「カナダ“乗り鉄”の旅」第29回 大陸横断列車の至福体験にも、隣の芝生は青く見える一角!驚愕の「VIPコーナー」とは シリーズ「カナディアン」【3】

カナダ西部アルバータ州エドモントン駅に停車中のVIA鉄道カナダの列車「カナディアン」(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部アルバータ州エドモントン駅に停車中のVIA鉄道カナダの列車「カナディアン」(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダ西部の主要都市バンクーバーを出発し、同国最大都市トロントへ4泊5日で向かうVIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」は、アメリカの有力旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」の読者が選ぶ「世界の優れた鉄道旅行ランキング」で2024年に13位となったように世界屈指の人気列車だ。線路上の至福体験が待ち受けていることは、優れた鉄道旅行を表彰する「鉄旅オブザイヤー」の審査員であり、VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」の会員でもある私が太鼓判を押す。それでも編成の最後尾と後ろから2両目にひそかに存在する「VIPコーナー」に一瞬でも足を踏み入れると、隣の芝生は青く見える―。

▽最上級クラス、料金はエコノミークラスの13倍超!

 1954年デビューと「古希」を過ぎたステンレス製客車が連なるカナディアンにあって、原形をとどめないほどの変貌を遂げた「VIPコーナー」が存在する。それは2階部分がガラス張りのドーム状になっており、1階後方のソファからは流れゆく車窓も楽しめる展望車「パークカー」と、後ろから2両目の客車に計8室ある最上級クラス「プレスティージ寝台車クラス」だ。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の最上級クラス「プレスティージ寝台車クラス」の客室(VIA鉄道カナダ提供)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の最上級クラス「プレスティージ寝台車クラス」の客室(VIA鉄道カナダ提供)

 慢性的な赤字経営に陥っているVIA鉄道が高収益の顧客獲得を目指し、2015年に導入した。2人用の客室は広さが約6・5平方メートルと、私たちの家族が利用した通常の寝台車「寝台車プラスクラス」の2人用個室より約50%広い。日中は「L」の字になった長いすに腰掛け、他の客車より大きな窓からの眺望を楽しんだり、備え付けの大型テレビで好きな番組を視聴したりできる。

 利用者の要望を受け付けるコンシェルジュが乗務しており、夜になると壁から大きなダブルベッドを引き出す。各室にはトイレとシャワーも備えている。パークカーにはカクテルなどのアルコール類を楽しめるバーカウンターを設けた「ミューラルラウンジ」があり、プレスティージ寝台車クラスの利用者はミューラルラウンジと食堂車でアルコール類を無料で楽しめる。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーにある「ミューラルラウンジ」(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーにある「ミューラルラウンジ」(大塚圭一郎撮影)

 車両間にある仕切り扉もボタンを押せば自動で開閉し、手動で押して開けなければならない他の客車と差異化している。

 プレスティージ寝台車クラスにトロント―バンクーバーの全区間に乗った場合の2025年の繁忙期(5月1日~11月15日)の正規料金は、1人当たり6965カナダドル(1カナダドル=107円で約74万5千円)からという大枚をはたくことになる。

 寝台車プラスクラスの2人用個室利用は1人当たり3029カナダドル(同約32万4千円)からと値段が張るものの、プレスティージ寝台車クラスは2倍超だ。一方、背もたれが倒れる座席の「エコノミークラス」は1人の料金が514カナダドル(同約5万5千円)からで、同じ列車でもプレスティージ寝台車クラスの乗客は実に13倍超を支払っていることになる。

外から見たVIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の「プレスティージ寝台車クラス」の客室(大塚圭一郎撮影)
外から見たVIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の「プレスティージ寝台車クラス」の客室(大塚圭一郎撮影)

 このようにプレスティージ寝台車クラスの料金は断トツで高額なだけに、雲の上の体験を堪能してもらおうとさまざまな“特権”が用意されている。繁忙期にパークカーへいつでも自由に立ち入れるのはプレスティージ寝台車クラスの利用者だけで、寝台車プラスクラスの乗客は原則として午後7時~10時半の夜間しか入れない。

