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「地域に根ざした薬剤師としての道」千葉あゆみさん

 皆さん、こんにちは。雪がほとんど降らない冬だなーと思っていたら、もう桜が咲き始めているではないですか。時間の流れが速すぎると感じる今日この頃です。

 さて、今回は日本人薬剤師シリーズ第二弾としてリッチモンドのTerra Nova Pharmacy(https://terranovapharmacy.ca/)に勤務する千葉あゆみさん(以下、あゆみさん)を紹介します。日系団体のセミナーで何度も講演をされているので、ご存知の方も多いと思います。

 あゆみさんが薬剤師を志したきっかけは、ご家族の影響が大きかったそうです。お祖父様とお祖母様が薬局を営んでいましたが、お祖父様は神主を兼業する薬局オーナー、お祖母様が薬剤師という異色の組み合わせだったとのこと。宮城県の片田舎で、オロナミンCを買いにきたお客さん達で井戸端会議が始まるという地域密着度の高い薬局を見ながら育ったことをお話ししてくれましたが、これは後にあゆみさんの職場選びに影響したのではないかと察します。

 その後、ご両親が薬剤師同士で結婚し、家族全員が医療の道を歩む環境で育ちました。「手に職をつけた方が良い」という家庭の方針のもと、薬学部以外の選択肢は与えられず、猛勉強して東北薬科大学(現在の東北医科薬科大学)に入学したものの、当時は半ば強制的に進路を決められたような感覚が拭えなかったそうです。一方で、お父様には小学生の頃から海外留学を勧められ、海外進出のタイミングを見計らっていたとか。

 そんなあゆみさんがカナダに来るきっかけとなったのは、友人に勧められて訪れた旅行でした。もともと海外志向があった彼女は、カナダの環境に魅了され、後にワーキングホリデーを利用して再び渡航します。この時、後に夫となるピーター氏と出会いました。ワーキングホリデーを終えて日本に帰国した後も、ピーター氏から毎日のように熱心な電話があり、その思いに応える形でカナダに戻り、一緒に暮らすことを決意しました。

 しかし、ピーター氏とのコモンローの手続きを進めていた矢先、東日本大震災が発生し、あゆみさんはご両親を亡くされました。その悲しみの中で、あゆみさんはカナダで薬剤師として生きることを決意します。

 しかし、カナダで薬剤師になる道のりは決して簡単ではありませんでした。どのような勉強をすればよいのか手探り状態の中、日本の薬剤師国家試験以上に勉強したそうです。そして筆記、実地試験ともに2回目の挑戦で見事合格。受験勉強中はレッドクロスのボランティア活動にも参加し、杖やウォーカーの貸し出し業務を通じて英語の実践力も磨き、この経験が後のカナダでの薬剤師業務に大いに役立ったと振り返ります。

 日本では薬局の管理薬剤師まで勤めた経験のあるあゆみさんですが、日本で仕事をしていた頃に比べ、カナダでは患者さんは気さくで、また医師や看護師との関係もフラットで仕事がやりやすいと感じているそうで、カナダでの薬剤師としての仕事をとても楽しんでいる様子が伺えます。

 更に、日本と比べて薬剤師の業務範囲が広く、クリニカルな面でのやりがいを感じています。「日本では調剤が中心でしたが、カナダではより直接的に患者さんの健康に関わることができます。フリーダムを感じます」と笑顔で語ります。特に、患者との対話を通じてその人に最適な治療法を提案できることに大きなやりがいを感じているとのこと。

 一方で、カナダの医療文化には独特の価値観があると感じる場面も。「例えば、性転換や、若年層のマリファナ使用の問題など、日本では考えにくいことが日常的に議論されているんです」。このような場面に直面すると、日本とカナダの価値観の違いを強く実感することもあるそうです。それでも、あゆみさんはその多様性を受け入れ、柔軟に対応しています。

 薬剤師の仕事について「特に困ったことはない」と話すあゆみさんですが、ここまでの道のりは決して平坦ではなかったことは容易に想像ができます。あゆみさんは現在勤務する薬局開設当初のオープニングスタッフで、最初はオーナーと二人で薬局を切り盛りしてきましたが、今ではスタッフが増えて、働きやすい環境が整ったとのこと。

 「私はずっと地域密着型の薬局で働いてきたので、今の薬局が自分にぴったり合っているんです」と話されているように、リッチモンドの住宅地で、地域に根差した医療を提供するTerra Nova薬局で、一人一人の患者さんに丁寧に向き合うことが、あゆみさんの薬剤師としてのスタイルに完璧にフィットしているようです。

 あゆみさんに今後のプランを聞くと、「薬局として特に新しいサービスを始める予定はありませんが、日々の薬学的管理を大切にしながら、地域のドクターやナースをはじめとする医療スタッフと連携して、患者さんやその家族を支えていけたらと思います」とのこと。ホームケアや退院後の処方調剤など、地域に欠かせない薬剤師としての役割を担うことに、大きな誇りが感じられます。   

 あゆみさんは、仕事の枠を超えて、日本人をサポートする活動にも力を入れています。メインランドクリニックでは、日本人の医療通訳を目指す人向けにレクチャーを行い、日系団体からの依頼があれば薬のついての講演もしています。また、あゆみさんの元には、日本からカナダで薬剤師になりたいと相談に来る人が後を絶ちませんが、嫌な顔ひとつせず、その都度惜しみなくアドバイスをしてきました。 

 そして、あゆみさんの趣味はピアノ演奏。2023年にピアニストの反田恭平さんがバンクーバーでコンサートを開いた際には、その演奏に大きな刺激を受け、帰宅後にずっとピアノを弾いていたそうです。 

 私は、あゆみさんと知り合って10年以上になりますが、クールな印象とは裏腹に、とても情熱的な方です。医療の現場で活躍しながら、自分らしい人生を築いている姿、そして他者への支援を惜しまない姿勢は、多くの人にとってロールモデルとなるでしょう。リタイアまではまだまだ時間があります。これからのキャリアでどんな旋律を奏でていくのか、その活躍が楽しみです!

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

全ての「また お薬の時間ですよ」はこちらからご覧いただけます。前身の「お薬の時間ですよ」はこちらから。

インビクタスゲームでのボランティア

 みなさん、こんにちは。前回はじまった日本人薬剤師紹介シリーズをいきなり中断しますが、つい先日までバンクーバーに大きな賑わいをもたらした「Invictus Games(インビクタスゲーム)」でのボランティアの経験についてお話ししたいと思います。

 インビクタスとは、不屈の精神という意味で、負傷や病気、退役を経験した軍人を対象とした国際的なスポーツ大会です。自身も軍隊の経験のある英国プリンスハリーが、戦地で身体的、精神的な傷を負った人に、希望を与える機会として2014年に創設されました。第7回となったバンクーバー大会では、世界23か国から約550人のアスリートが参加しました。

 そして、なぜ私がそこでボランティアすることになったかというと、私が勤務するロンドンドラッグスが今回のインビクタスゲームのオフィシャルスポンサーを務め、ボランティアを探していたのがきっかけです。私は、日頃から渡航者の健康管理に携わっていますから、今も戦争の続くウクライナをはじめとし、世界各地から人が集まるイベントは、またとない勉強の機会ではないかと思い応募しました。

 大会期間中は、バンクーバー市内の競技会場としてバンクーバーカンンファレンスセンター(VCC)に、またスキー競技などが行われたウイスラーにロンドンドラッグスのブースが設置され、ボランティア薬剤師が配置されました。また、大会としても医師、看護師、フィジオセラピストといった多くのメディカルスタッフがスタンバイしました。

「大会期間中のウイスラーは連日晴天に恵まれた」
「大会期間中のウイスラーは連日晴天に恵まれた」

 会場内薬局としての機能を果たすVCC内のブースでは、あらかじめブレインストームをして、最低限必須と思われる市販薬を用意しましたが、スポーツイベントの内部で活動するのは初めてですから色々な部分が手探りです。

