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「カナダ“乗り鉄”の旅」第32回 目玉の“走るレストラン”、高級ホテルとは正反対の流儀とは シリーズ「カナディアン」【6】

VIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」の食堂車内(2024年8月12日、大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」の食堂車内(2024年8月12日、大塚圭一郎撮影)

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 カナダの西部ブリティッシュ・コロンビア(BC)州バンクーバーと、国内最大都市の東部オンタリオ州トロントの約4466キロを4泊5日で結ぶVIA鉄道カナダの看板列車「カナディアン」の目玉となっているのが“走るレストラン”こと食堂車だ。高級ホテルのレストランの「常識」とは180度異なる運営をしており、意外にもそれが隠れた魅力となっている。

「カナディアン」の食堂車の予約票(2024年8月14日、大塚圭一郎撮影)
「カナディアン」の食堂車の予約票(2024年8月14日、大塚圭一郎撮影)

 【食堂車】主に長距離列車に連結しており、乗客に食事を提供する車両。乗客の食事用のテーブルと座席、調理用の台所と配ぜん設備を備えていることが多い。アメリカの鉄道車両メーカーだった旧プルマンが1968年に製造した「デルモニコ」が、全室を食堂車にした客車の先駆けとされる。アメリカの全米鉄道旅客公社(アムトラック)の夜行列車には食堂車をつないでいる。VIA鉄道カナダでも「カナディアン」のほかに、東部のケベック州モントリオールとノバスコシア州ハリファックスをつなぐ夜行列車「オーシャン」にも連結している。

 日本ではJR東日本の豪華寝台列車「トランスイート四季島」、JR西日本の「トワイライトエクスプレス瑞風(みずかぜ)」、JR九州の「ななつ星in九州」などに連結している。かつては東海道・山陽新幹線の一部列車や、長距離を走る特急列車などにも備えていた。

▽パーティーの来客のようにもてなす

 「カナディアン」は2両のディーゼル機関車が、旧型ステンレス製客車を引いている。2024年8月12日にバンクーバーのパシフィックセントラル駅を出発したトロント行きの列車は夏休みの繁忙期とあって計22両という長大な編成で、食堂車が2両連結されていた。

「カナディアン」に連結された食堂車の外観(2024年8月14日、大塚圭一郎撮影)
「カナディアン」に連結された食堂車の外観(2024年8月14日、大塚圭一郎撮影)

 利用できるのは最上級クラス「プレスティージ寝台車クラス」と、次いで料金が高い「寝台車プラスクラス」の乗客で、料金に食事代が含まれている。プレスティージ寝台車クラスの利用者はアルコール飲料も無料で注文できるのに対し、寝台車プラスクラスの場合は追加料金が必要だ。VIA鉄道の職員にチップについて尋ねると「食事のたびに支払う必要はないが、担当してくれたウェイターか、ウェイトレスに下車前に寸志を封筒に入れて渡すと喜ばれると思う」と助言されたので、そうした。

 客室の位置によって2両の食堂車のどちらかに割り当てられ、私たちは後ろから4両目に連結された車両だった。車内はテーブルごとに4席、計48席を備えている。車内の仕切りのガラスには鳥のイラストが装飾されているなど、気品が漂う空間だ。

 横長の窓からの車窓を眺めながら、シェフが併設された台所で調理したばかりの料理に舌鼓を打つ時間は格別で、列車旅ならではのぜいたくな時が流れる。

 VIA鉄道は食堂車について「楽しさと満足感を得られることを保証する」と太鼓判を押す。2023年12月に息子とともにトロントからバンクーバーまでの全線を乗り通した前回は、食堂車を担当するベテランのサービスコーディネーター、ショーン・ピジョンさんが「私は全ての利用者を、パーティーの来客のように歓迎し、もてなしている」と教えてくれた。

 もてなす手法が、VIA鉄道の食堂車の魅力を倍加させる“スパイス”として利いているのだ。しかし、それは実は「高級ホテルのレストランの常識に反する」(ホテルマン)というものだった。

▽クライマックスはいつ?

 2024年8月に再びカナディアンに乗車した際は、息子に加えて妻も伴った家族3人の総出となった。私の関心の的は「あの絶品の料理がいつ供されるのか」ということだった。それは23年12月にトロントからバンクーバーへ向かった際、“最後の晩餐”となった4日目の夕食の選択肢にあったメーンディッシュだった。

 それは、生後12カ月未満の仔羊の骨付きのロース肉を調理したラムチョップだ。世界中で鉄道旅行を楽しんできたという男性も「カナディアンのラムチョップは食堂車で食べた中で最高だった」と絶賛するほどの美味だった。

 トロントからバンクーバーへ向かう「VIA1」と名付けた1番列車でラムチョップが用意されたのは4日目の夕食で、BC州を走行中のことだった。

 これに対し、今回乗り込んだ反対方向のバンクーバー発の列車「VIA2」は、ラムチョップが前回提供されたBC州の区間がいきなりやって来る。その場合、初日の夕食で味わえることになる。

 一方、もしも“最後の晩餐”に取っておいているのならば、オンタリオ州を走る4日目の夕食に待ち受けているはずだ。その場合、ラムチョップの出番はいつになるのかと首を長くして待っていた私と息子は肩を落とすことになる。今回は途中のカナダ中部マニトバ州ウィニペグで下車するため、ラムチョップにはありつけないことになるからだ。

 果たして初日の夕食のメニューは何か。それが気になりながらバンクーバーを出発した2024年8月12日、予約時刻の午後7時に食堂車へ足を踏み入れた。4人掛けのテーブルに3人で着席し、渡されたメニューのページを繰った。

 願いが通じ、なんとラムチョップが入っていた。何とウェルカムドリンクならぬ“ウェルカムディナー”で早くもクライマックスが訪れた展開だ。味はもちろん、期待通りの素晴らしさだった。

「カナディアン」の食堂車でラムチョップを味わう筆者(2024年8月12日)
「カナディアン」の食堂車でラムチョップを味わう筆者(2024年8月12日)

 他にはケイジャンのスパイスを利かせて焼いたサケ、カナダの特産品のメープルシロップで味付けしたローストチキン、そしてベジタリアン用の料理が用意された。妻はサケを選び、「とてもおいしい」と満足そうだった。

▽「ブランチ」の定義に新説!?

 1日目にしてヤマ場を迎えた食堂車での体験は、2日目に帳尻を合わせてきた。この日は朝食ではなく昼食を兼ねた「ブランチ」という設定で、午前9時半から午後1時までの好きな時間に訪れる仕組みだ。

 反対方向の列車に乗り込んでいた2023年12月の前回乗車時も、西部アルバータ州の有名保養地のジャスパーを通る4日目だけブランチだった。このときはオープン直後の午前9時半にブランチのオムレツを食したため、午後9時に予約していた夕食まで半日近くの間が空いた。

 夕食で同席したアルバータ州エドモントン在住の心理カウンセラーの女性は「朝食が早くて昼食はなかったので、展望車両に置いてあったビスケットを食べてしのいだわ」とぼやいた。私も首を縦に振って「息子と私も同じ状況でした」と話した。

 すると、同席したジャスパーに住むカナダ国立公園局(パークス・カナダ)元職員の男性は「へー、そうなんだ」とどこ吹く風と言わんばかりの様子だ。女性が「あなたはどうしたの?」と質問すると、男性は「『ブランチ』と言っているのだから、そういう時はブレックファスト(朝食)とランチ(昼食)の2回行けばいいんだよ」と得意げに答えた。

 女性が「つまり朝と昼の2回食堂車に来て、どちらもブランチのメニューを注文したということ?」と確認すると、男性は「そういうこと。1回目は朝食のために午前9時半に来て、2回目は昼食を取るために午後1時に再訪したんだ」と説明した。

 男性は「別に注意されることもなかったよ。だって、映画『ロード・オブ・ザ・リング』では『2回目の朝食はないの?』という台詞が出てくるじゃないか!」と笑いながら解説した。

 確かにロード・オブ・ザ・リングでは、道中にピピンがアラゴルンに「朝食は?」と尋ね、アラゴルンが「食べただろ?」と返すと、ピピンが「1回だけしか食べてない。2回目の朝食は?」と食い下がる場面がある。

 男性の〝告白〟は、思わぬ相手にも伝わっていた。隣のテーブルの乗客が平らげたケーキの皿を下げようとしていたウェイターが、こちらに視線を送りながら「よろしければ2個目のケーキはいかがですか?」と声を張り上げたのだ。

 「2回目の朝食」を皮肉られたことに気づいた男性はすかさず「それは僕のアイデアだぞ!」と返し、皆で大笑いした。

▽「ホテルマンの常識」と異なる流儀

 このときの夕食で相席になった心理カウンセラーの女性も、パークス・カナダ元職員の男性も全くの初対面だった。ウェイターが4人掛けのテーブルに私たち親子と女性、男性を案内して同じテーブルになった。これは「相席にはしないのが常識」(ホテルマン)という高級ホテルのレストランでは見られない光景だ。

 食堂車を担当するピジョンさんは「食事の機会に新たな出会いが生まれるといいとの思いから、できるだけ同じテーブルに他の人と同席してもらっている」と教えてくれた。食堂車を利用するのは最上級のプレスティージ寝台車クラスの利用者と、次いで値が張る寝台車プラスクラスの乗客だけに、社交的で旅慣れた利用者が多い。

 したがって、ウェイターまたはウェイトレスから「相席でお願いします」と言われれば快諾し、互いにあいさつして会話を楽しむ場面が多く見られる。

 心理カウンセラーの女性も「知らない人たちと出会えるのがこの列車の楽しいところだわ」と語り、パークス・カナダ元職員の男性も、私たち親子もうなずいた。

 別の時の昼食では韓国人の親子と相席になり、「僕は日本のアニメのファンなんだ」という子どもの豊富な知識量に舌を巻いた。

 こうしてひとたび同席した人たちとは列車内で顔を合わせるとあいさつをしたり、会話をしたりするようになる。「パーティーの来客のように歓迎し、もてなしている」(ピジョンさん)という言葉通り、パーティーのように食事の席でも知己を広げ、交流できるように仕掛けられているのだ。

▽裏ワザを繰り出すチャンス到来!?

「カナディアン」に乗車した2日目の2024年8月13日、食堂車に提供されたブランチのメニュー(大塚圭一郎撮影)
「カナディアン」に乗車した2日目の2024年8月13日、食堂車に提供されたブランチのメニュー(大塚圭一郎撮影)

 さて、「2回目の朝食」という裏ワザを耳打ちされて迎えた2024年8月のブランチはどうしたのか。さすがに3人連れでブランチ時間帯に2度訪れると目立つのに加え、他の乗客の分や、乗務員のまかない飯が足りなくなっては申し訳ないので自粛した。

 ところが、公式な形で1日に3食を味わうことは可能だったのだ。2日目となる8月13日は午前6時半~8時という限られた時間に食堂車へ足を運ぶと、普段よりも簡素ながら朝食を出してもらえた。

 提供されるのはオートミールとシリアルに加え、ヨーグルトまたはトースト、マフィンの付け合わせだった。私たちは午前8時前に食堂車を訪れ、付け合わせにはトーストを選んだ。

 続いて3時間後の午前11時に再び足を運び、ブランチをいただいた。メニューは5択で、卵料理とハッシュドブラウンのハッシュドブラウンポテトなどを盛り合わせた「トランスコンチネンタル」、オムレツ、チキンポットパイ、パスタ料理、ビーガン向けのハッシュドブラウンと野菜、豆腐を組み合わせた料理が用意されていた。

ブランチのチキンポットパイ(2024年8月13日、大塚圭一郎撮影)
ブランチのチキンポットパイ(2024年8月13日、大塚圭一郎撮影)

 私は選んだチキンポットパイを食しながら、元パークス・カナダ職員の男性がドヤ顔でブランチ時間帯に2回訪問したことを明かした8カ月前の情景を思い浮かべた。そして、心の中でこう叫んだ。

 「今度こそ『2回目の朝食』にありつけたよ!」

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第31回 乗務員のレクチャー、日本では“御法度”の攻めたテーマも シリーズ「カナディアン」【5】

VIA鉄道カナダのディーゼル機関車「F40PH―2」(2024年8月、西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーで。大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダのディーゼル機関車「F40PH―2」(2024年8月、西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーで。大塚圭一郎撮影)

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西部サスカチワン州のサスカチューン駅に停車中のVIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」(2023年12月、大塚圭一郎撮影)
西部サスカチワン州のサスカチューン駅に停車中のVIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」(2023年12月、大塚圭一郎撮影)

 カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーと最大都市の東部オンタリオ州トロントの約4466キロを4泊5日で結ぶVIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」の楽しみの一つは、客室乗務員がカナダの自然や文化、特産品などについて教えてくれるレクチャーだ。利用者が自由にくつろぐことができる中間車両「スカイラインドームカー」でのレクチャーは、日本では“御法度”の攻めたテーマも待ち受けていた。

▽言葉を失う山火事発生件数

西部アルバータ州で「カナディアン」から眺めた車窓(2024年8月、大塚圭一郎撮影)
西部アルバータ州で「カナディアン」から眺めた車窓(2024年8月、大塚圭一郎撮影)

 2024年8月にバンクーバーから中部マニトバ州ウィニペグまで乗ったカナディアンは、山火事で焼け落ちた建物が無残な姿と化していた西部アルバータ州の保養地ジャスパーを通り過ぎた。スカイラインドームカーの2階のドーム状になったガラスから眺めた光景に心を痛めていると、追い打ちを掛けるように「アルバータ州では今も150カ所ほどで山火事が起きている」と聞いて言葉を失った。

 声の主はアルバータ州内在住だという女性で、「まだ昼だけれども、きょうに入ってからも州内の3カ所で新たに発火したとさっきのニュースで知ったわ」と言う。有名保養地のジャスパーで被害が広がったため騒ぎとなったものの、山火事自体はカナダの大自然で決して珍しくないのだと改めてかみしめた。

 次の停車駅はヒントン(アルバータ州)だ。この駅名を聞いた次の瞬間、私は2023年12月にトロントからバンクーバーへ乗ったカナディアンで、今回も乗り込んでいる客室乗務員、エミリー・ファラージさんの「寝台車プラスクラス」利用者向けのレクチャーを思い出した。

 ファラージさんはスカイラインドームカーでのVIA鉄道に関するレクチャーで、カナディアンの運行態勢を「2人の機関士が乗務し、12時間おきに交代しています。安全運行のために労務管理は厳格にしています」と強調した。

 安全対策強化に踏み出したきっかけとして挙げたのが、ヒントンで1986年2月8日午前8時40分ごろに起きた列車衝突事故だった。

 この事故はカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の118両編成の貨物列車が停止すべき位置を通り過ぎ、単線区間でVIA鉄道カナダの14両編成の大陸横断列車「スーパーコンチネンタル」(現在は廃止)と衝突して計23人が亡くなった。

 ファラージさんは貨物列車が所定の位置で停止しなかった原因について「機関士の居眠り運転だったとの見方があります」と紹介。というのも、「当時の機関車の運転席にも居眠り運転などを防ぐための安全装置があったものの、機能していなかったのです」と話を続けた。

▽安全装置はなぜ働かなかったか

 事故を起こした機関車の運転席の足元には、「デッドマンペダル」と呼ばれる安全装置があった。機関士は足でペダルを踏んでおく必要があり、もしも居眠りをしたり、意識を失ったりした場合には足がペダルから離れる。すると、数秒後に警報が鳴り、それでも反応しない場合には非常ブレーキがかかる仕組みだった。

 しかし、この安全装置を用なしにしていたのが、機関士の間ではびこっていた悪習だった。ファラージさんは「事故当時は多くの機関士はデッドマンペダルを踏み続けるのが面倒だと感じ、警報が鳴るのを防ぐためペダルにレンガといった重りを置いていました」と明かした。

 発生翌年の1987年に発行された事故の調査報告書は、デットマンペダルの安全装置としての機能が「しばしば無視されていた」と問題視した。ただ、事故を起こした列車の機関士が命を落とし、機関車も大破したため、ペダルに重りを置いていたかどうかの証言や物証は確認されなかった。

VIA鉄道カナダのディーゼル機関車「F40PH―2」(2024年8月、西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーで。大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダのディーゼル機関車「F40PH―2」(2024年8月、西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーで。大塚圭一郎撮影)

 この大惨事を教訓に安全装置が見直された。ファラージさんは、カナディアンをけん引しているディーゼル機関車「F40PH―2」を含めた現在の機関車の運転席には「機関士が居眠りした場合などに検知できるように改良した安全装置があり、走行中に機関士からの反応がない場合には非常ブレーキがかかるようになっています」と解説した。

▽日本では“禁じ手”のテーマ?

