はじめに
音楽ファンの皆さま、日加関係を応援頂いている皆さま、こんにちは。
既に3月も半ばを過ぎ、そろそろ春分の日です。夜明けは早まり、日没の時間は遅くなって来ました。オタワの冬は決して油断できません。寒さが幾分緩んだかと思うと、厳寒の日がぶり返します。とは言え、オタワ版の三寒四温はあって、春も遠からじと感じる今日この頃です。
一方、国際情勢はと言えば、ロシアのウクライナ侵略から4年が過ぎ、イスラエルと米国によるイラン武力攻撃で中東情勢は混迷の度を深めています。そんな中、カナダは独自のスタンスを取り、平和と繁栄を維持しようと努力しています。その様子を日々見ていると、カナダという国家の成り立ちや困難な現実に直面しつつも理想を懸命に掲げて発展して来た歴史が想起されます。そして、多文化主義や開放的かつ包摂的な社会は現在カナダのアイデンティティーなのだと納得します。
そこで音楽です。“歌は世につれ”と言います。確かに、古来、洋の東西や時代を問わず、音楽は世の中の動向を反映して来ています。カナダの現代音楽には、カナダの社会の有り様が滲んでいるのです。
と言う訳で、今回は、現代のカナダが誇る作曲家、アナ・ソコロヴィッチです。ポピュラー・ミュージックの作曲家ではありませんから、一般的な知名度は高くありません。が、極めてカナダ的な作曲家だと思います。
それでは、アナの世界へようこそ。
ピアノのための2つの練習曲
アナ・ソコロヴィッチの名前が音楽関係者の目を引いた最近の例は、昨年のエリザベート王妃国際音楽コンクールの時です。
エリザベート王妃コンクールは、チャイコフスキー国際コンクール、ショパン・コンクールと並ぶ世界3大コンクールの一つですが、最も歴史が古いのです。ベルギー青年音楽院の創始者であるルネ・ニコリが提唱したのに対し、音楽に深い理解を持っていたベルギーの元王妃エリザベートの名を冠して1951年から始まりました。世界最高峰の登竜門の一つで、その優勝者や上位入賞者には、輝かしい未来の扉が開きます。ヴァイオリン、ピアノ、声楽、チェロの4部門がそれぞれ4年ごとに開催されています。

2025年は、ピアノ部門でしたが、そのセミファイナルには12人が残りました。その際の課題曲は、各ピアニストの真の実力を知るために、バッハやモーツァルトやベートーヴェンといった既存の曲ではなく、真新しい曲が課題として与えられるのです。セミファイナルの課題曲に選ばれたのが、アナ・ソコロヴィッチの「ピアノのための2つの練習曲」でした。エリザベート王妃財団から委嘱され、アナが書き下ろしたものです。
世の中には、クラシック音楽、ジャズ、ロック、ポップスまで、無数の楽曲が存在します。元来ピアノ独奏曲もあれば、ピアノ用に編曲された曲もあります。そんな中、アナは、謙虚に“練習曲”と名付けていますが、その実態は、超絶技巧を要する難曲です。弾く者にとっては、己の限界を思い知らされる程です。ですから、コンクールの課題曲の意味はそこにあります。しかし同時に、この“練習曲”は、聴く者には音楽を聴く醍醐味を与えてくれます。これまで味わったことも見たこともない、全く新しい音楽的な地平と風景を提供してくれるのです。しかも、その新しさは、美しい響きを秘めています。クラシック音楽の系譜にある現代音楽の世界で高い評価を得ています。
コンクールの主要プログラムを収録した4枚組CDライブ録音で、日本人入賞者、桑原志織の素晴らしい演奏を聴いてみて下さい。
ユーゴスラビアの天才少女
それでは、アナ・ソコロヴィッチの来歴を辿ってみましょう。とにかく極めてカナダ的です。
1968年、東西冷戦下のユーゴスラビアの首都、ベオグラードに生まれます。そして、4歳からバレエを始めました。家にはピアノがなかったので、バレエの練習の合間にスタジオにあるピアノを見よう見まねで弾くようになったのが8歳の頃です。正式に習った訳ではないのですが、ピアノの鍵盤を押すと湧き上がる音色に魅了されたといいます。押す鍵盤の組み合わせを変えると異なる響きが生まれ、強弱をつけ、リズムに乗ると音楽が溢れる。魔法のような空間に、自らの未来を直感したに違いありません。ピアノに触れた瞬間から、天然の作曲家の資質が開花しはじめます。
ここで、アナの音楽について一つの重要なポイントがあります。彼女はバレエの練習を通じて音楽に出会ったことに由来すると思うのですが、アナは音楽を舞踏と演劇と一体を成すものとして体感していたということです。正に、芸術を尊んだ古代ギリシアの市民が円形劇場で喜劇や悲劇に興じた時と同じです。そこでは、音楽・舞踏・演劇は三位一体だったのですから。
長じて、ベオグラード芸術大学に進学し、本格的に音楽を学びます。私のリサーチ不足で、アナの学業というか音楽活動に関する詳細は分からないのですが、きっと思う存分に音楽の奥義を探求したに違いありません。教授陣からも、将来のユーゴスラビア現代音楽を担う人材として嘱望されていたに違いありません。しかし・・・・
激動の時代
1989年11月9日の夜、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結します。今から振り返れば予兆はあったとは言えます。しかし、第2次世界大戦終結から40年余にわたり国際情勢の基本構造となっていた冷戦下の社会主義体制です。一般国民からすれば、それが瞬く間に不安定化し、崩れていくとは想像だにできなかったというのが実情でしょう。突然の壁の崩壊で、東欧諸国の政治情勢は一変します。
特に、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国は、「7つの国境・6つ共和国・5つの民族・4つの言語・3つの宗教・2つの文字」と形容される多様性を内包した国家でした。傑出した政治指導者チトーにして冷戦構造という状況で連邦国家としての安定も何とか保たれていました。しかし、冷戦が終わりソ連の圧力から解放されると、折からの不況と相まってユーゴスラビアを構成する各共和国の分離独立要求が高まります。政治的緊張は武力衝突に至り、ユーゴスラビアは混乱します。
ベオグラードの芸大生、アナにしてみれば、政治は主たる関心の外側にあったに違いありません。しかし、冷戦が終わり、民族主義が勃興し政治的に落ち着いて音楽を勉強する状況ではなかったのだと思います。まるで、ワルシャワ音楽院に学んでいたショパンのようですね。若き天才は、一方で音楽を極めたいという情熱があり、他方で故国ポーランドをロシアの横暴から守りたいという思いの間で葛藤しましたが、パリへ向かった訳です。1830年11月のことです。
時は流れて、1992年です。24歳のアナもまた、音楽の旅路を続けるために故国を出る決断をします。ベオグラードを出て向かった先は、モントリオールでした。
新天地モントリオール
それでは何故モントリオールだったのでしょうか?
カナダは多文化主義を標榜し多様性に溢れた国です。しかも、モントリオールは、これまで「音楽の楽園〜もう一つのカナダ」で紹介して来たとおり、音楽に溢れた街です。
更に、歴史を紐解くと、20世紀初頭からユーゴスラビアからモントリオールへの移民が本格化します。モントリオールには、伝統的なフランス文化、カトリックの伝統、そして欧州的な都市の構造があり、大西洋の対岸という地理的近接性もあって、東欧からの移民にとっては適応しやすかったという面があります。また、冷戦が始まると、共産・社会主義に反発し政治的理由でモントリオールに来る知識人層や自由主義者も多かったといいます。そして、冷戦終結後の動乱の渦中、ユーゴスラビアから多数の移民が来た訳です。
アナもそんなユーゴスラビアからの移民の一人でした。モントリオール大学・大学院に進学し勉強を続けます。ホセ・エヴァンゲリスタ教授に師事し修士課程で作曲を学びます。
飛翔
音楽に溢れ多様で多彩な才能が競うモントリオールで、アナは瞬く間に頭角を顕します。ヨーロッパの古典的な音楽技法に加え、多民族国家ユーゴスラビアで培われたバルカン的なリズムとハーモニーは強い印象を与えたといいます。更に、アナにとっては、音楽は舞踏や演劇の不可分の一体であり続けています。そのアプローチは、舞台芸術としての広がりと可能性に満ちています。