 大会前は、参加選手が薬を必要とする状況を中心に考えていましたが、これは非常に浅はかな考えで、このような大規模なイベントでは、海外からの選手の同伴家族やサポートスタッフ、そして現地ボランティアなど、非常に幅広く、どのような理由でも薬が必要となることが分かりました。商品の問い合わせが来るたびに商品のラインナップがアップデートされていきました。

 多くの人が集まる場所ですから、ウイルス性と思われる咳が流行れば咳止めが、同じレストランで食事をしてお腹を壊した団体にはImodiumのような下痢止めが、晴天が続いたことによる口唇ヘルペス用の塗り薬、異国での異なる食事のパターンと生活で胸焼けや便秘、痔の症状があればこれらの症状を取り除く薬を提案するといった具合です。お薬ではありませんが、生理用品が至急必要なんですがという問い合わせもありました。

 大会初日と最終日を比較すると、VCCのブースでテーブルの上に並んでいる品目数がまるで違いました。ボランティアに参加したスタッフがショートビデオを作って、VCCの様子を紹介しましたので、ぜひご覧ください。https://www.facebook.com/share/r/1EKw43RcKr/?mibextid=D5vuiz

 競技会場の医師が処方せんを発行した場合には、その情報を最寄りのロンドンドラッグスに送り、調剤して、会場に届けるというシステムを作りました。ウイスラー会場の場合は配達が難しいので、処方せんがバンクーバーの店舗に送られ、その日の夜までに薬が用意されるという形になりました。これは、基本的にウイスラーでは毎日違う競技が行われていたため、選手団がバンクーバーのホテルから日帰りしていたためです。

 すぐに薬が必要な場合には、ウイスラービレッジ内にショッパーズドラッグマートなど他の薬局もありましたから、そちらを利用して頂きました。

 私は午後から夜にかけてウイスラーのブースを担当しましたが、数件の相談を受けたのみ。皆さんが怪我や病気をすることなく、非常に安心しました。

 余談ですが、インビクタスゲームの開会式にはプリンスハリーも登場し、感動的な挨拶をして大会の始まりを告げました。また、この式典の挨拶の合間には選手を紹介するビデオが流され、大会に参加することになった経緯が紹介されましたが、参加した選手の中には、戦場での経験からPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱える人や、退役後にアルコール問題に直面し、それをインビクタスゲームに向けたトレーニングで克服した人がいました。そのような選手たちのストーリーがビデオで紹介される度に、心の傷の深さと、それに対するケアの難しさを強く感じました。

 また、ネリー・ファータド、ケイティ・ペリー、そしてコールドプレイのクリス・マーティンといった豪華な歌手たちが登場し、会場を盛り上げてくれました。音楽とエンターテイメントの融合で、開会式は非常に楽しく、感動的なひとときとなり、参加者全員にとって忘れられない瞬間となりました。

 今から5年前のコロナ禍で、薬剤師はエッセンシャルワーカーと呼ばれましたが、今回のインビクタスゲームでもその言葉を思い出しました。人は薬が必要で、そこに薬剤師が必須で、まだまだ自分に出来ることがあると再確認できました。これからもこのようなイベントには積極的に参加していきたいと思います。

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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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カナダで活躍する日本人薬剤師たちの物語

増え続ける日本人薬剤師

 テレビ番組のような仰々しいタイトルをつけてしまいましたが、今回から複数回に渡り、私以外の日本人薬剤師の皆さんを紹介しようと思います。それというのも、カナダで16年間この仕事をしている間に、日本語を話す日本人薬剤師の数は徐々に増え、それほど珍しい存在ではなくなってきました。また、新型コロナウイルスの収束以降、カナダの薬剤師を目指したいと連絡を下さる方も増えてきています。これはなんとも明るい話ではありませんか。

 薬剤師とは、一般的には薬のスペシャリストという普遍的な職業に思えますが、その役割や働き方は国や文化によって大きく異なります。日本では主に調剤や患者への服薬指導が中心とされていますが、カナダでは薬剤師の職能はより幅広く、地域のヘルスケアにおいて欠かせない存在です。例えば、カナダでは、薬剤師が特定の薬を処方したり、予防接種を行うことが認められており、日本とは異なる責任と権限が与えられています。

 こうした環境の中で活躍する日本人薬剤師の皆さんは、かつての私がそうであったように、文化や医療制度の違い、そして言語の壁を乗り越えながら、自らの力で道を切り開いてきました。こうした挑戦には大きな意義があり、現地で信頼される薬剤師となるまでの過程は、まさにチャレンジの連続だったと言えます。

 そんな日本人薬剤師の皆さんの経験や奮闘記、そして未来への展望を紹介していきます。今回は、学生時代から海外研修を体験し、ワーキングホリデーをきっかけにカナダへ渡り、薬剤師となった宮崎県出身の新地エリカさん(以下、エリカさん)をご紹介します。エリカさんのストーリーを通して、カナダでの薬剤師という仕事の魅力と、日本人薬剤師としての活躍の可能性を探っていきたいと思います。

海外への挑戦と薬剤師としてのキャリア形成

 ウエストバンクーバーからフェリーで40分のところに、私が住むギブソンズがありますが、そこからさらに車で約30分走ったところにシーシェルト(Sechelt)という町があります。

 このシーシェルトのショッパーズドラッグマートに勤務する新地エリカさんの薬剤師としてのキャリアは、高校時代に両親の勧めで薬剤師を目指したことから始まりました。自称「安定志向」の性格と医療関係者の親類の影響を受け、薬学の道を進む決意を固めました。日本で6年制薬学教育が始まって間もない時期に大学に進学し、もともと病院薬剤師を志していましたが、在学中に薬局薬剤師の楽しさに気づき、卒業後は薬局薬剤師としての道を選びました。

カナダの薬局でのカルチャーショック

 エリカさんが薬剤師免許取得前に実習を行ったショッパーズドラッグマートでは、一般的なカナダ流のカスタマーサービスだけでなく、薬剤師による予防接種やハームリダクションの概念に触れ、大きなカルチャーショックを受けたといいます。ハームリダクションとは、薬物依存や感染症のリスクを軽減するための実践的なアプローチであり、その一環として薬局では清潔な注射針を販売することがよくあります。この取り組みは、患者の健康を守りながら社会全体のリスクを減らす重要な役割を果たしておりますが、日本の大学教育ではそこまで習いませんから、エリカさんはこの実習を通してハームリダクションの意義を深く理解するようになりました。また、カナダでは、薬剤師が経口避妊薬の処方を行うことができ、患者のニーズに応じた柔軟なサービスが提供されていますが、日本から来た薬剤師がまず面食らうのは、経口避妊薬の種類の多さです。患者さんの健康状態やライフスタイルに応じてホルモン量や成分の異なる経口避妊薬や子宮内装具などを提示するのも薬剤師の仕事とはいえ、この領域をマスターするのは大変苦労したそうです。

現場での工夫と課題

 エリカさんは、2024年1月から薬局のマネージャーを務めているだけでなく、今年2月からフランチャイズオーナーへの昇進が決まっており、ショッパーズドラッグマートの「クリニカルサービスに重点を置く」というフィロソフィーを基盤に、薬剤師としての専門性とビジネスとしての運営のバランスを模索しています。例えば、トラベルコンサルテーションや予約ベースの予防接種などのワークフローを導入し、効率的なサービス提供の実現に挑戦しています。最近では、ファーストネーション向けに、薬剤師による処方サービス(MACS:Minor Ailment Consultation Service)のプロモーションに意欲を示しています。ときには、ドクターとの連携や人件費で頭を悩ますことも多いそうですが、それでも持ち前の明るいポジティブ思考を武器に前に進もうとしています。

地域貢献と未来への展望

 「薬剤師として、様々な形でコミュニティをサポートしたい」というエリカさんの思いは、責任感と地域医療への貢献意欲の現れです。デジタル化が進む中で、薬剤師としての専門知識を活かしながら、地域の健康を守る取り組みに情熱を注いでいます。将来的には、処方せん調剤以外の仕事、すなわちメディケーションレビューや薬剤師による処方などのクリニカルサービスを中心とした仕事へのシフトを目標としています。

 エリカさんは休日、旦那さんと一緒にピックルボールやアウトドアアクティビティを楽しんでいるそうです。自然豊かなシーシェルトならではの過ごし方ですね。

さいごに

 エリカさんのキャリア形成には、安定志向を持ちながらも冒険心と柔軟な視点が備わっていることが、インタビューを通してひしひしと感じられました。また、若い日本人女性薬剤師のカナダでの挑戦の歩みは、多くの人々に勇気を与えるに違いありません。さらに、エリカさんのように、日本人ならではの感覚を持ちつつ日本語でサービスを提供できる薬剤師が増えることは、日系コミュニティにとって非常に心強いことです。

 シーシェルト近辺にお住まいの方や、旅行でシーシェルトを訪れる方でお薬が必要な方は、ぜひ一度エリカさんに声をかけてみてください。親切で丁寧な対応を通じて、きっと皆さまの健康をサポートしてくれるはずです。

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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ベテランになっても学び続けます!

