第15回 おひとりさまが終活をしないと、どうなる?! Pさんのケース その2~Let’s 海外終活~

終活は新しい大人のマナー

叶多範子

皆さまは、それぞれに楽しい夏の思い出を刻んでいることでしょう。一方、私の7月は「天中殺」とでも言うべき試練の連続でした。特に前半の2週間は、まるで嵐の中にいるかのようでした。何十年ぶりかで、アスファルトの上で前のめりに転倒。腕と足に大きな擦り傷を作ったのが序章でした。息子たちの野球シーズン真っ只中で、突然決まった配偶者の長期出張。送迎を一人でこなし、時には助けを借りてのやりくり。泊まりがけでの長男の野球チームの州大会。そんな中、愛猫の緊急治療や介護、長男の健康不安も重なり、まさに八方ふさがりの状態。ここに書ききれないほどの出来事が、まるで雪崩のように押し寄せてきました。

普段は穏やかな日常や喜ばしい出来事をお伝えしていますが、人生にはこのような停滞期や困難な時期もあるものです。8月は穏やかに過ごせることを祈るばかりです。

さてここからは前回の続きです。

Pさんの妹さんは、突然の知らせに大きなショックを受けていました。彼女は自分が家庭を持ってからも仕事を続けていたこともあり、カナダへ行った兄とはあまり頻繁にやりとりをしていなかったそうです。最後の肉親を失った悲しみに打ちのめされていましたが、カナダにある兄の遺体や財産の処理という現実的な問題に直面し、気を取り直してすぐに行動を起こしました。忌引き休暇を取り、家族や仕事のスケジュールとも折り合いをつけカナダに来れたのが、連絡が取れてから5日後のことでした。

やっと日本にいるPさんの妹さんと連絡が取れた、と責任が軽くなるのを喜んだQさんがほっとするのも束の間。妹さんがカナダに滞在できるのは、なんとたったの1週間。人が亡くなった後のことを手伝うのは、Qさんにとっても全く初めての経験だったため、ましてやそれが日本でのことではなく、カナダでのことだったため、人から聞いたアドバイスなどを元に、腹を括ってとにかく1つずつやっていくしかありませんでした。

一方、それと同時にQさんはPさんの会社や顧客への対応を行う必要がありました。Pさんが一人で経営していた翻訳会社には、進行中の仕事がいくつもあり、突然、Pさんと連絡が取れなくなり、パニックに陥っていた取引先があったため、それらを適切に処理する必要がありました。Qさんは、自身の仕事をこなしながら、Pさんの仕事の整理にも奔走します。

Pさんの遺体は、妹さんの到着を待って火葬されることになりました。しかし、カナダでの火葬手続きや、遺骨の日本への持ち帰りなど、妹さんにとっても初めての経験ばかり。また長時間フライトの疲れがあったり、言葉の壁もあることから、結局はQさんが中心となりその都度、大使館、現地の葬儀社、航空会社に確認し、妹さんと相談しながら進めていく必要がありました。

Pさんの相続手続きを進める上で様々な障壁に直面することになり、弁護士を雇う必要性も出てきてましたが、後にこれは賢明な判断だったとわかることになります。

なぜなら、日本へ戻るQさんの代わりにPさんが代理人として、今後のことをカナダで進めていくためには委任状の作成が必要だったからです。また銀行口座や貴重品が入った貸金庫の存在も判明しましたが、それらへアクセスする際にも銀行から弁護士の立ち会いを求められたりしたからです。Pさんが生前に何も準備していなかったため、すべての手続きが通常よりも複雑になっていたのです。

終活ポイントアドバイス
①上記のような場合の他に、認知症や植物人間状態などの不測の事態に備えて、元気なうちに委任状を作成しておくことをお勧めします。
なぜなら、家族であっても法的な代理権を自動的に持つとは限らないからです。正式な代理人として行動するためには、通常、委任状(Power of Attorney)が必要です。また、委任状には通常、委任者(指名する人)と受任者(指名される人)の両方の署名が必要です。多くの国や地域では、委任状の有効性を確保するために、公証人や弁護士の立ち会いのもとでの署名が求められます。

貸金庫は開けられたものの、これは遺言があるかの確認作業だけしか許されず、金庫内にあったものは何も手に取ることが出来ませんでした。裁判所の手続きを経て、Grant(グラント)というものをもらわない限り、金庫のものは出せないと言われてしまいます。結局、Pさんは遺言を残していないことがわかり、弁護士事務所にこの手続きも依頼することになりました。

このような状況の中、妹さんは短いカナダでの滞在中にQさんと協力して、唯一の身内として問題に対処していきました。妹さんとQさんは、お互いに初めての見知らぬ者同士でしたが、Pさんとの思い出を共有しながら、目まぐるしい1週間を共に乗り越えたのでした。

妹さんが、ようやくPさんの遺骨を日本に持ち帰ることができたのはPさんが亡くなってから約3週間後のことでした。

続く

*このコラムは終活に関する一般的な知識や情報提供を目的とするものです。内容の正確さには努めておりますが、必要に応じてご自身で確認、または専門家へご相談ください。このコラムを元にして起きた不利益は免責とさせていただきます。

「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。

叶多範子(かなだ・のりこ)

海外終活アドバイザー・弁護士アシスタント
「終活をせずに亡くなった!認知症になって困った!途方に暮れた!!」を、「終活しておいて良かった!」「終活してくれていて、ありがとう!」に変えたい!そんな思いから2020年に終活アドバイザー資格を取得。海外在住の日本人向けの「海外終活」についての講座や説明会、ご相談はブログやFacebookなどのSNSをご覧ください。家族はカナダ人の夫+息子2人+猫1匹、バンクーバー在住。

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