 列車の乗客に対してかつての大惨事をタブー視せずに説明し、現在の安全装置の情報も開示して理解を得る姿勢は、重要性が高まっている企業のアカウンタビリティ(説明責任)に沿った行動だと言えよう。それだけでも見上げたものだが、2024年8月に乗った時のファラージさんは日本の鉄道会社では“御法度”の攻めたテーマにも挑んだ。

 なんと、欧米などで頻発している鉄道車両への落書きの手口について説明したのだ。その動機は「カナディアンに乗っていて貨物列車とすれ違うのを見て、貨車の落書きがどのようになされているのかが気になった方もいらっしゃると思います。私も気になり、調べてみました」というものだった。

 落書きは日本ならば器物損壊罪、落書きための車両基地侵入は建造物侵入罪に問われる可能性がある違法行為だが、ファラージさんは犯人らが落書きを「芸術だと思っている向きがある」と解説した。北米では1960~70年代から(アメリカ東部)フィラデルフィアやニューヨークで目立つようになったという。

「カナディアン」とすれ違うカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の貨物列車(2023年12月、大塚圭一郎撮影)
「カナディアン」とすれ違うカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の貨物列車(2023年12月、大塚圭一郎撮影)

 「カナディアン」に乗ってカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の貨物列車とすれ違うと、文字や模様をスプレーで落書きされた貨車がつながれていることがある。

 ファラージさんは「落書きをするのは2人以上のグループであることが多く、複数の場合はスプレーで車体に落書きをするのと、警備員が来た場合などに逃げられるようにする監視役と役割分担をしている」と手口を明かした。ただし、捕まって罪に問われる可能性があるのはもちろん、忍び込んだ電車の車両基地で感電死する犯人もいるなど、犯罪行為の代償は大きすぎる。

 首都圏の私鉄大手幹部は「落書きは違法行為であり、落書きされた車両を運用できなくなれば利用者にも迷惑がかかるだけに言語道断だ」と指弾し、発生した場合は警察に即刻被害届を出すと強調する。その見解は100%正しいのだが、日本の場合は「臭い物にふたをする」と言わんばかりに黙殺し、落書きが発生しても鉄道会社が自主的に情報を開示することは少ない。

 しかしながら、現実世界では鉄道車両への落書きが後を絶たないのも事実だ。「違法行為」で「言語道断」なのを熟知している良識ある人たちが聞き手ならば、落書きの手口を紹介しても模倣犯になるリスクはまずない。また、信頼感を持って話してくれる客室乗務員に対して「非倫理的だ」などと目くじらを立てることもない。

 そのことをファラージさんはよく理解し、実践している。そんな思慮分別のある“大人の社交場”が、カナディアンの寝台車プラスクラス利用者向けのスカイラインドームカーでは見事に成立していた。

▽鉄板の人気企画、そのワケは

「カナディアン」でのワイン試飲イベントで、レッドルースターの白ワイン「ソーヴィニヨン・ブラン」の瓶を持つエミリー・ファラージさん(2024年8月、アルバータ州で。大塚圭一郎撮影)
「カナディアン」でのワイン試飲イベントで、レッドルースターの白ワイン「ソーヴィニヨン・ブラン」の瓶を持つエミリー・ファラージさん(2024年8月、アルバータ州で。大塚圭一郎撮影)

 そして「開始時刻前に受講希望者が必ず何人も集まっている」という鉄板の人気企画が、カナダ産のワインや地ビールの試飲会だ。参加者は参加した動機について異口同音にこう語る。「(寝台車プラスクラスでは)アルコール類を注文すると有料だけれども、これに参加すれば無料だからね」

 2024年8月に乗ったバンクーバー発トロント行きの列車では、ファラージさんがカナダ産ワインを紹介するレクチャーに参加した。この日は出発翌日の8月13日で、アルバータ州を走行中のスカイラインドームカーで開催された。

 ファラージさんがワインの特色を説明後、参加者がプラスチック製のコップで試飲して「どのような傾向の味なのか」を推察する。その後でファラージさんが模範解答を伝えて「答え合わせ」をする。

ブリティッシュ・コロンビア州のオカナガン湖畔のブドウ園(2017年8月、大塚圭一郎撮影)
ブリティッシュ・コロンビア州のオカナガン湖畔のブドウ園(2017年8月、大塚圭一郎撮影)

 この日紹介された3銘柄は、いずれも良質なワインの産地として名高いブリティッシュ・コロンビア州オカナガン湖畔のワイナリーの商品だった。私は2017年8月に現地のワイナリーを訪問したので、湖に生息されるとされる未確認生物(UMA)「オゴポコ」のように深い謎に包まれているというわけではない。それでも味わったことがないワインは多くあり、新たな知見を得られる貴重な機会となった。

 トップバッターは、ワイナリー「レッドルースター」のワイン卸商品質同盟(VQA)の基準で認証された2022年産白ワイン「ソーヴィニヨン・ブラン」だ。口にふくむと柑橘系の風味を感じた通り、「パパイヤやグレープフルーツの香りが特徴」ということだった。

ウェイン・グレツキー・ナンバー99の2022年産の白ワイン「ピノ・グリジオ」のラベル(2024年8月、アルバータ州で。大塚圭一郎撮影)
ウェイン・グレツキー・ナンバー99の2022年産の白ワイン「ピノ・グリジオ」のラベル(2024年8月、アルバータ州で。大塚圭一郎撮影)

 次にファラージさんがボトルを見せたのは、ワイナリー「ウェイン・グレツキー・ナンバー99」の2022年産の白ワイン「ピノ・グリジオ」で「洋なしやリンゴの味だと評されています」という。このワイナリーは、「アイスホッケーの神様」とたたえられた北米ナショナル・ホッケー・リーグ(NHL)の元スター選手、ウェイン・グレツキー氏から名前を取っている。

 ワインのラベルにはグレツキー氏のサインが印刷されており、ワイナリーに付けられた「ナンバー99」は同氏の現役選手時代の背番号「99」に由来する。この「99」はNHLの永久欠番になっており、いかにずばぬけた選手だったのかを物語る。

「カナディアン」でのワイン試飲イベントで振る舞われた三つのワイン銘柄(2024年8月、アルバータ州で。大塚圭一郎撮影)
「カナディアン」でのワイン試飲イベントで振る舞われた三つのワイン銘柄(2024年8月、アルバータ州で。大塚圭一郎撮影)

 私はカナダを訪問する際にはアイスワインを買って帰るのが定番で、ウェイン・グレツキー・ナンバー99の商品を買うこともしばしばある。それだけに、ファラージさんが「ウェイン・グレツキー・ナンバー99からはもう一つご紹介したいワインがあります!」と声高らかに宣言し、アイスワインを振る舞うのではないかとひそかに夢想した。

 かすかな希望とは裏腹に、登場したのはグレイモンクの2021年産赤ワイン「メルロー」だ。「プラムやベリーのような風味で、好き嫌いが結構分かれます」とファラージさんは解説したが、飲み心地は決して悪くなかった。

 それでもアイスワイン登板への淡い期待が裏切られた私にとっては歓迎する“選手交代”ではなく、やや後味の悪い結末だった…。

【F40PHシリーズ】アメリカの大手自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)の機関車部門だったEMD(現在はアメリカ建設機械大手キャタピラーの部門)などが製造したディーゼル機関車。足回りは2軸台車を2基備えている。

 1975~98年に500両超が製造され、全米鉄道旅客公社(アムトラック)などの北米の鉄道会社が導入した。VIA鉄道カナダは87~89年に造られた「F40PH―2」を53両保有し、運行を続けている。VIA鉄道の機関車は最大出力が3千馬力のディーゼルエンジンを搭載し、設計上の最高時速は145~153キロに達する。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第30回 「ラッキー」と思ったことを後悔、山火事の爪痕に心を痛める シリーズ「カナディアン」【4】

山火事の被害に遭ったカナダ西部アルバータ州ジャスパーでは、多くの木も焼けただれていた(大塚圭一郎撮影)
山火事の被害に遭ったカナダ西部アルバータ州ジャスパーでは、多くの木も焼けただれていた(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」に連結されたスカイラインドームカー(ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」に連結されたスカイラインドームカー(ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーと最大都市の東部オンタリオ州トロントの約4466キロを4泊5日で結ぶVIA鉄道カナダの看板列車「カナディアン」に2024年8月に乗車する前、私は「本当に走るのか」とやきもきしていた。というのも、途中に通る西部アルバータ州の保養地ジャスパーを襲った山火事によってカナディアンも運休が相次いでいたからだ。予約していた2024年8月12日バンクーバー発のトロント行き列車も「出発前または運行中に代替輸送手段を提供せずに運休する可能性がある」と警告されていたが、被災したジャスパー駅を通過して運行すると分かると「ラッキーだった」と胸をなで下ろした。

 だが、中央に突き出た2階のドーム形部分から360度の眺望を楽しめる客車「スカイラインドームカー」に乗り込み、山火事の爪痕の大きさを目の当たりにした時には心が痛んだ。そして、自分の都合ばかりを気にしていたことを悔いた。

【スカイラインドームカー】アメリカの金属加工メーカー、旧バッドなどが製造した1954年登場のステンレス製客車。1階にはテーブル席や長いすがあり、天井部分までドーム状のガラス張りになった2階には左右二つずつのクロスシート座席が6列、計24席並んでおり、車両全体で計62人が着席できる。名称は1933年にカナディアンロッキーを踏破したハイキング愛好家団体「スカイライン・トレイル・ハイカーズ・オブ・ザ・カナディアンロッキー」に由来する。カナディアン・パシフィック鉄道(CP、現・カナディアン・パシフィック・カンザスシティー)が発注して1954~55年に製造した。

 国営企業VIA鉄道カナダが1978年に国内の都市間旅客鉄道を集約した際、CPのスカイラインドームカーを含めた車両を譲り受けた。VIA鉄道は看板列車「カナディアン」の他に、中部マニトバ州のウィニペグ―チャーチル間を走る夜行列車などにもスカイラインドームカーを連結している。

▽「非常事態宣言」の連絡で運休も覚悟

 カナディアンの乗車を控えた日本時間2024年8月8日、VIA鉄道からバンクーバー発トロント行きのカナディアン2号の予約者宛てのメールを受け取った。「ジャスパーでの山火事の拡大により、非常事態宣言が発令されました」と説明した上で、VIA鉄道は「安全運行が保証できない場合、本列車は出発前または運行中に代替輸送手段を提供せずに運休となる可能性があります」と注意を促した。

 さらに「運行の安全性および大気の質に関して状況を注視しています」という一文を読み、運休を覚悟した方が良いかもしれないと思った。山火事の勢いが収まったとしても、火事による有害な煙も運休要因になりかねないと警告していたからだ。

 それだけに、列車がバンクーバーのパシフィックセントラル駅を8月12日午後3時に出発しても、走り続けられるかどうかには一抹の不安があった。ジャスパー周辺で火事が続き、煙が線路の周辺に立ちこめていた場合には運行を取りやめる可能性があると考えていたからだ。

 先を見通せない中で、なんとか手がかりを得ようと日中にしばしば足を運んだ客車がある。それは2階部分にあるドーム状の窓ガラスからから360度の眺望を味わえるスカイラインドームカーだった。

 夏の繁忙期だったため、列車は機関車と客車を計22両もつないでいた。途中には3両のスカイラインドームカーが連結されており、うち先頭から6両目がリクライニング座席で過ごすエコノミークラスの利用客用で、10両目と18両目が私の利用した寝台車「スリーパー寝台車クラス」にあてがわれていた。

 うち10両目は、2023年12月にトロントからバンクーバーまでのカナディアン1号を利用した時に乗り込んでいた客室乗務員のエミリー・ファラージさんが担当すると本人から連絡を受けていた。

 バンクーバーを出発した約1時間後、私は息子とともに15両目の2人用個室寝台を出て10両目へ向かった。

▽「W」と記した看板の意味は

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」に連結されたスカイラインドームカーで、書籍を示す客室乗務員のエミリー・ファラージさん(ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」に連結されたスカイラインドームカーで、書籍を示す客室乗務員のエミリー・ファラージさん(ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 ファラージさんは地質学者の父親が北海道大学で研究していたため札幌市で生まれ、約7カ月過ごした。オーストラリア・クイーンズランド州の州都ブリスベーンを経て、1988年の冬季オリンピックが開かれたアルバータ州カルガリーへ2003年に引っ越した。岐阜県内の高校を卒業した日本語教師の母親から日本語を教わり、高校卒業後の15年には福岡市の日本語学校で約3カ月間学んだ。

 ファラージさんと約8カ月ぶりに再会し、日本からのお土産の菓子を手渡した。ファラージさんから「この後、ドーム(2階部分)で列車の説明をします」と聞き、息子と一緒に参加させてもらうことにした。

 スカイラインドームカーでのイベントは担当者に裁量が与えられており、カナディアンについての紹介や沿線地域の説明、沿線のワインの試飲会、ビンゴ大会などが催される。私がつくづく感心するのは、客室乗務員が内容をよく調べた上で、自分の言葉で参加者に話しかけていることだ。これはとかくマニュアルに書かれた文言に頼りがちな日本の列車乗務員とは大違いだと言える。

 ファラージさんが出発1時間半後の西部時間午後4時半に始めたレクチャーに、私はヤマを張った質問が試験に出題された学生のような気分で参加した。解説のあった線路沿いの「W」の文字を記した看板は「WHISTLE」の頭文字で「警笛を鳴らせ」の意味、「W」の文字に車線が入った看板は「警笛を鳴らすな」の意味、線路沿いに点在している柱はかつて電報を打つ際に使われていたといった事柄は既に知っていたからだ。

 というのも、ファラージさんはカナダでの鉄道旅行を紹介する書籍『Canada by Train(カナダ・バイ・トレイン)』を引用しながら説明しており、私もこの書籍を読んだからだ。2023年12月にカナディアン1号に乗った際にファラージさんから教えてもらい、途中のジャスパー駅の売店で購入したのだ。

▽再チャレンジ

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の前に立つ筆者(ブリティッシュ・コロンビア州のブルーリバー駅で)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の前に立つ筆者(ブリティッシュ・コロンビア州のブルーリバー駅で)

 2日目の2024年8月13日の午前8時25分ごろ、列車はブリティッシュ・コロンビア州の無人駅、ブルーリバーに到着した。車外に出ると美しい山並みが広がり、空気も澄み切っている。

 15分の停車は、車内で禁煙を余儀なくされている喫煙者にとってはまるでオアシスを見つけたような至福の時間で、あちこちで紫煙をくゆらせていた。

 最高峰とされるロブソン山(標高3954メートル)をはじめとするカナディアンロッキーの車窓を楽しむため、ファラージさんが乗務する10両目のスカイラインドームカーの2階部分に陣取った。しばらくするとファラージさんが現れ、「皆さん、カメラの準備はいいですか。シャッターチャンスが近づいてきますよ」と予告した。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」から撮影したブリティッシュ・コロンビア州の「ピラミッドの滝」(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」から撮影したブリティッシュ・コロンビア州の「ピラミッドの滝」(大塚圭一郎撮影)

 この区間を通る列車に乗らなければ全容を見られないという滝が進行方向右手に迫っているのだ。2段になった高さ約90メートルのピラミッドの滝で、私は2023年12月のカナディアン1号乗車時にはシャッターを切るタイミングを逃して“玉砕”した。

 そこで再チャレンジとばかりに、スカイラインドームカーの1階にある窓の一つに陣取って「今度こそ」とカメラを構えた。すると、列車の速度が遅めだったためか成功した。

▽言葉を失う光景

 食堂車でトーストなどのブランチを味わった後、2階の席に戻るとカナディアンロッキーの麓に群青色に彩られた湖面が車窓に広がった。列車は長らく走ってきたブリティッシュ・コロンビア州をようやく抜け、アルバータ州へと入った。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の車窓に広がる山並みと湖面(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の車窓に広がる山並みと湖面(大塚圭一郎撮影)

 通常ならば次の停車駅の有名保養地、ジャスパーが近づいているため、客車では準備作業に当たる客室乗務員がそわそわするところだ。降車客も支度を始めるところだが、この日は慌てた様子は全く見られなかった。

 というのも、山火事で大きな被害を受けたジャスパーを通過し、次の停車駅のアルバータ州の州都エドモントンへそのまま向かうからだ。ジャスパーに近づくとファラージさんが2階に上がってきて、「ジャスパーは山火事によって町の約4分の1が消失しました」と説明を始めた。約8カ月前に通った時に住宅が並んでいた一角は燃えた木材が山積みにされ、樹木は焼けただれており、火の勢いがいかにすさまじかったのかを物語っていた。

山火事の被害に遭ったカナダ西部アルバータ州ジャスパーでは、多くの木も焼けただれていた(大塚圭一郎撮影)
山火事の被害に遭ったカナダ西部アルバータ州ジャスパーでは、多くの木も焼けただれていた(大塚圭一郎撮影)
山火事の被害に遭ったカナダ西部アルバータ州ジャスパー(大塚圭一郎撮影)
山火事の被害に遭ったカナダ西部アルバータ州ジャスパー(大塚圭一郎撮影)

