客観的に示すことが難しく、相談や支援は本人の言葉による説明を前提として進められるためだ。
カウンセリングでは、血液検査や画像診断のように数値や画像で状態を共有することができず、自身の感情や置かれている状況を言葉で伝える必要がある。日常会話程度の英語力があっても、「何がつらいのか」「どのように感じているのか」といった抽象的な感情を英語で正確に表現することに難しさを感じる人は少なくない。
さらに、言語の問題に加えて、日本人特有の文化的背景が影響する場面もある。日本人の相談者の中には、心身の不調や悩みを抱えていても、「日本にいる家族に心配をかけたくない」「迷惑をかけたくない」と考え、家族には状況を伝えないまま一人で抱え込むケースがあるという。
一方、北米では困りごとがあれば家族や身近な人に相談することが自然だと受け止められることが多い。こうした前提の違いが十分に共有されないままカウンセリングが進むと、相談者の背景や心理が十分に伝わらず、話がかみ合わない。
過去には、JAMSNET-CANADAに会員を通じて性被害に関する相談が寄せられたケースがあった。被害を受けた本人は精神的に余裕のない状態で、英語で情報を探し、相談先を見つけること自体が大きな負担になっていたという。
この相談をきっかけに、カナダ各州にある性被害サポート団体について、日本語対応の可否を含めた情報を整理し、ウェブサイトやSNSで共有した。当初はトロント周辺の支援窓口を中心に紹介していたが、後にブリティッシュ・コロンビア(BC)州向けの連絡先も追加したところ、BC州に関する情報へのアクセスが特に多かったという。
支援制度が存在していても、英語で助けを求めることへの心理的な負担や、どこに相談すればよいのか分からない状況そのものが、支援につながるまでの大きな壁になっている。
こうした課題を背景に、JAMSNETではこれまで、「高齢者支援ネットワーク」と「メンタルヘルスネットワーク」の二つの分科会を設け、分野ごとに在留邦人が直面する問題の整理や情報共有を進めてきた。さらに2025年には、国や地域を越えた連携を強化する枠組みとして、新たに「ワールド・メンタルヘルス・ネットワーク」が発足した。
第1回総会には、世界5地域からメンタルヘルス分野の専門家が参加し、それぞれの地域で見えている課題や支援の実情について意見が交わされた。今後は、世界各地にいる日本語で対応可能なカウンセラーの把握やリスト作成などを進め、必要なときに適切な支援につながりやすい体制づくりを目指すとしている。
日本にいる家族の介護をどう支えるか
カナダでの生活が長くなる中で、医療や心のケアに加え、日本に住む家族の高齢化に直面する在留邦人もいる。親が認知症などにより支援を必要とするようになっても、カナダに生活基盤があるため、日本とカナダを頻繁に行き来することは簡単ではない。現地の介護制度や支援サービスの情報収集や家族との調整を離れた場所から行わざるを得ない状況に置かれる人もいる。
こうした状況を受けて、2023〜24年にカナダ公衆衛生局の助成を受け「認知症サポーター養成プロジェクト」が実施された。これは、認知症について正しい知識を持つ一般市民を「認知症サポーター」として育成し、地域全体で認知症の人や家族を支えることを目的とした取り組みである。

プロジェクトでは、カナダ国内9都市で認知症に関するワークショップを開催し、約830人が参加した。内容は、日本の厚生労働省が推奨する、認知症の初期段階から地域で支援につなげる仕組み「チームオレンジ」の考え方を参考に構成され、認知症への理解を深めるとともに、日常生活の中でどのような支え方ができるかを学ぶ機会とした。
モントリオールでは、この取り組みを通じて生まれたつながりを継続するため、「チームオレンジ」交流会が月1回程度開かれている。2026年にはトロントで日系人高齢者およびその家族、介護者を対象とした「認知症サポートプログラム」が始まる予定だ。
ワークショップ後のアンケートでは、認知症への理解が深まったとする回答が多く寄せられた一方、認知症であることを近隣や地域の人に打ち明けることへの抵抗感を示す声も半数以上を占めた。また、日本語で利用できる医療・介護情報が限られていることや、認知症に対する社会的な理解が十分でないと感じている参加者もいた。
こうした声を踏まえ、日本とカナダ双方の知見を整理した「カナダ在住日本人・日系人のための『遠距離介護ハンドブック』」が作成された。多分野の専門家との勉強会を重ね、実務的な内容をまとめたもので、今後は希望者にどのように共有していくかが検討されている。
情報をどうつなぎ、どう生かすか

カナダでは、医療やメンタルヘルス、被害者支援などの公的・民間サービスが一定数用意されている。一方で、案内が英語のみということも多く、その存在自体に気づけない在留邦人がほとんど。情報にたどり着いたとしても、英語で相談することへの心理的な負担から、自分には利用できないと感じ、支援につながらないまま抱え込んでしまうケースも少なくない。
2026年は、世界各地のJAMSNETが集まる「第13回JAMSNETワールド会議」が、カナダの首都オンタリオ州オタワ市で開催される予定だ。各地域での在留邦人支援の取り組みや課題を共有するほか、安全、発達障害、マリッジ・ファミリーセラピーなどをテーマにしたセミナーも企画されており、オンラインとリアル会場で誰でも参加できる。
またJAMSNETでは現在、在留邦人が医療や健康面でどのような不安や困りごとを抱えているかを把握するためのアンケート調査も行っている。寄せられた声をもとに、今後の情報発信や支援のあり方を検討するという。アンケートの回答は以下のリンクから。
https://forms.gle/2hvdtDwqKxAyqCVC9
JAMSNET-CANADA
JAMSNET-CANADAは、カナダに暮らす在留邦人の医療や健康、生活上の課題について、専門家同士の情報共有と連携を目的に活動する団体。母体となるJAMSNET(Japanese Medical Support Network)は2006年、在留邦人の心身の健康と生活を支援する非営利団体としてニューヨークで設立された。
2014年、JAMSNET-USA創設者の一人である仲本光一医務官が在カナダ日本国大使館に着任したことを契機に、カナダ拠点としてJAMSNET-CANADAが発足。現在、JAMSNETのネットワークは北米をはじめ世界6地域に広がっている。
専門家同士のネットワークを基盤に、一般向けセミナーやウェブサイト、ソーシャルメディアでの情報発信を通じて、在留邦人が必要な支援や情報につながるための環境づくりに取り組んでいる。
https://www.facebook.com/jamsnetcanada
(取材 田上麻里亜)
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