“1910: The Uncovering” 「知られざるもう一つの日系カナダ人の悲劇」を追うドキュメンタリー映画、VIMFFでワールドプレミア

VIMFFの会場で。左から、ブリュースターさん、タウンセンド監督、藤村さん、脚本を担当したオーエン・アキラ・カトウさん。2025年11月12日、バンクーバー市。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today
VIMFFの会場で。左から、ブリュースターさん、タウンセンド監督、藤村さん、脚本を担当したオーエン・アキラ・カトウさん。2025年11月12日、バンクーバー市。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today

 バンクーバー国際山岳映画祭(VIMFF: Vancouver International Mountain Film Festival)でワールドプレミアとしてドキュメンタリー映画 “1910: The Uncovering”が上映された。

 11月12日、映画祭のオープニング会場となったリオ劇場(バンクーバー市)には、チャド・タウンセンド監督、主人公として出演する藤村知明さん、モーガン・ブリュースターさん他、出演者が出席した。

 物語は1910年にブリティッシュ・コロンビア(BC)州ロジャーズパスで起きたカナダ史上最悪の雪崩事故を掘り起こし、関わった人々の思いを映し出す。

“1910: The Uncovering”

“1910: The Uncovering”より。Photo by Vancouver International Mountain Film Festival
“1910: The Uncovering”より。Photo by Vancouver International Mountain Film Festival

 1910年3月4日、BC州レベルストーク近くのロジャーズパスで大規模な雪崩が起きる。そこは1885年に完成したカナダ太平洋鉄道(CPR)が走る重要な地点。当時、鉄道作業に従事していた作業員58人が雪崩の犠牲となった。うち32人は日本人だった。

 時は流れ現代。事故について調べていた2人が出会う。レベルストーク市在住の藤村知明さんは犠牲となった日本人について日本語資料などを調査。一方、バンクーバー市在住のブリュースターさんは事故当時に同じく作業に関わっていた曾祖父の足跡をたどっていた。異なる動機を持つ2人だが、共有する情熱で忘れられた悲劇を掘り起こしていく。

史実を魅せるドキュメンタリー映画にする難しさを乗り越えて

 100年以上前に起きた雪崩事故をドキュメンタリーとして制作するには難しさがあったとタウンセンド監督は語る。ドキュメンタリー映画とする提案は藤村さんから持ち掛けられたという。「最初は乗り気ではありませんでした。というのもテーマが非常に複雑なものだったからです」。タウンセンド監督は以前に日系カナダ人強制収容をテーマに野本久一の人生を映画いた「Nomoto: A BC Tragedy」を制作していた。

 2人に説得されて映画作ると決めてからも「歴史的な事故を題材にし、それを現代の人々、特に若い世代が興味を引くような作品に仕上げることは難しい」という思いは変わらない。予算、期限、環境という制作側の厳しい条件に加え、「日本人側の視点とブリュースターさん家族の観点を一つの物語にして、どうやって幅広い観客に興味を持ってもらうのかが課題でした」。

 映画では資料などから当時のことを知る博物館や大学、墓地などの関係者が出演し、当時の状況を説明する。なぜ雪崩は起きたのか、なぜ多くの犠牲者が出たのか、なぜその多くが日本人だったのか、当時の社会情勢や救出活動など、さまざまな角度から当時を掘り下げていく。

インタビュー中も話が弾む3人。左から、ブリュースターさん、タウンセンド監督、藤村さん。2025年11月12日、バンクーバー市。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today
インタビュー中も話が弾む3人。左から、ブリュースターさん、タウンセンド監督、藤村さん。2025年11月12日、バンクーバー市。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today

 その中心にいるのが藤村さんとブリュースターさんだ。2人はフェイスブックで知り合ったという。「投稿した1910年の雪崩事故についてトモ(藤村さん)がコメントして。それに返信して…」。そうして「この人に連絡を取ったら良さそうだ」とやり取りが始まった。「自分のやっていることや、関心のあることを説明して」。それからすぐに2人でのコラボレーションになったと振り返る。