 そんな光景が眼前に広がっていることに言葉を失った。そして、カナディアンが予定通り運行するかどうかという些事で一喜一憂していたことを申し訳なく思った。

 住民の皆様が避難して無事だったことは不幸中の幸いだったものの、家を失って茫然自失とした方々も多いはずだ。被害に遭われた皆様が1日も早く日常を取り戻せることを心から願った。

 カナダ輸出開発公社によると、2024年時点で約4780人の人口を抱えていたジャスパーの就労者の半数弱は旅行業に就いているが、山火事の影響で24年の旅行者数は前年より46%減の約114万人に落ち込んだ。計358の住宅と企業が山火事で焼失し、宿泊施設は約2割減った。

アルバータ州観光公社の国際市場担当事務局長、ダーリーン・フェドロシンさん(大阪市で大塚圭一郎撮影)
アルバータ州観光公社の国際市場担当事務局長、ダーリーン・フェドロシンさん(大阪市で大塚圭一郎撮影)

 今もジャスパーは復興の途上にあるが、2025年9月に来日したアルバータ州観光公社の国際市場担当事務局長、ダーリーン・フェドロシンさんは「ジャスパーにとって観光業は極めて重要であり、火災後の復興に協力して取り組んでいる町に対して私たちも支援してきました」と訴えた。そして「ジャスパーが以前にも増して美しい観光地として必ず再生するでしょう」と強調した。

 次にVIA鉄道でジャスパーを訪れる時には、魅惑的な山岳リゾート地によみがえった元気な姿を見せてくれることを強く期待している。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第29回 大陸横断列車の至福体験にも、隣の芝生は青く見える一角!驚愕の「VIPコーナー」とは シリーズ「カナディアン」【3】

カナダ西部アルバータ州エドモントン駅に停車中のVIA鉄道カナダの列車「カナディアン」(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部アルバータ州エドモントン駅に停車中のVIA鉄道カナダの列車「カナディアン」(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダ西部の主要都市バンクーバーを出発し、同国最大都市トロントへ4泊5日で向かうVIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」は、アメリカの有力旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」の読者が選ぶ「世界の優れた鉄道旅行ランキング」で2024年に13位となったように世界屈指の人気列車だ。線路上の至福体験が待ち受けていることは、優れた鉄道旅行を表彰する「鉄旅オブザイヤー」の審査員であり、VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」の会員でもある私が太鼓判を押す。それでも編成の最後尾と後ろから2両目にひそかに存在する「VIPコーナー」に一瞬でも足を踏み入れると、隣の芝生は青く見える―。

▽最上級クラス、料金はエコノミークラスの13倍超!

 1954年デビューと「古希」を過ぎたステンレス製客車が連なるカナディアンにあって、原形をとどめないほどの変貌を遂げた「VIPコーナー」が存在する。それは2階部分がガラス張りのドーム状になっており、1階後方のソファからは流れゆく車窓も楽しめる展望車「パークカー」と、後ろから2両目の客車に計8室ある最上級クラス「プレスティージ寝台車クラス」だ。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の最上級クラス「プレスティージ寝台車クラス」の客室(VIA鉄道カナダ提供)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の最上級クラス「プレスティージ寝台車クラス」の客室(VIA鉄道カナダ提供)

 慢性的な赤字経営に陥っているVIA鉄道が高収益の顧客獲得を目指し、2015年に導入した。2人用の客室は広さが約6・5平方メートルと、私たちの家族が利用した通常の寝台車「寝台車プラスクラス」の2人用個室より約50%広い。日中は「L」の字になった長いすに腰掛け、他の客車より大きな窓からの眺望を楽しんだり、備え付けの大型テレビで好きな番組を視聴したりできる。

 利用者の要望を受け付けるコンシェルジュが乗務しており、夜になると壁から大きなダブルベッドを引き出す。各室にはトイレとシャワーも備えている。パークカーにはカクテルなどのアルコール類を楽しめるバーカウンターを設けた「ミューラルラウンジ」があり、プレスティージ寝台車クラスの利用者はミューラルラウンジと食堂車でアルコール類を無料で楽しめる。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーにある「ミューラルラウンジ」(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーにある「ミューラルラウンジ」(大塚圭一郎撮影)

 車両間にある仕切り扉もボタンを押せば自動で開閉し、手動で押して開けなければならない他の客車と差異化している。

 プレスティージ寝台車クラスにトロント―バンクーバーの全区間に乗った場合の2025年の繁忙期(5月1日~11月15日)の正規料金は、1人当たり6965カナダドル(1カナダドル=107円で約74万5千円)からという大枚をはたくことになる。

 寝台車プラスクラスの2人用個室利用は1人当たり3029カナダドル(同約32万4千円)からと値段が張るものの、プレスティージ寝台車クラスは2倍超だ。一方、背もたれが倒れる座席の「エコノミークラス」は1人の料金が514カナダドル(同約5万5千円)からで、同じ列車でもプレスティージ寝台車クラスの乗客は実に13倍超を支払っていることになる。

外から見たVIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の「プレスティージ寝台車クラス」の客室(大塚圭一郎撮影)
外から見たVIA鉄道カナダの列車「カナディアン」の「プレスティージ寝台車クラス」の客室(大塚圭一郎撮影)

 このようにプレスティージ寝台車クラスの料金は断トツで高額なだけに、雲の上の体験を堪能してもらおうとさまざまな“特権”が用意されている。繁忙期にパークカーへいつでも自由に立ち入れるのはプレスティージ寝台車クラスの利用者だけで、寝台車プラスクラスの乗客は原則として午後7時~10時半の夜間しか入れない。

 これは車窓が真っ暗になるためパークカーで車窓を眺める乗客が減ることと、寝台車プラスクラスの乗客にミューラルラウンジでアルコール類を買ってもらいたいとの思惑があるからだ。

 私は「乗り鉄」なのはもちろん、鉄道関連の写真撮影をする「撮り鉄」、列車の走行音や車内放送を録音する「録り鉄」も兼ねているが、列車に乗ると必ず杯を傾ける「のみ鉄」というわけではない。ミューラルラウンジのアルコール類は結構な高額のため、2024年8月にバンクーバーからウィニペグまで乗車した際にパークカーに足を運ぶ機会は限られた。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの最後尾に並べられたソファ(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの最後尾に並べられたソファ(大塚圭一郎撮影)

 そこで今回は、閑散期の2023年12月にトロントからバンクーバーまで息子と2人で寝台車プラスクラスに乗車し、全線走破した際にパークカーで出会ったプレスティージ寝台車クラス利用者らの実像を紹介する。私にとっては、プレスティージ寝台車クラスが高嶺の花であることを実感するのに十分過ぎる体験だった…。

▽学会に合わせて北米を周遊する医師夫妻

 息子と一緒にパークカーのミューラルラウンジの座席に腰掛け、「アルコール類ではないため」無料で提供されているコーヒーをすすっていると優雅な雰囲気の女性がやってきた。目が合ったのであいさつし、会話をした。

 この女性はオーストラリア・クイーンズランド州の州都ブリスベンに住んでおり、医師の夫が学会に出席したのに合わせてカナダのモントリオールやトロント、バンクーバー、アメリカのシカゴ、サンフランシスコといった北米各地を周遊する旅行の最中だという。

 女性は「うちの夫は日本語も話せるのよ。日本のアニメや映画などのコンテンツに興味があり、個人レッスンで日本語を習得したの」と言い、個人レッスンの授業料は「とても高額だったのよ」と打ち明けた。

 かつて夫妻で訪日して「長野や新潟、札幌などに行った」とも話し、いずれも国立大学法人の有力医学部があるので学会で訪れたと私は推察した。

 すると、食堂車での夕食に向かうために女性を迎えに来た夫が現れた。夫は私たち親子を見るなり、「初めまして」と流ちょうな日本語で語りかけてきた。

 大枚をはたいて乗り込んでいるプレスティージ寝台車クラスの利用客は“破格の扱い”を受けられるものの、食堂車での夕食のメニューは寝台車プラスクラスの乗客と変わらない。異なるのはアルコール類が無料か、そうではないかという点だけだ。

 もっとも、「のみ鉄」の皆様は「タダ酒が振る舞われるかどうか、それが大きな問題だ」と声を張り上げるかもしれない。

▽バンクーバー島とウィスラーを両立する“魔法の杖”とは

 私たち親子はもっと後の時間帯に夕食を予約していたため、夫妻を見送った。次に現れたのはインド系とおぼしき男性で、バーカウンターで女性乗務員に「ジンを頼む」と注文した。

 続けて、これからが本題だと言わんばかりに「バンクーバーに着いた後に2日間でバンクーバー島やウィスラーなどを巡りたいんだ」と切り出した。

 そう、バーカウンターの向こうに立っている乗務員はバーテンダーの他にも「別の顔」も持つ。プレスティージ寝台車クラスの利用客の相談に乗るコンシェルジュの役割も担っているのだ。

 乗務員は「バンクーバー島を移動するには時間がかかり、ウィスラーはバンクーバー島から離れています」と解説し、どちらかに絞った方がいいことを暗に示唆した。

 立地するブリティッシュ・コロンビア州の皆様には釈迦(しゃか)に説法で恐縮だが、同じ「バンクーバー」の名前が付いていてもバンクーバー島は、北米大陸にあるバンクーバーから隔てられた西側にある島だ。バンクーバーから訪れるには船舶や水上飛行機、旅客機に乗る必要があり、世界で43番目に大きい島のため周遊するには時間を要する。

 一方、スキー場や宿泊施設が立ち並ぶ保養地のウィスラーはバンクーバーの北にあり、バンクーバー島とは方角が異なる。バンクーバーからバスで約2時間かかるため、往復して滞在を満喫するには少なくとも半日は必要だ。

 男性は、それらを両立させるために富裕層ゆえの“魔法の杖”を持っていた。「そこで、プライベートツアーを手配してもらえないだろうか」と要請したのだ。「バンクーバーでの短い時間を無駄にはできないのでね」とも付け加え、「TIME IS MONEY(時は金なり)」と顔に書かれている。

 乗務員は会得した様子で、手元の電子機器端末の操作を始めた。男性がジンのグラスを片手にくつろいでいると、「予約が取れました」という乗務員の声が響いた。

 プライベートツアーの手配を終えた男性の表情が、対照的な境遇の私には“ドヤ顔”に見えて仕方がなかった。男性の客室がプレスティージ寝台車クラスなのに対して私は寝台車プラスクラス、飲んでいるのはジンに対してコーヒー、そしてバンクーバー到着後の移動手段はプライベートツアーに対して鉄道やバスの公共交通機関なのだから…。

▽選んだ「理由があるんだ」という男性

 パークカーの2階には車窓を360度見渡すことができる展望用座席があり、ドーム形になった天井の付近まで窓が延びている。通路を挟んで左右二つずつの座席が6列、計24席あり、うち最前列の4席の上部には「プレスティージ客専用」と記した札が差し込まれていた。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの2階にある展望用座席(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの2階にある展望用座席(大塚圭一郎撮影)

 息子とともに2列目に座ると、1人の男性が札の差し込まれた最前列の座席に陣取った。男性はこちらを振り返り、笑みを浮かべながら「日本にはこんなにゆっくりではない、高速で走る新幹線があるよな。最高時速は何キロ出るんだっけ?」と尋ねてきた。息子と日本語で話していたので、日本人だと気づいたらしい。

 「最も速い東北新幹線の最高時速は320キロですね。最初に開業した新幹線の東海道新幹線の最高時速は285キロです」と答えると、男性は「僕も日本を訪れた時には東京から京都まで東海道新幹線に乗ったんだ。日本では鉄道で旅行をしたのに、自分の国で鉄道旅行をするのはこれが初めてなんだよ」と打ち明けた。

 当時71歳だった男性は西部アルバータ州カルガリーに住み、エレベーター大手フジテックのカナダ法人の元社員。「滋賀県の本社に呼んでもらった時に東海道新幹線に乗ったんだよ」と振り返り、バンクーバー国際空港とカルガリー国際空港のエレベーターやエスカレーター、動く歩道も「フジテック製が採用されているんだ」と教えてくれた。

 男性はカナダで初めての鉄道旅行をしたのも、最上級のプレスティージ寝台車クラスを選んだのも「理由があるんだ」と打ち明けた。妻が東部モントリオールで脚の手術を受けて自宅に戻る帰路だったため、リハビリを兼ねて適度に歩くことができ、快適に過ごせる移動空間を選んだというのだ。

 「料金は高かったけれども、妻が適度な運動ができて居住性が優れた客室を良いと考えたんだ」という男性の気遣いに私も大いに納得し、首を縦に振った。

 「それにこの列車に(アルバータ州)エドモントンまで乗り、帰宅すればクリスマスまでにカルガリーに着ける。だから、今年も家族が集まって一緒に過ごすことができるんだ」。そう言って目を細める男性の表情は、VIP待遇を超越した幸福感と期待感に満ちあふれていた。

VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの最後尾にあるソファに座る筆者
VIA鉄道カナダの列車「カナディアン」のパークカーの最後尾にあるソファに座る筆者

【プレスティージ寝台車クラス】VIA鉄道カナダが夜行列車「カナディアン」だけに連結している最上級の2人用個室で、旅客機のファーストクラスに相当する。客室の広さは約6・5平方メートルあり、トイレとシャワーも備えている。日中は「L」字型になった長いすに腰掛けて広い窓からの景色や、大型テレビでの番組視聴を楽しめる。夜は壁からダブルベッドが出てくる。利用者の要望を受け付けるコンシェルジュがおり、展望車「パークカー」のバーカウンターや食堂車ではアルコール類も無料で注文できる。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第28回 夢見心地の車中泊体験、それでも「古希」の客車にはサプライズが… シリーズ「カナディアン」【2】

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の最後尾に連結された展望車(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの「カナディアン」の最後尾に連結された展望車(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 VIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」の列車番号2番の東部オンタリオ州トロント行きに乗り込むため、西部の主要都市ブリティッシュコロンビア州バンクーバーを訪れた。予約していたのは寝台車の個室「寝台車プラスクラス」で、夢見心地の車中泊を体験できることは折り紙付きだ。それでも、乗り込むのは1954年に登場した「古希」を過ぎた客車だけに、サプライズも待ち受けていた。

【カナディアン】カナダの都市間旅客鉄道を運行する国営企業、VIA鉄道カナダが運行している北米唯一の大陸横断旅客列車。トロントの中央駅に当たるユニオン駅とバンクーバーのパシフィックセントラル駅を4泊5日、93~97時間程度かけて結ぶ。カナダの中央銀行、カナダ銀行が発行していた10カナダドルの旧紙幣に、カナディアンがカナディアンロッキーを駆けるイラストを載せていたように看板列車の位置づけで、列車番号はトロント発バンクーバー行きのカナディアンに「1番」、バンクーバー発に「2番」を付けている。

 列車には最も安く利用できる座席のエコノミークラス、開放型の上下になった2段寝台、原則として1人用と2人用がある個室寝台の「寝台車プラスクラス」、2人用個室の豪華仕様になった最高級の「プレスティージ寝台車クラス」がある。ドーム状のガラス張りの展望スペースを2階に備えた客車や、シェフが車内でその場で調理した料理を提供する食堂車も連結している。カナダだけではなく外国の旅行者からも人気があるため、寝台車は早い段階で予約が埋まることが多い。

▽列車に乗るのに、利用者は入り口と反対方向へ“逆流”

 2024年8月12日午後、バンクーバーのパシフィックセントラル駅の待合室で列車に案内されるのを待っていた。頭端式プラットホームが並んでおり、行き止まりになった線路の先に待合室のテラス席がある。私はホーム近くの“一等地”に陣取ってコーヒーを味わっていた。

 「カナディアン」の最後尾に連結される先端が丸くなった展望車「パークカー」を眺めながら、この先の旅路を想像するというのは実にぜいたくな時間だ。出発の30分前となった午後2時半ごろ、係員から「お待たせしました。列車にご乗車ください」と案内があった。

 この待合室には駅のコンコースから入ってきたため、私はその順路を戻ろうとしたが、人流に行く手を阻まれた。他の利用者が“逆流”してホームの方へ向かってくるのだ。

 振り返ると、係員がテラス席とホームの間に置かれていたついたての一角を開いていた。その隙間を通り、利用者がそのままホームになだれ込んで列車へと向かった。なんとも合理的な仕組みだ。

 私もきびすを返してホームへと進み、予約していた15号車の「寝台車プラスクラス」の2人用個室に入った。日中は列車内を放浪することが多い息子と私がこの個室を使い、客室でゆっくりと過ごすことを好む妻には同じ「寝台車プラスクラス」の近くにある1人用個室を手配していた。

▽トイレの洗浄ボタンもしっかりと指さし確認、もっともな理由は

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の「寝台車プラスクラス」の2人用個室の日中の状態(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの「カナディアン」の「寝台車プラスクラス」の2人用個室の日中の状態(大塚圭一郎撮影)

 2人用個室「寝台車プラスクラス」は窓際の通路に沿った奥行き2・2メートル、幅1・51メートルの部屋で、扉で仕切られたトイレも備えている。日中は2脚のいすがしつらえており、夜になるといすを折りたたみ、代わりに2段の寝台を引き出す。上の段の寝台は天井から降ろし、下の段は壁から引き出す。

 息子と私がいすに腰かけていると、客室乗務員のクレールさんがやって来て照明のスイッチの位置、非常時の脱出方法を説明してくれた。鉄道員(ぽっぽや)らしく、トイレの洗浄ボタンもしっかりと指さし確認をして教えてくれた。

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の「寝台車プラスクラス」の2人用個室の2段寝台を出した状態(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの「カナディアン」の「寝台車プラスクラス」の2人用個室の2段寝台を出した状態(大塚圭一郎撮影)

 それにはもっともな理由があった。近くには客室乗務員の呼び出しボタンがあり、同じくらいの大きさの円形のボタンで見分けにくいのだ。もしも説明を省略してしまい、結果として真夜中も個室から「呼び出し」がかかってしまっては客室乗務員も安眠を妨害されかねないのだ。

 一通りの説明を終えると、クレールさんは「夕方に(2段の寝台を引き出す)ベッドメーキングが必要な時と、朝に片付ける時にはそこにつり下がっているルームタグを扉に掲げてください。私が対応します」と話し、次の個室へと向かった。

▽ルームタグには日本語も!

