「カナダ“乗り鉄”の旅」第34回 鉄道会社が建てたホテル、今も語り継がれる「幽霊出没」 シリーズ「カナディアン」【8】

デルタ・ホテルズ・ベスボロウの外観(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
デルタ・ホテルズ・ベスボロウの外観(2023年9月、大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 「これではまるで『大草原の小さな駅』だ」!カナダの東西約4466キロを4泊5日で結ぶ国営鉄道会社VIA鉄道カナダの看板列車「カナディアン」の停車駅には、そんな自然の中にある「ポツンと駅」がいくつも存在する。驚くべきことに人口が30万人を超えている西部サスカチワン州最大の都市、サスカチューン市のサスカチューン駅もその一つだ。

 しかし、1978年に運営を始めたVIA鉄道に旅客鉄道部門を引き継いだ貨物鉄道大手カナディアン・ナショナル鉄道(CNR、現在のCN)が1964年に現在地へ移転するまでは市街地に駅があり、CNRは近くにシャトーエスク様式の豪勢なホテルを建てた。

 このホテルは現存しており、アメリカのホテル大手、マリオット・インターナショナルの傘下企業が運営する「デルタ・ホテルズ・ベスボロウ」となっている。このホテルは「幽霊が出没することで有名だ」と元従業員に教えられたのは宿泊中のことだった―。

▽到着は2時間半遅れ、そのワケは…

 西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーのパシフィック・セントラル駅から2024年8月12日に乗り込んだ東部オンタリオ州トロント行きのカナディアンは、3日目の8月14日午前8時25分ごろに西部サスカチワン州サスカチューン駅のプラットホームに滑り込んだ。定刻は午前5時57分のため、約2時間半遅れだ。

 カナディアンが走る線路の大部分はCNが所有しており、カナディアンの客室乗務員は「貨物列車の運行が旅客列車よりも優先されている」と説明する。このため、遅れている後発の貨物列車の追い越し待ちや、単線区間の行き違える場所で反対方向の貨物列車とのすれ違いのため、カナディアンが遅延するのは日常茶飯事だという。

VIA鉄道カナダのカナディアンとすれ違うカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の貨物列車(2024年8月、大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダのカナディアンとすれ違うカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の貨物列車(2024年8月、大塚圭一郎撮影)

 ただ、旅客機ならば4時間半で移動できるバンクーバー―トロント間を、カナディアンは4泊5日も過ごして寝台車ならばはるかに高額な料金を支払う。それだけに「時間をお金で買いたい高所得層の道楽」(鉄道会社勤務のアメリカ人)と受け止められており、荷主ができるだけ迅速に運搬することを求める鉄道貨物に比べると遅れの影響が限られる。線路上を走る順番では、「人よりモノ優先」という経済原理が働いているのだ。

 サスカチューン駅は屋根のない長大なプラットホームが続き、その傍らに平屋の駅舎があるだけの簡素な駅だ。周辺にも空き地や畑が広がっており、カナディアンの途中駅としては西部アルバータ州エドモントン、中部マニトバ州ウィニペグに次いで3番目に人口が多い都市の“都市間鉄道の玄関口”とは信じ難い。

VIA鉄道カナダのサスカチューン駅(2024年8月、大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダのサスカチューン駅(2024年8月、大塚圭一郎撮影)

 サスカチューン市によると、同市の人口は2024年時点で30万8626人だった。これは日本の都市と比べると、兵庫県・淡路島と結ぶ明石海峡大橋が架かっている同県明石市とほぼ同規模だ。明石市の玄関口のJR西日本山陽線明石駅には山陽電気鉄道山陽明石駅も隣接しており、JR山陽線の東隣には山陽新幹線も乗り入れる西明石駅もある。これに対し、サスカチューン駅はバンクーバー―トロント間は1年を通じて週2往復のカナディアンしか止まらないのだ。

 日本ならば間違いなく「秘境駅」に分類される薄商いぶりだ。ところが、サスカチューン駅にも華やかな過去があったのだ。

▽世界大恐慌に直面

 バンクーバー発のカナディアンでサスカチューン駅に立ち寄った11カ月前の2023年9月27日午前7時半、私は駅から約7キロ離れたサウスサスカチワン川のほとりにあるデルタ・ホテルズ・ベスボロウのロビーにいた。ホテルの元従業員アシュレイ・ホワイトネクトさんが案内する館内ツアーに参加するためだ。

 ホワイトネクトさんは自己紹介を終えると、「このホテルはカナディアン・ナショナル鉄道(CNR)が建設し、ザ・ベスボロウの名称で1935年12月10日に開業しました」と紹介。続いて「なぜ建てたかというと、ホテルから延びている道路の突き当たりにある(商業施設)ミッドタウン・モール・サスカチューンの一部が当時のサスカチューン駅で、鉄道利用者に使ってもらうためでした」と説明した。

 ただ、1929年の世界大恐慌によって一時は資金難に陥り、建物は32年に完成したものの開業は3年後に持ち越されたという。

 鉄道がサスカチューンに延びたのは1890年のことで、現在のミッドタウン・モール・サスカチューンの場所にあった旧サスカチューン駅は1910年に開業。

ミッドタウン・モール・サスカチューンの一部となっている旧サスカチューン駅舎(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
ミッドタウン・モール・サスカチューンの一部となっている旧サスカチューン駅舎(2023年9月、大塚圭一郎撮影)

