カナダ・バンクーバー市と横浜市の姉妹都市提携60周年を記念したイベントが、12月5日(日本時間12月6日)に行われた。
バンクーバーからはバンクーバー在住の社会人やブリティッシュコロンビア大学(UBC)の学生、横浜市の海外留学支援制度を活用してカナダに留学中の高校生が、横浜からは市内在住・在学の中学生以上の参加者が集まり、計45人が参加した。

第1部ではバンクーバーと会場になった横浜市金沢区の金沢動物園・ののはな館をオンラインでつなぎ、バンクーバーでの暮らしや学び、海外で働くことについて参加者が語った。
オンライン講演会終了後は、第2部として会場の参加者を対象に動物園内を周るツアーが行われ、バンクーバーから寄贈されたトーテムポールやカナダにも生息するオオツノヒツジを巡り、姉妹都市のつながりに触れる機会となった。
バンクーバーと横浜 約140年続くつながり
バンクーバーと横浜の関係は1887年に横浜港からバンクーバーへの太平洋航路が就航したことをきっかけに始まった。横浜港から多くの日本人がカナダに渡航し移民した歴史的な背景を踏まえ1965年に姉妹都市に、1981年にはバンクーバー港と横浜港が姉妹港提携した。両市はUBCと市立大学の学術協力や高校の姉妹校提携など若者の交流を中心に、バンクーバーからは少年少女野球チーム「朝日」(旧バンクーバー新朝日)が訪問するなど、双方向の交流が続いている。2015年の姉妹都市50周年には横浜市林文子市長(当時)がバンクーバーを訪問。グレゴール・ロバートソン市長(当時)と友好交流の覚書に署名した。
今回のイベントはバンクーバー市と横浜市の姉妹都市提携60周年を機に、両市の未来を担う若い世代のさらなる交流の場として企画された。海外の異なる文化や両都市が抱える共通の課題に触れるきっかけを提供することで、グローバルな視野を持つ人材の育成につなげる狙いがある。
主催は横浜市国際局、協力はバンクーバーから日本カナダ商工会議所。
在住者が語る多文化社会バンクーバーで働くこと
最初に講演したのは、横浜市出身でバンクーバー在住6年目の榎本彩乃さん(日本カナダ商工会議所所属)。カナダ渡航直後に新型コロナウイルスのロックダウンに巻き込まれ、限られた環境で生活を始めることになったという。しかしその後、勉強やアルバイトに加えてボランティア、インターンにも積極的に取り組み、現在は日本産品のマーケティング業務に携わっている。
カナダで働く中で「日本の感覚にとらわれず、違う文化の視点から物事を考えられるようになった」と語り、多文化環境で働く中で得た視点を述べた。また、日本では相手の気持ちを察することが重視される一方、カナダでは言葉で伝えなければ意図が共有されないと説明し、「自分の当たり前は相手の当たり前ではない」と文化の違いを説明した。
学生が感じるバンクーバーと日本
続いて、UBCの学生団体「UBC Japan Association」の学生2人がプレゼンテーションを行った。同団体には約300人が所属し、日本文化をテーマにしたイベントを企画している。
学生たちは、バンクーバーでは豊かな自然環境を背景にランニングやハイキングが日常に組み込まれていることや、街中で見知らぬ人同士が気軽に会話を交わす文化があると紹介。バス停やレストランの待ち時間でも自然と会話が始まるなど、日本ではあまり見ない光景などを話し、日常の文化の違いについて触れた。
また価値観の違いについても、多様な意見をまず受け入れてから考える姿勢が尊重されると、多文化社会を基盤にしたコミュニケーションが定着している点を強調した。
一方、カナダで生活して見えた日本の良さとしては、礼儀や周囲への気遣いが日常の中で自然に行われている点を挙げた。元にあった場所に戻す、使った場所を来た時よりもきれいな状態にして次の人に渡すといった、周囲への配慮が行動として表れている。
食文化についても、「いただきます」という言葉や、「一粒のお米に七人の神様がいる」という考え方を例に挙げ、日本では食べ物や日常生活の中で感謝の気持ちを持つ文化があると説明した。
後半には、横浜市の海外留学支援制度を活用してカナダに留学中の高校生3人が留学生活で得た気づきを紹介した。質疑応答では海外でのコミュニケーションや文化の違いに関する質問が多く出た。
横浜市国際局政策総務課欧州米州担当課長の川島とも子さんは、「今後も横浜市国際局では、バンクーバーを知り、友好交流を一層深める取組を進めていきます」と、継続的に交流事業を推進していくと語った。
(取材 田上麻里亜)
合わせて読みたい関連記事





