 ホテルの客室で見かけるのと同じようなルームタグは、カナダの公用語である英語とフランス語に加えてドイツ語、スペイン語、そして日本語も記されている。唯一のアジアの言語に国連公用語で話者も多い中国語ではなく、日本語を採用しているのは「最近は少なくなってしまったものの、かつては大勢の日本人が乗車していた」(客室乗務員のエミリー・ファラージさん)という日本人が海外へ盛んに雄飛していた黄金時代の〝遺産〟らしい。

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の寝台車で使われているルームタグ(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの「カナディアン」の寝台車で使われているルームタグ(大塚圭一郎撮影)

 ただ、英語の「Please make up the room」を日本語で「部屋を作ってください」と記しているのはやや直訳的な気がした。「部屋を掃除してください」と表記した方が良いだろう。一方、裏面の英語の「Please do not disturb」を「邪魔しないでください」と訳したのは適切だ。

 入り口の扉の脇には、ふたが付いた小箱がある。目立たないので多くの利用者が気づかないまま入れ替わっていくが、ファラージさんはその正体を「昔は靴箱に使っていたのです。靴を入れておくと、夜中のうちに客室乗務員が靴を磨くサービスがあったのです」と教えてくれた。

 ファラージさんは「このため、当時の客室乗務員は靴磨きが終わるまで眠れなかったと聞きました」とした上で、「靴磨きサービスが廃止されて良かったです。続けられていれば、私も深夜労働を余儀なくされていましたので…」とおどけた。

▽1人用個室の日本では考えられない設計とは…

 同じ客車には2人用個室のほかに1人用個室、個室ではない開放型の2段寝台、共用のシャワールームとトイレもある。シャワーは寝台車の利用者ならば空いている時に使うことができ、ダイヤルを回して温度を調整し、ボタンを押すとお湯が出てくる。

日本最後の定期寝台列車の「サンライズエクスプレス」(大塚圭一郎撮影)
日本最後の定期寝台列車の「サンライズエクスプレス」(大塚圭一郎撮影)

 “使い放題”のシャワーに対し、日本のJRの寝台列車利用者からは「うらやましい」という怨嗟の声が漏れることだろう。というのも、日本で最後の定期寝台特急となった東京―出雲(島根県出雲市)間の特急「サンライズ出雲」と、東京―高松・琴平(香川県琴平町)を結ぶ「サンライズ瀬戸」からなる「サンライズエクスプレス」ではシャワールームが争奪戦になっているからだ。

「サンライズエクスプレス」のシャワーカード販売機。既に売り切れていた(大塚圭一郎撮影)
「サンライズエクスプレス」のシャワーカード販売機。既に売り切れていた(大塚圭一郎撮影)

 サンライズエクスプレスのシャワールームを利用するには、シャワーカードが入っているA寝台個室の利用者以外は7両編成に1カ所だけある販売機で売られている330円のシャワーカードを買う必要がある。その枚数が、わずか20枚限定なのだ。

 枚数が限られているのはシャワーにお湯を供給する貯水タンクの容量が限られているためで、列車が始発駅を出発する前に早々と売り切れてしまうことも。シャワーカードを使ってお湯が出てくるのは6分間で、シャワールーム内には残り時間が分かる表示器を設けているほど。

 列車内のシャワー利用が日本では“高嶺の花”なのに対し、カナディアンはいかに鷹揚なのかを分かっていただけよう。

 1人用個室は車両の真ん中の通路に沿って左右にあるため、奥行きは1・1メートルと2人用個室の半分しかない。だが、幅は1・96メートルあるため、横たわるのには十分な広さだ。

「寝台車プラスクラス」の1人用個室の寝台を片付けた状態。左側のふたを開けると中には…(大塚圭一郎撮影)
「寝台車プラスクラス」の1人用個室の寝台を片付けた状態。左側のふたを開けると中には…(大塚圭一郎撮影)

 室内には2人用個室とは異なり、扉で仕切られたトイレは備えていない。ただし、驚くべきことに“トイレなし物件”ではないのだ。夜間の寝台を引き出した状態では埋もれるものの、日中に座るいすの目の前にはふたが付いているものの便器が置かれているのだ。

 私はアメリカで全米鉄道旅客公社(アムトラック)の夜行列車でそのような個室を経験済みのため、妻に「2人用個室と代わってもいい」と申し出た。これに対し、「ベッドを出しっ放しにして過ごせば気にならないからいい」という妻の適応力の高い返事を聞いて胸をなで下ろした。

 客室乗務員も1人用個室の利用者には「共用トイレがあるので、そちらをお使いください」と案内していたが、日本では到底考えられない設計であろう。

 なお、VIA鉄道およびカナダは全く非がないことを強調しておきたい。この客車を製造した“悪役”はかつてアメリカに存在した企業、その名も「バッド」(※)。読んで字のごとしだ…。

※社名のローマ字表記は「Budd」であり、悪を意味する「Bad」ではありません

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第27回 世界的人気を誇るカナダの看板夜行列車、客車は“ビンテージ品”! シリーズ「カナディアン」【1】

VIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」(カナダ西部サスカチワン州で大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」(カナダ西部サスカチワン州で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダの都市間旅客鉄道を担う国営企業、VIA鉄道カナダの看板列車となっているのが夜行列車「カナディアン」だ。カナダ東西の主要都市であるオンタリオ州トロントのユニオン駅と、バンクーバーのパシフィックセントラル駅と4泊5日で93―97時間程度かけて結ぶ。アメリカの有力旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」の読者が選ぶ「世界の優れた鉄道旅行ランキング」で2024年に13位となったように高く評価されており、早くから予約が埋まるほどの人気を誇る。JR東海は東海道新幹線(東京―新大阪間)の看板列車「のぞみ」などに使う最新型車両N700Sに「1編成16両当たり70億円近く投じており、のぞみの初代車両300系(量産車)の約40億円より格段に高くなった」(幹部)とされる。同じようにVIA鉄道もカナディアンに設備投資を惜しまないかと言えば、さにあらず。ディーゼル機関車がひく客車は“ビンテージ品”で、アメリカから譲り受けた中古車も現役なのだ。

【夜行列車】都市間を移動する利用者向けに、日をまたいで夜間に運転される列車。移動時の二酸化炭素(CO2)排出量を航空機に比べて低減できるため、脱炭素化の一環で見直されている。むやみに旅客機を利用することを「フライトシェイム(飛び恥)」と批判する向きがあるヨーロッパでは、オーストリア連邦鉄道の国際夜行列車「ナイトジェット」が同国やスイス、ドイツ、フランス、イタリア、クロアチアなどの計25都市超を結んでいる。

 夜行列車は、就寝しやすいようにベッドを備えた寝台車や、比較的安い料金で利用できる座席車両などを連結しており、売店や食堂車を備えている場合もある。VIA鉄道カナダはトロント―バンクーバー間の「カナディアン」、東部ケベック州モントリオール―ノバスコシア州ハリファックス間の「オーシャン」、マニトバ州の州都ウィニペグ―チャーチル間の3区間で夜行列車を走らせている。日本では東京―出雲市(島根県出雲市)間の寝台特急「サンライズ出雲」と、東京―高松・琴平(香川県琴平町)間の「サンライズ瀬戸」が唯一の定期夜行列車として1日1往復しており、東京―岡山間は連結して走る。

▽看板列車なのを示す列車番号

 カナダ唯一の大陸横断旅客列車で、旧10カナダドル紙幣にカナディアンロッキーを駆けるイラストが描かれていたカナディアン。VIA鉄道の看板列車なのは疑う余地がなく、トロント発バンクーバー行きの列車番号は「1番」、バンクーバー発は「2番」だ。

走行中の「カナディアン」の列車(大塚圭一郎撮影)
走行中の「カナディアン」の列車(大塚圭一郎撮影)

 カナダの代表的な航空会社エア・カナダの「AC1便」はトロント・ピアソン国際空港発羽田空港行き、「AC2便」は東京発トロント行きで、カナダ最大都市と日本の首都を結ぶ路線の重要性を物語る。東西の主要都市をつなぐカナディアンは、同じような重みを持つ。

 カナディアンはトロント―バンクーバー間を週2往復し、夏の繁忙期には途中の西部アルバータ州エドモントン―バンクーバー間の週1往復を追加。カナダの鉄道路線の大部分は貨物鉄道大手のカナディアン・ナショナル鉄道(CN)、カナディアン・パシフィック・カンザス・シティ(CPKC)が保有しており、カナディアンは主にCNの路線を借りて運行している。

VIA鉄道カナダのカナディアンとすれ違うカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の貨物列車(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダのカナディアンとすれ違うカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の貨物列車(大塚圭一郎撮影)

 列車には手ごろな料金で利用できるリクライニング座席の「エコノミークラス」、開放型の上下になった2段寝台、原則として1人用と2人用がある個室寝台の「寝台車プラスクラス」、2人用個室の豪華仕様になった最高級の「プレスティージ寝台車クラス」がある。ドーム状のガラス張りの展望スペースを2階に備えた客車や、シェフがその場で腕によりをかけて調理した食堂車なども連結している。

 途中では五大湖の一つのヒューロン湖、小麦などの畑が果てしなく広がる穀倉地帯、そしてカナディアンロッキーの優美な山容などの大パノラマが車窓に広がる。寝台車の利用者は食堂車を使うことができ、中でもラムチョップは「鉄旅オブザイヤー」の審査員を務めている私も「線路上で味わった中で最高の料理」だと評価している。

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の食堂車で提供されたラムチョップ(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの「カナディアン」の食堂車で提供されたラムチョップ(大塚圭一郎撮影)

 輪をかけて魅力を高めているのが、乗務員によるカナダや沿線に関するレクチャーと、他の乗客との会話だ。私はカナディアンの寝台車に2回乗り、カナダ人や中国系カナダ人、アメリカ人、日系ブラジル人、韓国人、オーストラリア人、日本人など幅広い利用者と話し、とても楽しい時間を過ごすことができた。

▽バンクーバーからウィニペグまでわずか7時間!?

 2024年8月12日午後1時すぎ、トロント行きのカナディアン2番列車が出発するバンクーバーのパシフィックセントラル駅に着いた。出発は午後3時のため、2時間近く前に石造りの重厚な駅舎をくぐった。

カナダ西部バンクーバーのパシフィックセントラル駅(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部バンクーバーのパシフィックセントラル駅(大塚圭一郎撮影)

 それには下心があったためだが、驚いたのはVIA鉄道も準備万端だったことだ。駅構内で、予約客の受付をする係員が既に待機していたのだ。

「カナディアン」の「寝台車プラスクラス」の2人用個室(大塚圭一郎撮影)
「カナディアン」の「寝台車プラスクラス」の2人用個室(大塚圭一郎撮影)

 私は妻、高校生の息子との計3人で利用し、寝台車プラスクラスの2人用個室と1人用個室を予約していた。預け入れ荷物がないことを伝え、その日の夕食時間を午後7時に予約すると、係員に「何か質問はありますか」と言われた。

 そこで、「念のためですが」と前置きし、印刷した乗車券を係員に示しながらこう確認した。

 「この乗車券には2024年8月12日月曜日バンクーバー15時発、ウィニペグ22時着と記されていますが、到着は8月14日水曜日の22時にマニトバ州のウィニペグに着くという理解でいいですよね」

 乗車券にはウィニペグ到着が22時としか記載されておらず、まるで出発7時間後にウィニペグに到着するように読めるのだ。しかしながら、両都市間は鉄道で約2500キロも離れており、最高時速285キロの東海道新幹線でも7時間で結ぶのは不可能だ。

 VIA鉄道の時刻表には2日後の午後10時に到着すると書かれており、時刻が一致しているので「8月14日水曜日」を省略したと推測した。

アメリカ西部ワシントン州のバンクーバー駅舎(大塚圭一郎撮影)
アメリカ西部ワシントン州のバンクーバー駅舎(大塚圭一郎撮影)

 しかし、同じ名前の駅名を指しているとも限らない。例えばバンクーバーと聞くとカナダのバンクーバーだと受け止めるのが常識的だが、アメリカ国民の一部はワシントン州バンクーバーを思い浮かべる。しかもややこしいのは、アムトラックの国境縦断列車「カスケード」は両方のバンクーバーに立ち寄るのだ。

 アメリカ西部オレゴン州ポートランドを午後2時10分に出発するカナダ・バンクーバー行きカスケードの切符を買い、運賃が驚くほど安かった場合には券面をもう一回見直した方がいい。この列車は終点まで7時間50分かかり、たとえ早く予約したとしても二束三文で売られていることは考えにくいからだ。

アメリカ西部ワシントン州のバンクーバー駅の駅名標。ワシントン州を示す「WA」と記されている(大塚圭一郎撮影)
アメリカ西部ワシントン州のバンクーバー駅の駅名標。ワシントン州を示す「WA」と記されている(大塚圭一郎撮影)

 一方、ワシントン州バンクーバーはポートランドを出て18分後に到着する1つ目の停車駅であり、至近距離のため安値で乗車できる。

 VIA鉄道の時刻表ではマニトバ州ウィニペグ以外に同名の駅名は見当たらなかったものの、実は別のウィニペグ駅に臨時停車するという事態はあり得ないだろうか。

 その場合には出発初日に寝台車の個室で気持ちよく就寝したと思いきや、客室乗務員が扉を「ドンドンドン」とたたいて「下車駅に到着しました」と個室から出るように促される。寝ぼけ眼をこすり、降り立ったのは闇に包まれて人家もまばらなカナディアンロッキーの山奥だったという悪夢が現実になりかねない…。

 私の質問を聞いた係員は「はい、水曜日の午後10時にマニトバ州ウィニペグに到着します」とお墨付きをくれた。

 胸をなで下ろした一方で、券面の日付を省略するのならばせめて「マニトバ州」、または同州を指す「MB」と記載してくれればいいのにとも思った。これに対し、VIA鉄道は「カナディアンが停車するウィニペグは他にないので、記載は不要」と判断したのかもしれないが…。

▽長大編成のユニークな停車方法

 受付作業を終えた係員は「乗車案内があるまで、あちらの待合室でお待ちください」と私から見て左側を指さした。これこそ出発2時間近く前に来た理由で、駅舎には寝台車利用者ならば無料で使える待合室があるのだ。

 待合室には利用者が自由に味わうことができるホットコーヒー、紅茶のティーバッグとお湯、ビスケット、クラッカーなどが置かれていた。しかしながら、昼食時間帯にもかかわらず食事になるものは用意していないのだ。

 やや肩を落としながらも、「今夜は線路上の豪華ディナーが待っているから」と自分に言い聞かせてコップに注いだコーヒーと、ビスケットを握り、テーブル席を求めて屋外に出た。目の前の光景はまるでアリーナ席のようで、駅舎の手前で行き止まりになった頭端駅には、これから乗ろうとしている客車が待ち構えていた。

 ここで私は解決しなければならない「宿題」に取り組んだ。2023年12月にカナディアンでトロントからバンクーバーまでの全区間乗った際、客室乗務員は「この列車は機関車も含めて16両を連結していますが、夏の繁忙期は利用者が多いためもっと長い編成で運行します。ただ、プラットホームには収まらないため、停車駅では編成の途中で客車を切り離して2つのホームに停車させるのです」と教えてくれた。そのユニークな停車方法を直接確認したかったのだ。

