大塚圭一郎

国営鉄道会社VIA鉄道カナダの看板列車「カナディアン」は東西約4466キロを4泊5日で結ぶ“長距離走者”だけに、大きな荷物を抱えた利用者も多い。対策として航空会社のように受託手荷物を受け付けており、2両のディーゼル機関車の後ろに連結した荷物車で運んでいる。だが、乗車時に荷物を預けながらも、空港と同じように手荷物回転台(ターンテーブル)で返却される事実に思い至らなかった私は受け取りが遅れ、なんとロストバゲージに遭ったことがある―。

【荷物車】VIA鉄道カナダは、カナダの最大都市である東部オンタリオ州トロントと西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーを結ぶ夜行列車「カナディアン」と、東部ケベック州モントリオールとノバスコシア州ハリファックスの約1350キロを1泊2日でつなぐ長距離列車「オーシャン」に荷物車を連結している。2両のディーゼル機関車の後ろに、利用者の受託手荷物と貨物を運ぶための荷物車を連結している。
VIA鉄道によると、1両の荷物車は全長4・5メートル超のカヌーを12艘(そう)と大型スーツケース100個を同時に運べる収容能力を持つ。最上級クラス「プレスティージ寝台車クラス」と、通常の寝台車「寝台車プラスクラス」は1人当たり最大で縦76センチ、横48センチ、奥行き30センチの手荷物(最大23キロ)を2個まで、座席の「エコノミークラス」は1個だけそれぞれ無料で預けることができる。
▽車窓から探し回ったのは
周辺に何もない場所にたたずむ「ポツンと駅」のカナダ西部サスカチワン州サスカチューンをバンクーバー発トロント行きのカナディアン2号が出発したのは、定刻の2時間40分遅れだった。バンクーバー発車の2日後、2024年8月14日午前9時37分のことだ。

今回の目的地である中部マニトバ州ウィニペグにかけての区間は、堆積平野「グレートプレーンズ」に穀倉地帯が広がっている。中間車両「スカイラインドームカー」の2階の窓がドーム状になった展望空間から車窓を眺めていると、収穫した小麦などの穀物を乾燥・選別・貯蔵する施設「グレーンエレベーター」が次々と現れた。
客室乗務員が「この近くでは、アメリカバイソンを目撃できることがあります」と教えてくれ、乗客たちも窓外を食い入るように見つめたものの「発見」の報告はなかった。
アメリカバイソンはかつて先住民にとっての重要な食料源だったが、移民らが毛皮目当てに乱獲した北アメリカ大陸から一時はほぼ絶滅した。
そこで、回復に向けた取り組みが進められており、サスカチューン近郊にはアメリカバイソンの保護と飼育を手がける施設「ワヌスケウィン史跡公園」が設けられている。私は2023年9月に現地で実物を目撃した。
とはいえ、人間が立ち入れないフェンスのはるか先にダンゴムシのような大きさのアメリカバイソンが群れで休んでいるだけだった。施設の職員から「アメリカバイソンは警戒心が強く、人間になかなか近寄らない」と説明され、私は心の中で「人間の過ちによって辛酸をなめたご先祖様の教訓がDNAにしっかりと刻み込まれたのだろうか」と思いを巡らせた。


そんな記憶をたどっていると、近くに座っていたアメリカ中西部ウィスコンシン州在住の男性が「うちの農場ではアメリカバイソンを飼っているんだ」と一言。客室乗務員や周囲の乗客が驚くと、「かつて1匹のメスのアメリカバイソンの肉を以前食べたところ、脂もかなりのっていておいしかった」と明かした。
アメリカバイソンの肉は牛肉に比べて脂肪やカロリーが低いヘルシーさに加え、クセのない味わいも受け入れられている。今は養殖が進んでおり、ハンバーガーやバイソンジャーキーなどの用途で食されている。ただ、男性は「食べたことがある」程度の分量にとどまらず、1匹をしっかりと平らげたといわんばかりの口ぶりだった。
▽出てきた手荷物に違和感

定刻より1時間20分遅れの2024年8月14日午後11時20分、列車はウィニペグに滑り込んだ。今回のカナディアンでの旅行の目的地で、所要時間は30時間20分だった。
寝台車プラスクラスを利用したため、1人当たり2個までスーツケースを荷物車に無料で預け入れることもできた。だが、今回はあえて預けずに、利用した寝台車プラスクラスの個室で管理した。
というのも、前回の23年12月にトロント発バンクーバー行きのカナディアン1号に全線乗車した際にロストバゲージを経験し、紛失した場合のリスクを思い知ったからだ。

