
カナダ・モントリオール市のモントリオール植物園内にある日本館で広島の高校生が描いた「原爆の絵」を展示する「Hiroshima – Passing the Torch(Hiroshima – Relayer l’Histoire)」が開催されている。
モントリオール市は広島市と姉妹都市で、毎年8月5日午後7時15分(日本時間8月6日8時15分)には同園内日本庭園で平和式典が行われている。
展示会を企画したモントリオール植物園日本庭園日本館館長ソニア・ダンダノーさんに話を聞いた。
広島基町高校生徒が描いた被爆者の体験した「原爆の絵」を通して次世代へとつなげたい
今年は広島に原爆が投下されて80年という節目の年を迎えた。モントリオール市は1998年に広島市と姉妹都市提携。それ以前にも1987年7月には平和首長会議に参加していた同市にとって被爆80年を特別な思いで迎えていたという。
「被爆80年という現実を考える時、『ヒバクシャ』がいなくなっていくということは、歴史の記憶に大きな穴が開くということだと思いました。被爆し、原爆投下の被害を目の当たりにした体験をした人は彼ら以外にいないのです」
そこでこの貴重な体験をどのように伝えるかと考えた時、次世代に引き継がなければならないという思いに駆られたと語る。
「『ヒバクシャ』の体験は忘れてはならない。人間には過去の過ちを簡単に忘れ、繰り返すという性質がある。若い人たちに伝えるにはどうすればいいか」。当初は日本館が所有する被爆者自身が描いた作品30点を展示することを考えた。しかし、被爆者の記憶を次世代へと継承していくための取り組みとして、基町高校のプロジェクトに注目した。
広島市基町高校では、広島平和記念資料館が2004年から行っている「被爆体験証言者の記憶に残る被爆時の光景を若者が絵に描き、当時の状況を伝える『次世代と描く原爆の絵』の事業」に2007年から同校創造表現コースの生徒が参加していた。被爆者との共同制作による「原爆の絵」として資料館に保存されている。
「とても興味深いプロジェクトだと思いました」。作品の画像データを提供していることも分かった。そこで「約200点から私自身が選び、20点を展示することにしました。見る人に強く印象に残る作品、視覚的に訴える作品を中心に、さまざまな角度から紹介できると思う作品を選びました。選ぶ作業は大変で、かなりの時間がかかりました」。
選んだ作品にはそれぞれに説明があり、高校生と被爆者のコメントが付いていた。「それらから印象に残ったコメントを選んで、テレビ画面に映し出すという方法で展示会場で紹介しています」。コメントを読んでいると「広島の高校生ですら原爆について知らないことがあると気づいたと言っていました。それを考えると、広島以外、ましてや日本以外の若者はなおさらだと思います」
今回の展示会を通して「私は見た人が、罪のない被爆した全ての人々が経験した苦しみや困難に共感し思いやりの心を持ってもらいたいと思います。また被爆を体験した実際の体験に耳を傾けてほしいです。偽の情報が深刻な問題をもたらしている現代だからこそ、確かな情報から学ばなければならない。体験者の声は重要な意味を持つのです。展示会を訪れた人がそれを理解してくれることを期待します」
広島とのつながりを大切に特別な思いで迎えた8月5日

日本庭園には広島から寄贈された「平和の鐘」がある。毎年8月5日には記念式典が行われ、午後7時15分にモントリオール市代表と在モントリオール日本国総領事が共に鐘を突く。広島の8月6日8時15分と同時刻だ。
ダンダノーさんによると今年は例年より多い約300人が参加したという。モントリオール市を代表してモントリオール市議会マルティンヌ・ムサウ=ムエレ議長と、内川昭彦モントリオール総領事が鐘を突いた後、広島市松井一實市長の平和宣言が読み上げられた。平和宣言は式典後に全文をフランス語、英語、日本語で読めるようにした。そして今年はさらに日本館での「原爆の絵」の展示会場も訪れたという。
「すごくシンプルな式典ですが、毎年とても感動します」。さらに今年は80年ということで「みなさんに鐘の音を聞いてもらいたかったので」と8月6日にも鐘を突いた。1日かけて80回。「同僚の中には1日中鐘の近くにいて、訪れる人に広島との関係や、『なぜこういうことをしているのか、鐘はどういうものか』などを説明していました」。
記念式典は毎年一般公開されている。ただ情報を知らない人は来ないため一般の人が鐘の音を聞く機会はほとんどない。「でも今年は8月6日が何の日か知らずに植物園を訪れた人にも紹介できる機会になりました」。広島のこと、モントリオールとの関係、鐘についてなどを伝える、「それが重要だったと思います」。
「平和の鐘」は広島市との姉妹都市提携した年にモントリオール市に寄贈された。以来、平和式典で鐘を鳴らし、哀悼の意を表している。
モントリオール植物園日本庭園と広島市との姉妹都市提携には縁がある。日本庭園造設のきっかけは、当時のピエール・ブルク植物園園長と日本人僧侶・高畑崇導さんの出会いだったと説明する。「お互いに尊敬する存在となり、高畑さんからブルク園長に植物園に日本庭園を造ってはどうかと提案したそうです」。
モントリオール市では1967年にモントリオール万博、76年にモントリオールオリンピックと国際的なイベントが続いた。モントリオール市民が海外文化に興味を持つきっかけになり「タイミング的にとてもよかったのでは」と話す。
資金集めやさまざまな問題をクリアして1988年に日本庭園がオープンした。手掛けたのは造園家・中島健さん。それから10年後、広島市と姉妹提携した。調印式には日本庭園オープン時に植物園園長だったブルグさんが市長として調印した。
日本館は1989年にオープン。ダンダノーさんは「広島は今、市民の日常、未来に引き継ぐ平和」という展示会を開催したこともあると話した。「数年前にプライベートで家族と日本を訪れた時、広島にも行きました。その時に広島といえば原爆というイメージしかないということに気づいたんです」。そこで被爆地という顔だけではなく、広島の町、人々の日常などを紹介したいと思ったという。「もちろん被爆地としての広島は歴史の重要な一ページですが、それだけが広島の町を定義しているわけはないのです」。
そこで広島市の協力も得て、展示会を開催した。「それは現在の広島の日常を伝えるものです。すばらしい町で暮らす豊かな生活です。広島という町について人々の見方を少し変えるきっかけになればと紹介しました」。
広島の町の魅力もモントリオールで発信したダンダノーさん。モントリオールと日本をつなぐ役割も担い、その功績に2024(令和6)年春の外国人叙勲受章者として旭日双光章が贈られた。
今回の展示会は今年10月31日まで開催されている。
「Hiroshima – Passing the Torch(Hiroshima – Relayer l’Histoire)」
期間:2025年8月1日~10月31日 午前10時~午後6時
会場:モントリオール植物園日本館(4101, rue Sherbrooke Est, Montréal, QC)
ウェブサイト:https://calendrier.espacepourlavie.ca/hiroshima-n-passing-the-torch-a-powerful-exhibition-984585

(取材 三島直美)
合わせて読みたい関連記事