 2024年の12月はあっという間に過ぎ去り、気づけば新年を迎えていました。仕事に追われてコラムの締切をすっかり逃してしまった私ですが、それでも温かく受け入れてくださった日加トゥデイの三島様に感謝申し上げます。読者の皆様、2025年もどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、2024年を振り返ると、私にとっては学びの多い一年でもありました。カナダで薬剤師として16年間に渡り同じ薬局に勤めてきた私が、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)のFlexPharmDプログラムの一環として、2件の薬局での実習をする機会があったのです。

 「なぜベテラン薬剤師が実習生?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。実際、私自身も「学位取得のためとはいえ、今さら他の薬局に行って新たに学ぶことがあるのだろうか?」と半信半疑でした。しかし、実際に体験してみると、なかなかどうして面白いではありませんか。

 まず1件目のノースバンクーバーにある食料品店内の薬局では若手薬剤師たちの薬学的管理スキルが印象的でした。最近の若い薬剤師の多くはPharmD(Doctor of Pharmacy:私が現在目指している学位)であり、薬物治療に関する実践的な教育をみっちりと受けています。彼らが学生時代に一生懸命取り組んだのと同様に、私は実習中に薬学的ケアプラン(薬学的管理を行うための詳細な計画書で、薬剤師が患者の薬物療法を最適化するために使用するもの)の作成に取り組みましたが、これがなかなか大変でした。患者さんの疾患の概要や薬物選択の根拠を詳細に書き出し、治療上の問題点を洗い出して解決策を提示する一連のプロセスを文章化するのは、予想以上に時間と労力が必要でした。

 今から17年前に、カナダで薬剤免許を取得するためにUBCのブリッジングプログラムに在籍していた頃、同様のケアプランの作成を少しかじったことはありましたが、最近のバージョンは要求レベルが高くなっており、とてもびっくりしました。

 また、この薬局では、薬学的ケアプランと直接的に関連するメディケーションレビューに力を入れていました。メディケーションレビューとは、複数の慢性疾患の治療薬を服用している患者さんを対象に、薬物治療に関する問題の有無をチェックするサービスです。このサービスは患者さんにとって無料ですが、薬局には州政府からのクリニカルサービスフィーが支払われます。そのため、薬局によってはメディケーションレビューに大きく力を入れているところもあります。

 このようなビジネスモデルの賛否はともかく、メディケーションレビューは正しく実施されれば、患者さんと薬剤師の双方にとって非常に有益です。たとえば、適切な薬が適量で処方されているか、薬を正しく服用できているか、副作用がないか、薬の効果が十分に現れているかといった点を確認することで、患者さんの薬物治療の効果と患者さんの健康状態を総合的にチェックすることができるのです。問題が見つかった場合には、処方医師へフィードバックを行うことで、薬物治療の質を向上させることができます。

 現実的には、このようなメディケーションレビューを、まとまった時間をとって体系的に行っている薬局は限られています。私の勤務するロンドンドラッグスでは、時間や人員の制約があるため、メディケーションレビューの件数は少ないのが現状で、同様の相談やリクエストが寄せられた際には、重要なポイントを簡潔に絞って対応する形をとっています。ただ、せっかく実習で身につけたスキルを使わないのはもったいないので、メディケーションレビューの件数を増やすように努力をしているところで、これは私の2025年の大きな目標です。

 2件目にお世話になったのは、ポートコキットラムにあるメディカルクリニックに隣接したこじんまりとした薬局でした。薬局に足を踏み入れた瞬間、「こんなに小さな薬局で実習をするなんて!」と戸惑いましたが、その後すぐに新たな事実を知ることになります。

 この薬局は通常の処方せん対応だけでなく、精神疾患を抱える患者さんが生活する複数のグループホームを担当していたのです。このような特化型サービスを提供する薬局では、単なる薬の配達にとどまらず、患者さんの生活全般を支える重要な役割を担っています。定期的に入居者と面談を行い、薬が正しく服用されているか、副作用や健康上の問題がないかを丁寧に確認します。薬の服用が困難な場合には、患者さんの状況に応じた服薬スケジュールを提案・調整することもあります。さらに、多くの薬を服用する患者さんが多いため、相互作用や副作用のリスクを慎重に管理する必要があります。このようなアプローチは、患者さんのQOL(生活の質)の向上に大きく寄与するだけでなく、医療費の削減にもつながるとされています。また、ホームの入居者と信頼関係を築き、意思疎通を図るためには高度なコミュニケーション能力が求められましたが、これは非常に貴重な経験となりました。

 ちなみに、コーストメンタルヘルス(Coast Mental Health、ウェブサイト:https://www.coastmentalhealth.com/)は、バンクーバーを拠点とする非営利団体で、精神疾患を抱える人々が適切な住まいや支援サービス、雇用や教育の機会を得ることで、地域社会での自立を支援しています。同団体は、コミュニティーホームやサポートハウジングプログラム、The Transitional Cottage Programなどの施設を運営しており、利用者自身もピアサポートやボランティア活動を通じて団体の運営に貢献しています。また、Coast Mental Health Foundationは資金調達を行い、利用者のために多様な自立支援プログラムを展開しています。精神疾患は遺伝や環境要因が絡む複雑な問題ですが、適切な支援を受ければ自立した生活が可能であることを実証しており、その活動は薬剤師として非常に勉強になったのは言うまでもありません。

 2025年にはいくつかの実習を予定しており、さらなる成長を目指して引き続き努力を重ねてまいります。また、本コラムに関するご質問やリクエストがございましたら、ぜひ日加トゥデイ編集部までお気軽にご連絡ください。

佐藤厚

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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秋深まるカナダで更年期障害を考える

 学生時代の私はテニスの練習に打ち込み、大きな怪我や病気もなく、割と健康体であることが取り柄でした。しかし、40歳を過ぎた頃から、男性更年期の症状が現れるようになりました。深夜の2時や3時に突然目が覚めたり、寝汗をかくことが増えたのです。これらの症状が軽くなったと思ったら、今度は徐々に体重が増え、しかも以前のように簡単には減らせなくなってきました。自分の姿を鏡でみると、まるでメタボ(メタボリックシンドローム、内臓脂肪症候群)を疑うほどお腹周りに脂肪がついているではありませんか。家内には「ただの食べ過ぎと運動不足よ!」と一喝されますが。これもホルモン量の減少に伴う立派な男性更年期の症状です。(信じてもらえないとは思いますが、笑)。そんな中年太りの話はさておき、同年代の女性の皆さんにも、更年期障害の治療薬を処方される方が増えてきたように見受けらます。そこで今回は、女性の更年期障害について、その症状や治療法に焦点を当ててみたいと思います。

 更年期障害とは、主に40代後半から50代前半にかけて、閉経に向かう時期に女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)が急激に減少することで起こるさまざまな身体的・精神的な症状を指します。特に多くの女性が経験するのが、ホットフラッシュと呼ばれる突然のほてりや大量の発汗です。これにより、夜中に寝汗をかき、睡眠が妨げられることもあります。

 不規則な月経、肌の乾燥や髪質の変化、膣の状態の変化が起こることもあります。具体的には、膣の粘膜が薄くなり、潤いが減少することで、かゆみ、灼熱感、性交時の痛みといった症状が現れることがあります。