 列車は22両の長大編成で、確かにバンクーバーでは二つに分かれて4番線と5番線に停車していた。うち4番線に止まっていたのが、アメリカの自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の機関車部門だったEMD(現在はアメリカの建設機械大手キャタピラーの部門)の1975年に登場したディーゼル機関車「F40PH」2両と、利用者の預け入れ荷物などを載せる荷物車1両、エコノミークラス客車2両、ガラス張りのドーム状になった展望室を備えた中間車1両の計6両だ。

 一方、5番線に停車していたのは残る16両で、私たち家族が予約した寝台車プラスクラス、プレスティージ寝台クラス、食堂車、展望車などをつないでいた。

カナダ西部バンクーバーに停車中の「カナディアン」の客車(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部バンクーバーに停車中の「カナディアン」の客車(大塚圭一郎撮影)

 これらの客車の多くはアメリカにあった金属加工メーカーの旧バッドが製造し、1954年の登場から車齢が70歳に達する「古希」だ。アメリカでお役御免になって“再就職”した客車もあり、VIA鉄道は古参客車を修繕しながら使い続けているのだ。

 では、なぜ看板列車なのに新しい車両に置き換えず、古い機関車と客車を使い続けているのか。それはVIA鉄道が慢性的な赤字経営で、政府の補助金で穴埋めしているため設備投資の余裕がないからなのだ。2024年12月期決算の本業の損益を示す営業損益も3億8520万カナダドル(1カナダドル=108円で約416億円)の赤字だった。

 ただし、カナディアンに一歩足を踏み入れると、北米で大陸横断列車が盛んに運行されていた1950年代にタイムスリップしたような優雅な空間に身を置くことができるのだ。もしもVIA鉄道の経営状態が左うちわならばとっくの昔に引退し、大部分は解体されていたことだろう。

 政府の補助金頼みのVIA鉄道に対し、カナダ国民の一部から「金食い虫」との批判が出ている。多額の税金が投入される国民の負担感には一定の理解ができるものの、私は「死に金」にはなっていないと受け止めている。

 というのも、経営に余裕がないことから「古希」の客車を大事に使い続けている姿は、世界が目指すサステナブル(持続可能)な社会に合致している。また、魅惑的な客車に乗り込めることがカナディアンの価値を高めており、大勢の外国人旅行者がカナダを訪れるきっかけにもなっている。そして利用者には金に糸目を付けずに旅行を楽しむ富裕層も多く、観光業を潤わせている。

 つまり、VIA鉄道およびカナディアンの運行は赤字であっても、カナダに大きな経済効果をもたらす起爆剤の一つになっているのだ。

 これは赤字経営でも、どちらかというと「良い赤字」ではないだろうか。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第26回 ゴールラッシュ時代を追体験できる列車、金に代わる「夢」の行方は…

カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)

 世界で2番目に大きな国土を抱えるカナダには、鉄道利用とは縁遠い地域がある。その一つだと信じ込んでいた西部ユーコン準州の州都ホワイトホースを2024年9月に訪れたところ、宿泊したホテルの目の前に想定していなかった駅舎風の建物がそびえ、線路が延びている。ユーコンでゴールドラッシュがわき起こった後、一攫千金を狙った夢追い人たちを運んだ鉄道路線がホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車として健在だったのだ。「ゴールドラッシュ時代の列車を追体験したい」という私の「夢」の行方は―。

【ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルート】アメリカ西部アラスカ州スカグウェイの港とカナダのユーコン準州の州都ホワイトホースを結ぶ鉄道路線。1896年にユーコンのドーソンシティーで金が発見されたことでゴールドラッシュが起こり、金の採掘を目指す開拓者らを運ぶため1900年に完成した。船舶でスカグウェイに到着後、険しい峠を越えてホワイトホースまで列車を利用し、ユーコン川を下ってドーソンシティーへ向かって金を掘り当てることを狙った。

 1982年にいったん運行停止したが、88年に一部区間が観光列車として復活した。現在は毎年5月下旬から9月中旬までの夏期に、スカグウェイとカナダ西部カークロスの間を、ディーゼル機関車または蒸気機関車(SL)が客車をひく観光列車を運行している。旅行方法では全区間を列車で往復する行程のほか、途中駅での折り返し運転、列車とバスを組み合わせたツアーなども販売している。

「駅舎」なのに列車は…

カナダ西部ユーコン準州の州都ホワイトホースにある駅舎風の建物(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部ユーコン準州の州都ホワイトホースにある駅舎風の建物(大塚圭一郎撮影)

 ユーコン川に沿った建物は木造2階で、屋根に「ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルート」の看板を掲げている。建物には「ホワイトホース ユーコン」の表示もあり、脇には短いプラットホームもあるため「ここを観光列車が行き来するのだろう」と駅舎としての役割を想像した。

 だが、私が訪れた夕方に建物は施錠されており、人けもなかった。そこで近くのユーコン準州の観光案内所を訪れ、窓口の女性にあいさつをすると「ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの列車は何時に出発するのかご存じですか?」と質問した。すると、想定していなかった答えが返ってきた。

 「あの建物の場所からはもう列車は走っていないの。でも、列車に乗るツアーは今の時期は毎朝出発しているわ」

 列車が走っていないのに、列車に乗車するのはどうして可能なのだろうか。駅舎風の建物の扉は漫画「ドラえもん」のひみつ道具「どこでもドア」になっており、扉の向こうに列車が待ち受けているとはさすがに思わなかったものの首をかしげた。

 すると、合点がいっていないのを直ちに察した女性は、笑みを浮かべながら付け加えた。「朝になるとあの建物の前にバスが来て、乗客をピックアップしてスカグウェイへ向かうの。そこから列車に乗るのよ」

ホワイトホースの駅舎風建物に掲示されたホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの説明文(大塚圭一郎撮影)
ホワイトホースの駅舎風建物に掲示されたホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの説明文(大塚圭一郎撮影)

 建物は厳密には「元駅舎」で、今は事実上のバスターミナルとして機能していたのだ。このホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートはスカグウェイからホワイトホースまで運行していたものの、1982年にいったん運休。その後、ゴールドラッシュ時代に開拓者たちがたどった“ゴールデンルート”を追体験する“舞台装置”として復活し、ホワイトホースの南70キロ余りにあるユーコン準州カークロスとスカグウェイを結ぶようになった。

 しかしながら、列車はホワイトホースまで戻ってこなかった。代わりに夏期の観光シーズンに列車とバスを併用する“ハイブリッド”のツアーを販売しているのだ。

 ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの公式ウェブサイトによると、行程はバスでホワイトホースを午前7時半に出発し、10時にブリティッシュ・コロンビア州フレイザー着。列車に乗り換えて10時15分に出発し、国境を越えたスカグウェイまでの約45キロを1時間半余りで走る。2時間余りのスカグウェイ観光を楽しんだ後、午後2時にバスで帰路について5時半にホワイトホースに戻る。

ホワイトホースの駅舎風建物の隣を流れるユーコン川(大塚圭一郎撮影)
ホワイトホースの駅舎風建物の隣を流れるユーコン川(大塚圭一郎撮影)

 料金は大人1人当たり170アメリカドル(1ドル=144円で2万4480円)だから安くはないが、優れた鉄道旅行を表彰する賞「鉄旅オブザイヤー」の審査員が2024年度で12年目になった愛好家として到底放っておけない。情報を知った瞬間、私にとって追い求める「夢」は金、もとい列車となった。

直談判、返ってきた答えは

 ただ、サイトには気になる記載が2点あった。1点目は「表示料金で購入するには24時間前までに購入してください」と書かれていることで、もう1点は電話での予約受付時刻がアラスカ州時間で午前7時から午後3時と既に過ぎていたことだ。

 表示料金の期限を過ぎており、予約可能な時間も過ぎている。案の定、記されていた電話番号にかけても通じなかった。

 「予約受付時刻を過ぎているので無理でしょうね」と残念がる私に、女性はこう勇気づけてくれた。「明日朝に直接行ってみたら。当日でもツアーに入れてくれるかもしれないわよ」

 確かに人の良いカナダ人は、融通を利かせてくれることが往々にしてある。バス乗り場で「当日料金でもいいので乗せてください」と直談判すれば、もしかすると受け入れてくれるかもしれない。

 「アドバイスをありがとうございました。明日の午前7時に行ってみます」と伝え、翌朝にいちるの望みをつないで旧駅舎に向かった。

 旧駅舎の建物の扉は既に開いており、中に入ると窓口で女性が対応していた。そこで、「予約していませんが、参加したいです。代金はここで支払います」と切り出した。

 女性はきっぱりと応答した。「それは無理です。前日までに予約していなければ参加できません。アメリカ当局に参加者の名簿を前日に提出しており、そこに名前がない方は受け入れられません」

 国境をまたぐので、管理が厳格なのだ。それでも「この通りパスポート(旅券)を持っており、(アメリカのビザ免除プログラム)ESTAも取得しています」と食い下がったが、「名簿にない方の参加を認めることはできません」となしのつぶてだった。

 無理難題の依頼だったのかもしれないが、カナダでは珍しくきっぱりとした「ノー」の言い方だった。その理由に気づいたのは、バスが出発する時だった。

 窓口にいた女性も乗り込んだバスは、アラスカ州のナンバープレートだったのだ。ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートはアラスカ州が拠点で、ツアー時にはアメリカ人の係員がホワイトホースまで来て対応しているのだ。

 「あの断り方はアメリカ流だったのだ」と考えると、アメリカに通算10年間住んでいた私には妙に合点がいった。おそらくカナダ人ならば無理な場合でも、「まだ乗れる日もあるので予約をお待ちしています」といったフォローをしてくれた可能性が高い。

 肩を落としたものの、親愛なるカナダ人にお門違いの不信感を抱かなくて済んだことに胸をなで下ろした。

独特の鐘の音色、その正体とは

ホワイトホースのユーコン交通博物館で保存しているカナダ太平洋航空のDC3(大塚圭一郎撮影)
ホワイトホースのユーコン交通博物館で保存しているカナダ太平洋航空のDC3(大塚圭一郎撮影)

 こんな展開も想定した私は「プランB」を選択し、ホワイトホース空港行きの路線バスに乗り込んだ。前日にエア・カナダでホワイトホース空港に着いた後、近くに旧カナダ太平洋航空(現エア・カナダ)のプロペラ機「DC3」が屋外に保存されているのに目が釘付けになった。そこは「ユーコン交通博物館」で、訪問したいと思っていたのだ。

ユーコン準州ホワイトホース空港の外観(大塚圭一郎撮影)
ユーコン準州ホワイトホース空港の外観(大塚圭一郎撮影)
ユーコン交通博物館に展示したホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの元客車(大塚圭一郎撮影)
ユーコン交通博物館に展示したホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの元客車(大塚圭一郎撮影)

 交通を通じて紹介したユーコン準州の歴史と自然を学ぶのはとても有意義で、その一角にはホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートで使っていた客車や資料も展示されていた。客車の座席に腰掛け、列車からの車窓映像を眺めた。ユーコンの大自然の山岳部の断崖絶壁を縫うように鉄路が続き、先人たちが大変な労力を投じて完成させたであろう巨大な橋梁を列車が渡っていくスリルに満ちた映像に引き込まれていると、まるで客車に乗り込んで「ゴールドラッシュ時代の追体験」をした気分になった。「搭乗拒否」の鉄槌を受けた失望感も雲散霧消し、すっかり気分が晴れて博物館を後にした。

カークロスに停車中のホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)
カークロスに停車中のホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)

 翌日は団体のツアーで、カークロスを訪れた。ゴールドラッシュ時代の建物が残る街並みは風情があり、広場にはシャチやカエルなどを彫った柱「トーテムポール」が先住民文化を伝える。脇にあるベンチに腰掛けると、ウィリアム英王子夫妻(当時、現皇太子夫妻)が2016年にユーコンを訪れた時に着席した「貴賓席」だった。なんと恐れ多い!

ユーコン準州カークロスにあるトーテムポールを立てた広場(大塚圭一郎撮影)
ユーコン準州カークロスにあるトーテムポールを立てた広場(大塚圭一郎撮影)

 野心でギラギラした男たちが集うゴールドラッシュ時代を思い浮かべていると、「カンカン…」という独特の鐘の音色が聞こえてきた。「あの音はもしや…」と聞こえてくる方角へ早足で向かうと、想像した通りだった。

 緑色と黄色のツートンカラーで彩られたディーゼル機関車が茶色のレトロ風客車をひくホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車だった。前日に交通博物館で眺めた車窓の映像と、眼前の列車が結びついて乗り鉄気分を味わうことができた。この瞬間に完全ではないものの、私が追い求めた「夢」が半ば実現した。

カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)

 降りてきた観光客たちの多くが列をつくったのは、「24種類の伝説のアイスクリーム」との看板を掲げたアイスクリーム店だった。

 私の「夢」はゴールドラッシュ時代をしのばせる列車に乗ることで、それを成し遂げた列車の乗客たちが目当てにしたのはアイスクリーム。一攫千金を追い求めた開拓者たちはあの世から私たちを見下ろし、「後世の連中はずいぶんと小粒になったものを追い求めているんだな!」とあざ笑っているかもしれない。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第25回  「将来のカナダ首相」と目される主要大臣、和やかな表情が一瞬にして曇った「人名」とは

東急電鉄の電車5050系の東海道・山陽新幹線デザインラッピング編成(大塚圭一郎撮影)
東急電鉄の電車5050系の東海道・山陽新幹線デザインラッピング編成(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダのマーク・カーニー首相(自由党党首)が2025年4月28日の連邦議会下院の総選挙で勝利して続投が決まり、5月13日に新内閣を発足させた。主要大臣である財務相に留任し、「将来の首相」の呼び声が高いのはフランソワフィリップ・シャンパーニュ氏(54歳)だ。来日時にカナダ産木材が使われている東京・代官山の線路跡に建てられた商業施設を見学して上機嫌だったシャンパーニュ氏は、私がある「人名」を口にしたとたんに表情を曇らせた。

【東急電鉄東横線】東急の子会社の東急電鉄が運行する主要路線で、東京都心部の渋谷駅と横浜駅の24・2キロを結んでいる。旧東京横浜電鉄が1926年2月に一部区間を開業したのがルーツで、2023年度の1日平均輸送人員は106万6422人。

 東京メトロ副都心線(小竹向原―渋谷)や横浜高速鉄道みなとみらい線(横浜―元町・中華街)などと相互直通運転をしており、利便性が高い。沿線に目黒区自由が丘や大田区田園調布といった高級住宅街があるなどイメージも良く、リクルートが2025年に首都圏で実施した調査では住みたい沿線ランキングで3位だった。

東急電鉄東横線を走る横浜高速鉄道Y500系(大塚圭一郎撮影)
東急電鉄東横線を走る横浜高速鉄道Y500系(大塚圭一郎撮影)

都心部の“憩いの空間”

 今や地下約30メートルを電車が行き来している東急電鉄東横線の渋谷駅。かつて、JR東日本山手線と隣接する高架駅だった。建築家の故坂倉準三氏が手がけた改良工事が1964年に完成すると、プラットホームを覆う特徴的なカマボコ屋根が脚光を浴びた。

 その駅が役割を終え、地下にもぐって東京メトロ副都心線との直通運転が始まったのは2013年3月16日のこと。一晩にして“無用の長物”となってしまったのは高架駅にとどまらなかった。東横線が行き来していた渋谷―代官山間(1・4キロ)の地表に出ていた線路も、代官山駅から地下へもぐる線路に切り替わった。

 代官山駅付近の線路跡地の長さ約220メートルに及ぶ木々が生い茂る遊歩道に沿って、2015年4月に開業したのが商業施設「LOG ROAD DAIKANYAMA(ログロード代官山)」だ。コテージ風のデザインにした木造建築にレストランやカフェ、アパレル販売店などが軒を連ねている。

「ログロード代官山」の案内図(提供写真)
「ログロード代官山」の案内図(提供写真)

 都心部にありながらどこか牧歌的で心が安らぐ“憩いの空間”に一役買ったのが、ログロード代官山の建物に使われたカナダ産木材だ。

現在の「ログロード代官山」の様子。木立に沿って木造建築が並んでいる様子は、まるで「都会のオアシス」のようだ(2025年5月、大塚圭一郎撮影)
現在の「ログロード代官山」の様子。木立に沿って木造建築が並んでいる様子は、まるで「都会のオアシス」のようだ(2025年5月、大塚圭一郎撮影)

 「カナダ産木材が遠く離れた東京で縁の下の力持ちとなっている様子を是非視察したい」との情熱を持ち、2017年5月26日に現地に足を運んだのが当時国際貿易相だったシャンパーニュ氏だ。

「気に入った」日本のキャンペーン

 「気さくな方で、どんな質問も答えてくださいますので是非来てくださいよ」。私が携帯電話の着信を取ると、駐日カナダ大使館の清水いりや報道官(当時)は電話越しにそう水を向けた。私は「どんな質問も」という言葉に心を動かされた。特に聴きたいテーマがあったためだ。

