温暖化と蚊と感染症

 みなさん、こんにちは。カナダの西海岸でも夏の気配が感じられるようになり、気持ちの良い日が続いています。

 私はこの7月、奈良県で開催される日本渡航医学会の学術集会に参加するのにあわせて、日本に一時帰省する予定ですが、酷暑に耐えられるかどうか、今からとても不安です。日本の医療関係者に聞けば「最近の日本の夏は“暑い”を通り越して“危険”だから!」というではないですか。

 25年前の学生の頃は、真夏の日中に汗だくになりながら一日中テニスをして青春を謳歌していた私も、今やただの運動不足のオッさんとなり、その間に地球温暖化は激しく進行しました。たまにしか日本に帰らない私としては、かなりビビっています。

 実際、こうした気候変動に伴い、世界各地で蚊を媒介とする感染症が拡大しています。中でも、デング熱やチクングニア熱といった病気が、これまで見られなかった地域でも流行するようになってきました。

デング熱について

 デング熱はデングウイルスによる急性のウイルス感染症で、主にネッタイシマカやヒトスジシマカなどの蚊を介して感染します。語源には諸説あり、国立感染症研究所では、英語の “dandy” に由来し、背中の激痛で体をこわばらせて歩く様子が「気取って歩く姿」に見えるという説を紹介しています。一方、CDC(アメリカ疾病管理予防センター)では、スワヒリ語の “ki denga pepo” に由来するとの説を挙げており、「悪霊に取り憑かれたような発作」を意味するそうです。

 熱帯・亜熱帯地域で広く流行しており、特に都市部やその周辺で多く見られます。2014年には、東京・代々木公園でデング熱の流行が報告されたことを覚えている方も多いと思います。

 症状は、突然の高熱、激しい頭痛、眼の奥の痛み(眼窩痛)、筋肉痛、関節痛(「骨が折れるような痛み」とも)、発疹、吐き気、嘔吐、腹痛などが挙げられます。現在、有効な抗ウイルス薬はなく、治療は主に対症療法です。

 デングウイルスには4つの血清型(DEN-1〜DEN-4)があり、一度感染するとその型に対する免疫は得られますが、別の型に再感染した場合、重症化のリスクが高まります。これは「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれる現象によるものです。

 ワクチンについては、カナダではまだ承認されていませんが、世界では使用が進んでいます。武田薬品工業が開発した「QDENGA(キューデンガ)」は、4つの血清型すべてに対応した4価弱毒生ワクチンで、インドネシア、EU、英国、タイ、アルゼンチン、ブラジルなどで承認されており、入院リスクを90.4%減少させると報告されています。

チクングニア熱について

 チクングニア熱は、チクングニアウイルスによる感染症で、ネッタイシマカやヒトスジシマカが媒介します。「チクングニア」という名称はアフリカの現地語で「かがんで歩く」という意味で、強い関節痛のために前かがみで歩く患者の姿から名付けられました。

 主な症状は、突然の高熱、激しい関節痛(特に手首・足首・指・膝・肘・肩など)、発疹、頭痛、筋肉痛、全身倦怠感、吐き気、リンパ節の腫れなどです。関節痛は、症状が軽快した後も数週間〜数年続く場合があり、重症例では脳症や劇症肝炎も報告されています。

 フランスのValneva社が開発した「IXCHIQ」は、弱毒化生ワクチンで、18歳以上が対象です。2024年にカナダ保健省(Health Canada)により承認され、1回の筋肉内注射で接種されます。臨床試験では、28日後の血清反応率が98.9%と非常に高い結果が報告されています。ただし、65歳以上では心臓や神経系の重篤な副反応が報告されており、欧州や米国では高齢者への接種を一時的に制限しています。

 また、デンマークのBavarian Nordic社が開発した「VIMKUNYA」は、ウイルス様粒子を使用した組換えタンパク質ワクチンで、12歳以上を対象とし、2025年2月にFDAおよび欧州委員会により承認されました。現在、カナダでも承認申請中です。

 これからチクングニア熱の流行地域に渡航される方や、現地で生活している方は、厚生労働省の「FORTH」(https://www.forth.go.jp/index.html)やCDCの渡航者向け情報サイト(https://wwwnc.cdc.gov/travel)、最寄りのトラベルクリニックなどで最新情報を確認し、必要に応じてワクチン接種を検討してください。また、DEET配合の虫よけや長袖の着用など、蚊に刺されないための対策も忘れずに行いましょう。

 私も、日本の7月の猛暑で熱中症にならないように気をつけて行ってきます。

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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