「アジア太平洋財団のカナダとアジアをつなぐ役割はこれからますます重要に」クリスティ・ナカムラさんインタビュー

東京のカナダ大使館で行われた式典であいさつするクリスティ・ナカムラさん。2025年5月22日、東京。写真提供 アジア太平洋財団トロント支局
東京のカナダ大使館で行われた式典であいさつするクリスティ・ナカムラさん。2025年5月22日、東京。写真提供 アジア太平洋財団トロント支局

 カナダとアジアを結ぶ重要な役割を担うカナダ・アジア太平洋財団(Asia Pacific Foundation of Canada)。ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市にヘッドオフィスを置き、オンタリオ州トロント市に支局を置く。

 今回は同財団中央カナダオフィス副会長のクリスティン・ナカムラ氏にトロントオフィスで今年4月に話を聞いた。ナカムラ氏は東京生まれの日系3世。外交官として在日・在韓カナダ大使館に勤務した経歴を持つ。

 いまカナダとアジアの関係はこれまでで最も緊密になっていると話す。

カナダ・アジア太平洋財団(APF Canada)について

 「アジア太平洋財団は1984年に設立されました。『議会の法令』によって政府が創設した団体です。2004年からは政府から完全に独立した非営利のシンクタンクとして活動しています。当時私はオタワで仕事をしていました。

 なぜ当時、財団が必要だとカナダ政府が決めたかというと、当時日本が世界で2番目の経済力を持っていたため、『これは日本との繋がりを深めていく必要がある』と判断して作った団体です。つまり最初は、日本との関係を深めたいという理由で作られた財団でした。その後は、数十年たって中国の台頭や、色々な面でアジアが強く大事なマーケットだという認識の下で、日本だけではなくて、アジア中との繋がりを深めていかなければならないということになりました。

 特に今、インド・パシフィックストラテジー(インド太平洋地域戦略)を2022年に政府が発表して、アジアがカナダの将来に関して重要だという認識を確認しました。その中で日本も重要な国と位置付けられています。

 そのためアジア太平洋財団は独立したシンクタンクですが、アジア中の状況やトレンドなどさまざまな方面から政府にアドバイスしています。

 色々な面で、本当にこの10年間ぐらいにアジアが重要になってきたので、財団の仕事も増えてきています。

 仕事の内容は多岐に渡っています。ヘッドオフィスのバンクーバーではリサーチ&ストラテジーの副会長がいてリサーチの方に力入れています。リサーチでは、経済はもちろん重要ですが、政治とか、いま特にセキュリティ問題も重要になって、ラウンドテーブルをしたり、セミナーを開催してます」

アジア初の事務所をシンガポールに開設

 今年5月にアジア初の事務所をシンガポールに開設した。カナダから最も近いアジア、日本ではなくシンガポールに開設したのにはアジア全体を俯瞰する目的があったという。

 「財団ができてから40年がたちますが、ずっとアジアのどこかに拠点を作りたいとお願いしていました。このインド・パシフィックストラテジーからの支援で、ようやくアジアのどこかにオフィスを作ることが実現することになりました。その場所を選定する中で、やはりインド・パシフィックストラテジーとしては、東南アジアとの繋がりを深めていかなければならないということで、オフィスは東南アジアのどこかに作ることになりました。それは、日本とか韓国とか、本当に重要なパートナーと一緒にコラボしながら、アジアに力を入れていこうというのが目的です。

 現在はカナダ国内にある財団はカナダ人への支援プログラムなどがありますが、今回シンガポールにオフィスが開設されたことで、法律的にシンガポールでのプログラムに対して支援金を出すことが可能になりました。つまり、アジア人にも援助ができるということになります。それは一つの大きなポイントです。日本の研究者が希望すればカナダ研究に援助できるということです。例えば、カナダに半年や1年間滞在して研究できたり、もしくはシンガポールのオフィスでもアジア人を集めてカナダ人とラウンドテーブルをしたり、ゼミをしたり、共同リサーチができたり、色々な面ですごく良くなると思います。

 アジアの中で、仕事とかコラボができるのではないかと思っています。これから色々と考えながらやっていこうと思っています。

 アジアに拠点を置くことでカナダとアジアの国々がもっとコラボできると思います。日本や韓国という友好国と一緒に、いまは少し政治的に関係が良くないインドも政治問題は別としてリサーチなどで、シンガポールを中心にすればもっともっとアジアと深く関係できるようになると思っています」

