日本語教師 矢野修三
先日、雨上がりの歩道をのんびり歩いていたら、前方から車が近づいてきた。水たまりがあり、水しぶきが・・・。うまくよけきれず、少しズボンにかかってしまった。頭にきたが、歳を重ねるにつれ、反射神経の衰えも、ちょこっと感じてしまった。
それはともかく、「よける」や「水たまり」、「水しぶき」などをテーマにしようと、この出来事をオンラインで授業している上級レベルの生徒に話した。案の定、彼はこの動詞「よける」は知らなかったが、「避難する」や「さける」はおぼろげに知っており、「さける」との違いは・・・?と、間髪を入れず、質問がきた。さすが上級者。
確かに、「さける」と「よける」の違いは気になる。でも日本人は感覚的に何となく使い分けているが、説明するとなると、なかなか難しい。この漢字「避」は常用漢字で、音読みは「ヒ」で、「避難」などで馴染みがある。でも訓読みは「避ける」で「さける」だが、もう一つ、「よける」もあり日本人でもややこしい。「避ける」を「よける」と読める人は少ないと思う。
それゆえ生徒には、「さける」や「よける」は漢字ではなく、ひらがな書きで教えている。そこで、彼にもこんな説明をした。「さける」は障害や嫌な事を前もって回避すること。例えば、「争いをさける」や「ラッシュアワーをさける」など。
一方、「よける」は目の前にやってきたものを素早く、ひらりとかわす。例えば、「ボールをよける」や「水しぶきをよける」などで、反射神経が重要である。
すると、彼曰く、英語にも同じような二つの動詞、「avoid」と「dodge」がありますよ。うーん、「avoid」はおぼろげに知っていたが、「dodge」は聞いたこともなく、どんな意味か尋ねると、彼はこんな例文を出してくれた。「dodge the splashes of water」。えー、これはまさしく、「水しぶきをよける」である。なるほど。
ここで思わず小学校時代の懐かしきドッジボールを思い出した。そして、ハタと膝を打った。ひょっとして、ドッジボールの語源は「よける」の英語「dodge」からか? 今まで、語源など考えたこともなく、びっくり。
それを彼に確認すると、もちろん「Dodge ball」はカナダでもElementary school(小学校)でやっており、当然、「dodge」 から出来た言葉、当たり前です。先生、なぜそんなに驚いているんですか?と不思議がられてしまった。
そこで、いろいろな日本人に語源を聞いてみた。ご存じの人はごく僅かで、多くの人は考えたこともないとのこと。中には「どっちのボール?」が語源では、と、のたまう人もおり、拙者のオヤジギャグを奪われてしまった。
でも、確かに子どものころは「どっちボール」と言っていた記憶があり、子ども心に、そのように思っていたのかも。現在の正式とされる表記はカタカナの「ドッジボール」だが、なんとなく「どっちボール」のほうがいい感じ。
このドッジボールは野球より少し遅く、明治時代の終わりごろに米国から伝わったとのこと。
そして、ベースボールを「野球」と表記したように、このドッジボールも「避球」という漢字表記が作られたようだが、「ひきゅう」など聞いたこともなく、ほとんど知られておらず、またびっくり。
さて、日本語教育では、基本的には英語など使わず、なるべく日本語で教えるのが良し、とされている。その通り。でもこの「さける」と「よける」は英語の「avoid」と「dodge」とほぼ同じなので、違いを教えるにはとても便利。生徒もすぐ納得。この歳になって初めて「ドッヂボール」が素敵な教材であることが分かり、日本語教師として、ハッピーな気分に。超遅すぎだが・・・。
このように「避ける」は2つの読み方と役目があり、「さける」知恵と、「よける」反射能力。これをしっかり身につけておけば、これからの老後の旅路も、より安全に歩めるはず。
水たまりは「さける」か「よける」か、どっちがふさわしいか? 懐かしきドッヂボールに思いを馳せながら、家族や友と語り合うのもまた楽しからずや。

「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら。
矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)
メール:yano94canada@gmail.com
ホームページ:https://yanoacademy.ca