「カナダ“乗り鉄”の旅」第25回  「将来のカナダ首相」と目される主要大臣、和やかな表情が一瞬にして曇った「人名」とは

東急電鉄の電車5050系の東海道・山陽新幹線デザインラッピング編成(大塚圭一郎撮影)
東急電鉄の電車5050系の東海道・山陽新幹線デザインラッピング編成(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダのマーク・カーニー首相(自由党党首)が2025年4月28日の連邦議会下院の総選挙で勝利して続投が決まり、5月13日に新内閣を発足させた。主要大臣である財務相に留任し、「将来の首相」の呼び声が高いのはフランソワフィリップ・シャンパーニュ氏(54歳)だ。来日時にカナダ産木材が使われている東京・代官山の線路跡に建てられた商業施設を見学して上機嫌だったシャンパーニュ氏は、私がある「人名」を口にしたとたんに表情を曇らせた。

【東急電鉄東横線】東急の子会社の東急電鉄が運行する主要路線で、東京都心部の渋谷駅と横浜駅の24・2キロを結んでいる。旧東京横浜電鉄が1926年2月に一部区間を開業したのがルーツで、2023年度の1日平均輸送人員は106万6422人。

 東京メトロ副都心線(小竹向原―渋谷)や横浜高速鉄道みなとみらい線(横浜―元町・中華街)などと相互直通運転をしており、利便性が高い。沿線に目黒区自由が丘や大田区田園調布といった高級住宅街があるなどイメージも良く、リクルートが2025年に首都圏で実施した調査では住みたい沿線ランキングで3位だった。

東急電鉄東横線を走る横浜高速鉄道Y500系(大塚圭一郎撮影)
東急電鉄東横線を走る横浜高速鉄道Y500系(大塚圭一郎撮影)

都心部の“憩いの空間”

 今や地下約30メートルを電車が行き来している東急電鉄東横線の渋谷駅。かつて、JR東日本山手線と隣接する高架駅だった。建築家の故坂倉準三氏が手がけた改良工事が1964年に完成すると、プラットホームを覆う特徴的なカマボコ屋根が脚光を浴びた。

 その駅が役割を終え、地下にもぐって東京メトロ副都心線との直通運転が始まったのは2013年3月16日のこと。一晩にして“無用の長物”となってしまったのは高架駅にとどまらなかった。東横線が行き来していた渋谷―代官山間(1・4キロ)の地表に出ていた線路も、代官山駅から地下へもぐる線路に切り替わった。

 代官山駅付近の線路跡地の長さ約220メートルに及ぶ木々が生い茂る遊歩道に沿って、2015年4月に開業したのが商業施設「LOG ROAD DAIKANYAMA(ログロード代官山)」だ。コテージ風のデザインにした木造建築にレストランやカフェ、アパレル販売店などが軒を連ねている。

「ログロード代官山」の案内図(提供写真)
「ログロード代官山」の案内図(提供写真)

 都心部にありながらどこか牧歌的で心が安らぐ“憩いの空間”に一役買ったのが、ログロード代官山の建物に使われたカナダ産木材だ。

現在の「ログロード代官山」の様子。木立に沿って木造建築が並んでいる様子は、まるで「都会のオアシス」のようだ(2025年5月、大塚圭一郎撮影)
現在の「ログロード代官山」の様子。木立に沿って木造建築が並んでいる様子は、まるで「都会のオアシス」のようだ(2025年5月、大塚圭一郎撮影)

 「カナダ産木材が遠く離れた東京で縁の下の力持ちとなっている様子を是非視察したい」との情熱を持ち、2017年5月26日に現地に足を運んだのが当時国際貿易相だったシャンパーニュ氏だ。

「気に入った」日本のキャンペーン

 「気さくな方で、どんな質問も答えてくださいますので是非来てくださいよ」。私が携帯電話の着信を取ると、駐日カナダ大使館の清水いりや報道官(当時)は電話越しにそう水を向けた。私は「どんな質問も」という言葉に心を動かされた。特に聴きたいテーマがあったためだ。

 かくしてログロード代官山の集合場所に足を運ぶと、紺色の背広をまとった男性が「やあ、こんにちは。きょうはプレミアムフライデーなのに働かせちゃって悪いね」と話しかけてきた。当時のイアン・バーニー駐日カナダ大使と連れだって現れたシャンパーニュ氏で、確かに大臣とは思えないぐらい気さくだ。

 プレミアムフライデーとは、毎月末の金曜日の仕事を早めの時刻に切り上げ、個人の消費やライフスタイルを豊かにすることを経済産業省が提唱したキャンペーンだ。シャンパーニュ氏が口にしたのは「その前の日本政府との会合で説明され、気に入ったからです」と清水さんが後で耳打ちしてくれた。