 カナダにとってアジアとは「インド太平洋地域戦略」が示すように、オーストラリアやニュージーランドなどのオセアニアも含む構想となっているという。将来的にもう少し範囲が広がる可能性もあると説明した。

カナダとアジアの関係について

 「この数十年間、中国が経済的にすごく強くなって、カナダだけではなく世界中が中国に注目したと思います。しかし、いま経済力だけではなくて、他の面で考え方が似てる、バリューが同じとか、そういうことも重要だということが分かってきたと思います。

 カナダと中国の関係で言えば、2018年にカナダ人2人(マイケル・スペーバーさんとマイケル・コブリグさん)が中国に拘束されました。それを機に再び人権も重要だという認識に変わってきたと思っています。

 だからカナダも他のヨーロッパの国も同じだと思いますが、経済だけに集中しては問題が出てくるということをよく分かったと思うんです。それで日本はもう何十年間、本当に強い経済的なパートナーですが、考え方も似てる、民主主義でもありますし、ルールを守る国です。アジア中でいま最もカナダにとって重要なパートナーは日本だということになってきていると思います」

 ただ、ナカムラ氏は、日本・韓国・中国の外務大臣が今年3月に会談したことは非常に良い兆候だと捉えている。「アジアでは色々な政治的な問題がありますが、こういう(トランプ政権発足による世界情勢が不安定な)時は一緒になって、考え方が似てるところもあると思うので、自分の国の政治問題はおいておいて、集中してコラボしながら、(トランプ関税)問題が出てきたのを3カ国で解決しましょうという考え方になったと思うんです。だから先日の外務大臣の会見はすごくHappy to seeでした。

 私は中国も他のアジアの国とコラボしなければならない時期に入ってきたと思うようになってきたと思います。中国のアプローチは色々あって、その場によって変わりますが、今回のトランプ政権の動きは誰にも分からない。だから中国も、日本と韓国と協力してやった方がと納得したのかもしれません。3カ国会談は中国から提案されたものですから。だからそういう時期になってきたんじゃないでしょうか」

カナダと日本の関係

 「(日本とは)色々な場面で多方向的にいつも話し合ったりしています。この2年間で日本から(カナダへの)投資も多く、特に去年のホンダ自動車(の150億ドル電気自動車工場建設計画)は大きな話題にもなりました。ただ(アメリカの)トランプ政権でアメリカ回帰政策がどう影響するかは気になるところです。それでも、政治的、経済的な色々な面でこの先にトランプ政権の影響が多少はあっても悪くはならないと思っています。むしろ少しずつ良くなると思います。

 アメリカの政治的な不安定さを考えると、カナダは安全な国、安定的な国ということで、企業もカナダの方に向いてくれるかなと思ったりもしています。だから日加関係はこの先はどんどん良くなっていくと思います」

 日加関係で言えば、政治的関係だけではなく、人の交流が盛んで、カナダを好きな日本人は以前から多いが、最近は日本を好きなカナダ人も増えてきていると感じる場面が多いという。

 「それは絶対にあります。財団で1年おきに行っている調査で、アジアの国の中で1番好きな国は?というシンプルな質問なのですが、私が財団に入ってから14年になりますが、その間でずっと1番は日本です。その傾向はもっと強くなると思います。なぜかと言えば、いま円安で日本への観光者が多く、日本の良さをソーシャルメディアでも色々な面でみんなが発信しています。それで、どんどん観光者が多くなる。特に若者が日本の良さをどんどん分かっていくと思いますので、すごく良い傾向だと思います。

 残念ながらビザの方はいま少し(カナダ政府が)抑えていて、それは政治的な政策があってのことなのですが、元々は移民でできた国で国民はダイバーシティ(多様性)に関してすごくプライドを持ってますので、また落ち着いたら徐々に上がるのではないかと思っています。

 (カナダへの)移民者は、70年代頃に多く入ってきた時期がありましたが、日本からは昔から少ないです。いまはワーホリや留学で来て日本に帰る人が多いですね。それでも、いまのワーホリがポピュラーになってから、若者の中にはカナダでビジネスをしたり、お店を出したりと、この10年間で多くなってきたので、その傾向は続いてほしいと思っています。だから、政府の政策なのでまだ分からないですが、そのうちに(移民政策については)落ち着いてくれることを期待します」

