大塚圭一郎
カナダの都市間旅客鉄道を担う国営企業、VIA鉄道カナダの看板列車となっているのが夜行列車「カナディアン」だ。カナダ東西の主要都市であるオンタリオ州トロントのユニオン駅と、バンクーバーのパシフィックセントラル駅と4泊5日で93―97時間程度かけて結ぶ。アメリカの有力旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」の読者が選ぶ「世界の優れた鉄道旅行ランキング」で2024年に13位となったように高く評価されており、早くから予約が埋まるほどの人気を誇る。JR東海は東海道新幹線(東京―新大阪間)の看板列車「のぞみ」などに使う最新型車両N700Sに「1編成16両当たり70億円近く投じており、のぞみの初代車両300系(量産車)の約40億円より格段に高くなった」(幹部)とされる。同じようにVIA鉄道もカナディアンに設備投資を惜しまないかと言えば、さにあらず。ディーゼル機関車がひく客車は“ビンテージ品”で、アメリカから譲り受けた中古車も現役なのだ。
【夜行列車】都市間を移動する利用者向けに、日をまたいで夜間に運転される列車。移動時の二酸化炭素(CO2)排出量を航空機に比べて低減できるため、脱炭素化の一環で見直されている。むやみに旅客機を利用することを「フライトシェイム(飛び恥)」と批判する向きがあるヨーロッパでは、オーストリア連邦鉄道の国際夜行列車「ナイトジェット」が同国やスイス、ドイツ、フランス、イタリア、クロアチアなどの計25都市超を結んでいる。
夜行列車は、就寝しやすいようにベッドを備えた寝台車や、比較的安い料金で利用できる座席車両などを連結しており、売店や食堂車を備えている場合もある。VIA鉄道カナダはトロント―バンクーバー間の「カナディアン」、東部ケベック州モントリオール―ノバスコシア州ハリファックス間の「オーシャン」、マニトバ州の州都ウィニペグ―チャーチル間の3区間で夜行列車を走らせている。日本では東京―出雲市(島根県出雲市)間の寝台特急「サンライズ出雲」と、東京―高松・琴平(香川県琴平町)間の「サンライズ瀬戸」が唯一の定期夜行列車として1日1往復しており、東京―岡山間は連結して走る。
▽看板列車なのを示す列車番号
カナダ唯一の大陸横断旅客列車で、旧10カナダドル紙幣にカナディアンロッキーを駆けるイラストが描かれていたカナディアン。VIA鉄道の看板列車なのは疑う余地がなく、トロント発バンクーバー行きの列車番号は「1番」、バンクーバー発は「2番」だ。

カナダの代表的な航空会社エア・カナダの「AC1便」はトロント・ピアソン国際空港発羽田空港行き、「AC2便」は東京発トロント行きで、カナダ最大都市と日本の首都を結ぶ路線の重要性を物語る。東西の主要都市をつなぐカナディアンは、同じような重みを持つ。
カナディアンはトロント―バンクーバー間を週2往復し、夏の繁忙期には途中の西部アルバータ州エドモントン―バンクーバー間の週1往復を追加。カナダの鉄道路線の大部分は貨物鉄道大手のカナディアン・ナショナル鉄道(CN)、カナディアン・パシフィック・カンザス・シティ(CPKC)が保有しており、カナディアンは主にCNの路線を借りて運行している。

列車には手ごろな料金で利用できるリクライニング座席の「エコノミークラス」、開放型の上下になった2段寝台、原則として1人用と2人用がある個室寝台の「寝台車プラスクラス」、2人用個室の豪華仕様になった最高級の「プレスティージ寝台車クラス」がある。ドーム状のガラス張りの展望スペースを2階に備えた客車や、シェフがその場で腕によりをかけて調理した食堂車なども連結している。
途中では五大湖の一つのヒューロン湖、小麦などの畑が果てしなく広がる穀倉地帯、そしてカナディアンロッキーの優美な山容などの大パノラマが車窓に広がる。寝台車の利用者は食堂車を使うことができ、中でもラムチョップは「鉄旅オブザイヤー」の審査員を務めている私も「線路上で味わった中で最高の料理」だと評価している。

