サイモンフレーザー大学(SFU)に9月20日、新たな文化拠点「マリアン&エドワード・ギブソン美術館」が開館した。24年間の構想・準備期間と18カ月の建設工事を完了し、同大学初の本格的美術館として誕生した。
総面積約1,100平方メートル(12,100平方フィート)の館内には4つのギャラリーを含むプログラム・活動スペースが設けられ、約4.5メートル(15フィート)もある高い天井により美術館全体が統一された開放的な空間となっている。また入り口を2つ設けることで、来館者が自然な流れで建物を巡る感覚を創出している。
現代美術・現代作品5,900点(絵画、写真、彫刻、紙媒体作品、公共設置作品)からなるSFUアートコレクションは、これまでのSFUギャラリーズを統合し、新たな拠点として大学に文化的遺産を築く施設となった。
開館記念展「Edge Effects」にカナダを代表するアーティストたちが集結

展覧会「Edge Effects」では、望月シンディーさんによる半恒久設置作品をはじめ、アーティスト15人が作品を発表。生態学用語「エッジ効果」をテーマに、異なる生態系が接する境界で生まれる豊かな共存と、学問と市民社会の境界での立場を探る。参加アーティストたちはそれぞれに学問・素材・歴史的な境界を越える試みを提示している。
望月シンディーさんによって表現される「木霊の森」
望月さんの作品「Arboreal Time」は館内の中央暖炉壁上に展示されている。陶磁器で手作りされた44個の木霊と焼杉材で構成され、木霊の森を描き出している。この空間で、来館者はゆっくりとした時間の中で作品と向き合う。木々が非線形で循環的に時間を体験する様子を反映したこの作品は、来館者にこの不思議な存在と共存する時間を提供する。
「森には目に見えない存在がいて私たちを見守っています。木霊はその象徴です」と望月さん。3月に制作依頼を受けてから半年をかけ、日本の木彫家、陶磁器の窯を扱う技術者との3人による共同制作で完成させた。即興的に形が生まれていくプロセスを重視したという。
森と響き合う作品と空間

望月さんは「この大学が森の中にあるという環境はとても大切です。学生たちが授業と授業の間に森を通り抜けることが美しい。自然と共にある大学というのは珍しく、特別な場です。窓の外に広がる森との調和を意識し、外の森とつながるように、館内にも小さな森と木霊のスピリットを入れました」と穏やかに話す。
世代を超えて楽しめる作品を意識したという望月さん。「普通なら子どもは美術館に入りにくいかもしれない。でも、物語を作ったり、語ったりを楽しめる空間なら自然にコミュニティが育まれていきます。私の作品もそういう集まりの場につながればいいと思っています」
映像やアニメーション制作を中心としてきた望月さんにとって、今回の制作は新たな挑戦でもあった。「映像制作はコンピューターの前で修正しながら進められるけれど、彫刻は割れたら一からやり直し。窯で焼いて、色を付けて、また焼いて。待つ時間も必要で、プロセスが全く違います。自分にこういうこともできるんだという発見があって楽しかったです」と笑顔を見せた。
自然と共生する美術館建築

SFUは、穏やかな気候で知られる、カナダ最西端ブリティッシュ・コロンビア(BC)州南西部バンクーバー市に隣接するバーナビー市のバーナビーマウンテンにあり、豊かな森に囲まれている。
こうした環境の中、オンタリオ州トロントが拠点のHariri Pontarini Architectsの創設パートナーSiamak Harirさんによるデザインと、バンクーバー拠点のIredale Architectureとの共同設計により、この美術館は生まれた。多角形のフォルム、大きな窓、BC州産集成材を用いた高い天井が特徴で、完全電化、LEEDゴールド認証(注¹)を取得している。
家具はバンクーバーのLock & Morticeがデザインしたものに加え、イタリア・ミラノのStudio Urquiolaによる堆肥化可能なソファや、デンマーク製のレンガが使用されている。大きな窓からは四季折々の森の表情が楽しめ、館内で作品と向き合いながらも常に自然とのつながりを感じられる構造になっている。
ディレクターのKimberly Phillipsさんは「自然光や開放性を大切にした設計は、都市地理学者Edward Gibson博士の信念で、バーナビーキャンパスに建つArthur Erickson氏の建築(校舎AQ)がもたらすユニークな体験に由来しています」と説明した。
学術と芸術が交わる文化拠点
同美術館は、批評的かつ研究的なアーティストを支援する学びの場として、世代を超えた多様な人々に向けて「過去・現在・未来の世界を考える場」を促進することを使命とする。
森の木々が土の下でつながり、互いに支え合う仕組みから着想を得ており、ここでは芸術と学びが出合い、見えない深いつながりに支えられて大きな木の枝葉のように広がっていくのだとKimberlyさんは話す。
オープニングイベントではパフォーマンスや子ども向けアクティビティが催された。21日にはアーティストトークも開催。今後は、望月さんによる「木霊」づくりワークショップ、先住民族コースト・セイリッシュの織物ワークショップ、サウンドパフォーマンスなど、さまざまなプログラムが予定されている。
同美術館はSFUにとって新たな文化的遺産の始まりとなり、知的探求と芸術的創造が交わる場として、地域コミュニティにも開かれた文化拠点の役割を担うことが期待されている。
SFUマリアン&エドワード・ギブソン美術館
https://gibson.sfu.ca/
望月シンディーさんワークショップ
11月9日 2pm – 5pm
(取材 古川紋)
注¹)LEED:建築の環境性能を評価するグリーンビルディングの国際的な認証プログラム。プラチナ、ゴールド、シルバー、標準の4段階がある。
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