 かくしてログロード代官山の集合場所に足を運ぶと、紺色の背広をまとった男性が「やあ、こんにちは。きょうはプレミアムフライデーなのに働かせちゃって悪いね」と話しかけてきた。当時のイアン・バーニー駐日カナダ大使と連れだって現れたシャンパーニュ氏で、確かに大臣とは思えないぐらい気さくだ。

 プレミアムフライデーとは、毎月末の金曜日の仕事を早めの時刻に切り上げ、個人の消費やライフスタイルを豊かにすることを経済産業省が提唱したキャンペーンだ。シャンパーニュ氏が口にしたのは「その前の日本政府との会合で説明され、気に入ったからです」と清水さんが後で耳打ちしてくれた。

2017年5月に「ログロード代官山」のカナダ産木材の外壁に触れるシャンパーニュ氏(提供写真)
2017年5月に「ログロード代官山」のカナダ産木材の外壁に触れるシャンパーニュ氏(提供写真)

 しかし、そのことを聞く前だった私は「プレミアムフライデーなんてほとんどの日本人が知らないか、無視していますよ」と直言してしまった。今やプレミアムフライデーという言葉自体が死語になっていることを踏まえると間違ってはいなかったが、やや無粋だったかもしれない(苦笑)。

 シャンパーニュ氏は、建物の外壁に使われたカナダ産木材に手で触れながら「木の良い香りがするねえ!」と感嘆の声を挙げた。ただでさえ高いテンションが加速し、ベンチで休憩していた女性の2人連れに「こんにちは」と話しかけて握手し、「私はカナダの大臣です。この建物に使っている木はカナダ産なのですよ」と説明するほどだった。

「どんな質問も」のはずが…

 シャンパーニュ氏が大満足の様子で遊歩道を歩き終えると、清水さんが報道陣に「これから質問をお受けします」と語りかけた。シャンパーニュ氏がログロード代官山を視察した感想などについて笑みを浮かべて饒舌に語り終えると、清水さんが「他に質問はありますか」と問いかけた。

2017年5月、記者団の質問に答えるシャンパーニュ氏(提供写真)
2017年5月、記者団の質問に答えるシャンパーニュ氏(提供写真)

 手を上げた私が質問を始めて「アメリカの…」と人名を言うやいなや、シャンパーニュ氏の晴れやかだった表情が一瞬にしてこわばった。聞き終えると、シャンパーニュ氏は「君の質問が、私をファイティングポーズ(闘うための構え)にしたんだぞ」とボクサーのように拳を前に突き出し、目は笑っていなかった。

 もうお分かりだろう。私はその約4カ月前にアメリカ大統領に就任したドナルド・トランプ氏(共和党)の名前を出したのだ。トランプ氏がカナダ、メキシコと結んでいる北アメリカ自由貿易協定(NAFTA)を「ひどい失敗作だ。見直すことになるだろう」と見直しを求めて再交渉すると明言していたことを踏まえ、国際貿易相としてどのような姿勢で臨むのかを尋ねたのだ。

 これは他の記者も尋ねたかった質問だったと確信している。ところがシャンパーニュ氏があまりにもご機嫌だったため、へそを曲げるような質問をしづらい雰囲気があった。仕方なく私が火中の栗を拾ったのだ。

 シャンパーニュ氏はNAFTAの再交渉に関して「アメリカ側がいろいろな議題を持ち出すのは分かっている」と警戒感をあらわにしつつ、「いつでも協議する用意があり、既に準備を進めている」と説明した。その上で「カナダの労働者、権益を確実に守る」と強調した。

 自身を「タリフマン(関税の男)」を自称するトランプ氏だけに、アメリカ商務省は2017年4月にカナダが木材輸出を不当に補助しているとして制裁関税を課す方針を決めたばかりだった。シャンパーニュ氏は、カナダが木材を安定的に輸出できるように「(相手国を)多角化する絶好の機会だ」と訴え、輸出拡大に向けて「アジア太平洋地域にもっと目を向けるべきだ」とアメリカ以外への輸出拡大に意欲を示した。

 カナダの2023年の輸出額のうち、国・地域別で圧倒的な首位のアメリカは約77%に当たる5482億カナダドル (約57兆円) を占めている。この図式は当時から変わっておらず、シャンパーニュ氏はアジア太平洋地域への木材の輸出拡大を目指す姿勢を鮮明にしたのだ。

 アジア太平洋地域の主要国の一つである日本の、しかもカナダ産木材が実際に使われている現場で繰り出すにはピッタリな、しかも世界が“トランプ砲”に揺れていた中でタイムリーな質問だったと受け止めている。

 私は翌2018年にもシャンパーニュ氏にインタビューをしており、その際は人工知能(AI)がテーマだったため機嫌を損ねることは皆無だった。

 トランプ氏という相手が悪すぎたのだ…。

「スーパースター」の金言も、成り上がりには馬耳東風

 シャンパーニュ氏に不快感を与えてファイティングポーズにした「ドナルド・トランプ」というNGワードは8年経過した今、驚くべきことに世界最大の経済大国の大統領に返り咲いた。第2次政権でも貿易相手国に「相互関税」といった関税引き上げを強要する“トランプ砲”を放ち、日本やカナダを含めた世界各国を動揺させ続けている。

カナダのマーク・カーニー首相(カナダ自由党のホームページから)
カナダのマーク・カーニー首相(カナダ自由党のホームページから)

 トランプ氏は2025年5月6日のカナダのカーニー首相との首脳会談で、カナダが「アメリカの51番目」に併合されれば大規模減税や軍事を通じて恩恵を受けられる「素晴らしい結婚になる」と改めて主張した。カナダとイギリスの中央銀行総裁を歴任した「銀行界のスーパースター」(金融関係者)のカーニー氏は、「不動産では決して売らない場所がある。ここ(ホワイトハウス)もそうだ」と一介の不動産業者から成り上がったトランプ氏でも分かるように説いた。

 ところがトランプ氏は「決してないとは言えない」と反論し、馬耳東風だった。シャンパーニュ氏を含めたカーニー内閣の閣僚は今後、「一般常識が通用しない相手」(外交当局者)との交渉に頭を抱えることは間違いない。

 というのも、私たちはトランプ氏の支離滅裂ぶりを第1次政権で学んでいるからだ。NAFTAを葬り、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)という「アメリカ第一主義」という独善的な名称の協定に塗り替えられた。アメリカのバラク・オバマ元大統領(民主党)らが尽力し、日本やカナダなども加わった環太平洋連携協定(TPP)から離脱し、アメリカ産牛肉などの関税が引き下げられて輸出拡大につながる千載一遇のチャンスを失った。

 さらに、トランプ政権は新型コロナウイルス禍での感染拡大防止策も後手に回り、犠牲者が後を絶たない地獄絵図の様相を呈した。疾病対策センター(CDC)によると、アメリカの新型コロナ感染による累計死者数は2025年3月6日時点で122万2603人と世界最悪だ。

 日本政府によると2024年8月時点の日本での累計死者数は13万2258人、カナダ政府によるとカナダの24年9月時点の累計死者数は6万871人なので、人口の差に鑑みてもアメリカの死者数が群を抜いているのが分かる。この背景には、日本やカナダと比べて低所得者層や失業者向けの医療保険制度が整っていないという「超格差社会」アメリカの“致命的欠陥”がある。

 この“致命的欠陥”を熟知していたオバマ元大統領は、無保険者をなくすことを目指し、国民全員を医療保険でカバーするために保険加入を義務づける通称「オバマケア」を2010年に成立させた。にもかかわらず、「就任初日にオバマケアを廃止する」と公言し、富裕層からの献金集めに明け暮れる金持ち優遇・低所得者無視のトランプ氏が16年11月の大統領選で当選した。

 しかも、トランプ氏は20年4月23日のホワイトハウスでの記者会見で、新型コロナ患者に対して「消毒液はあっという間にウイルスに効くようだ。注射したりできないものだろうか」という科学的根拠に反する暴言で国民を命の危険にさらした。

 加えて20年11月の大統領選で民主党候補だったジョー・バイデン氏(前大統領)に敗北すると、大統領選の結果を覆そうと画策して連邦議会襲撃をあおる始末だった。トランプ氏は連邦議会襲撃事件を含めた4件の刑事事件の被告となった。

「同じ石でつまずく」病める大国

 2024年11月の前回大統領選では元カリフォルニア州司法長官の民主党候補のカマラ・ハリス氏(前副大統領)と、刑事被告人だったトランプ氏の対決という「正義と悪」の構図が際立つ対決となった。第1次トランプ政権が失政を重ねたことも踏まえれば、どちらが常識的な選択なのかは自明なはずだ。

 ところが、逆の結果になったのは「病める大国」と呼ばれるゆえんであろう。

 2025年5月13日に89歳で死去したウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領は16年4月にアメリカが原子爆弾を投下した広島平和記念資料館(広島市)を見学後、「倫理がない科学は考えられないような悪の道具になる。歴史は、人間が同じ石でつまずく唯一の動物と教えている。私たちはそれを学んだだろうか」と記帳した。

 悲しいことに、アメリカ国民の多くについては「否」と言わざるを得ない。アメリカでは原爆投下が第2次世界大戦終結に大きく貢献したとの世論がいまだ根強い。民間調査団体のピュー・リサーチ・センターが2015年に実施した世論調査では、広島と長崎への原爆投下についてアメリカ人の56%が「正当だった」と回答し、日本人の79%が「正当ではなかった」と答えたのとは対照的だった。

 そして前回大統領選でも「同じ石でつまずく」ことを証明した。そんなアメリカに対し、同盟国の離反の動きが止まらない。カナダ総選挙と同じ週の2025年5月3日に投開票があったオーストラリアでも、トランプ氏への対抗姿勢を示したアンソニー・アルバニージー首相が率いる与党の労働党が大勝した。

 トランプ氏の再登板で「分断」がより深刻化し、同盟国が相次いで距離を置く「病める大国」にはどのような前途が待ち受けているのだろうか。

 【筆者より】いつもご愛読いただきましてありがとうございます。本稿で示した視点や見解は筆者個人のものであり、所属する組織や日加トゥデイを代表するものではありません。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第24回 国民の審判を仰いだカーニー首相、対トランプ政権の手本となりそうな「とても難しい決断」

改修工事前の2017年8月のカナダ連邦議会議事堂(大塚圭一郎撮影)
改修工事前の2017年8月のカナダ連邦議会議事堂(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 マーク・カーニー首相(自由党党首)がカナダ連邦議会下院を解散し、2025年4月28日に総選挙を実施して国民の審判を仰いだ。大きな焦点となったのが「カナダがアメリカの51番目の州になるのを見たい」と暴言を吐き、輸入品への関税引き上げで経済を揺さぶるアメリカのドナルド・トランプ大統領(共和党)におかしいことには明確に「ノー」を突きつけ、良識ある政策で対抗することが問われている。カナダの首都オタワの連邦議会議事堂では22年前、カーニー氏にとって手本となりそうな「とても難しい決断」が下された。

【カナダ連邦議会議事堂】上院と下院の二院制となっているカナダ連邦の立法府。イギリスから独立してカナダ連邦が建国された1867年に発足し、主な建物が1859年から1866年にかけて建設されて議場などに使われた。

改修工事前の2017年8月、カナダ連邦議会議事堂の図書館(2017年8月、大塚圭一郎撮影)
改修工事前の2017年8月、カナダ連邦議会議事堂の図書館(2017年8月、大塚圭一郎撮影)

 1916年2月3日に起きた火災で建物の大部分は消失したものの、図書館は職員が機転を利かせて鉄製の扉を閉めたため守られた。近代ゴシック復興様式の現在の議事堂は1922年に完成し、シンボルとなっている「平和の塔」も1927年に完成。

 老朽化に伴って大規模な改修工事が2019年にから進められており、完成は2031年の予定。改修費用は計45億~50億カナダドル(約4600億~5200億円)に達すると見込まれている。改修工事の期間中は、上院は仮設の移転先として旧オタワ・ユニオン駅舎(詳しくは本連載第23回「カナダ首都の名門ホテル、現在地にある理由とは…」参照)の建物、下院は議事堂西側の建物をそれぞれ活用している。

カナダ連邦議会上院の仮設の移転先として使われている旧オタワ・ユニオン駅舎(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
カナダ連邦議会上院の仮設の移転先として使われている旧オタワ・ユニオン駅舎(2023年9月、大塚圭一郎撮影)

カナダ政治史の“ショーケース”

 VIA鉄道カナダのオタワ駅で下車すると、脇にはオタワ・カールストン地域交通公社(OCトランスポ)のトレンブレイ停留場がある。ここから鉄道O―トレインの次世代型路面電車(LRT)のオタワを東西に結ぶ路線「コンフェデレーション線」の東へ向かうタニーズパスチュール行きに乗り込むと、12分でオタワ中心部にあるパーラメント停留場に到着する。

オタワ・カールストン地域交通公社(OCトランスポ)の鉄道O―トレインの路線「コンフェデレーション線」を走る超低床電車(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
オタワ・カールストン地域交通公社(OCトランスポ)の鉄道O―トレインの路線「コンフェデレーション線」を走る超低床電車(2023年9月、大塚圭一郎撮影)

 コンフェデレーション線は中心部では地下を通り、五大湖を構成するオンタリオ湖畔のキングストンまでの全長202キロに及ぶ世界遺産のリドー運河をくぐる。

 地上に出て目に入るのが、オタワ川沿いにある近代ゴシック復興様式の連邦議会議事堂だ。現在は改修工事のため一部が覆われた建物の下院の議場で2003年3月、当時首相だったジャン・クレティエン氏は「とても難しい決断」の結論を告げた。

 その中身について知ることができるカナダ政治史の“ショーケース”が、近くのスパークス通り沿いの建物の1階にある。ここは連邦議会について発信する展示施設「連邦議会―没入型体験」で、映像と光、音を駆使して議場の雰囲気を疑似体験できるようになっているのだ。事前予約が推奨されており、無料で見学できる。見て回るのにかかる時間は約45分間だ。

オタワのスパークス通り沿いにある連邦議会について発信する展示施設「連邦議会―没入型体験」の内部(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
オタワのスパークス通り沿いにある連邦議会について発信する展示施設「連邦議会―没入型体験」の内部(2023年9月、大塚圭一郎撮影)

「ゾウ」の要求を拒否

 会場内では議事堂の建物の構造や名所を紹介するとともに、カナダの歴史に残る首相らの名演説、成立してきた法律を知ることができる。カナダ史に残る名演説の一つに数えられるのが、1993~2003年に第26代首相を務めたクレティエン氏が2003年3月に自らの政治生命を懸けて下院で訴えた言葉だ。

 2001年9月のアメリカ中枢同時テロに見舞われた当時のアメリカ大統領、ジョージ・ブッシュ(子)氏は、イラクのサダム・フセイン政権が大量破壊兵器の開発を進めていると主張してイラクへの軍事侵攻ありきで動いていた。これに対し、クレティエン氏は「軍事行動が国連安全保障理事会の新たな決議なしで実施されるのならば、カナダは参戦を拒否する」と訴えて「ノー」を突きつけたのだ。

 ジャスティン・トルドー前首相の父で、第20代・第22代首相を務めた故ピエール・トルドー氏が「アメリカの隣に暮らすことは、ゾウの隣に寝ているようなものだ。この動物がどんなに友好的で冷静でもほんの少し動いたり、鼻を鳴らしたりしても、隣に寝ていると影響を受けるのだ」と論じたように、カナダはアメリカの一挙手一投足に翻弄される。

 ましていわんや戦争をや、である。ピエール・トルドー氏は「どんなに友好的で冷静でも」と控えめな注釈を付けたものの、カナダのある外交官は「アメリカは言うことを聞かないと嫌がらせをする厄介な大国」だと指摘する。クレティエン氏はそのことを百も承知で「ゾウ」、あるいは百獣の王の「ライオン」かもしれない相手に背を向けたのだ。

議場での反応は…

 クレティエン氏が打ち明けた「難しい決断」に対し、議場からははっきりとした意思表示が示された。なんと政権与党の自由党の議員にとどまらず、新民主党などの野党議員も立ち上がって拍手するスタンディング・オベーションでたたえたのだ。

改修工事前の2017年8月、カナダ連邦議会下院の議場(2017年8月、大塚圭一郎撮影)
改修工事前の2017年8月、カナダ連邦議会下院の議場(2017年8月、大塚圭一郎撮影)

 クレティエン氏が迷った末に下したのが英断であり、スタンディング・オベーションで応えた大勢の議員らの評価も正当だったことは歴史が証明している。

 ブッシュ氏はイラクのフセイン政権が大量破壊兵器を保有しているとの誤った分析を信じ込み、大量破壊兵器を使って攻撃されると警戒感を募らせていたとされ、2011年まで続いた泥沼のイラク戦争になだれ込んだ。