アナ・ソコロヴィッチの名を音楽界に知らしめた代表作、オペラ「結婚(Svadba)」には、彼女の音楽的エッセンスが凝縮しています。2011年、トロントで初演されました。完全アカペラによる歌劇です。オーケストラはおろか楽器は一切ありません。出演者は6人の女性歌手のみ。歌詞はセルビア語で、結婚式前夜の花嫁の儀式的な集まりを描いています。極めてシンプルな舞台設定で、全ては声と身体リズム(足踏み、手拍子、喘ぎ、擬音等)の人間が発する音で構成されています。声こそが最高の楽器であり、声の持つ無限の可能性を感じさせます。
音楽は、変拍子を多用した独特なリズムや民族的な旋律でバルカン的な色彩に満ちた、結婚式前夜の女性だけの儀式を描いています。一方、主題は結婚です。人生の転機にあたり、友人との絆や結婚への一抹の不安といった普遍的かつ極めて人間的な要素を音楽で表現しています。
更に、このオペラ「結婚(Svadba)」が高く評価されている理由がもう一つあります。それはリーズナブルな制作費です。例えば、ヴェルディ、ワーグナー、プッチーニ、モーツァルト等の本格的オペラの上演となると、膨大なコストがかかります。それらと比べれば、女性歌手6人のみのシンプルな舞台は、より幅広い聴衆に現代オペラの愉悦を提供できるのです。
このオペラは、トロント初演の後、2015年1月にはフランスでリール上演。大きな反響を呼び、その後、欧州各地で上演されています。21世紀の室内オペラの最重要作品の一つと評価されています。
結語

アナは、現在はモントリオール大学教授を勤めつつ、ケベック現代音楽協会の芸術監督でもあり、多彩な活動を続けています。オペラ、管弦楽、室内楽、更に器楽曲等の作品を発表しています。ユーゴスラビアからモントリオールに来て35年目です。偉大なるカナダの作曲家です。
そして、アナ・ソコロヴィッチの音楽的冒険は未来に向かって進化しています。訪日もして欲しいですし、もっと録音もして欲しいところです。
(了)

山野内勘二・在カナダ日本国大使館特命全権大使が届ける、カナダ音楽の連載コラム「音楽の楽園~もう一つのカナダ」は、第1回から以下よりご覧いただけます。
山野内勘二(やまのうち・かんじ)
2022年5月より第31代在カナダ日本国大使館特命全権大使
1984年外務省入省、総理大臣秘書官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省経済局長、在ニューヨーク日本国総領事館総領事・大使などを歴任。1958年4月8日生まれ、長崎県出身





