 また更年期障害は、心理面にも影響を与えます。感情の起伏が激しくなり、不安感や気分の落ち込みを感じることがあります。集中力の低下や意欲の喪失など、日常生活の中で困難を感じる場面も増えるかもしれません。

 このように更年期障害は、心身の状態と生活全般に影響を与える複雑な疾患です。単なる年齢による変化として片付けるのではなく、適切なケアを求めることが大切です。

 更年期障害の治療法としてもっともよく使われるのがホルモン補充療法(Hormone Replacement Therapy; HRT)で、症状や好みに応じて異なる剤形の薬が用いられます。

経口薬(飲み薬)

 経口薬はHRTの中で最も一般的な形態で、錠剤として服用します。この治療では、女性ホルモンの一種であるエストロゲン(卵胞ホルモン)を補い、更年期のつらい症状を和らげます。エストロゲンの減少が更年期障害の主な原因なので、足りなくなったホルモンを補うことで体調を整えるのです。商品名にはエストラジオールを主成分とするPremarin(プレマリン)や Estrace(エストレース)、エストロゲンとプロゲスチンの配合剤であるActivelle(アクティヴェル)があります。

 子宮がある女性の場合、エストロゲンだけを使うと、子宮内膜がんのリスクが高まる可能性があります。そのため、エストロゲンと一緒にプロゲステロン(またはその合成版であるプロゲスチン)を使うことが大切です。このプロゲステロンが、エストロゲンによる子宮内膜への影響を抑え、内膜が過剰に増えるのを防いでくれる役割を果たします。プロゲステロンには、Prometrium(プロメトリウム)とProvera(メドロキシプロゲステロン酢酸エステル; MPA)があります。

 エストロゲン製剤の主な副作用としては、吐き気や腹痛、乳房の張りや痛み、むくみや体重増加が挙げられます。また、血栓症のリスクが高まることがあり、足の腫れや痛みに注意が必要です。これらの症状が気になる場合は、必ず医師や薬剤師に相談することが大切です。

パッチ剤(貼り薬)

 パッチ剤は、皮膚からホルモンを吸収するタイプで、経口薬とは異なり肝臓を通過しないため、血栓症リスクが低いのが特徴です。また、服用忘れの心配が少なく、人気があります。Estradot(エストラドット)はエストラジオールを含むパッチで、週2回貼り替えます。ジェネリック薬もあります。Climara(クライマラ)もエストロゲン製剤で、週1回の貼り替えが必要です。エストロゲンのパッチ剤はこの半年間、供給不足が続いていましたが、この問題は最近になって徐々に解消されつつあります。

塗り薬

 Estrogel(エストロジェル)やDivigel(ディビゲル)といったエストロゲンを含むゲル剤は、肌に直接塗ることでエストロゲンが吸収されます。これらのゲルは、パッチ剤と同様に肝臓を通過せず、血栓症のリスクが低いのが特徴です。

局所クリーム・リング

 膣や尿路の健康を改善するために使用されます。膣の組織を健康に保ち、乾燥や性交痛を軽減するほか、尿路感染症(UTI)のリスクを低減します。Vagifem(バジフェム)はエストラジオールを含む膣内挿入用タブレットであるのに対し、Premarin Vaginal Cream(プレマリン膣用クリーム) やEstragyn(エストラギン)は膣内や膣外部に使用可能なクリーム剤です。 Estring(エストリング)は膣内に保持し、3か月ごとに交換するリング型製剤です。持続的に低用量のエストロゲンを放出します。

まとめ

 以上、ホルモン補充療法の異なる選択肢を紹介しましたが、更年期障害の薬物治療では、患者さんのライフスタイルや健康状態に合わせて最適な薬を選ぶことが大切です。また、治療を始める前に、保険の適用範囲を確認することも重要で、特にBCファーマケアでは、類似薬が複数ある場合、より安価な薬やジェネリック薬を保険でカバーすることが一般的です。ホルモン補充療法は数年単位での使用が必要なことが多いため、コストに不安がある場合は薬剤師に相談してください。保険適用状況や費用面での選択肢について詳しく説明し、最適な提案を行うことができます。

注意: 今回のコラムで紹介したホルモン補充療法の薬はいずれも処方せんが必要です。更年期障害の症状が疑われる場合には、まずは医師の診察を受けてください。

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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薬と飛行機の微妙な関係?

 今年もインフルエンザ予防接種(フルショット)とCOVIDワクチン接種がピークを迎えています。薬剤師が予防接種を担当するようになってから15年が経ちますが、そのうち10年間、私は薬局内のトラベルクリニックの名のもとで渡航前健康相談と予防接種を行ってきました。

 トラベルクリニックでは、海外旅行者に対して、ワクチン接種、感染症予防、旅先での体調管理に関するアドバイスを提供しています。トラベルクリニックは、出発前の準備段階で旅行者の健康を守るために非常に重要な役割を果たしています。トラベルクリニックでは、訪れる国に応じて推奨されるワクチン(例:A型肝炎や腸チフス、黄熱、髄膜炎などなど)を提案するほか、滞在先での病気のリスクを軽減するためのアドバイスも行っています。

 例えば、マラリアのリスクが高い地域に行く場合は、予防薬の処方や蚊に刺されないための対策を話し合うことが一般的です。さらに、衛生状態が良くない地域では、旅行者下痢症を避けるためにどのような食品や飲料を摂取すべきかについてもアドバイスします。また、旅行中に急な体調不良があった際の対処法として、簡単な薬のリストの準備についてもアドバイスしています。

 私自身、日本からカナダへの移民であり、大体2年に1回のペースを目安に里帰りをするほか、家族旅行や学会で海外に行くこともあるため、旅を通じて得た経験や知識を活かし、患者さんに適切なアドバイスを提供することにやりがいを感じています。今回は、そうした旅の中で経験した空路での移動や薬にまつわるトラブルについて、実体験を交えながらお話ししたいと思います。

空路でのトラブルと薬の管理について

 国際線の渡航者数が大幅に回復してきた今日この頃ですが、飛行機での移動にはトラブルがつきものです。この夏、ロサンゼルス・ドジャースで活躍する大谷選手の試合を観に行く際、ロサンゼルス行きのフライトがコンピュータシステムの障害で遅延しました。また、8月にメキシコへ旅行した際、トロントでの乗り継ぎ時にカンクン行きのフライトがクルー不足で出発5分前にキャンセルされ、空港で足止めを余儀なくされました。約8時間の空港待機後、深夜にマイアミまで飛び、翌日にカンクンへ到着できたのは幸運で、中には数日後の便に振り替えられた人もいたほどです。

 こうしたトラブルの際、薬を適切に管理していないと健康リスクが高まり、旅行計画にも支障をきたす可能性があります。特に定期的な服用が必要な薬を持っている場合、空路での移動は事前の準備が欠かせません。持病を持つ患者さんにとって、移動中に薬が不足することは重大なリスクとなるからです。

空路での薬携行における注意点

 まず、通常は機内へ持ち込める液体の量は100ml以下に制限されていますが、処方せん薬や必要不可欠な市販薬はこの制限から免除されています。とはいえ、すべての薬を手荷物に入れ、取り出しやすい場所に収納し、検査官にすぐに提示できるよう準備しておくことが重要です。これは、フライトが遅延したり、突如フライトが変更になって、予定外の荷物検査が必要になった際にスムーズに対応できるためです。

 また、薬の紛失やフライト遅延による薬の不足に備えることも大切です。万が一、フライトが遅れたりキャンセルになった際、定期的に服用している薬が手元になくなる事態を避けるために、薬は必ず手荷物に入れ、少なくとも1週間分の予備を持参することが望ましいです。また、処方せんのコピーは必須ではありませんが、薬の情報をスマートフォンに保存しておくことで、必要な時に現地の薬局や医師に迅速に対応してもらうことができます。私は普段の薬局での仕事においても、海外からの患者さんに対応する場合に薬の情報があると非常に有用だと感じます。