 サスカチューン市によると「第2次世界大戦中には1日当たり22本もの列車が行き来した」という。駅を1964年に現在地へ移したCNRは、ホテルを72年に手放している。

 ホワイトネクトさんはホテルの開業から駅の移転までの約29年間は、列車を利用するホテル宿泊者が身軽に移動できるようにするため「鉄道を利用する宿泊客の荷物を運ぶための地下道が駅とホテルを結んでいました」と解説した。

デルタ・ホテルズ・ベスボロウから眺めた旧サスカチューン駅舎へと続く道路(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
デルタ・ホテルズ・ベスボロウから眺めた旧サスカチューン駅舎へと続く道路(2023年9月、大塚圭一郎撮影)

 10階建て、高さ58・5メートルの風格あふれるホテルは、完成当時はサスカチューンで最も高い建物だった。現在は225の客室があり、私が泊まった部屋からは朝日が水面を赤く照らしたサウスサスカチワン川を見渡すことができた。部屋はやや古めかしかったものの、「ザ・ベス」の愛称で親しまれる地元の名門ホテルだけに歴史の重みを実感できる空間だった。

デルタ・ホテルズ・ベスボロウから眺めた日の出直後のサウスサスカチワン川(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
デルタ・ホテルズ・ベスボロウから眺めた日の出直後のサウスサスカチワン川(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
早朝のサウスサスカチワン川(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
早朝のサウスサスカチワン川(2023年9月、大塚圭一郎撮影)

 年輪を刻んでこそ、生まれるストーリーもある。ホワイトネクトさんは階段を上って宴会場へ私たちを誘導すると、「このホテルはサスカチューン有数の心霊スポットだと言われており、すみついている幽霊がいるとされています」と切り出した。そして、「この宴会場でもいくつもの目撃証言があります」と明かした。

▽「黄色い脚が見えたものの…」

デルタ・ホテルズ・ベスボロウの大宴会場。会議室に使うこともできる(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
デルタ・ホテルズ・ベスボロウの大宴会場。会議室に使うこともできる(2023年9月、大塚圭一郎撮影)

 グレーのスーツを着て帽子をかぶった姿で出没し、顧客らに笑顔であいさつするという幽霊は元ホテルマンだと考えられている。この元ホテルマンは階段から転落して大理石の床に体をたたきつけられ、命を落としたという。

 また、ホワイトネクトさんは「現在はオフィスになっている7、8階にはかつて従業員が住んでいた部屋があり、8階に住んでいた(宿泊客を客室へ案内したり、荷物を運んだりする)ベルマンが1970年代後半に亡くなった後、客室にルームサービスで現れるようになったとも伝わっています」と話した。

 館内ツアーの参加者から「あなたは幽霊を見たことがありますか?」という質問が出たところ、ホワイトネクトさんは真顔で「ええ、見ました」と断言した。深夜に結婚式に使う部屋で黄色い脚が見えたものの上半身はなく、近寄っても「そこには誰もいませんでした」と打ち明けた。

心霊現象を見たとの証言もあるデルタ・ホテルズ・ベスボロウの宴会場(2023年9月、大塚圭一郎撮影)
心霊現象を見たとの証言もあるデルタ・ホテルズ・ベスボロウの宴会場(2023年9月、大塚圭一郎撮影)

 他にも、人けのない階段で子供たちの笑い声が聞こえたとか、客室で就寝中に廊下の方からすすり泣く人の声が聞こえたのに目を覚まし、扉を開けたものの人けはなかったとかいった証言があるという。

▽タイタニック沈没の犠牲者も逸話に

 もっとも、このような心霊現象が報告されるのはデルタ・ホテルズ・ベスボロウに限ったことではない。首都オタワを代表する名門ホテル「ザ・フェアモント・シャトー・ローリエ」も「階段からバリトンの澄んだ美声が聞こえたものの、そこには誰もいなかった」という証言がある。

 この階段にいた「声の主」と目されているのは、ザ・フェアモント・シャトー・ローリエの建設を決めたグランド・トランク鉄道(現在のCN)社長のチャールズ・ヘイズだったとささやかれる。

 ヘイズは1912年4月26日に予定されていたザ・フェアモント・シャトー・ローリエの開業祝賀会を心待ちにしていたが、先延ばしになった。ヘイズは出張先だったイギリスの首都ロンドンからの帰国の途に就いた豪華客船「タイタニック」が沈没し、犠牲となってしまったのだ。

 デルタ・ホテルズ・ベスボロウの幹部は、こうした心霊現象が語りぐさとなっているのは「歴史の重みを持つホテルに愛着を持ち、魂を宿らせたいからではないか」と冷静に分析した。ただ、私は鈍感なためかデルタ・ホテルズ・ベスボロウでも、ザ・フェアモント・シャトー・ローリエでも宿泊中に得意な出来事に遭遇することはなかった。

 デルタ・ホテルズ・ベスボロウは2026年5~9月に大規模改装し、26年10~12月期にマリオットの高級ブランド「オートグラフ コレクション」に生まれ変わる予定だ。果たしてホテルに宿る魂たちは、改装後も心地よく過ごし続けることができるのだろうか―。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。