終活は新しい大人のマナー
叶多範子
新しい年を迎え、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
年のはじまりは、これからの人生と、大切な人との関係を、そっと見つめ直すタイミングでもあります。
今日は新年のはじまりに、私にとって少し印象的だった出来事をひとつ、シェアさせてください。
昨年12月30日、アメリカでコーチングをされている方とじっくり言葉を交わす機会がありました。その対話の中で、私自身がずっと伝えたかったのに、うまく言葉にできずにいた思いが、ようやく一文になったのです。
終活は、
愛を、争いに変えないために、
今、あなたができること。
これまで私は、終活を「愛」や「思いやり」という言葉で表現してきました。
ただ、どこか抽象的で、本当に伝えたい核心に、もう一歩届いていない感覚もありました。
この一文は、私がこれまで見てきた数えきれない実例と、自身の経験が重なって生まれた言葉です。新しい年、この言葉を胸に、また一つずつ、丁寧に伝えていこうと思っています。
さて、ここから少し、大切なお話をします。
「面倒と思えているうちは、まだ余裕がある」。
この言葉は、年齢を重ねた方からの相談を聞いていると、実感する場面がとても多くあります。 特に、エンディングノートについては、そう感じることが少なくありません。
なぜ、年齢を重ねるほどエンディングノートが書きにくくなるのでしょうか?
理由は、とてもシンプルです。
体力と気力が、確実に落ちていくから。
考える
決める
選ぶ
振り返る
これらはすべて、想像以上にエネルギーを使います。
若い頃は無意識にできていたことが、年齢とともに少しずつ負担になっていく。
それなのに、
「ちゃんと考えなきゃ」
「家族に迷惑をかけないようにしなきゃ」
と思うほど、心と体が拒否反応を起こしてしまうのです。
そして「面倒」が、いつの間にか「しんどい」に変わり、結果として、手をつけられないまま時間だけが過ぎてしまう。
書いた方がいいのは分かっている。
でも、体力も気力も残っていない。
そんな状態に、多くの方が陥ります。
ここで、よく聞かれる質問があります。
70代や80代からでは、もう手遅れなのでしょうか。
正直に言うと、これは人によります。
自分で書けない
書く意欲がわかない。
そんな場合は、周りの人が手伝う、という選択肢もあります。
エンディングノートは、無理なら完成させなくてもいい。途中でもいい。空白があってもいい。
ただ、最低限の情報や、してほしいこと、してほしくないこと、それだけは残しておく。
私は遺言・相続専門の弁護士アシスタントとして、この「ほんの少し」が何も用意されていなかったことで、困り、苦しまれたご家族をこれまで数多く見てきました。
これは誇張でも、脅しでもありません。
私自身が現場で見てきた事実であり、率直な実感です。
だから私は、「全部、完璧にやりきりましょう」とはお伝えしていません。
「やれる元気があるうちに、少しでも書いておきましょう」
そうお伝えしています。
完璧でなくていい。未来の自分や家族が、「やっておいてよかった」と思える程度で十分です。
新しい年が、あなたと、あなたの大切な人にとって、少しでも安心につながる一年になりますように。
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本コラムは終活に関する一般的な情報提供を目的としています。内容には十分配慮しておりますが、必要に応じてご自身での確認や、専門家へのご相談をおすすめします。なお、本コラムをもとに行動されたことによる不利益については、免責とさせていただきます。

「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。
叶多範子(かなだ・のりこ)
グローバルライフデザイナー/海外終活アドバイザー。カナダ・バンクーバー在住。
カナダで親しい友人を突然亡くした経験から、「準備があることで、まわりの負担が減り、安心して暮らせる」ことを痛感。現在も相続専門の弁護士アシスタントとして実務に携わりながら、海外で暮らす日本人が将来の不安を少しずつ整理できるよう寄り添いながら活動している。
エンディングノートを通じて、終活を“死の準備”ではなく、これからの自分の人生を整える“私活(わたしかつ)”として紹介している。
家族はカナダ人の夫、2人の息子、愛猫1匹。
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