 これは車窓が真っ暗になるためパークカーで車窓を眺める乗客が減ることと、寝台車プラスクラスの乗客にミューラルラウンジでアルコール類を買ってもらいたいとの思惑があるからだ。

 私は「乗り鉄」なのはもちろん、鉄道関連の写真撮影をする「撮り鉄」、列車の走行音や車内放送を録音する「録り鉄」も兼ねているが、列車に乗ると必ず杯を傾ける「のみ鉄」というわけではない。ミューラルラウンジのアルコール類は結構な高額のため、2024年8月にバンクーバーからウィニペグまで乗車した際にパークカーに足を運ぶ機会は限られた。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの最後尾に並べられたソファ(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの最後尾に並べられたソファ(大塚圭一郎撮影)

 そこで今回は、閑散期の2023年12月にトロントからバンクーバーまで息子と2人で寝台車プラスクラスに乗車し、全線走破した際にパークカーで出会ったプレスティージ寝台車クラス利用者らの実像を紹介する。私にとっては、プレスティージ寝台車クラスが高嶺の花であることを実感するのに十分過ぎる体験だった…。

▽学会に合わせて北米を周遊する医師夫妻

 息子と一緒にパークカーのミューラルラウンジの座席に腰掛け、「アルコール類ではないため」無料で提供されているコーヒーをすすっていると優雅な雰囲気の女性がやってきた。目が合ったのであいさつし、会話をした。

 この女性はオーストラリア・クイーンズランド州の州都ブリスベンに住んでおり、医師の夫が学会に出席したのに合わせてカナダのモントリオールやトロント、バンクーバー、アメリカのシカゴ、サンフランシスコといった北米各地を周遊する旅行の最中だという。

 女性は「うちの夫は日本語も話せるのよ。日本のアニメや映画などのコンテンツに興味があり、個人レッスンで日本語を習得したの」と言い、個人レッスンの授業料は「とても高額だったのよ」と打ち明けた。

 かつて夫妻で訪日して「長野や新潟、札幌などに行った」とも話し、いずれも国立大学法人の有力医学部があるので学会で訪れたと私は推察した。

 すると、食堂車での夕食に向かうために女性を迎えに来た夫が現れた。夫は私たち親子を見るなり、「初めまして」と流ちょうな日本語で語りかけてきた。

 大枚をはたいて乗り込んでいるプレスティージ寝台車クラスの利用客は“破格の扱い”を受けられるものの、食堂車での夕食のメニューは寝台車プラスクラスの乗客と変わらない。異なるのはアルコール類が無料か、そうではないかという点だけだ。

 もっとも、「のみ鉄」の皆様は「タダ酒が振る舞われるかどうか、それが大きな問題だ」と声を張り上げるかもしれない。

▽バンクーバー島とウィスラーを両立する“魔法の杖”とは

 私たち親子はもっと後の時間帯に夕食を予約していたため、夫妻を見送った。次に現れたのはインド系とおぼしき男性で、バーカウンターで女性乗務員に「ジンを頼む」と注文した。

 続けて、これからが本題だと言わんばかりに「バンクーバーに着いた後に2日間でバンクーバー島やウィスラーなどを巡りたいんだ」と切り出した。

 そう、バーカウンターの向こうに立っている乗務員はバーテンダーの他にも「別の顔」も持つ。プレスティージ寝台車クラスの利用客の相談に乗るコンシェルジュの役割も担っているのだ。

 乗務員は「バンクーバー島を移動するには時間がかかり、ウィスラーはバンクーバー島から離れています」と解説し、どちらかに絞った方がいいことを暗に示唆した。

 立地するブリティッシュ・コロンビア州の皆様には釈迦(しゃか)に説法で恐縮だが、同じ「バンクーバー」の名前が付いていてもバンクーバー島は、北米大陸にあるバンクーバーから隔てられた西側にある島だ。バンクーバーから訪れるには船舶や水上飛行機、旅客機に乗る必要があり、世界で43番目に大きい島のため周遊するには時間を要する。