 タウンセンドさんが監督すると決まって分かったことは「2人は5分しか離れていない所に住んでたんです」とブリュースターさんは笑う。ドキュメンタリーにするにあたり、2人は何度も会って物語を絞っていったという。「この一つの事故を取り上げるだけで膨大な物語を語ることができる。どこに焦点を当てるか、それが最大の挑戦でした」と監督。「とにかく2人が調査した量が多くて膨大な情報が送られてきたんです。これをどうやって30分ほどの短い映画に収めるのか」。何層にも重なる物語を一つのドキュメンタリーにする難しさが常に頭にあった。

 ただ、制作にあたり始めから自分たちに問いかけたのは、「この事故がなぜ今と関係するのか」だった。「この歴史的事故の物語を、2人(藤村さんとブリュースターさん)の関係を通してどのように現在の関心事としてつなげるのかが一貫したテーマでした」

時空を超えて1910事故から伝えたいこと

 レベルストークではロジャーズパス雪崩事故から100年となる2010年に記念行事が予定されていた。藤村さんに実行委員会から2009年に連絡が来たという。犠牲になった日本人の名前や人数、なぜ日本人が犠牲になったのか、などの調査の依頼だった。それがロジャーズパスの事故を知るきっかけとなった。藤村さんは「実行委員会から日本人の自分に声を掛けてくれたのはとてもうれしかった」と話す。それからは仕事の合間を縫って調査した。記念行事が終わっても調査を続けている。

 一方ブリュースターさんは曽祖父が生涯鉄道関係で働いていたことやロジャーズパスの雪崩になにかしら関わっていたことは知っていたが、「それ以外はよく知らなかったので調べ始めました」と話す。新型コロナウイルスが猛威を振るっていたころだったという。調べ始めてすぐに藤村さんと知り合った。「彼はすでにすごく調査していて。ドキュメンタリー映画のアイデアは彼からでした。2人でアイデアを出し合ってコラボのようになりました」。ブリュースターさんはレベルストークでの2010年記念行事がなければ自分のリサーチは難しいものになったと思うという。記念行事のおかげで多くの資料がすでにデジタル化されていたからだ。「最初は個人的なファミリーヒストリーを調べていたわけですが、それがすぐに映画という話になりました」

 27分の映像の中には2人の思いとさまざまなテーマが詰まっている。115年前に起きた事故は今に何を伝えるのか。

 タウンセンド監督は「2人の目的の一つはこの物語を多くの人に知ってもらうこと。(VIMFFに来る)人たちはすばらしいスキーシーンやアドベンチャーを期待していると思うけど、同時に1910年の出来事がなぜ今大事なのかという教訓を得てほしいと思っています」と語った。

 ブリュースターさんは「悲劇が起きたという事実を知ってもらうこと。犠牲になった人たちがいて、その人たちそれぞれに家族がいて、そうした人の努力が事故の背景にはあることを知ってもらえれば、またこの映画をきっかけにそれぞれのヒストリーをたどってみようと思うきっかけになってもらえれば」と語る。

 そして藤村さんは「たくさんの違った角度から見ることができる映画なので、それぞれがどう捉えるかは分からないですが、何か一つでもつかんでくれたらうれしいです」と期待した。

 映画祭は劇場での鑑賞は終了したが、映画は引き続きオンラインで視聴できる。

Vancouver International Mountain Film Festival(VIMFF)オンライン視聴
視聴可能日時:11月19日12:00 pm ~12月14日11:59 pm(太平洋標準時)
ウェブサイト・チケット情報:https://vimff.org/show/online-adventure-show/
“Adventure Show”のカテゴリーで上映される8本のうちの1本として上映。

“1910: The Uncovering”
DIRECTOR: Chad Townsend
LANGUAGE(S): English, Japanese | SUBTITLES: English
https://1910theuncovering.ca

ワールドプレミアに出席した“1910: The Uncovering”関係者で。2025年11月12日、バンクーバー市。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today
ワールドプレミアに出席した“1910: The Uncovering”関係者で。2025年11月12日、バンクーバー市。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today

(取材 三島直美/写真 斉藤光一)

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