私は前回、トロント・ユニオン駅で1個の黒いスーツケースを預け入れた。列車が終点のバンクーバー・パシフィック・セントラル駅に到着後、駅員に手荷物の受取場所を確認すると「壁沿いのターンテーブルから受け取ってください」と教えられた。
トロントで渡された引換券を手に握り、探り当てたターンテーブルに着いたものの人の姿はない。その瞬間、列車の到着後もゆっくりと朝食を楽しんでから下車したため、出遅れたことに気づいた。空港ならば持ち主の現れなかった手荷物を係員がターンテーブルの脇にまとめておくことがあるが、残された荷物は皆無だった。
一抹の不安を抱えて駅のVIA鉄道窓口へ行き、「スーツケースを受け取りに来ました」とトロントでスーツケースを預けた際に受け取った引換券を男性係員に渡した。引換券を受け取った係員は「少しお待ちください」と言うと、カウンターの奥からスーツケースを引っ張り出した。
係員が私の前まで引っ張ってきて、「どうぞ」と言ってスーツケースを置いた。外観を一目眺めるなり、嫌な予感がした。
確かに預けたのと同じような黒色で、キャスター付きなのも一致しているものの、一回り大きく見えるのだ。しかも、持ち手を握って引いてみるとやけに重いのだ。
次の瞬間、外見が似ていたので手荷物を取り違えられたのではないかと推察した。「相手が気がつかないまま、そのまま遠くへ旅行してしまったらどうしよう」と頭が真っ白になった。
▽持ち主は電話に応答せず
すると、手がかりは残されていた。スーツケースに名札が付いており、持ち主とおぼしき氏名と電話番号が記されていたのだ。
慌てて窓口に戻り、このスーツケースを手渡してきた係員に事情を説明した。係員は「あなたの引換券の番号が、このかばんに付けていたタグと1番違いなので見間違えました」と釈明した上で、「残っていたのはこのかばんだけなので、持ち主があなたのかばんを間違えて持って行った可能性があります」と話した。
これは私の予想シナリオと一致している。その上で、かばんの名札に記されていた電話番号に連絡をするため「少し待っていてください」と求められた。
私は荷物を預けた証拠が必要だと考えたため、引換券を返してもらった。近くのベンチに腰かけていると、係員がやって来た。手荷物の持ち主が電話に応答しないため、別の駅員が持ち主の旅行を手配した企業に連絡しているという。
この際、私は待っている間にメモに記した氏名と携帯電話番号を手渡し、「私はバンクーバーに2日間滞在しますので、それまでに見つかれば取りに来ます」と伝えた。
続けて「その後は(当時駐在していた)アメリカに戻ってしまいますが…」と顔を曇らせると、係員は思わぬ言葉を口にした。
「いや、かばんは既に近くにあるかもしれませんよ」
▽荷物紛失の補償額は…
係員が指をさした駅の入り口には、60代と見られる男性が見覚えのある黒いスーツケースを引いていた。
男性は窓口に着くと、開口一番に「戻るのにかかった(自動車のライドシェアサービス)ウーバーの代金50ドルを払ってもらおうか」と大口をたたいた。次の瞬間、「冗談だよ」と付け加えて相好を崩した。
男性は緊張した場面でもジョークで場を和ませることが習慣化されており、旅行会社を通じて高額な切符を手配していることからも、教養のある裕福な層だと推察した。
男性は私の方を向くと、「これは君のかばんだね。迎えに来た娘がターンテーブルで間違えて持ってきてしまったんだ。すまなかった」と謝罪した。

私があっさりした口調で「駅で待っていただけなので気にしないでください。どうぞ良い冬休みを!」と返すと、男性も「君もな」と言い残して駅を出て行った。
私は係員の方に顔を向けると、「これで一件落着です。ありがとうございました。良いクリスマスを!」と謝意を伝えた。係員は胸をなで下ろした様子で、笑みを浮かべていた。
ハッピーエンドで終わったものの、私は待ち時間の間に手荷物の引換券に記載されていた規約を読んで背筋が凍っていた。そこには「領収書または他の価値証明を提示すれば、VIA鉄道は紛失、破損、盗難にあった手荷物について大人1人につき手荷物1個当たり最大750カナダドル(1カナダドル=115円で8万6250円)、子ども1人につき手荷物1個当たり最大375カナダドルまで補償する」とあった。
ロストバゲージを一時的に経験した際には、スーツケース購入時のレシートを用意することはおろか、中に入っていた品目もろくに記憶していない状況だった。
よって2024年8月の乗車時は再発防止策として、スーツケースも個室に収納した。おかげで“旅行の相棒”であるスーツケースとの距離がより縮まった気がした―。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。



