 フセイン政権崩壊後も混乱に陥ったイラクでは数十万人が犠牲になったとされる。一方、アメリカ兵も4千人を超える死者を出し、出費は2兆アメリカドルを超えた。しかも血眼になって探しても大量破壊兵器は見つからず、ブッシュ氏がイラクを侵攻した大義名分は完全に崩れ落ちた。

 現在はトランプ氏にその地位をすっかり取って代わられているが、アメリカの民主党支持者が「わが国が選んでしまった愚かな大統領」と揶揄した時に指すのはブッシュ(子)氏を指すのが相場だった。

退任前の「別れのキス」

 大統領職退任を控えていたブッシュ氏は2008年12月にイラクの首都バグダッドを電撃訪問し、記者会見に臨んだ時にアメリカに対する厳しいイラクの世論について身をもって知ることになる。

 当時衛星テレビ局の記者だったイラク人男性のムンタゼル・ザイディ氏が「イラク人からの別れのキスを受け取れ、この犬め!」「夫を失った女性、親を失った子どもたちからだ」とアラビア語で罵声を浴びせながら、履いていた左右の靴をブッシュ氏に向かって投げつけたのだ。

 アラブ諸国では人に靴を投げつける行為は極めて侮辱的な行為だと見なされており、ザイディ氏は拘束された。これに対し、ザイディ氏の釈放を求めるデモが起きるなど英雄視する向きが広がり、イラク国民の反米感情が全世界に伝えられた。

 私の知り合いの米国民は「イラク戦争は、ブッシュ氏が自身に献金と票をもたらした軍需産業を潤わせるために起こした謀略だったのではないか」と疑いの目を向け続けている。

最後に笑うのは

 対照的にカナダ国民が犠牲となる事態を防ぎ、今も輝きを失っていないのがクレティエン氏のアメリカに背を向けて参戦を拒否した決断だ。クレティエン氏は2023年10月にカナダの放送局、CTVのインタビューで「とても難しい決断だった」と振り返るとともに、最大の貿易相手国である米国との取引に支障が出ることを恐れた企業から「極めて強い懸念を聞いていた」とも打ち明けた。

 クレティエン氏は「謙虚な人柄」(カナダ政府関係者)とされ、後世に語り継がれることは間違いのない自身の「先見の明」についても決して自慢することはなかった。

 ただ、当時を述懐した後に見せた笑みは、胸の内に秘めた確信を物語るのに十分だった。自身の決断がカナダおよび国民にとって最善だったことと、もしも逆の選択をしていれば敬意を持ってその日について耳を傾けてもらえる日が訪れていなかったことを。

 アメリカの共和党のシンボルは「ゾウ」だが、今日のアメリカはもはやピエール・トルドー氏が唱えた「ゾウ」ではなくなってしまったようだ。知人の元政府職員は「ロナルド・レーガン元大統領らの時代の共和党には一定の良心があった。トランプ氏が率いるようになってから良い伝統が完全にぶちこわされ、独裁者のイカれた命令に振り回される『カルト集団』でしかない」と嘆いていた。

 カナダとイギリスの中央銀行の総裁を歴任した「金融界のスーパースター」のカーニー氏にとって、正論が通用しない「カルト集団」とも呼ばれる相手に理不尽な関税交渉などを迫られるのはさぞかし苦痛であろう。難局が続く中でも筋を通し、「最後に笑うのは誰なのか」を自ら示したクレティエン氏のような英断を期待したい。

【筆者より】いつもご愛読いただきましてありがとうございます。本稿で示した視点や見解は筆者個人のものであり、所属する組織や日加トゥデイを代表するものではありません。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第23回 カナダ首都の名門ホテル、現在地にある理由とは…

オタワ中心部にあるザ・フェアモント・シャトー・ローリエの外観(大塚圭一郎撮影)
オタワ中心部にあるザ・フェアモント・シャトー・ローリエの外観(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダの新首相に、カナダとイギリスの中央銀行の総裁を歴任したマーク・カーニー氏が3月14日就任した。カナダの政治史の舞台となってきたのが、現在は大規模改修中の連邦議会議事堂だ。リドー運河を挟んで議事堂に面しているのがオタワを代表する名門ホテル「ザ・フェアモント・シャトー・ローリエ」で、この好立地にあるのには明確な理由がある。

手前が旧オタワ・ユニオン駅舎。左奥は大規模改修中の連邦議会議事堂、右奥はザ・フェアモント・シャトー・ローリエ(大塚圭一郎撮影)
手前が旧オタワ・ユニオン駅舎。左奥は大規模改修中の連邦議会議事堂、右奥はザ・フェアモント・シャトー・ローリエ(大塚圭一郎撮影)

【ザ・フェアモント・シャトー・ローリエ】1912年に開業したオタワを代表する老舗ホテル。建物は81年にカナダの歴史的建造物に指定されており、33室のスイートルームを含めて426室の客室を備えている。フランスのホテル大手、アコーの傘下企業のフェアモント・ホテルズ・アンド・リゾーツが運営している。

 名称に付けられている「シャトー」はフランス語で「城」を意味し、「ローリエ」はカナダ第8代首相のウィルフリッド・ローリエ(1841~1919年)に由来する。ホテルには南アフリカでアパルトヘイト(人種隔離)撤廃闘争を率いた故ネルソン・マンデラ元大統領、映画「スター・ウォーズ」シリーズで「レイア姫」を演じたアメリカ人俳優の故キャリー・フィッシャーさん、カナダ出身の有名シンガーソングライターのブライアン・アダムスさんら多くの著名人が宿泊した。

“首都の玄関口”らしからぬ駅

 「あれ、もう着いたの?」。これがVIA鉄道カナダの列車がオタワ駅に滑り込む際に、いつも抱く印象だ。というのもオタワ中心部から約5キロ離れており、“首都の玄関口”らしからぬ簡素なたたずまいだからだ。

VIA鉄道カナダのオタワ駅(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダのオタワ駅(大塚圭一郎撮影)

 オタワは地上駅で、線路に挟まれた島式のプラットホームが2本と、片面だけに線路があるホーム1本がある。同じオンタリオ州にあるカナダ最大都市のトロントや、東部ケベック州モントリオールとそれぞれ結ぶ列車などが発着している。

VIA鉄道カナダのオタワ駅の屋内(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダのオタワ駅の屋内(大塚圭一郎撮影)

 オタワ駅の脇には、オタワ・カールストン地域交通公社(OCトランスポ)が鉄道O―トレインの次世代型路面電車(LRT)路線「コンフェデレーション線」を2019年に開業。駅前にあるトランブレイ停留場で乗り込めば、1本の電車でオタワ中心部へ向かうことができる。

O―トレインのコンフェデレーション線のトレンブレイ停留場(大塚圭一郎撮影)
O―トレインのコンフェデレーション線のトレンブレイ停留場(大塚圭一郎撮影)
O―トレインのコンフェデレーション線(大塚圭一郎撮影)
O―トレインのコンフェデレーション線(大塚圭一郎撮影)

 とはいえ、オタワ駅が移転、開業した1966年にはまるで「陸の孤島」のような僻地だった。それまでは玄関口にふさわしい中心部にあり、ここにザ・フェアモント・シャトー・ローリエが現在の場所にある理由を読み解くヒントがある。

駅と「セットとなる」のは…

 ザ・フェアモント・シャトー・ローリエが開業した1912年、リドー通りを挟んだ反対側には白亜のまばゆい建造物が誕生した。グランド・トランク鉄道(現在のカナディアン・ナショナル鉄道)のオタワ中央駅だ。現在は連邦議会上院の議事堂が暫定的に入居している。

夜間にライトアップされた旧オタワ・ユニオン駅だった建物。現在は暫定的に連邦議会上院の議事堂となっている(大塚圭一郎撮影)
夜間にライトアップされた旧オタワ・ユニオン駅だった建物。現在は暫定的に連邦議会上院の議事堂となっている(大塚圭一郎撮影)

 モントリオールなどの他都市を発着し、リドー運河に沿って敷かれた線路を通ってきた列車が到着すると利用者が降りてくる。その多くが向かった宿泊先こそ、トンネルをくぐった先にあるザ・フェアモント・シャトー・ローリエだった。

 オタワの観光関係者は「グランド・トランク鉄道社長だったチャールズ・ヘイズは、駅とセットになるホテルとして建設した」と指摘する。

 ヘイズは1912年4月26日に予定していたザ・フェアモント・シャトー・ローリエの開業祝賀会への出席を心待ちにし、出張先だったイギリスの首都ロンドンからの帰国の途に就いた。ところが、あの歴史に残る大惨事のため祝賀会出席の願いは叶わなかった。

移転に駆り立てたのは…

 ヘイズが帰路に乗り込んだのが、豪華客船「タイタニック」だったのだ。タイタニックには乗客・乗員計2224人がいたが、救命ボートが足りなかったため1513人もの犠牲者が出た。ザ・フェアモント・シャトー・ローリエの従業員は「ヘイズもその1人になってしまい、開業祝賀会は先送りになった」と教えてくれた。

 駅には1920年に別の鉄道も乗り入れるようになり、共同使用駅に。これに伴って駅名は「オタワ・ユニオン駅」に改称され、オタワのゲートウェイとして定着した。

旧オタワ・ユニオン駅舎の建物(大塚圭一郎撮影)
旧オタワ・ユニオン駅舎の建物(大塚圭一郎撮影)

 だが、第2次世界大戦後の1949年11月にオタワ・ユニオン駅は大きな曲がり角を迎える。フランス人建築家のジャック・グレベール氏がまとめたオタワの美化に関する報告書で、駅を郊外へ移転することが勧告されたのだ。

 カナダ政府の関連資料によると「グレベール氏の勧告には自動車の重要性が増している一方、線路は近隣地域を分断しているとの信念があった」とされ、移転案はオタワ市民の間で論議を呼んだ。紆余曲折を経てオタワ地域の開発や保全などに関わる国家首都委員会 (NCC)が1961年5月、現在地への駅移転とオタワ・ユニオン駅の閉鎖を発表した。

 1966年にユニオン駅が供用を終えたのにはもう一つ理由があった。翌67年の7月1日は大英帝国自治領としてのカナダ建国から100年に当たり、100年記念式典の出席者を運ぶバスの駐車場を設けるために旧駅舎を取り壊すことが画策されていたのだ。

100年記念式典で担った役割は…

 この旧ユニオン駅舎の解体案には反対意見が噴出し、抗議活動が盛り上がった。1966年7月には当時公共事業相だったジョージ・マックイレイス氏が取り壊すことを1年猶予すると決定。旧駅舎は100年記念式典では、来場者らを案内する「ビジターセンター」の役割を担った。

 政府は1969年9月、建物を「政府会議センター」に改装することを発表。元々は新たな会議場を新設する予定だったが、オタワの歴史的遺産を顕彰する団体「ヘリテージ・オタワ」は「旧駅舎を改修して活用することで、政府の支出を数百万カナダドル節約できた」と効果を強調している。

 確かに大勢のオタワ市民らが熱望した旧ユニオン駅舎保存を実現でき、税金を元手とする政府支出も抑えられるというまさに「渡りに船」の結果だと言えよう。

夜間にライトアップされた旧オタワ・ユニオン駅舎(大塚圭一郎撮影)
夜間にライトアップされた旧オタワ・ユニオン駅舎(大塚圭一郎撮影)

 2001年にはカナダが議長国を務めた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の会場としても使われ、存在感を発揮した。

 1989年にカナダの文化遺産に指定され、2006年には歴史登録財となった風格あふれる建物は、今やカナダ議会上院の暫定本会議場としても見事に機能している。

 オタワ駅を現在地に移したのが吉と出たか凶と出たかの判断では、後者だとする意見が少なくないかもしれない。しかしながら、旧ユニオン駅舎を解体せずに保存したことが正しかったとの見方に異を唱える向きはまずあるまい。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第22回 トルドー首相表明の高速鉄道計画「アルト」、実現の鍵を握るのは傲岸不遜な隣国大統領!?

東海道・山陽新幹線の「のぞみ」などに使われているN700S(東京都大田区で大塚圭一郎撮影)
東海道・山陽新幹線の「のぞみ」などに使われているN700S(東京都大田区で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダのジャスティン・トルドー首相が2025年2月19日、約千キロ離れた国内最大都市のオンタリオ州トロントと東部ケベック州ケベックシティーを最高時速300キロで結ぶ高速鉄道計画「アルト」を発表した。投資額が最大1200億カナダドル(1カナダドル=105円で12兆6千億円)になるとの試算もある「カナダ史上最大のインフラプロジェクト」が成就するのかどうかは視界不良だ。しかし、実現するかどうかの鍵を握る影の主役は「カナダがアメリカの51番目の州になるのを見たい」と放言し、カナダからの輸入品に25%の関税を掛けて揺さぶる傲岸不遜な隣国の大統領かもしれない。

【アルト】カナダ東部のトロントとケベックシティーの間に電化した専用軌道を設け、時速300キロの高速列車を走らせる計画。ローマ字表記は「ALTO」。途中駅としてオンタリオ州ピーターボロー、首都オタワ、ケベック州モントリオール、ラバル、トワ・リビエールを設ける。国営企業アルトが担当し、コンソーシアム(共同企業体)「ケイデンス」が設計や建設、運用、保守など経験やノウハウを提供する。ケイデンスには6社が参加しており、カナダの航空最大手エア・カナダ、公共事業受注企業CPDQインフラ、エンジニアリング企業のアトキンスレアリス、フランスの公共交通機関運行受託企業ケオリスのカナダ法人、エンジニアリング企業シストラのカナダ法人、フランス国鉄(SNCF)の高速列車「TGVイヌイ」を運行するSNCF子会社のSNCFボヤジャーで構成する。

2011年、ドイツ・フランクフルト中央駅に停車中のフランス国鉄(SNCF)の高速列車TGV(大塚圭一郎撮影)
2011年、ドイツ・フランクフルト中央駅に停車中のフランス国鉄(SNCF)の高速列車TGV(大塚圭一郎撮影)

「経済を変革」と首相

 トルドー首相は2月19日の記者会見で、アルトについて「所要時間を劇的に短縮し、経済成長を加速させ、二酸化炭素(CO2)排出量を削減するなどわが国の経済を変革する」と意気込んだ。

 同席したアニータ・アナンド運輸相兼国内貿易相も「わが国の人口のほぼ半数がここ(アルトの沿線地域)に住んでいるものの、既存の交通システムは追いついていない」と問題視し、アルトが実現すれば「カナダ史上最大のインフラプロジェクトになる」と期待感を示した。

 アルトが建設予定のオンタリオ、ケベック両州の沿線地域には約1800万人が住み、カナダの国内総生産(GDP)の約4割を稼ぎ出す屋台骨だ。トルドー首相はアルトがカナダの「ゲームチェンジャー(変革者)になる」と訴え、GDPの押し上げ効果が最大で年間350億カナダドル(1カナダドル=105円で3兆6750億円)になるとの試算を紹介した。

左からアルトが計画している区間、VIA鉄道カナダの現在の所要時間、アルトの計画所要時間、時間差を示す表(アルトの公式ウェブサイトから)
左からアルトが計画している区間、VIA鉄道カナダの現在の所要時間、アルトの計画所要時間、時間差を示す表(アルトの公式ウェブサイトから)

 ただ、まだ具体的なルートや各駅の建設場所も決まっておらず、建設には環境影響評価(アセスメント)が必要になるなど課題が山積している。アルトの公式ウェブサイトも付け焼き刃でこさえた様子で、発表時に掲載していた画像に写っている車両は高速列車ではなくなぜかドイツ鉄道(DB)の通勤電車442型だったり、イメージ動画には全米鉄道旅客公社(アムトラック)の客車内の様子が映し出されていたりする。

アルトの公式ウェブサイトのイメージ動画には、全米鉄道旅客公社(アムトラック)の客車内で撮影された場面も
アルトの公式ウェブサイトのイメージ動画には、全米鉄道旅客公社(アムトラック)の客車内で撮影された場面も

主要区間は東京―大阪に相当、でも距離は…

 アルトの主要区間はカナダの2大都市のトロント―モントリオール間となり、日本で言えば東京と大阪に相当する。しかし、トロント―モントリオール間は約540キロあり、これは東京と神戸市の距離に相当する。

 東海道・山陽新幹線の東京―新神戸間を「のぞみ」で移動すると2時間40分前後だ。これに対し、国営の旅客鉄道運行会社VIA鉄道カナダはほぼ同じ距離のトロント―モントリオール間を走るのに5時間半前後と約2倍かかる。

VIA鉄道カナダの列車(カナダ西部サスカチワン州で大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車(カナダ西部サスカチワン州で大塚圭一郎撮影)

 大きな要因は東海道新幹線の最高時速が285キロ、山陽新幹線の新大阪―新神戸間は275キロなのに対し、VIA鉄道の列車の最高時速は120キロにとどまるからだ。加えてVIA鉄道が使う線路は貨物鉄道が所有しているため「貨物列車を優先して走らせる権利を持ち、旅客列車は後回しにされている」(VIA鉄道の乗務員)のも打撃になる。

カナディアン・ナショナル(CN)の貨物列車(カナダ西部サスカチワン州で大塚圭一郎撮影)
カナディアン・ナショナル(CN)の貨物列車(カナダ西部サスカチワン州で大塚圭一郎撮影)

 しかし、アルトは東海道・山陽新幹線と同じく電化した専用軌道を走り、最高時速300キロでトロント―モントリオール間を3時間7分で結ぶ計画だ。旅客機で両都市の中心部を移動する場合、空港への移動や手荷物検査などの時間を含めると最短でも約3時間半を要する。アルトが開業すれば旅客機に対抗できる競争力を持つ上、CO2排出量を低減できるため脱炭素化にも貢献する。

保守党は「レームダック声明」と批判

 トルドー首相はアルトの建設に向けて6年間で計39億カナダドル(1カナダドル=105円で4095億円)を投じる計画を表明したが、カナダ国民からは「絵に描いた餅になるのではないか」「過去にも高速鉄道計画が浮上しては消えてきた」などと懐疑的な反応が多い。

 何よりも説得力を欠くのは、アルトの計画を宣言したトルドー氏が事実上レームダック(死に体)化しているからだ。2025年1月に与党自由党党首と首相を辞任すると表明したトルドー氏は、3月9日の自由党党首選の結果が出た後に退き、次期総選挙にも出馬せずに政界を引退すると公言している。

 このため、保守党のフィリップ・ローレンス下院議員は放送局CTVにアルトの発表について「レームダック政権によるレームダック声明だ」と揶揄し、「自由党は高速鉄道計画に9年をかけたが、残したのは高額なコンサルタントへの支出だけだった」と舌鋒鋭く批判した。

 実際、カナダ国民からも「トルドー氏が高速鉄道の建設を目指して善処したというポーズを示すためのアリバイ作りではないか」との冷めた見方が出ている。

「あの大統領」が期せずして推進役に?