輪をかけて魅力を高めているのが、乗務員によるカナダや沿線に関するレクチャーと、他の乗客との会話だ。私はカナディアンの寝台車に2回乗り、カナダ人や中国系カナダ人、アメリカ人、日系ブラジル人、韓国人、オーストラリア人、日本人など幅広い利用者と話し、とても楽しい時間を過ごすことができた。
▽バンクーバーからウィニペグまでわずか7時間!?
2024年8月12日午後1時すぎ、トロント行きのカナディアン2番列車が出発するバンクーバーのパシフィックセントラル駅に着いた。出発は午後3時のため、2時間近く前に石造りの重厚な駅舎をくぐった。

それには下心があったためだが、驚いたのはVIA鉄道も準備万端だったことだ。駅構内で、予約客の受付をする係員が既に待機していたのだ。

私は妻、高校生の息子との計3人で利用し、寝台車プラスクラスの2人用個室と1人用個室を予約していた。預け入れ荷物がないことを伝え、その日の夕食時間を午後7時に予約すると、係員に「何か質問はありますか」と言われた。
そこで、「念のためですが」と前置きし、印刷した乗車券を係員に示しながらこう確認した。
「この乗車券には2024年8月12日月曜日バンクーバー15時発、ウィニペグ22時着と記されていますが、到着は8月14日水曜日の22時にマニトバ州のウィニペグに着くという理解でいいですよね」
乗車券にはウィニペグ到着が22時としか記載されておらず、まるで出発7時間後にウィニペグに到着するように読めるのだ。しかしながら、両都市間は鉄道で約2500キロも離れており、最高時速285キロの東海道新幹線でも7時間で結ぶのは不可能だ。
VIA鉄道の時刻表には2日後の午後10時に到着すると書かれており、時刻が一致しているので「8月14日水曜日」を省略したと推測した。

しかし、同じ名前の駅名を指しているとも限らない。例えばバンクーバーと聞くとカナダのバンクーバーだと受け止めるのが常識的だが、アメリカ国民の一部はワシントン州バンクーバーを思い浮かべる。しかもややこしいのは、アムトラックの国境縦断列車「カスケード」は両方のバンクーバーに立ち寄るのだ。
アメリカ西部オレゴン州ポートランドを午後2時10分に出発するカナダ・バンクーバー行きカスケードの切符を買い、運賃が驚くほど安かった場合には券面をもう一回見直した方がいい。この列車は終点まで7時間50分かかり、たとえ早く予約したとしても二束三文で売られていることは考えにくいからだ。

