174 「アルツハイマー啓発月間」

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 毎年1月。カナダでは、「アルツハイマー啓発月間」がやってきます。この啓発月間は、認知症についての正しい知識と理解を促すことが目的で、認知症や認知症と診断された人に対する誤解や知識不足からくる偏見や差別をなくすことを目指します。

 「認知症と診断されるとすぐに何もできなくなる」とか、「認知症になると何も考えられなくなる」、「認知症は年寄りのなるもの」というような誤解が、認知症への過度な恐れを生み出します。身近にいる人が認知症であることがわかると、対処の仕方がわからないため、その人とは関わらないでおこうという考えに至ったり、自分や家族が認知症かもしれないと思っても、それを認めたくないため、医療機関への受診や支援機関への相談が遅れ、正しい診断や治療を遅らせることになりかねません。

 認知症に限らず、私たちは「知らないこと」に恐れを感じます。認知症についての正しい知識や事実、情報を知っていれば、「知らないこと」からくる思い込みや憶測で判断することがなくなります。同じ種類の認知症でも、その症状には個人差があることや、認知症の診断を受けたその日から、仕事を辞めたり、毎日の日課を変えたりする必要はないことは、認知症について正しく知っていれば、誤った情報であることがわかります。また、「若年性認知症」と呼ばれる種類の認知症があるという知識があれば、認知症が高齢者だけの病気ではないことは、事実として理解できます。

 近年、認知症について色々なことが知られるようになり、日本でも、自ら認知症であることを公表する人が増えてきています。ところが、認知症の診断を受けた時、本人や家族がそれを周りの人に敢えて打ち明けず、隠し通そうとする状況はそれほど変わってはいないようです。その背景にあるのは、誤解や知識不足からくる偏見や差別で、友達が離れていくことや、職場や近所で噂になることを恐れてのことです。本人や家族でさえ、診断されるまで認知症についてあまり知識がないことがそうさせているのかもしれません。しかし、隠し通すことはいずれできなくなります。

 認知症とは一体なんなのか、どのような症状があるのか、自分で調べたり、講習会などに参加して得ることができる情報はたくさんあります。特に、認知症の診断を受けた人にとって、認知症になるとどうなるのか、同じような立場の人の実体験を聞くことで、知らないことによる不安は小さくなるでしょう。続けてきた仕事や趣味を通じて社会との繋がりを保ち、普段の生活を続けることが、認知症の進行を遅らせる助けになることを知ることにもなるでしょう。

 認知症の症状のせいで、出来事に対する反応や行動パターンが変わることはあっても、その人となりが根本的に変わるわけではないことを知っていれば、認知症になったからといって、それを理由に友達をやめたり、解雇したりしないのは当たり前です。周りからの支援がある環境では、症状が進行し、できないことが増えても、寝たきりになり、会話ができなくなっても、人としての尊厳を傷つけるような対応にはまずならないはずです。認知症と診断された人を介護する人もまた、周りからの理解や支援を必要としています。「介護は家族がするべき」というなかなかなくならない風潮と、公的機関や介護施設のサービスを利用せずに介護を抱え込んでしまうことが、介護者を孤立させ、いずれ介護が行き詰まるのは目に見えています。「介護疲れ」で思い詰めるあまり、取り返しのつかない事件という「終わり」を迎えることがあることは、皆さんもニュース報道でご存知でしょう。

 現在、認知症を根治する方法はありません。しかし、診断が早いほど、進行を緩やかにする治療の効果が期待でき、診断を受けた時点の「生活の質」を保てる期間は長くなります。症状が進行する前に、自分の希望通りの将来の計画を立て、家族に自分の思いを伝えておく余裕があれば、それを支える家族も、認知症と生きていく「覚悟」を固める機会になるでしょう。認知症の現実を伝える「生き証人」として、普及啓発活動をすることが、診断後の新しい「生き甲斐」になるかもしれません。

 認知症も他の病気と一緒で、誰がなってもおかしくありません。この「啓発月間」が、皆さんの認知症への理解を深める切っ掛けになることを願っています。

参考:

Alzheimer’s Awareness Month

Alzheimer Society of Canada

https://alzheimer.ca/en/take-action/change-minds/alzheimers-awareness-month

*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。

ガーリック康子 プロフィール

 本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定。