運のいい奴 9 ~投稿千景~

エドサトウ

 病院で脊椎管狭窄症の手術は11時半ころに終了するが、僕は前の晩から足が不自由なためにやや高めのベッドから降りることもままならず、夜中ベッドの中でピーボトル(尿瓶)におしっこをして、コールボタンをおすとナースが来てトイレにおしっこを流してピーボトルを空にしてくれる。ベッドの上で寝たままおしっこをすると全部出し切れないのか、一時間ぐらいすると、また、尿意をもよおす。それと、明日の手術のための緊張感なのか、いつもよりおしっこの回数も多く、熟睡ができなかっためか、麻酔が体内に入ると深い眠りについた。手術が終わっても一時間ぐらい眠っていた様子である。

 手術室で看護婦さんに起こされて目が覚めると、担当のF先生の「足の指を動かして、じゃあ、手の指を動かして」という指示に従い動かしてゆく。「OK、大丈夫だ」と、再び、僕は自分の部屋に運ばれて、ぐっすりと夕方の四時ころまで、眠る。昨日の寝不足の為かよく眠った。その後は、六時間おきにナースが来て、血圧、脈拍、体温などをコンピュターでチェックし同時に記録していく、さらに痛み止めなどの薬を持ってくる。右手からは点滴投与される液がポトポトと細い管から体内に入ってくる。何の薬か分からないが三日ぐらいセットされてあった。おしっこは細い管が尿道に入っていて、おしっこをすると右側のベッドの横に掛けてあるボトルに溜まるようになっていた。左側には背中の手術の傷口から細いビニールのパイプがセットされてあってベッドのの左側の袋に集められて、毎朝、看護師さんがが出血を調べているが、僕の場合は化膿性の疾患もなく順調に出血はすくなくなった。それは「もちろんだよ!」と係のナースに言いたかった。

 病院に入る数日前から息子夫婦に、「体質改善のためにベジタリアン(野菜のみの)食事にするように」言われて、青野菜やビーガンミート(野菜などれ作られ肉)を数日分持ってこられて、半ば半強制的に僕は中途半端なベジタリアンになった。そのためか、手術後の経過はよく順調に回復していたが、手術後は薬の量が多かったのか食欲不振となり、小食となった。そのことのためか、四日目になってもウンチがでなくなり、また便秘となった。点滴や出血のパイプもはずされたので、自分で個室のトイレに行き、力むがウンチは、なかなかでない。いろいろ便秘の薬をもらうが、あまり役にたたず。その日の担当の白人の若い看護婦さんにそのことをつげると、「大丈夫、私が後からきて助けて(ヘルプ)してあげるから」という。

 しばらくして、朝の検診がすむと、再び僕の部屋に来て、「トイレに行って、便器の前で前かがみになって?」と言う。それでお尻を出して、腰をかがめていると、薄いゴムのグローブをつけたその看護婦さんがお尻の穴から、固いウンチを指でほじくり出してくれた。2、3度繰り返していたらドドッとウンチが出てきて便秘は解決した。人の嫌がるような仕事をしてくれたこの看護婦さんには驚いたし、感激した。その後に手術の切り口のバンデイジを交換するときに、「これを写真に撮って友達に見せてあげたら」と言って写真を撮ってくれたのである。自分の背中の手術の傷口をはじめて見るのは少々怖かった。

 しだいに体調が回復してくると廊下をはさんだ反対側の大きなリハビリのトレーニングルームで簡単なリハビリが、毎日、少しずつ始まる。担当の先生に「何か目標はありますか?」と問われて、「春に映画の撮影があるので、それまでによくなるといいですね」と答えると「あなたは映画俳優なの?」と聞いてくるので、「いや、パートタイムの俳優ですよ」と。すると「何の映画にでているの?」と問う。「バーナビーで撮影されている『ショウグン』という映画です」と答えたりしているうちに、僕は少し有名人になってしまった。

 この病院を退院して、別のリハビリ専門の病院に移る日、少し日本語のわかるリハビリの先生が「映画見るからね!」とニッコリと笑って送り出してくれたんは、少し嬉しかった。

 次のリハビリ専門の病院は朝からスポーツ用トレーナーを着て、いろんなリハビリのトレーニングがはじまるのである。