31 ☆ 漢字「跪く」に、ひざまずく! 

日本語教師  矢野修三

 先日、久しぶりに日本が大好きな日本語上級者からお呼びがかかった。彼女、この春に日本に行って、大阪万博なども見学してきたとのこと。京都などの観光地も人がすごく多くてびっくりしたようである。さらに、こんな質問が続いて、こちらもびっくり。「先生、ひざまずく(跪く)の漢字に、なぜ危険の「危」が入っていますか?」である。

 彼女はとても漢字に興味があり、以前にも、いろいろな質問が。例えば、「玄米」と「玄関」、全然関係ないのに、なぜ「玄」ですか?や、「練習」の「練」は、なぜ「東」ですか?など。うーん、と思わず唸ってしまう。日本人では考えもしない質問で、先生泣かせの生徒でもある。日本でこの「跪く」という漢字を知って、質問を思いついたとのこと。

 彼女はクリスチャンなので、日曜日のお祈りに、教会で跪く(ひざまずく)こともあるようで、そんな神聖な動作の漢字に、「危」が含まれているのが、不思議に感じたらしい。なるほど。

 実は、同じような質問をバンクーバーに移住して間もなく、日系二世の方から受けた経験があり、当時はこの漢字「跪く」の読み方すら全く分らず、日本語教師として、とても困った、苦い思い出がある。

 確かに、この漢字は常用漢字ではないので、新聞などは、ひらがな書きの「ひざまずく」であり、普段、目にする機会はほとんどない。故に、日本人でも馴染みがなく、難読漢字。そんな漢字「跪」に、なぜ「危」が入っているなど、想像もつかない。そこで中国の友人や生徒に調べてもらった。諸説あるようだが、「膝をつく」姿勢はとても不安定で、危うい(あやうい)状態なので、足偏に「危」の「跪」ができたようである。なるほど。

 それより、世代にもよるが、多くの日本人はひらがなが気になる。つまり、「ず」と「づ」の違いで、語源は「ひざ+つく」なので、「ひざまづく」のほうがしっくりする。その通り。ちょうど「つまずく(躓く)」も語源は「爪+突く」なので、「つまづく」のほうが親しみを感じるのと同じかも。

 事実、歴史的仮名遣いでは、「づ」の「ひざまづく」や「つまづく」と書いていた。しかし現代仮名遣いになり、「ぢ」や「づ」は、連濁など以外は、基本的に使わないことにした。

 それゆえ、「ひざまずく」(跪く)や、「つまずく」(躓く)は1つの言葉として理解し、「ず」の表記が国の定めたルールとなった。日本語教師としては何となく寂しいが、でも一応、「ひざまづく」や「つまづく」も許容されているので、ノープロブレム。

 こんな余計なことまで、彼女に説明してしまったので、なぜ「躓く」の漢字に、「質問」の「質」が入っていますか?こんな恐ろしい質問が来ないことを祈りつつ。

 厄介な漢字などをチェックしようと、スマホなどを見ながら、歩くのはとても危険。特にお年寄りの方は、平らな、何もない道なのに・・・、つまずく恐れあり。くれぐれもご注意ください。

こんな川柳を。
・ 老いたかな 何もないのに 躓いた
・ 跪き 怪我などせぬよう 祈らねば

「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら

矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)    
メール:yano94canada@gmail.com
ホームページ:https://yanoacademy.ca