カナダでは、私が薬剤師として仕事を始めた頃から「薬が欠品や出荷調整する」という現象は日常茶飯事でした。最初の頃は「これでは仕事にならないじゃないか」と心の中で何度もつぶやいたものですが、現場でどうにか切り抜ける術を学ぶうちに、「薬の欠品にどう対応するか」が薬剤師の重要な役割の一つなのだと理解するようになりました。
最近では、世界情勢の変化も、この問題に拍車をかけています。米国のトランプ大統領が、カナダから米国への麻薬の流通と関税の問題を指摘した頃から、麻薬系の鎮痛薬をめぐる状況は大きく変わり始めた気がします。そしてついに「いつもの痛み止めが手に入らない」という事態が、カナダ全土で現実のものとなったのです。
今回出荷調整となったのは、カナダでもっとも頻繁に処方されると言っても過言ではないLenoltec#3(アセトアミノフェン+カフェイン+コデインの合剤)と、Emtec(アセトアミノフェン+コデインの合剤)といったコデイン入りの鎮痛薬。そして欠品となったのはOxycocet(アセトアミノフェン+オキシコドンの合剤)です。これらの薬が全国的に不足したことで、慢性的な痛みを抱える患者さんの生活に直結する問題が生じました。
薬の流通は複雑で繊細です。まず有効成分(API:Active Pharmaceutical Ingredient)が海外の工場で作られたのち、カナダで製剤化、包装、承認を経て完成品となり、メーカーから卸、そして薬局へと流れてきます。しかし、現地レベルで品質問題や規制強化などがあればAPIの出荷が止まり、薬の流通が滞ってしまいます。
カナダ保健省は今回の問題について、薬を製造するテバ社による製造中断と需要の急増によって、今回の出荷調整が引き起こされたと説明しています。公式には原料供給の不安定については言及されていませんが、世界的に原料の多くが中国やインドに依存している現状を考えると、私自身は政治的な動きや国際的な摩擦が何らかの影響を与えているのではないかと勘繰っています。
薬の不足に対して、現場レベルでは様々な対応策を講じています。出荷調整中の薬については調剤分量を制限し、少しずつでも必要な人に行き渡るようにしました。一方、完全に欠品状態となったOxycocetについては、代替薬の提案を行っています。代替薬の選択は、患者さんの痛みの種類や強さ、これまでの薬歴を慎重に検討して行います。
Oxycocetからの切り替えでは、同じオピオイド系のtramadol(トラマドール)を提案することが多いです。tramadolはオキシコドンに比べて依存性が低く、神経障害性疼痛にも効果があります。ただし、BCファーマケア(ブリティッシュコロンビア州の公的医療保険)では保険適用外のため、患者さんの自己負担が大きくなるという課題があります。一方、出荷調整中のEmtecとLenoltec#3については、基本的にカフェイン含有の有無だけの違いですから、可能であれば、その時点で在庫が多い方に薬を変更するよう手配しています。
もちろん患者さんには、なぜ今までの薬が使えないのか、代わりの薬はどう効くのかといった丁寧な説明を心がけています。しかし、多くの患者さんにとって現在の薬は試行錯誤の末にたどり着いた大切な薬です。それを変更せざるを得ない状況に、薬剤師として大変心苦しい思いをしています。
ちなみに、日経新聞は2025年6月に「米中『新アヘン戦争』の裏側 狙われた日本」という特集を組みました。中国系組織が名古屋を拠点に、合成麻薬のフェンタニルを米国に密輸していた疑惑を報じ、日本もまた麻薬の国際的な流通網に組み込まれている現実を解説していました。麻薬原料をめぐる国際問題は、私たち一般市民の身近なところまで影響が及んでいます。麻薬の流通を止めようとしているトランプ大統領はもしかすると正義の味方なのか、どうなのか。
一日でも早く欠品が解消され、患者さんが安心して必要な薬を手にできる日が戻ることを祈りつつ仕事をしている今日この頃です。
*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca
佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)
全ての「また お薬の時間ですよ」はこちらからご覧いただけます。前身の「お薬の時間ですよ」はこちらから。