 一方、スキー場や宿泊施設が立ち並ぶ保養地のウィスラーはバンクーバーの北にあり、バンクーバー島とは方角が異なる。バンクーバーからバスで約2時間かかるため、往復して滞在を満喫するには少なくとも半日は必要だ。

 男性は、それらを両立させるために富裕層ゆえの“魔法の杖”を持っていた。「そこで、プライベートツアーを手配してもらえないだろうか」と要請したのだ。「バンクーバーでの短い時間を無駄にはできないのでね」とも付け加え、「TIME IS MONEY(時は金なり)」と顔に書かれている。

 乗務員は会得した様子で、手元の電子機器端末の操作を始めた。男性がジンのグラスを片手にくつろいでいると、「予約が取れました」という乗務員の声が響いた。

 プライベートツアーの手配を終えた男性の表情が、対照的な境遇の私には“ドヤ顔”に見えて仕方がなかった。男性の客室がプレスティージ寝台車クラスなのに対して私は寝台車プラスクラス、飲んでいるのはジンに対してコーヒー、そしてバンクーバー到着後の移動手段はプライベートツアーに対して鉄道やバスの公共交通機関なのだから…。

▽選んだ「理由があるんだ」という男性

 パークカーの2階には車窓を360度見渡すことができる展望用座席があり、ドーム形になった天井の付近まで窓が延びている。通路を挟んで左右二つずつの座席が6列、計24席あり、うち最前列の4席の上部には「プレスティージ客専用」と記した札が差し込まれていた。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの2階にある展望用座席(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの2階にある展望用座席(大塚圭一郎撮影)

 息子とともに2列目に座ると、1人の男性が札の差し込まれた最前列の座席に陣取った。男性はこちらを振り返り、笑みを浮かべながら「日本にはこんなにゆっくりではない、高速で走る新幹線があるよな。最高時速は何キロ出るんだっけ?」と尋ねてきた。息子と日本語で話していたので、日本人だと気づいたらしい。

 「最も速い東北新幹線の最高時速は320キロですね。最初に開業した新幹線の東海道新幹線の最高時速は285キロです」と答えると、男性は「僕も日本を訪れた時には東京から京都まで東海道新幹線に乗ったんだ。日本では鉄道で旅行をしたのに、自分の国で鉄道旅行をするのはこれが初めてなんだよ」と打ち明けた。

 当時71歳だった男性は西部アルバータ州カルガリーに住み、エレベーター大手フジテックのカナダ法人の元社員。「滋賀県の本社に呼んでもらった時に東海道新幹線に乗ったんだよ」と振り返り、バンクーバー国際空港とカルガリー国際空港のエレベーターやエスカレーター、動く歩道も「フジテック製が採用されているんだ」と教えてくれた。

 男性はカナダで初めての鉄道旅行をしたのも、最上級のプレスティージ寝台車クラスを選んだのも「理由があるんだ」と打ち明けた。妻が東部モントリオールで脚の手術を受けて自宅に戻る帰路だったため、リハビリを兼ねて適度に歩くことができ、快適に過ごせる移動空間を選んだというのだ。

 「料金は高かったけれども、妻が適度な運動ができて居住性が優れた客室を良いと考えたんだ」という男性の気遣いに私も大いに納得し、首を縦に振った。

 「それにこの列車に(アルバータ州)エドモントンまで乗り、帰宅すればクリスマスまでにカルガリーに着ける。だから、今年も家族が集まって一緒に過ごすことができるんだ」。そう言って目を細める男性の表情は、VIP待遇を超越した幸福感と期待感に満ちあふれていた。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの最後尾にあるソファに座る筆者
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの最後尾にあるソファに座る筆者

【プレスティージ寝台車クラス】VIA鉄道カナダが夜行列車「カナディアン」だけに連結している最上級の2人用個室で、旅客機のファーストクラスに相当する。客室の広さは約6・5平方メートルあり、トイレとシャワーも備えている。日中は「L」字型になった長いすに腰掛けて広い窓からの景色や、大型テレビでの番組視聴を楽しめる。夜は壁からダブルベッドが出てくる。利用者の要望を受け付けるコンシェルジュがおり、展望車「パークカー」のバーカウンターや食堂車ではアルコール類も無料で注文できる。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。