「車社会」~投稿千景~

エドサトウ

 アメリカのトランプ大統領が発令した高い関税が大きな問題となったのは2025年の春のこと、アメリカでよく売れている日本車も大きな影響を受けた。

 日本のT社などは、今頃はドイツの車を抜いて、世界のトップクラスの売り上げだから、大変なことであろう。しかも、時代は小氷河期に向かいつつあると言う時代に、低温に弱いと言われている電気エネルギーの自動車に舵を切ろうとしているから、ガソリン車は少々難しい時代に入ってきたという感じである。

 過日、宇沢弘文氏の1994年の「自動車の社会的費用再論」を読めば、そろそろ自家用車などの生産を減少させても良いのではないかと思われた。

 1907年頃のバンクーバー市の記録フイルムを見れば、路面電車は走っているものの、街の大通りを走っているのは、車ではなく馬車ばかりであるから、大きな人身事故はなかったであろうと思われる。

 今頃、日本では車の事故の多い月は千件以上の事故があるというから、一年にすれば、かなり多くの人がケガをしたりして亡くなっている社会の中にあって、車の運用の在り方を変えてゆかねばと思える。

 「自動車の社会的費用の構成は、(人も含む)自然環境の破壊である。」と宇沢氏の論文にある。さらに「自動車の社会的費用として最後にあげなければならないのは、自動車の生産性、それにともなう地球的規模の環境破壊の問題である。ーーー」などなど、さらに「人間的魅力を備えた都市はまず何よりも歩くことを前提としてつくられなければならない。学校、病院、商店などすべて、公共機関をつかって利用できるように設計される。ジェイコブス的な街路は、道幅は広くなく、曲がっていて一つ一つのブロックが短い。しかも、十字路的な交差点では、T字路を基本としてーー」とある。

 バンクーバーの街に車が登場し始めたのは、記録フイルムによれば1950年頃のようである。それから75年過ぎようとして、AIのロボット社会になろうという時代に、車の事故のない時代、人が悲しむことのない社会を考えなければなるまい。

投稿千景
視点を変えると見え方が変わる。エドサトウさん独特の視点で世界を切り取る連載コラム「投稿千景」。
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