喪失と創作をめぐる静かな愛の物語『Hamnet(邦題:ハムネット)』(クロエ・ジャオ監督)

Jessie Buckley stars as Agnes and Joe Alwyn as Bartholomew in director Chloé Zhao’s HAMNET Credit Agata Grzybowska / © 2025 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
Jessie Buckley stars as Agnes and Joe Alwyn as Bartholomew in director Chloé Zhao’s HAMNET Credit Agata Grzybowska / © 2025 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 年が明け、映画界はいよいよ賞レースのシーズンに入りました。クロエ・ジャオ監督最新作『Hamnet』は、トロント国際映画祭(TIFF)観客賞をはじめ、ゴールデングローブ賞の作品賞と主演女優賞を獲得し、今年最も注目されている一本です。ジェシー・バックリーの圧巻の演技と、自然の美しさが心に沁みる、静かで力強い感動作となっています。

あらすじ

 マギー・オファーレルの同名小説を原作に、シェイクスピアの『ハムレット』誕生の背景を描きます。舞台は16世紀イングランド。自然と共に生き、直感的な感覚を持つアグネス(ジェシー・バックリー)と、言葉と演劇の世界に身を置く夫ウィリアム(ポール・メスカル)は、慎ましくも確かな愛情に満ちた家庭を築いていました。しかし、幼い息子ハムネット(ジャコビ・ジュプ)の死によって、二人の日常は大きく揺らぎます。本作は、喪失の悲しみの中で再生の兆しを見つけていく夫婦の姿を丁寧に描いていきます。

Director Chloé Zhao with actors Paul Mescal and Jessie Buckley with on the set of their film HAMNET, Credit: Agata Grzybowska / © 2025 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
Director Chloé Zhao with actors Paul Mescal and Jessie Buckley with on the set of their film HAMNET, Credit: Agata Grzybowska / © 2025 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 この映画を観て強く心に残ったのは、「悲しみをどう生きていくのか」という問いでした。アグネスは、喪失の痛みを抱えたまま、それでも日々の生活を丁寧につないでいきます。その姿はとても静かで、だからこそ胸に迫ります。一方のウィリアムは、悲しみから少し距離を取り、創作という手段を通して息子の死と向き合おうとします。二人の在り方は対照的ですが、どちらも必死に生きようとする姿だと感じました。

 やがて『ハムレット』という作品が生まれ、失われた命に永遠の意味が与えられたとき、すれ違っていた二人の心が静かに重なっていく。その瞬間に、言葉にならない救いを見た気がします。この映画は、悲しみそのものを消すことはできなくても、「物語」が人を生かし、支え得るのだということを、そっと教えてくれているようでした。

 アグネスに関する史料は少なく、その生涯については多くが知られていません。それでも、シェイクスピアより年上であったことや、別居期間が長かったことなどから、二人の関係は必ずしも良好ではなかったのではないか、という説も伝えられています。しかし、この映画を観ていると、シェイクスピアの作品に見られるスピリチュアルな感性には、アグネスの影響が大きかったのだと思わずにはいられません。歴史上最も有名な劇作家の陰でひっそりと生き、愛していた彼女の存在に思いを馳せるとともに、彼女の存在に光を当てた原作も、ぜひ読んでみたくなりました。

Paul Mescal stars as William Shakespeare in director Chloé Zhao’s HAMNET, Credit: Agata Grzybowska / © 2025 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
Paul Mescal stars as William Shakespeare in director Chloé Zhao’s HAMNET, Credit: Agata Grzybowska / © 2025 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 『Hamnet』は、喪失を克服する物語ではなく、悲しみと共に生き続ける厳しさと、その中に宿るかすかな希望を描いています。派手なシーンはありませんが、アグネスに寄り添いながら迎える終盤のクライマックスは、さまざまな感情が渦巻き、圧巻の一言です。ジェシー・バックリー、ポール・メスカル、そして子役のジャコビ・ジュプとノア・ジュプ、皆の演技が素晴らしかったです。

 余談ですが、
TIFFで鑑賞した際、「シェイクスピア?あまり興味ない」と話していた人たちも、最後には皆、涙を流していたことを付け加えておきます。

 バンクーバーではCineplex系で上映中です。

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バンクーバー在住の映画・ドラマ好きライターLalaさんによる映画に関するコラム。
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Lala(らら)
バンクーバー在住の映画・ドラマ好きライター
大好きな映画を観るためには広いカナダの西から東まで出かけます
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