2017年5月に「ログロード代官山」のカナダ産木材の外壁に触れるシャンパーニュ氏(提供写真)
2017年5月に「ログロード代官山」のカナダ産木材の外壁に触れるシャンパーニュ氏(提供写真)

 しかし、そのことを聞く前だった私は「プレミアムフライデーなんてほとんどの日本人が知らないか、無視していますよ」と直言してしまった。今やプレミアムフライデーという言葉自体が死語になっていることを踏まえると間違ってはいなかったが、やや無粋だったかもしれない(苦笑)。

 シャンパーニュ氏は、建物の外壁に使われたカナダ産木材に手で触れながら「木の良い香りがするねえ!」と感嘆の声を挙げた。ただでさえ高いテンションが加速し、ベンチで休憩していた女性の2人連れに「こんにちは」と話しかけて握手し、「私はカナダの大臣です。この建物に使っている木はカナダ産なのですよ」と説明するほどだった。

「どんな質問も」のはずが…

 シャンパーニュ氏が大満足の様子で遊歩道を歩き終えると、清水さんが報道陣に「これから質問をお受けします」と語りかけた。シャンパーニュ氏がログロード代官山を視察した感想などについて笑みを浮かべて饒舌に語り終えると、清水さんが「他に質問はありますか」と問いかけた。

2017年5月、記者団の質問に答えるシャンパーニュ氏(提供写真)
2017年5月、記者団の質問に答えるシャンパーニュ氏(提供写真)

 手を上げた私が質問を始めて「アメリカの…」と人名を言うやいなや、シャンパーニュ氏の晴れやかだった表情が一瞬にしてこわばった。聞き終えると、シャンパーニュ氏は「君の質問が、私をファイティングポーズ(闘うための構え)にしたんだぞ」とボクサーのように拳を前に突き出し、目は笑っていなかった。

 もうお分かりだろう。私はその約4カ月前にアメリカ大統領に就任したドナルド・トランプ氏(共和党)の名前を出したのだ。トランプ氏がカナダ、メキシコと結んでいる北アメリカ自由貿易協定(NAFTA)を「ひどい失敗作だ。見直すことになるだろう」と見直しを求めて再交渉すると明言していたことを踏まえ、国際貿易相としてどのような姿勢で臨むのかを尋ねたのだ。

 これは他の記者も尋ねたかった質問だったと確信している。ところがシャンパーニュ氏があまりにもご機嫌だったため、へそを曲げるような質問をしづらい雰囲気があった。仕方なく私が火中の栗を拾ったのだ。

 シャンパーニュ氏はNAFTAの再交渉に関して「アメリカ側がいろいろな議題を持ち出すのは分かっている」と警戒感をあらわにしつつ、「いつでも協議する用意があり、既に準備を進めている」と説明した。その上で「カナダの労働者、権益を確実に守る」と強調した。

 自身を「タリフマン(関税の男)」を自称するトランプ氏だけに、アメリカ商務省は2017年4月にカナダが木材輸出を不当に補助しているとして制裁関税を課す方針を決めたばかりだった。シャンパーニュ氏は、カナダが木材を安定的に輸出できるように「(相手国を)多角化する絶好の機会だ」と訴え、輸出拡大に向けて「アジア太平洋地域にもっと目を向けるべきだ」とアメリカ以外への輸出拡大に意欲を示した。

 カナダの2023年の輸出額のうち、国・地域別で圧倒的な首位のアメリカは約77%に当たる5482億カナダドル (約57兆円) を占めている。この図式は当時から変わっておらず、シャンパーニュ氏はアジア太平洋地域への木材の輸出拡大を目指す姿勢を鮮明にしたのだ。

 アジア太平洋地域の主要国の一つである日本の、しかもカナダ産木材が実際に使われている現場で繰り出すにはピッタリな、しかも世界が“トランプ砲”に揺れていた中でタイムリーな質問だったと受け止めている。

 私は翌2018年にもシャンパーニュ氏にインタビューをしており、その際は人工知能(AI)がテーマだったため機嫌を損ねることは皆無だった。

 トランプ氏という相手が悪すぎたのだ…。

「スーパースター」の金言も、成り上がりには馬耳東風

 シャンパーニュ氏に不快感を与えてファイティングポーズにした「ドナルド・トランプ」というNGワードは8年経過した今、驚くべきことに世界最大の経済大国の大統領に返り咲いた。第2次政権でも貿易相手国に「相互関税」といった関税引き上げを強要する“トランプ砲”を放ち、日本やカナダを含めた世界各国を動揺させ続けている。

カナダのマーク・カーニー首相(カナダ自由党のホームページから)
カナダのマーク・カーニー首相(カナダ自由党のホームページから)