 ところが、期せずしてアルトの推進役となる可能性を秘めているのがトランプ氏だ。カナダへの侮辱的な暴言を連発して「名前も聞きたくない」(知人のカナダ人)というほど嫌悪感を持たれているのに、なぜアルトの計画をけん引する影の主役になり得るのか。その根拠を三段論法で説いていきたい。

 トランプ氏が3月4日にカナダからの輸入品に25%の関税を発動すると表明したのに報復し、カナダのトルドー首相は1550億カナダドル(1カナダドル=105円で16兆2750億円)相当のアメリカ製品に25%の関税適用を表明。カナダからの自動車といった工業製品、原油や天然ガスなどの輸出が打撃を受け、カナダ経済に悪影響を及ぼすことは避けられない。

 カナダ統計局によると1月の失業率は6・7%と、日本の1月の完全失業率の2・4%に比べて高く、アメリカとの貿易戦争は雇用の悪化に拍車をかける恐れがある。そこで、カナダの次期首相は雇用創出するための大規模な経済対策を打ち出すとみられ、建設によって5万1千人を超える雇用創出が見込まれるアルトも柱の1つとして打ち出す可能性がある。

 自由党の党首選で最有力候補のマーク・カーニー氏は、カナダ銀行と英国イングランド銀行(BOE)という先進7カ国(G7)の2つの中央銀行で総裁を務めた「銀行界のスーパースター」(金融関係者)だ。アメリカのジョー・バイデン前大統領が新型コロナウイルス禍で悪化した労働市場を立て直すためにインフラ投資法に沿った大規模プロジェクトを進めて雇用が急増したように、経済の専門家であるカーニー氏も同様の政策を打ち出すことが予想される。

“反トランプ”旋風で攻守逆転

 そして、トランプ氏が「(カナダ首相になれば)とても良いことになる。私たちの意見は間違いなくより一致するだろう」と秋波を送ったことで足元を救われ、支持率が失墜しているピエール・ポワリエーブル氏が党首を務める野党保守党が2025年10月までに実施される連邦議会下院の総選挙で敗れればアルトの計画が軌道に乗る好機となり得る。

 ポワリエーブル氏はトルドー氏のことを「いかれた奴」と呼んで議場から退場させられたように“反トルドー”路線で攻勢を掛けて人気を集めていた。

 ところが、トルドー氏の退陣表明に加え、ポワリエーブル氏のことを「トランプ氏を崇拝している」(カーニー氏)などとレッテルを貼った自由党のキャンペーンが奏功。今やカナダ国民の間で吹き荒れる“反トランプ”旋風がポワリエーブル氏に飛び火し、トランプ氏から支援表明を受けたことがすっかり裏目に出て守勢に立たされている。

 調査会社イプソスが2月26日に発表した世論調査で、自由党の支持率が38%となり、保守党の36%を上回って逆転した。6週間前には保守党が自由党を26ポイントも上回っていただけに、保守党の人気急落のすさまじさを物語る。エコスが2月25日に発表した世論調査も自由党の支持率が38%と、保守党の37%を上回った。

 これらの私の見立てが当たった場合には、カーニー氏が率いることになると予想される次期政権が総選挙で勝利し、高速鉄道らしく一足飛びに建設へと邁進することは無理でもアルトの計画が着々と進むことになる。

 一方、好事魔多しとばかりに自由党が総選挙前に足をすくわれる事態が到来しないとも限らない。そうなれば保守党が再び勢いづいて勝利し、ポワリエーブル氏が首相の座に就き、上記の見立てが瓦解することになる。ポワリエーブル氏は“天敵”トルドー氏が策定したアルトの計画について、見せしめだと言わんばかりに白紙撤回するシナリオが想定されるからだ。

 アルトは低い音域の女性の声域を指す。名は体を表すとは言うものの、カナダの2大都市間を結ぶのにふさわしい高速鉄道計画に声を落とす結末が待ち受けているとは信じたくない。

【筆者より】いつもご愛読いただきましてありがとうございます。本稿で示した視点や見解は筆者個人のものであり、所属する組織や日加トゥデイを代表するものではありません。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第21回 日本で消えゆく車内ワゴン販売、健在のVIA鉄道カナダが「一風違う」のは…

トロント・ユニオン駅に停車中のVIA鉄道カナダの列車(大塚圭一郎撮影)
トロント・ユニオン駅に停車中のVIA鉄道カナダの列車(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 「お弁当やお茶はいかがですかー」などと乗務員が乗客に声を掛け、商品を収納したワゴンを押して列車内で売り歩く―。そんな巡回式の車内ワゴン販売が日本の鉄道から相次いで消えている。東海道新幹線(東京―新大阪間)で2023年10月末をもって全て終了し、山陽新幹線<新大阪―博多(福岡市)間>でも24年3月末で全廃された。それだけに、カナダ最大都市のトロントから首都オタワまでのVIA鉄道カナダの列車で車内販売が回ってくると反射的に注文したが、日本とは「一風違う」点があった…。

【車内ワゴン販売】乗務員が商品を収納したワゴンを押して、列車内で販売するサービス。近年相次いで廃止されたものの、JR東日本の東北・上越・北陸・秋田・山形新幹線と中央線の特急「あずさ」、特急「ひたち」のそれぞれ一部列車などに残っている。

 日本ではもともと商品を入れた箱や、かごを持って車内を売り歩くスタイルだった。日本の旧鉄道省の1935(昭和10)年度の年報によると、JRグループの前身となる国有鉄道で「旅客サービス改善の一助として」34年12月1日から食堂車を連結していない列車の一部区間で弁当やお茶の試験販売を始めた。弁当やお茶を求める利用者の需要が多かったものの、途中駅の停車時間が短いため販売員が乗り込んで売り歩いたところ「実施後の成績良好のみならず一般旅客に好評を得た」とし、35年に「列車内乗込販売手続き」が定められて同年11月1日に施行された。

 第2次世界大戦後の1958年には、当時の日本国有鉄道(国鉄)は食堂車を連結していない列車で弁当とお茶、雑貨を売り歩く車内販売を開始。ワゴンを押しての販売が導入され、最初の東京オリンピックが開かれた64年の東海道新幹線の開業時にも車内ワゴン販売が採り入れられた。

同じ時刻の列車で別の列

 カナダ最大の都市の玄関口らしく、トロント・ユニオン駅は石造りの風格あふれる駅舎だ。足を踏み入れると上まで吹き抜けになっており、開放感を味わえる。その一角には昔ながらの有人切符売り場があり、その上にVIA鉄道の発車案内を記した電光掲示板がある。

トロント・ユニオン駅のVIA鉄道カナダの発車予定を知らせる電光掲示板(大塚圭一郎撮影)
トロント・ユニオン駅のVIA鉄道カナダの発車予定を知らせる電光掲示板(大塚圭一郎撮影)

 「列車番号50番 オタワ行き」と記されており、その脇には旅行時の発車時刻を「定刻 午前6時47分発(現在は午前6時32分発)」と表示していた。スケジュール通りであることに胸をなで下ろし、乗り場に向かう下りのスロープを進んだ。

 すると、列車番号50番のオタワ行きと記された立て札があり、乗車を待つ長い列ができていた。さすがはVIA鉄道の旅客収入の約8割を稼ぎ出している主力区間の「ケベックシティー―ウィンザー回廊」に含まれる区間だけあって盛況だ。

 VIA鉄道によると、トロント―オタワ間は平均4時間26分かかり、エア・カナダなどの旅客機の平均1時間3分の4倍に達する。しかし、空港は郊外にある上、搭乗前の保安検査などがあるためカナダ連邦政府は国内線利用者に1時間半前までに到着するように呼びかけている。

 そうした時間も考慮に入れると、鉄道が航空機より断然遅いとは言えない。二酸化炭素(CO2)排出量も低減でき、普通車に相当するエコノミークラスの割引運賃で54カナダドル(1カナダドル=105円で5670円)というディールは決して悪くないと思った。

 近くの一角には、同じように首を長くして乗車案内を待つ別の列ができている。そちらは午前6時47分(現在は午前6時32分)の「列車番号60番 モントリオール行き」の利用者だ。

 オタワ、モントリオールともにトロントの東にあり、同じ方向の列車がなぜ同じ出発時刻なのか。それは両方の列車が連結してトロントを出発し、途中で切り離してそれぞれの目的地に向かうからだ。

 もしも同じ列に並ばせると、利用者が間違った行き先の列車に乗ってしまうリスクがある。そこで、あらかじめ異なる列にすることで区分けし、ご乗車ならぬ「誤乗車」を防いでいるのだ。

自慢の新型車両がお待ちかねと思いきや…

VIA鉄道カナダの新型車両の外観(VIA鉄道提供)
VIA鉄道カナダの新型車両の外観(VIA鉄道提供)

 係員の「進んでください」という指示とともに、列の先頭が上りエスカレーターに乗り込んだ。VIA鉄道はケベックシティー―ウィンザー回廊でドイツの鉄道車両大手、シーメンスが造る新型車両の導入を進めており、ホームページでは自慢の車内を「人間工学に基づいて設計された座席により、リラックスした乗車が実現します。体を伸ばせるゆったりした空間で景色をお楽しみください!」とアピールする。

VIA鉄道カナダの新型車両の車内(VIA鉄道提供)
VIA鉄道カナダの新型車両の車内(VIA鉄道提供)

 そんな紹介文を読んでいた私は、エスカレーターで上がった先のプラットホームにはピカピカの新型車両が待ち受けているのではないかと予想した。

 ところが、ホームに上がった時に視界に入ったのは、ディーゼル機関車に連結された薄汚れたステンレス製の旧型客車だった。アメリカの金属加工メーカーの旧バッドなどが製造し、1946年の登場から「傘寿」(80歳)を迎えようとしている古参車両だ。

トロント・ユニオン駅でのVIA鉄道カナダの旧型客車(大塚圭一郎撮影)
トロント・ユニオン駅でのVIA鉄道カナダの旧型客車(大塚圭一郎撮影)

 車内に入って予約した座席に行くと、クロスシート同士の足元の前後間隔は狭く「体を伸ばせるゆったりした空間」とはほど遠い。座席のビニール製の表皮もくたびれており、新型車両にかなわないのは火を見るより明らかだ。

VIA鉄道カナダの旧型客車の座席(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの旧型客車の座席(大塚圭一郎撮影)

 だが、新型車両への置き換えで引退し、廃車になってしまうのは時間の問題だ。「乗るなら今でしょ」と気持ちを前向きに切り替え、座席に腰かけた。

 列車は定刻通り発車したものの、オンタリオ州の公共交通機関「GOトランジット」の通勤列車(本連載第18回参照)が次々と行き来する時間帯だけに低速運転が続いた。

 その後スピードを上げると縦揺れがすさまじく、まるでトランポリンの上ではねているかのようだ。うとうとして眠りに落ちることも許されない移動空間でどのように過ごそうかと思案していると、私が心待ちにしていたサービスが出現した。

“応援買い”ともう1つの動機で飛びつく

VIA鉄道カナダで車内販売に使うワゴン(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダで車内販売に使うワゴン(大塚圭一郎撮影)

 車内販売のためにカートを押した客室乗務員が隣の客車から移ってきたのだ。以前、奮発してJRのグリーン車に相当するビジネスクラスに乗った際には食事と飲み物が出てきたが、今回はエコノミークラスなので別料金なのは間違いない。

 それでも、私には車内ワゴン販売に飛びつきたいという購買意欲があふれていた。動機が2つあった。JRで車内ワゴン販売を廃止する列車が相次ぎ、東海道新幹線で名物の「シンカンセンスゴイカタイアイス」を車内で買えるのも一部列車のグリーン車のモバイルオーダーサービスだけとなってしまった。そこで1つ目の動機はVIA鉄道で残っているのは喜ばしく、“応援買い”をしたくなったのだ。

 もう1つの動機は、トロント・ユニオン駅の地下街にある物販店は閉まったままで朝食とホットコーヒーを購入できなかったためだ。JRで車内ワゴン販売の廃止が続出している背景には「駅ナカ」と呼ばれる駅構内商業施設を拡充し、弁当を買ってから乗車する利用客が増えたことや、「人手不足によって販売員の採用が難しくなった」(JR大手幹部)ことが影響している。ところが、トロント・ユニオン駅では少なくとも競合する物販店が閉まっており、自動販売機が充実している日本とは異なるためアンメットニーズ(満たされていない顧客の潜在的な欲求)があるのだ。

価格は日本のエキナカならば…

 ワゴンを押して回ってきた男性客室乗務員に、クロワッサンにハムを挟んだサンドウィッチと、ホットコーヒーを注文した。商品を折りたたみ式のテーブルの上に置いたので、支払いのためクレジットカードを渡そうとすると「それは後で」という。

VIA鉄道カナダの車内販売で買ったハムのサンドウィッチとホットコーヒー(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの車内販売で買ったハムのサンドウィッチとホットコーヒー(大塚圭一郎撮影)

 「一風違う」販売方法に首をかしげ、そのまま待っていると別の男性客室乗務員がやって来て注文内容を確認した。「ハムのサンドウィッチとホットコーヒーを注文しました」と話すと、乗務員は「そこにあるのはターキーサンドウィッチだね。間違っているので交換してくる」と言って代わりにハムのサンドウィッチを持ってきた。

 つまり2人の乗務員で役割分担ができており、1人は商品の手渡し、もう1人は注文内容の確認および決済をそれぞれ担当しているのだ。この方式ならば商品や会計の間違いを防ぐ効果があり、不正会計防止の狙いもありそうだ。

 私はアメリカのクレジットカードで支払ったところ、価格は11・09アメリカドル(1ドル=155円で約1720円)だった。実に高い!

 JR東日本の横浜駅ならば「ベックスコーヒーショップ」でソフトフランスパンにソーセージとポテトサラダを挟んだ「ソーセージ&ポテト」にホットコーヒーが付くモーニングセット「ソーセージ&ポテトセット」(530円)で朝食を済ませた上で、昼食のために崎陽軒の「シウマイ弁当」(1070円)と550ミリリットル入りのペットボトル入りミネラルウオーター「フロムアクア 谷川連峰の天然水」(120円)まで買えてしまう金額だ。

 つまりVIA鉄道の車内ワゴン販売の1食分の金額で、日本のエキナカならばより充実した食事を2食分賄えてしまう計算だ。

 もっとも、為替の円安ドル高傾向による輸入品価格の上昇などが響き、日本でも値上げラッシュの様相を呈している。総務省によると、2024年12月の生鮮食品を除くコア消費者物価指数(CPI)は前年同月より3・0%上がった。

 それでも新型コロナウイルス禍によるサプライチェーン(供給網)の制約に直面し、2022年6月にCPIの前年同月比上昇率が8・1%とピークを付けたカナダに比べれば物価上昇のペースは緩やかに推移している。

 日本政府は「わが国はデフレ(持続的な物価下落)から脱却していない」という認識を今も変えていない。個人的には違和感を抱いているものの、海外の物価水準と比べると「デフレ状態」のように受け止める向きがあることには一定の理解もできよう。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

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