一方、ワシントン州バンクーバーはポートランドを出て18分後に到着する1つ目の停車駅であり、至近距離のため安値で乗車できる。
VIA鉄道の時刻表ではマニトバ州ウィニペグ以外に同名の駅名は見当たらなかったものの、実は別のマニトバ駅に臨時停車するという事態はあり得ないだろうか。
その場合には出発初日に寝台車の個室で気持ちよく就寝したと思いきや、客室乗務員が扉を「ドンドンドン」とたたいて「下車駅に到着しました」と個室から出るように促される。寝ぼけ眼をこすり、降り立ったのは闇に包まれて人家もまばらなカナディアンロッキーの山奥だったという悪夢が現実になりかねない…。
私の質問を聞いた係員は「はい、水曜日の午後10時にマニトバ州ウィニペグに到着します」とお墨付きをくれた。
胸をなで下ろした一方で、券面の日付を省略するのならばせめて「マニトバ州」、または同州を指す「MB」と記載してくれればいいのにとも思った。これに対し、VIA鉄道は「カナディアンが停車するウィニペグは他にないので、記載は不要」と判断したのかもしれないが…。
▽長大編成のユニークな停車方法
受付作業を終えた係員は「乗車案内があるまで、あちらの待合室でお待ちください」と私から見て左側を指さした。これこそ出発2時間近く前に来た理由で、駅舎には寝台車利用者ならば無料で使える待合室があるのだ。
待合室には利用者が自由に味わうことができるホットコーヒー、紅茶のティーバッグとお湯、ビスケット、クラッカーなどが置かれていた。しかしながら、昼食時間帯にもかかわらず食事になるものは用意していないのだ。
やや肩を落としながらも、「今夜は線路上の豪華ディナーが待っているから」と自分に言い聞かせてコップに注いだコーヒーと、ビスケットを握り、テーブル席を求めて屋外に出た。目の前の光景はまるでアリーナ席のようで、駅舎の手前で行き止まりになった頭端駅には、これから乗ろうとしている客車が待ち構えていた。
ここで私は解決しなければならない「宿題」に取り組んだ。2023年12月にカナディアンでトロントからバンクーバーまでの全区間乗った際、客室乗務員は「この列車は機関車も含めて16両を連結していますが、夏の繁忙期は利用者が多いためもっと長い編成で運行します。ただ、プラットホームには収まらないため、停車駅では編成の途中で客車を切り離して2つのホームに停車させるのです」と教えてくれた。そのユニークな停車方法を直接確認したかったのだ。
列車は22両の長大編成で、確かにバンクーバーでは二つに分かれて4番線と5番線に停車していた。うち4番線に止まっていたのが、アメリカの自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の機関車部門だったEMD(現在はアメリカの建設機械大手キャタピラーの部門)の1975年に登場したディーゼル機関車「F40PH」2両と、利用者の預け入れ荷物などを載せる荷物車1両、エコノミークラス客車2両、ガラス張りのドーム状になった展望室を備えた中間車1両の計6両だ。
一方、5番線に停車していたのは残る16両で、私たち家族が予約した寝台車プラスクラス、プレスティージ寝台クラス、食堂車、展望車などをつないでいた。

これらの客車の多くはアメリカにあった金属加工メーカーの旧バッドが製造し、1954年の登場から車齢が70歳に達する「古希」だ。アメリカでお役御免になって“再就職”した客車もあり、VIA鉄道は古参客車を修繕しながら使い続けているのだ。
では、なぜ看板列車なのに新しい車両に置き換えず、古い機関車と客車を使い続けているのか。それはVIA鉄道が慢性的な赤字経営で、政府の補助金で穴埋めしているため設備投資の余裕がないからなのだ。2024年12月期決算の本業の損益を示す営業損益も3億8520万カナダドル(1カナダドル=108円で約416億円)の赤字だった。
ただし、カナディアンに一歩足を踏み入れると、北米で大陸横断列車が盛んに運行されていた1950年代にタイムスリップしたような優雅な空間に身を置くことができるのだ。もしもVIA鉄道の経営状態が左うちわならばとっくの昔に引退し、大部分は解体されていたことだろう。
政府の補助金頼みのVIA鉄道に対し、カナダ国民の一部から「金食い虫」との批判が出ている。多額の税金が投入される国民の負担感には一定の理解ができるものの、私は「死に金」にはなっていないと受け止めている。
というのも、経営に余裕がないことから「古希」の客車を大事に使い続けている姿は、世界が目指すサステナブル(持続可能)な社会に合致している。また、魅惑的な客車に乗り込めることがカナディアンの価値を高めており、大勢の外国人旅行者がカナダを訪れるきっかけにもなっている。そして利用者には金に糸目を付けずに旅行を楽しむ富裕層も多く、観光業を潤わせている。
つまり、VIA鉄道およびカナディアンの運行は赤字であっても、カナダに大きな経済効果をもたらす起爆剤の一つになっているのだ。
これは赤字経営でも、どちらかというと「良い赤字」ではないだろうか。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。