 トランプ氏は2025年5月6日のカナダのカーニー首相との首脳会談で、カナダが「アメリカの51番目」に併合されれば大規模減税や軍事を通じて恩恵を受けられる「素晴らしい結婚になる」と改めて主張した。カナダとイギリスの中央銀行総裁を歴任した「銀行界のスーパースター」(金融関係者)のカーニー氏は、「不動産では決して売らない場所がある。ここ(ホワイトハウス)もそうだ」と一介の不動産業者から成り上がったトランプ氏でも分かるように説いた。

 ところがトランプ氏は「決してないとは言えない」と反論し、馬耳東風だった。シャンパーニュ氏を含めたカーニー内閣の閣僚は今後、「一般常識が通用しない相手」(外交当局者)との交渉に頭を抱えることは間違いない。

 というのも、私たちはトランプ氏の支離滅裂ぶりを第1次政権で学んでいるからだ。NAFTAを葬り、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)という「アメリカ第一主義」という独善的な名称の協定に塗り替えられた。アメリカのバラク・オバマ元大統領(民主党)らが尽力し、日本やカナダなども加わった環太平洋連携協定(TPP)から離脱し、アメリカ産牛肉などの関税が引き下げられて輸出拡大につながる千載一遇のチャンスを失った。

 さらに、トランプ政権は新型コロナウイルス禍での感染拡大防止策も後手に回り、犠牲者が後を絶たない地獄絵図の様相を呈した。疾病対策センター(CDC)によると、アメリカの新型コロナ感染による累計死者数は2025年3月6日時点で122万2603人と世界最悪だ。

 日本政府によると2024年8月時点の日本での累計死者数は13万2258人、カナダ政府によるとカナダの24年9月時点の累計死者数は6万871人なので、人口の差に鑑みてもアメリカの死者数が群を抜いているのが分かる。この背景には、日本やカナダと比べて低所得者層や失業者向けの医療保険制度が整っていないという「超格差社会」アメリカの“致命的欠陥”がある。

 この“致命的欠陥”を熟知していたオバマ元大統領は、無保険者をなくすことを目指し、国民全員を医療保険でカバーするために保険加入を義務づける通称「オバマケア」を2010年に成立させた。にもかかわらず、「就任初日にオバマケアを廃止する」と公言し、富裕層からの献金集めに明け暮れる金持ち優遇・低所得者無視のトランプ氏が16年11月の大統領選で当選した。

 しかも、トランプ氏は20年4月23日のホワイトハウスでの記者会見で、新型コロナ患者に対して「消毒液はあっという間にウイルスに効くようだ。注射したりできないものだろうか」という科学的根拠に反する暴言で国民を命の危険にさらした。

 加えて20年11月の大統領選で民主党候補だったジョー・バイデン氏(前大統領)に敗北すると、大統領選の結果を覆そうと画策して連邦議会襲撃をあおる始末だった。トランプ氏は連邦議会襲撃事件を含めた4件の刑事事件の被告となった。

「同じ石でつまずく」病める大国

 2024年11月の前回大統領選では元カリフォルニア州司法長官の民主党候補のカマラ・ハリス氏(前副大統領)と、刑事被告人だったトランプ氏の対決という「正義と悪」の構図が際立つ対決となった。第1次トランプ政権が失政を重ねたことも踏まえれば、どちらが常識的な選択なのかは自明なはずだ。

 ところが、逆の結果になったのは「病める大国」と呼ばれるゆえんであろう。

 2025年5月13日に89歳で死去したウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領は16年4月にアメリカが原子爆弾を投下した広島平和記念資料館(広島市)を見学後、「倫理がない科学は考えられないような悪の道具になる。歴史は、人間が同じ石でつまずく唯一の動物と教えている。私たちはそれを学んだだろうか」と記帳した。

 悲しいことに、アメリカ国民の多くについては「否」と言わざるを得ない。アメリカでは原爆投下が第2次世界大戦終結に大きく貢献したとの世論がいまだ根強い。民間調査団体のピュー・リサーチ・センターが2015年に実施した世論調査では、広島と長崎への原爆投下についてアメリカ人の56%が「正当だった」と回答し、日本人の79%が「正当ではなかった」と答えたのとは対照的だった。

 そして前回大統領選でも「同じ石でつまずく」ことを証明した。そんなアメリカに対し、同盟国の離反の動きが止まらない。カナダ総選挙と同じ週の2025年5月3日に投開票があったオーストラリアでも、トランプ氏への対抗姿勢を示したアンソニー・アルバニージー首相が率いる与党の労働党が大勝した。

 トランプ氏の再登板で「分断」がより深刻化し、同盟国が相次いで距離を置く「病める大国」にはどのような前途が待ち受けているのだろうか。

 【筆者より】いつもご愛読いただきましてありがとうございます。本稿で示した視点や見解は筆者個人のものであり、所属する組織や日加トゥデイを代表するものではありません。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。