薬の温度管理に関する課題

 冷所保存が必要な薬の場合、フライト中や現地の気候にも注意が必要です。例えば、インスリンやオゼンピック(成分名セマグルチド)のような薬は、ペンの使用開始後ならば一定期間室温での保存が可能ですが、未開封のものに関しては移動中も適切な温度を保つことが大切です。しかし、機内の冷蔵庫で冷所保存はできませんから、基本的にはベストを尽くすということになります。指定された温度以外で保存すると薬の効果が失われることもあるため、特に長時間のフライトや高温多湿の地域に行く際には、冷却パックを準備しておくと安心です。Frioというブランドからは、冷却機能を持つウォレットが販売されていますので、こちらも参考にしてみてください。

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薬の現地調達に備えて

 最後に、万が一の事態に備えて、渡航先で薬の入手に備える必要があります。もちろん日本で処方された薬が海外で簡単に手に入らない場合もあるため、特に長期滞在の場合は服用中の薬の成分名を一般名でリスト化しておくと、現地の薬剤師に自分の服用している薬を正確に伝えるための重要な手段となります。逆に、日本では処方せん薬が、他の国では医師の診察なしで購入できることもあります。

 最後に、旅行前に現地の医療事情を調べ、最寄りの病院や薬局を把握しておくことも安心につながります。渡航先でインターネットが使えないことを不安に感じる方もいるかもしれませんが、最近では旅行用のE-SIMカードが販売されており、これをインストールすれば、現地到着後すぐにWi-Fiに接続できます。私も何度か利用しましたが、コストパフォーマンスが非常に良いと感じましたので、ぜひ検討してみてください。

 健康管理は旅行中の最優先事項です。必要な準備を整え、リスクを最小限に抑えながら、安心して旅行を楽しんでください。

*薬や薬局に関する質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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カナダでメンタルヘルスを考える – うつ病編(2)

 9月も半ばを過ぎ、気温が下がり、急に秋らしさが感じられるようになりました。これから日照時間が短くなっていきますから、メンタルヘルスの管理には気をつけていきましょう。前回のコラムではうつ病についてお話ししましたので、今回はその治療薬について詳しく見ていきたいと思います。

抗うつ薬の基本

 抗うつ薬は、作用機序によっていくつかのグループに分けられます。具体的にはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンという脳内の神経伝達物質を増やすことで、うつ病の症状を改善するのが主な役割です。

  • セロトニン:気分を安定させる役割を持ち、不安や落ち込みに影響を与えます。セロトニンが不足すると、不安感や抑うつ症状が現れることがあります。
  • ノルアドレナリン:意欲や気力、注意力、覚醒状態に関与しています。ノルアドレナリンが低下すると、意欲の低下や疲労感が生じることがあります。
  • ドーパミン:興味や楽しみを感じるために重要な物質です。ドーパミンが減少すると、興味や楽しみが薄れ、場合によっては運動機能にも影響を及ぼします。

 これらの神経伝達物質は、それぞれ異なる役割を果たしており、うつ病や不安障害の症状と深く関連しています。

抗うつ薬の種類

 抗うつ薬は、作用機序や化学構造をもとに、以下のようなグループに分けられます。

  1. 三環系抗うつ薬(例:amitryptyline、nortryptyline)
  2. 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)(例:fluoxetine、paroxetine、citalopram, escitalopram, sertralineなど)
  3. セロトニンとノルアドレナリンの再取り込み阻害薬(SNRI)(例:venlafaxine、duloxetine)
  4. ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(例:mirtazepine)
  5. ドーパミン再取り込み阻害薬(例:bupropion)

1.三環系抗うつ薬

 薬の化学構造に名前の由来する三環系抗うつ薬は、1950年代から臨床的に使用されてきました。これらの薬は、ノルアドレナリンやセロトニンなどの神経伝達物質に作用し、効果を発揮します。うつ病だけでなく、神経性疼痛や片頭痛予防、不安障害、睡眠障害にも用いられます。ただし、口渇、便秘、排尿困難といった副作用が強く、高齢者には特に注意が必要です。現在ではSSRIやSNRIなどの新しい抗うつ薬が主流ですが、他の薬が効果を示さなかった場合には、三環系抗うつ薬も重要な選択肢となります。

2.SSRI

 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、現在最も広く使用されている抗うつ薬の一つです。比較的副作用が少なく、初めて抗うつ薬を使用する患者さんに多く処方されます。ただし、吐き気や下痢、性機能障害といった副作用が見られることがあります。

 特にfluoxetineは、1980年代にアメリカで「プロザック」という商品名で登場し、著明にうつ状態を改善したことから「ハッピーピル」と呼ばれるようになりました。副作用が少なく、他の抗うつ薬に比べて安全性が高いことで人気を集めました。その後sertralineやescitalopramのような新しいSSRIが登場し、幅広く使用されています。

3.SNRI

 Venlafaxine、duloxetineといったセロトニンとノルアドレナリンの再取り込み阻害薬(SNRI)は、SSRIと同様にセロトニンに作用しつつ、ノルアドレナリンにも働きかけるのが特徴です。これにより、うつ症状の改善に加え、神経性疼痛などの身体的な痛みにも効果を示します。副作用としては、吐き気や不眠が挙げられますが、痛みを伴ううつ病の患者さんにとっては有用な選択肢となります。

4.ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬

 ノルアドレナリンとセロトニンの働きを増強するmirtazepineは、特に睡眠障害を伴ううつ病に効果的です。鎮静作用が強めで、夜間の服用が推奨されます。ただし、体重増加や眠気といった副作用があるため、体重のモニタリングが重要です。

5.ドーパミン再取り込み阻害薬

 ドーパミン再取り込みを阻害することで効果を発揮するbupropionは、うつ病治療だけでなく禁煙補助薬としても使用されます。ドーパミンを増やすことで気分を改善しますが、性機能障害などの副作用が少ないのが特徴です。しかし、てんかん発作のリスクがあるため、高用量での使用やてんかん既往歴がある患者さんには注意が必要です。

患者さんに合わせた薬選び

 これらの薬には多くの選択肢がありますが、どの薬が最も効果的かは患者さんによって異なります。同じ抗うつ薬でも、ある患者さんには効果がある一方で、別の患者さんには効果を感じられないこともあります。また、副作用の感じ方も人それぞれです。そのため、医師は患者さんの症状や体質、家族の精神病歴などを考慮しながら慎重に薬を選びます。

服用の際の注意

 抗うつ薬は服用開始から効果を感じるまでに通常2~4週間ほどかかります。そのため、毎日規則正しく服用し、すぐに中止しないことが重要です。初期には副作用が強く出ることもあるため、通常は少量から始めて副作用がないか確認しながら徐々に増量します。効果が見られ、症状が安定したら、同じ量をしばらく続けます。うつ病の薬は、症状が安定した後に少しずつ減量することもありますが、場合によっては長期間にわたり服用を続けることもあります。

 急に薬をやめると、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れ、身体や精神に影響を及ぼすことがあります。再発や離脱症状が出るリスクがあるため、自己判断で中止することは避けてください。薬の減量は、生活の安定した時期に医師の指導のもとで慎重に行う必要があります。

大切なのは焦らないこと

 うつ病の治療は時間がかかることが多いので、焦らず自分のペースで進めることが大切です。薬をやめることを目指すのではなく、薬の力でちょうど良い心の状態を保ちながら日常生活を支障なく続けることが重要です。

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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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カナダでメンタルヘルスを考える – うつ病編(1)

 気がつけば、朝のひんやりした空気から夏の終わりを感じる今日この頃です。若い人の中には、9月から新たに大学生活が始まったり、社会人としての生活が始まる人も多いと思います。また、このタイミングで日本から留学やワーキングホリデーで来加された人もいるかもしれません。

 しかし、新しい学校、仕事、異国など、これまでとは異なる環境に身を置き、時にはハードワークが求められる状況が続くと、誰でも心が疲れてしまうものです。ゆううつ感が蓄積し、やがて慢性的な心身の不調やうつ病へとつながることがあります。