 経済的、政治的関係はもちろん重要だが、人と人との交流、特に将来を見据えた若者の交流が盛んなことはカナダにとっても、日本にとっても、良い影響を及ぼすと語る。

 「人と人との交流は絶対に大事だと思います。財団では日本の外務省が推進する『カケハシ・プロジェクト』のカナダ側の実施団体として協力しています。私は2011年に日本からカナダに帰国しました。その年には東日本大震災があって、カナダ大使館も色々と協力しました。そんな中で、外務省が支援への感謝の意味を込めて、北米、カナダとアメリカに『カケハシ・プロジェクト』を1年だけ実施すると決めました。

 ただ、1年間実施して、その良さや重要さが分かって14年間やっています。始まった当時は、カナダから日本に200人、日本からカナダに200人、交流がありました。いまは人数は減りましたが、続いています。若者の交流が重要だと外務省が認めたのだと思います。

 こうした若者の交流は絶対プラスになると思います。例えば、『カケハシ・プロジェクト』ではカナダ人の若者に日本を知ってもらいたいと多く行ってもらったのですが、これまでに1,000人くらいは行っていると思います。そういう若者が、外交官になったり、金融関係で活躍したりするだけでなく、日本ファンクラブを作って『絶対若者の交流は重要だ』って言っています。そういう話が広がっていけば外務省も止められないのではないかと思って。それを目指しているんですけどね(笑)。

 若者の交流というのは本当に重要なんです。以前はカナダ政府も日本人学生に対して奨学金支援を行っていました。残念ながらいまはなくなってしまいましたが。でも、カナダ政府から奨学金をもらってカナダで勉強できたという当時の学生さんは、いまでも日加関係のイベントなどに出席してくれています。『その時の感謝が忘れられない』って。支援といってもわずかな金額でしたけど、その感謝の思いがあっていまでも日加関係を深めたいという希望があると言っています」

  「カケハシ・プロジェクト」は、2013年に「対日理解促進交流プログラム」の一環として日本の外務省が、日本と北米(カナダ・アメリカ)との間で若者の交流促進を目的に始まったプロジェクト。カナダ側は高校生・大学生・ヤングプロフェッショナルを対象に交流を行っている。毎年、カナダ側のプログラムの企画・運営・実施はカナダ・アジア太平洋財団が行っている。

 人と人との交流という意味では、日系カナダ人にも日本を訪問してもらいたいと話す。ナカムラ氏は東京生まれの日系3世だが、5歳の時にはすでにカナダに移り、教育は全てカナダで受けたという。ただ大学入学前に1970年に開催された大阪万博に行ったことで日本への印象が変わったと話す。「すごい印象に残って。その時までは日本に興味がありませんでしたが、その時に日本は良いところだなと思って」。大学入学後は、日本語を学び、日本の政治経済やアジアについて勉強したという。「それから日本が大好きになって」と笑う。流ちょうな日本語を話し、日本の文化や慣習は両親から学んでいたため日本に赴任した時も特に戸惑うことはなかったという。

 自身も日本に行くまでは興味がなかったという経験を踏まえて2世、3世の人たちにもぜひ日本を知ってもらいたい、日系コミュニティと日本のかけ橋になれればと、日系コミュニティにも深く関わっている。

 今年5月には在日カナダ大使館で、オンタリオ州トロント市のカナダ日系文化センター・ファンデーションが設立した東日本大震災救援基金(JERF)からの東北3大学への寄付金贈呈式が行われ、ナカムラ氏が代表で出席した。JERFは震災後に被災地に寄付したり、支援が必要な大学生・大学院生へ集まった寄付金を奨学金として14年間に渡って支援したりしてきた。ここでも若者への援助と日系社会と日本をつなぐ役割を果たしてきた。

 「いまは日本の文化はすばらしいと日系の人たちも自分たちのルーツに関心を持っていると感じています。4世や5世といった若い人たちには日本はすごく人気なので、これからの日加関係は良い方向にいくと思います」と語った。

(取材 三島直美)

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