バンクーバー国際映画祭(VIFF)で隈研吾氏の建築プロジェクトを追ったドキュメンタリー映画「粒子のダンス(英語タイトル:particle dance)が上映された。映画祭に参加するためにバンクーバーを訪れた岡博大監督に話を聞いた。
映画作りのきっかけ
不思議な映画を観た。一見世界的に有名な建築家の隈研吾氏の建築プロジェクトを追ったドキュメンタリー映画だが、どこか違う。まず主役の隈氏のインタビューがない。隈氏は主人公ではあるが、講演の様子や誰かを相手に会話をする時だけ話す。さらにドキュメンタリー映画独特のナレーションやサブタイトルがない。何かの情報を習うのではなく、軽快なジャズ音楽を聴きながらどんどん変わっていく映像をひたすら目で追う、まるで美術館を廻ったかのような感覚になった。「私は選考する時に1回見て、ふと考えて時間を置いてもう一度見たんです」とVIFFのアラン・フレーニー氏が映画館で語ったように、終わりがないからもう一度見たくなる映画だ。

大学生の頃「何か社会の役に立ちたい」と思っていた岡監督は、ふと「隈研吾先生」の授業を受けてみた。当時40代前半で新進気鋭だった隈氏は、絵画などの美術や自分の作品を通して、建築の魅力を学生に伝えていた。「ひとつ一つの建築作品に彼自身のストーリーがあったんです」と熱心に話した。もともと建築が専門分野でなかった岡監督は東京新聞の記者になった。そして恩師である隈氏の記事を書いている時、さらに感銘を受け、今度は映画撮影するために記者の仕事を辞めたという。
もう一つのきっかけはアメリカの有名な映画評論家で、1960年代に小津安二郎、黒澤明、溝口健二監督らの作品を積極的に海外で紹介したドナルド・リチーさんとの出会いだった。「リチーさんが、映画は詩のように誰でも作ってよいもの、全く素人の私でも映画を作る権利があるんだと言ってくれました」と直接励まされたエピソードを語った。その後映画を撮りながらの独学が始まった。気がついたら15年間、17カ国、100カ所以上の建築プロジェクトがカメラに収まっていた。
隈研吾の魅力
「建築家には主に2つのタイプがあります」と監督は前置きして、「前者は自分のスタイルを築いて、作品を見たら名前が分かるぐらい流儀を貫く建築家。後者は隈研吾先生のように、その土地の素材や職人を使って工夫しながら作品を作り上げていくテーラーメイド的な建築家です」。
さらに「先生の建築は映画でいえば小津安二郎監督。小津映画は家族愛など大切なテーマを押し付けるのではなく、普通の日常生活の中で軽やかに描いています。隈先生も軽みを持ちながら、その土地の歴史、文化、技術、素材などを考慮した建築作品を残されています。そして私もその彼の軽み、柔らかさを映像に残したいと思いました」と話す。
「隈研吾先生は毎回クライエントと相談しながら、その土地の地形を勉強します。素材も最近は木材も増えましたが、石、プラスチック、ガラスなど土地の名産や技術を、与えられた予算内に組み込もうとします」と岡監督が建築プロジェクトの背景を説明した。
東日本大震災後の南三陸町での復興プロジェクトでは、地元の人たちからの「真新しい建物で街の雰囲気が壊されたくない」という意見を受け止めながら、新しいアイデアで街を明るくして人々の楽しみが増えるように努めた。実際に住民が喜んで隈氏に感謝している様子も収められている。
監督によるとこのテーラーメイド的な建築は撮影当初は少なかったが、隈氏以外でもこの15年間で増えてきたそうだ。隈氏独特の粒子的な細かなエレメントを集めて作るモダン建築法にも「今時代がやっと追いついてきた感じです」と語った。

映画の中で1人のフランス人女性による「あなたのような世界的に有名な建築家がなぜこんな田舎で建築をするの?」という素朴な質問に隈氏は、「建物の大小でなく、この特別な場所に似合う作品を作りたかった」とさりげなく答えている。
隈氏の建築映像を後世に残したいと映画作りに初挑戦した岡監督だが、やはり自主制作で学びながらの15年は形になるのか分からずとても大変だったそう。一時は隈氏から「ガウディの建築」(終わりが見えないでずっと続いていく)のようだ」と冗談も言われた。でも隈氏は映画の完成を温かく見守ってくれたという。
今回の映画祭では「彼の建築を見に日本へ行きたいが、どこへ行ったら見れるの?」「ヨーロッパから来ました。V&A Dundeeの美術館はすっかり市民の憩いの場になっています」「続編は作りますか?私は隈建築の続きを見たいです」という観客からの個人的な意見が多かった。
VIFFで2回の上映とも満席だった「粒子のダンス」。今後はVIFFアンコールや世界中で上映されることを期待したい。隈氏は現在70代。まだまだ新しいプロジェクトに挑戦するならば、この映画は岡監督にとって「永遠に続くプロジェクト」になるかもしれない。

(取材 Jenna Park)
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