 特に、秋以降のバンクーバーでは日照時間がどんどん短くなり、サマータイムが終わって雨の日が増える11月には、日光を浴びる時間が極端に減少します。この地理的特性から、季節性情動障害(季節性うつ病、Seasonal Affective Disorder: SAD)の患者が増加する傾向もあります。

 うつ病の症状には、ゆううつ感、無気力、いらだち、食欲低下、不眠、身体の不調など、誰もが一度は経験するようなものが多く含まれます。しかし、これらの症状が長期化し、悪化することで仕事や学業に大きな影響を及ぼすのがうつ病です。重症の場合には、極端に悲観的な考えに陥り、生きる希望を失うこともあり、非常に苦しい状態となります。

 バンクーバーに本拠地を置くプロアイスホッケー(NHL)チーム、バンクーバー・カナックスに所属していたRick Rypien選手は、キャリアを通じてうつ病に苦しみ、何度もチームを離れて治療を受けました。Rypien選手が2011年に27歳の若さで自ら命を絶ったことで、うつ病の深刻さが社会全体に強く認識され、メンタルヘルスに関する啓発活動や支援体制の強化が促されるきっかけとなりました。

 そもそもうつ病は、多くの要因が組み合わさって発症します。遺伝的要因、 環境的要因は自分だけの力ではコントロールできない部分もありますが、ライフスタイル要因は自分で意識的に改善できます。まず、毎日同じ時間に寝起きすることで規則正しい生活リズムを整えることが大切です。また、十分な睡眠を確保することは、心の健康に大きな影響を与えます。

 さらに、適度な運動を日常生活に取り入れることが推奨されます。運動はストレスを軽減し、気分を高めるホルモンの分泌を促します。特に、日中に屋外で体を動かすことで、自然光を浴び、うつ病を予防する効果が期待できます。

 食生活も重要な要素です。バランスの取れた食事は、体と心の健康を支えます。忙しい中でも1日3回の食事を摂取し、できれば穀物、タンパク質、野菜のバランスをとることを心がけてください。

 タバコ、アルコール、大麻や違法薬物の使用は避けるようにしましょう。これらは脳内物質のバランスを乱します。

 ストレスはうつ病の発症リスクを高める大きな要因です。日常生活でのストレスを適切に管理するために、リラクゼーションやマインドフルネス、瞑想などのストレス緩和法を取り入れることが効果的です。また、趣味や好きな活動に時間を割くことも、ストレスを軽減し、心の健康を維持するのに役立ちます。

 私が勤務するロンドンドラッグスでは、本社からメンタルヘルス管理を促すEメールが頻繁に届きます。これは、私がカナダで仕事を始めた頃には見られなかった動きです。学校や職場でも、メンタルヘルスに関する相談窓口が増えてきていますから、うつ病の兆候を感じた場合は、できるだけ早くカウンセラーに相談したり、医療機関を受診することを強くお勧めします。

次回はうつ病治療薬のお話です。

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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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カナダのメンタルヘルスを考える – 薬物依存と薬局薬剤師の役割

 バンクーバー近郊は夏にしては比較的過ごしやすい気候ですが、アルバータ州のジャスパーで発生した山火事は大変な被害をもたらしました。一時は制御不能だった山火事も、消防士の奮闘によりジャスパーダウンタウンでは沈静化していますが、今後も予断を許しません。

 さて今回は、メンタルヘルスシリーズの第2回として、現在北米で大きな社会問題となっている薬物乱用問題を取り上げます。

 カナダにおける本格的な薬物対策は、1986年に当時のマルルーニー首相が薬物乱用に対する強い危機意識を表明したことから始まりました。それまでにも違法薬物の乱用はすでに大きな社会問題となっていましたが、2016年には薬物過剰摂取(overdose; OD)による死亡件数が大きく増加したため、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州で公衆衛生上の非常事態が宣言されました。2019年にOD死亡者数は一旦減少しましたが、2020年に新型コロナウイルス感染が拡大すると事態は悪化しました。社会全体の先行きが不透明な中、一人で薬物を使用するケースが増え、ODの発見と救急処置が遅れたためとされています。

 代表的な乱用薬物としては、大麻、コカイン、幻覚剤(MDMA)、メタンフェタミン、そしてオピオイドがあります。これらの薬物はすべて中枢神経(つまり脳と脊髄)に働きかけ、多幸感や陶酔感をもたらします。

 オピオイドとは、中枢神経や末梢神経に存在する特異的受容体(オピオイド受容体)に結合し、モルヒネに類似した作用を示す物質の総称です。コデイン、モルヒネ、オキシコドン、ハイドロモルフォン、フェンタニルなどの薬があります。これらのオピオイドは痛み止めとして医療現場で頻繁に使用されますが、モルヒネの100倍の鎮痛効果を持つフェンタニルは、ODによる死亡原因のトップです。フェンタニルは、ストリートドラッグの効果を高めるために混合されることが多く、これを知らずに使用することで中毒死に至るケースが多発しています。

 そこでカナダでは、薬物依存症の治療・回復支援のためにハームリダクション(害の軽減)の考え方に基づいたサポートが行われています。ハームリダクションとは、薬物使用を完全にやめることよりも、薬物使用による健康・社会・経済上の影響を減らすことに焦点を当てた方策です。具体的には、注射器の使い回しによるHIVやB型およびC型肝炎の感染予防、OD死の回避、社会的機能維持、社会的孤立を防止することなどが挙げられます。

モルヒネ徐放剤
モルヒネ徐放剤

 具体的な取り組みの一例として、オピオイド作動薬による維持療法(Opioid Agonist Therapy: OAT)があります。これは、患者さんがストリートで不純物が混入している恐れのある薬物の代わりに、薬局で適切に管理されたオピオイド薬を使用することで感染症のリスクを減らし、最終的には薬物依存から安全に離脱することを目的としています。

メサドン計量器
メサドン計量器

 OATで使用される主要な薬物には、モルヒネ徐放剤(Slow-Release Oral Morphine: SROM)、長時間作用型オピオイドであるメサドン(Methadone)、離脱症状を軽減しながら過剰摂取のリスクも抑えるブプレノルフィンとナロキソンの配合薬、そしてフェンタニルの貼付剤(パッチ)があります。

 これらの薬物を提供し、医師と連携しながら患者をサポートするのが、薬局薬剤師の仕事です。モルヒネ徐放剤やメサドンが処方された場合、患者は毎日薬局に通い、薬剤師の目の前でその日の薬を服用します。これにより服用状況をチェックし、薬局で調剤された麻薬の転売を防ぎます。

フェンタニルパッチ
フェンタニルパッチ

 フェンタニルパッチは週に3回交換する必要があり、これも薬剤師が行い、パッチが剥がれたりしていないかを確認します。このように薬剤師が毎日のように患者の様子を確認し、必要に応じてサポートを提供することで、依存症の克服に向けたチーム医療の一端を担っています。

 また、薬局ではナロキソン・キットの配布も行われています。ナロキソンは、OD時のオピオイドの作用を一時的に停止させ、呼吸の回復を補助する安全な医薬品です。このナロキソンが注射針とシリンジ、手袋など一式揃ったキットになっており、このキットがあればODから命を救うことができます。家族や友人に薬物依存者がいる方は、まずはナロキソン・キットを薬局で入手してください。また薬物依存症治療について分からないことなどがあれば、いつでも薬剤師に相談してください。

ナロキソンキットには3回分のナロキソンが入っている。最初の注射で意識が戻らない場合には、2回目、3回目の注射が必要になることもある。
ナロキソンキットには3回分のナロキソンが入っている。最初の注射で意識が戻らない場合には、2回目、3回目の注射が必要になることもある。

参考記事:日加トゥデイ 2022年2月10日付ローカルニュース BC州の2021年の薬物中毒による死者は2,200人を超える見込み

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カナダでメンタルヘルスを考える – 不安症編

 6月も下旬に入り、バンクーバーでも夏らしい日が増えてきました。私はこの夏、約25年ぶりにテニス大会に参加しようと意気込んでいます。しかし、お腹まわりは立派な中年サイズで、定期的に練習をしているわけでもありません。さらに、今年の山火事による大気汚染、熱中症や腰痛(激痛)の再発という不安もあります。

