カナダで活躍する日本人薬剤師の物語 苗村英子さん

 今回紹介するのは、ブリティッシュコロンビア(BC)州の州都ビクトリアで薬局薬剤師として勤務する苗村英子(なむらえいこ)さん(以下、英子さん)です。グローバル化の時代と言われて久しいですが、英子さんの成長過程における国際色は群を抜いて鮮やかです。お父様のDNAを引き継いで薬剤師になるのは、ほぼ既定路線であったとのこと。その後、どのように現在に至ったかを、じっくりお話しいただきました。

海外で育った幼少期と、挫折を経てたどり着いた薬剤師の道

 英子さんは日本人の両親のもとに生まれましたが、薬剤師でありながら商社マンであったお父様の仕事の関係で1歳から8歳まではアルゼンチンのブエノスアイレスで過ごしました。幼稚園では、午前中にスペイン語、午後は英語、そして家庭では日本語というユニークな環境で育ちました。小学1、2年は現地の日本語学校にも通いましたが、それでも日本帰国後は日本文化に馴染むのも大変だったそう。「日本の小学校はとてもきっちりしているので、それが大変だった。学校の授業でも面白くないことは多く、人生の中で一番大変な時期でした」と振り返ります。周りの友達と同じように出来ないから面白くないし、習字などは、そもそもやる理由が分からないというのは、帰国子女特有の悩みかもしれません。地元の高校を経て神戸薬科大学へ進学。学生時代は水泳部やフィギュアスケート部で活躍し、学業とアルバイトを両立させる多忙な日々を過ごしました。当時お父様はスペインに赴任されていたため、大学の夏休みをスペインで過ごし、スペイン語を学び直すために語学学校にも通ったそう。

 ただ、薬剤師国家試験は一筋縄ではいきませんでした。卒業時に合格できず、医療機器の会社で学術の仕事をしながら受験勉強を継続。3度目にしてようやく国家試験に合格したとき、「達成感というよりも、やっと肩の荷が下りたという感じでした」。この苦労は経験した人でないと分からないものでしょう。

ワーホリから始まったカナダでの薬剤師への再挑戦

 医療機器メーカーでは3年間勤務しましたが、仕事にわだかまりを感じていたことも手伝って、思い切ってカナダへワーキングホリデーに出発した英子さん。渡加してまもなく出会ったのが、後にパートナーとなるカナダ人のコーリーさんでした。ワーキングホリデー中は主に語学学校に通って英語習得に励みましたが、コーリーさんとカフェに行ったり、バーベキューをしたりと、カナダ的な自由でゆったりとした雰囲気がすっかり気に入ってしまいました。

 「きっちりしすぎていない空気が自分に合っている」と感じ、その後もカナダ滞在を希望しましたが、生活資金とビザが必要です。そこで、日本とカナダを往復しながら薬剤師に挑戦する決意を固めました。時間とお金と努力を要する大きな決断だったと思いますが、「それしかできることがなかったから薬剤師を目指したわけで、モチベーションは高くありません」とどこまでも謙虚です。

 当時カナダで薬剤師になるためには4つの試験にパスしなければなりませんでしたが、自力での勉強では合格できないと途中で気づき、当時導入まもないブリティッシュコロンビア大学(UBC)のCanadian Pharmacy Practice Program(CP3)という6か月のブリッジングプログラムに入りました。現在ではBC州で外国人薬剤師が免許を取得するために必須のCP3も、当時はオプショナル。しかし、このCP3で良き仲間にも出会い、一緒に患者さんの服薬指導の練習をしたり、支え合いながら全ての試験を乗り越えました。

 薬剤師試験合格後まもなく、コーリーさんの仕事の都合でアルバータ州に引っ越し、アルバータ小児病院で勤務することになります。「病院で働いてみたかったもので」と、自分に素直に生きる英子さんらしいです。約1年後にBC州に戻ってからは、ナーシングホームと連携する薬局やウォルマートで経験を積みました。「ウォルマートでは15年間働きましたが、今振り返ると、まるでマシーンのように生きていた感じでした」。その違和感は仕事を辞めて初めて気づいたそうです。

患者に寄り添う現在の薬剤師として

 現在勤務するPharmasave Hillside店では、ブリスターパックをセットする大きなマシーンがある店舗で、姉妹店とも連携しながら、効率的かつ患者に寄り添った業務が行える環境が整っています。薬剤師同士のシフトが重なる時間帯も確保されており、相談しやすい雰囲気の中でチームワークを大切にした業務が行えることに働きやすさを感じているそうです。

 また、クリニカル業務に意欲的なマネージャーのもと、偏頭痛の薬物治療に関する勉強会など、専門性の高い取り組みにも積極的に関わっています。最近は更年期障害の薬物療法にも関心があり、これから学びを深めていきたいとのこと。

 何より英子さんがやりがいを感じているのは、「患者さんと同じ目線で話せること」。症状の背景や生活習慣、患者さん自身が抱える不安に耳を傾け、共感しながら解決策を探っていく。そのやり取りの中で信頼関係が生まれたときに、薬剤師としての手応えを強く感じるといいます。

 現在の勤務先はメディカルビルディングに併設の薬局ですが、姉妹店で仕事をする機会もあり、コンパウンディング(市販されていない特殊な配合の薬を製造販売すること)を行う店舗で働くこともあるとのこと。新しい知識と経験が得られ、薬局アシスタントのサポートもあり、仕事がやりやすいと感じています。

 また、UBCの薬学部学生の実務実習を受け入れる機会もあり、近年の学生たちは知識も豊富で、論理的な考え方や薬学的な判断がしっかりしており、指導を通じて逆に学ばされることも多いとのこと。そうした若い世代との関わりも、日々の刺激になっているそうです。

社会問題と向き合う現実

 英子さんが仕事をしていて最も心を痛めるのが、深刻化する薬物依存問題です。新しい住宅地の造成に合わせて人口増加が続くビクトリアでは、かつては見られなかったホームレスの集まる地域が形成され、薬物依存に関連する問題が日常的に薬局にも影響を与えています。特に、10代という若さで薬物依存に陥り、オピオイド代替療法(Opioid Agonist Therapy: OAT)を受けている患者さんが、すでに深刻な課題を抱えて医療支援を必要としている現実に直面すると、薬剤師として何とも言えない複雑な感情に包まれるといいます。

自分らしい薬剤師として

 仕事の後に、自宅で英子さんを癒してくれるのは、一緒に暮らす犬・猫・インコ・ニワトリたち。Zoomでのインタビューの間も、英子さんのことが気になるペットたちは盛んに画面に出たり入ったり。忙しい日々の中でも動物たちが癒しを与えてくれています。また、年に一度は日本に帰省し、ご両親と再会する時間も大切にしているそうです。

 カナダという国で、さまざまな経験をすることで自分らしい薬剤師になっていくプロセスが素敵でした。英子さんの穏やかで芯のあるまなざしが、きっと多くの人の励みになることと思います。お近くにお住まいの方は、ぜひ英子さんの薬局を訪ねてみてください。

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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