167 片付けられないのは、認知症かも 

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 「実家がゴミ屋敷のようになっている」、「親が物を捨てたがらず、どんどん溜まるいっぽうだ」、「綺麗好きだった母の部屋が、散らかり放題になっている」……。

 心当たり、ありませんか?

 これらはすべて、「片付け」ができなくなっている表れです。そして、片付けられなくなることは、さまざまな認知症の予兆のひとつでもあります。片付けたい気持ちはあっても、片付けるための段取りがわからなくなっていることや、片付けようと思っていたり、片付けの途中だったこと自体を忘れてしまうこともあります。

 私が母の認知症を疑うようになったのも、ある年、日本に一時帰国し、散らかり放題になった実家を目の当たりにしたことがきっかけです。玄関周り、母の部屋、リビング、台所、廊下と、母が暮らす1階のすべてのスペースがびっくりするほど散らかっているのです。翌日から片付けを始めることになるのですが、どこから手をつけて良いか途方に暮れてしまうほど、状況は予想以上でした。

 リビングには、開封されないまま溜まった郵便物や定期購読の雑誌。母の部屋には、1年前の日付の送り状の付いた、送られないままの小包。ミシンに乗った縫いかけの服。通帳が入っていない通帳カバー。広げたままの新聞。仏壇のお供えのご飯は乾いてカピカピ。台所の流しには洗い物が溜まり、ゴミ箱からは溢れるゴミ。どの部屋の床もほこりだらけで、風呂場やお手洗いはしばらく掃除をした形跡がありません。その上、預金通帳、印鑑、大事な書類など、決まった場所にあるはずの物が見つかりません。

 見つからない物をどこから探せばいいか全く見当がつかないまま、とにかく片付けながら探すしかありません。片付けないことには、食事の準備も入浴も、お手洗いにも行けず、普通の日常生活は送れません。部屋を母と一緒に片付けながら、何を探しているのか尋ねてみても、的を得ない答えがかえってきます。探し方に本人なりの基準があるようでしたが、少し片付くと、片付いたそばからまた散らかっていくいたちごっこで、なかなか捗りません。

 「散らばっている物などをいっぽうに寄せること、散らばっている物をきちんとした状態にすること、ごたごたしている物を整理すること」と定義される「片付け」には、普段よりも多くの労力や体力を必要とします。高齢者、況してや(ましてや)認知症など認知機能に支障がある場合、「片付け」は能力を超えた作業です。 では、なぜ片付けられなくなるのでしょう。

 「認知症」の中核症状のひとつに、「実行機能障害」があります。これは、物事を系統立てて考えたり、実行したりすることが難しくなる障害です。「片付ける」作業を行うためには、まず、「散らかっている」という認識が必要です。散らかっていることを認識した後に、それを適当な場所に戻したり、いらないものを処分したりする、実際の「片付ける」作業に移ります。もちろん、散らかっている状態の捉え方や、許容範囲には個人差があります。しかし、散らかっている状態を把握することはできても、それを片付ける行動に移せない場合があります。また、必要な物と不必要な物との区別がつかなかったり、処分の仕方がわからない場合もあります。散らかったままになることが積み重なり、さらに散らかり、極端な場合は「ゴミ屋敷」のような状態になってしまいます。このような場合、「実行機能障害」の可能性があります。

 また、「記憶障害」も、「認知症」の中核症状のひとつで、自分の体験した出来事や過去についての記憶が抜け落ちてしまう障害です。覚えていたことが思い出せないだけでなく、新しい出来事を覚えておくことができない、または覚えたはずなのにすぐ忘れてしまう状態です。自覚のある「物忘れ」とは違い、本人に自覚はなく、日常生活に支障が出てきます。例えば、いつも決まった場所にある物を使った後、元の場所に戻さないと、次に使う時にはもうそこにはありません。どこに置いたかが思い出せない場合、あちこち探し回ることになります。ところが、自分がいつもと違う所に置いた「出来事」を忘れている場合は、その記憶がないため、そこにないのは「誰かが盗んだ」から、という結論に至ることもあります。同居する家族や時々やってくるヘルパーさんを疑ったり、泥棒が入って盗まれたと、事実とは異なることを話し始めたら、「記憶障害」のせいかもしれません。

 初めは少しずつ、そのうち手が付けられないほど散らかってしまう。特に、同居する家族がいなければ、誰にも気づかれないまま、ゴミの中で生活するような状態になることもあり得ます。

 実家の親御さんは大丈夫ですか?

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*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。

ガーリック康子 プロフィール

 本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定。