 ただ、医学的に不安症(anxiety disorder、不安障害)といった場合は、精神的、身体的症状が遥かに顕著になります。不安症は症状によっていくつかの種類に分けられ、代表的なものとして全般性不安障害、パニック発作とパニック障害、限局性恐怖症があります。

 全般性不安障害は、学校や家族・友人のこと、生活上のさまざまなことに極度に不安や心配が続く状態で、半年以上続くことが特徴です。不安だけでなく、落ち着きがない、疲れやすい、集中できない、イライラする、筋肉が緊張している、眠れないといった症状も見られます。

 パニック障害は突然、激しい動悸、息切れ、呼吸困難、発汗、吐き気、めまい、ふらつきなどの「パニック発作」が起きることが特徴です。その恐怖感が忘れられず、再度発作が起きるのではないかという恐怖から日常生活に支障をきたします。パニック発作が繰り返される場合をパニック障害と呼びます。

 限局性恐怖症は、特定の対象や状況に対して著しい恐怖反応を示す状態です。高所、虫、雷、血液、閉所や暗所、飛行機など、特定の状況や物に対する過度の恐怖心が身体症状として現れます。

 メンタルヘルスの管理で最も重要なのは、正しい知識を身につけ、自身のストレスに早めに気づき、適切に対処・予防することです。

 日本では、心の病気を専門に扱う診療科として精神科、精神神経科、心療内科、ストレス外来、メンタルヘルス科などがあり、早い段階から専門医の診察を受けることが可能です。

 一方、カナダではファミリードクターやウォークインクリニックの受診が第一歩となります。昨今の医師不足により、ファミリードクターの予約までの待ち時間が何週間、何ヶ月にもなることがあります。早めの診察を希望する方やファミリードクターがいない方は、ウォークインクリニックやオンラインで診察を行うバーチャルクリニックを利用することができます。

 医師の診察を受け、薬物治療が適当と判断された場合には薬が処方されます。不安症を含む各種の精神疾患は、脳内の化学物質のバランスが崩れることで身体的な症状が現れ、セロトニンやノルアドレナリンといった物質が関与することが分かっています。

 抗不安薬としては、ベンゾジアゼピン系の薬(化学構造に由来する抗不安薬の総称)が幅広く使われていましたが、依存性や副作用の問題から慎重に使用されるようになりました。抗うつ薬も不安症の治療に使われ、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、三環系抗うつ薬などが処方されます。初めの薬で改善効果が見られない場合でも、他の薬を試しながら医師と相談しつつ治療を続けることが重要です。

不安症の治療に用いられる薬
• ベンゾジアゼピン系薬(ロラゼパム、クロナゼパム)
• 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI):fluoxetine, fluvoxamine, escitalopram, citalopram, paroxetine, sertraline
• セロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI):Venlafaxine, duloxetine
• 三環系抗うつ薬:Imipramine, clomipramine
• その他:Quetiapine, buspirone, mirtazepine

 不安症は薬だけで完全に改善するわけではなく、認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy)などの精神療法も併用することが推奨されています。臨床心理カウンセラーやサイコセラピストへの相談も可能ですが、ブリティッシュコロンビア州の公的健康保険であるMSP(Medical Service Plan)ではカバーされません。民間保険ではカバーされることがあるので、確認が必要です。

 もし自分や周囲の人が不安症の症状に悩んでいる場合は、まずは医師に相談することをお勧めします。

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佐藤厚(さとう・あつし)
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サイバーアタックに遭いました

 どんな事故や災害でもそうですが、まさか自分が!というのはこのことです。4月末にカナダ西海岸を中心にチェーン展開する薬局・小売チェーンのロンドンドラッグスがサイバーアタックの被害に遭い、全店が数日に渡り閉鎖するという事態となりました。私が勤務するギブソンズの店舗も例外ではなく、てんやわんやの騒ぎです。そこで今日は、薬局内で何が起こっていたかについてまとめたいと思います。

 まずは、今回の事件の要点は以下の3点です。

  • ロンドンドラッグスのコンピューターシステムが、ランサムウエア(身代金要求型ウイルス)の被害に遭った。 ︎
  • 不審な動きが認められた時点でコンピューターがシャットダウンされ、このためにシステムが何日も使えなかった。︎
  • ロンドンドラッグス本社は身代金の要求に応じなかったため、本社のシステムから人事関係の情報等が流出した。

 私も事件発生後にサイバーアタックについて色々調べて知りましたが、世界中の企業や自治体へのサイバーアタックは決して珍しいものではないようです。5月に入って、ロシアを拠点とするハッカー集団「LockBit(ロックビット)」のリーダーが詐欺の共謀などの罪で米連邦地裁に起訴されたという報道もありました。世界約120カ国の企業や個人にサイバー攻撃を仕掛け、情報流出を止めるための身代金として総額約5億ドルも奪っていたそうですから本当に驚きです。そして今回のロンドンドラッグスの被害も、LockBitによるサイバーアタックではないかと言われています。

 それにしても、なぜ薬局がサイバーアタックの標的になるかと言えば、機密性の高い個人および医療データは、身元盗用や詐欺行為に利用できるため、サイバー犯罪者にとって非常に価値が高いもののようです。薬局では、保険請求や薬の支払いに関する多くの取引をコンピューター上で処理し、在庫管理、医療提供者とのコミュニケーションもデジタルシステムに依存しています。ハッカー達は薬局のシステムを混乱させるだけでなく、患者さんの健康も危険にさらすため、身代金を支払う可能性が高くなるという理由があるのでしょう。

 ではロンドンドラッグスの中では何が起こっていたか?

 4月28日の朝から薬局のソフトウェアはおろか、キャッシュレジスターやWIFIまで、あらゆるコンピューターが全く起動しなくなりました。これはコンピューターシステム上の不審な動きに対応し、サイバーアタックの被害を最小限に抑えるための措置であったことがあとになって分かりましたが、復旧の見込みなどは一切ありません。しかし、チェーン全店が休業することが決定した直後から、緊急に薬を必要とする患者さんには無償で薬を提供するようにとの方針が通達され、お店のドアは閉めたまま、薬局ではスタッフがスタンバイする毎日が続きました。来店された患者さんにはお店の入り口で用件を聞き、スタッフが薬局とフロントドアを行ったり来たりして対応しました。

 ただ、どうしても難しかったのは新規処方せんの薬の調剤です。普段の仕事の流れでは、コンピューター上で患者さんの情報を確認したのち、薬局のローカルファイルとBC州全ての薬局を繋ぐネットワークファイルで薬歴(服薬の履歴)をチェックし、指示・用量の変更の有無や相互作用等をチェックしますが、コンピューターなしではこの作業が一切出来ません。これでは安全に薬を渡すことができませんから、新しい処方せんを持参した患者さんは他の薬局に紹介せざるを得ませんでした。

 これに対して、リフィル処方せんの場合は、前回と同じ薬という前提がありますから、薬を用意することが出来ました。コンピューターには一切触れないようにとの指令が出ていましたから、患者さんの持参した薬の容器(バイアル)に貼ってある「処方せんラベル」から情報を得ることで、薬を取り揃えることが出来たのです。処方せんラベルには、患者さんの名前、薬の名前(化学名)、規格、用量・用法、処方医師の名前、調剤日、リフィルの数などが全て記載されていますから、非常に有用なのです。

 コンピューターやプリンターは一切使用できなかったため、処方せんラベルを手で書くことから始めました。その昔、カナダの薬局ではタイプライターが使われていましたが、これがあったらどんなに便利だったか。今どき、手書きは時間が掛かるだけでなく、どのスタッフも字を書くことが苦手なのです。

 何日か経過して、コピー機が使えるようになったので、患者さんが持参した薬の容器に貼ってある処方せんラベルをコピーして、手書きする量と、間違いを減らすようにしました。また調剤の際に使用した薬の在庫も手書きで記録し、在庫が減った場合は発注リストに追加したりもしました。もちろん薬のオーダーが出来るようになるまでには日数を要したのですが。

 それにしても21世紀の薬局で誰がこの状況を予測したでしょう。先が見えないという意味では、新型コロナウイルスが流行し始めた時と同じような雰囲気でしたから、それならば必ずいつか状況は変わるはずと気持ちを奮い立たせました。やはり現場監督としては下ばかりを向いているわけにはいきせん。

 日数が経つにつれて、リフィルを求める人の数が少しずつ増えていきました。それもそのはず、私の町にはロンドンドラッグスの他には1軒しか薬局がありませんから、そこへ人が流れた結果、薬の待ち時間は4〜5日となっていたそうです。そこで、少しでも短い待ち時間のロンドンドラッグスに行ってみようという人が増えたようでした。

 薬代の計算と会計ができませんでしたから、一回に渡す薬の量は大体2週間から1ヶ月、しかし常連の患者さんであれば3ヶ月まで一気に渡すことにしました。コンピューター復旧の見込みがなかった一方で、後々の仕事の量のバランスを取る必要が出てきていたのです。

 私自身のラップトップコンピューターを持ち込み、また私の携帯電話のデータを使って、薬の発注もしました。本社スタッフや他のマネージャーとの連絡や情報交換はWhatsappというアプリで行うことが出来ましたから、テクノロジーとは安全である限り便利なものです。

 本社のITチームの24時間体制の奮闘により、5月8日には薬局内のコンピューターが使えるようにはなったものの、しばらくの間はスピードが遅すぎて全く仕事になりませんでした。ようやくそれなりのスピードで薬局のソフトウエアが動くようになったのはそれから1週間ほど経ってからでしょうか。その間に、大半の店舗が営業を再開し、薬局の発注システムやファックス機能も復旧し、クリニックや病院からの処方せんも受け付けできるようになりました。まだ100%とはいきませんが、薬局としての機能はほぼ戻ったと言えます。

 サイバーアタック発生当時から、本社からの情報は非常に敏感な性質であるため、スタッフの耳に入ってくる情報は非常に限られたもので、しかも一般の方がニュースで見るのと同じ内容のものばかりでした。5月23日には、本社ファイルがオンライン上に流出したというニュースも流れ、これは非常に不気味ですが、もう仕方ありません。少なくとも、患者さんの情報が流出したという事態にならなかったという部分には安心しています。

 このように色々大変でしたが、今回は様々な教訓もありました。コンピューターのパスワードは定期的に変えるようにし、また不審な添付ファイルは開かないようにしましょう。このような基本的な作業でコンピューターをウイルス等の脅威から守ることが出来るとのことです。また、処方せんラベルには様々な情報が凝縮されていますから、容器ごと保存したり、写真を撮るなどしておいてください。いつもと違う薬局に行く必要が生じたり、海外へ旅行する際に非常に役に立ちます。

 まだまだ完全に仕事が追いついたとは言い難い部分もありますが、なんとか頑張っていきたいと思います!

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薬剤師の質問の理由

 みなさん、こんにちは。

 4月28日未明のサイバーアタックによってロンドンドラッグス全店のコンピューターシステムが全てダウンしたため、一時的な閉店を余儀なくされました。営業再開は未定の状況です。すでにメディアを通じて各方面に状況が伝わっているかとは思いますが、もしも至急リフィルの薬が必要な場合には、他の薬局で薬を購入するようにしてください。

 ここからはいつものコラムになります。今回は最近日本で話題になった一つのニュースを紹介します。もちろん薬局に関する話ですが、要点をまとめると、お笑いコンビ「かまいたち」の2人(山内健司さんと濱家隆一さん)が、「薬局でイライラする瞬間」として、医師に処方された処方せんをもって薬局に行った際、薬剤師から様々な質問を受けることを取り上げました。医師の診察と重複するような質問は不要であると感じ、また薬剤師は医師への憧れがあるのではないかと述べました。この発言には各方面から非難が集まり、濱家さんはその後謝罪されました。

 皆さんの中にも少なからず同じように感じたことがある方もいるかもしれませんが、一人の薬剤師として理由を一言で説明すると、薬剤師は間違えないようにしてるだけなのです。医師への憧れから質問するわけではありません。

5R(Right patient, Right MedicationRight DoseRight RouteRight Timing)

 薬局の世界には5Rという概念があり、これは正しい患者さんに、正しい薬物を、正しい投与量を、正しい経路で、正しくお薬を使用してもらうというものです。とても当たり前のことのように聞こえますが、人間がやっていることなので、意図せずして人為的なエラーが発生することがあります。医師が処方せんを発行する時点で患者さんの名前、薬、用量が正しくないこと、アレルギーや他の薬との重複や相互作用が見つかることもあります。処方せん通りにお薬を用意すればよいというものではないのです。もっとも薬局側でも、現行のルールでは処方せんの内容を全て手入力しますから、あらゆるエラーを防ぐための努力が必要なのです。

 BC College of Pharmacists(BC州の薬剤師の規制機関)は、薬剤師が新規処方せんについてカウンセリングを行う際に毎回確認・説明するべき項目を挙げており、これらは患者さんの本人確認、薬の名称と規格、 使用目的、服用方法と頻度、服用期間、薬物療法上の問題の有無とその回避方法、副作用や相互作用が発生した場合の対処法、薬の保管方法、リフィルの回数、薬物治療の経過をモニターする方法、期待される効果、薬を飲み忘れた場合の対処方法、医師のフォローアップを受けるタイミング、その他患者さんの特性によって重要と考えられる内容となっています。

 薬局スタッフがどんなに気をつけていても、人為的エラーは起こります。ご自分以外の名前がラベルに書いてあったり、薬の色や大きさ、用量がいつもと異なる場合や、薬を服用したことで急に具合が悪くなった場合には、いつでもスタッフに聞いてほしいと思います。

 以下、具体的な事例を紹介します。私の娘が3歳の時に救急外来を利用し、処方せんをもらって家に帰ろうとしたら、違う人の名前のシールが貼ってあったことがあります。その時点で、処方薬と用量があっているかどうかも疑わしかったため、病院を出る前にすぐに医師のところへ戻って内容を確認しました。これと同様に、薬局に持ち込まれる処方せんに関しても、名前の間違いを発見したことは何度もあります。

 もちろん薬局スタッフによる入力エラーを見つけたことも何度となくあります。英語の名前には漢字がないだけでなく、クリスチャンネームで同姓同名の方が沢山います。姓で言えば、Jones、Smith、Johnson、Williamsなど、名ではJohn、Robert、Chris、James、Christine、Jennifer、Elizabeth、Catherineなどです。薬局のデータベースに2人以上の同性同名がいる場合には、きちんとパーソナルヘルスナンバー(PHN)、住所、誕生日などを確認するようにとポップアップのメモがあることも多いですが、それでも入力担当するスタッフの注意力が下がった時には間違った患者さんの名前を選んでしまうこともあります。レシートに書いてある住所や電話番号などがあっているか、確認するようにしてください。

 次に正しい薬物と投与量、投与経路の部分です。薬局スタッフによるデータエントリーの際に、似たような名前の薬をピックアップすることがあります。名前が似ている薬の例をあげると、amiloride vs. amlodipine、bupropion vs. buspirone、dimenhydrinate vs. diphenhydramineといった具合で、それぞれの薬の使い方は異なります。医師側でも薬局側でも、コンピュータ入力の際には最初の何文字かを入力して、データベースの中から薬を探すという作業をしますから、その時の労働環境(鳴り止まない電話、長い行列、怒っている患者さん、スタッフ不足、連日の残業による集中力不足などなど)によっては、いくらでもエラーが起こりえます。

 医師と薬剤師の両サイドにおいて、知識や経験、コミュニケーションの不足により、入力段階で投与量を間違えることがあります。薬はさじ加減と言われるように、少なすぎても多すぎてもダメなのです。

 抗菌薬では、量が多すぎれば下痢や吐き気が起こり、少なすぎれば感染症が治りません。血圧の薬でも同様に、量が多すぎればフラフラして、運転の際に危険ですが、薬の量が少なすぎれば血圧は下がらず、脳卒中や心筋梗塞につながります。糖尿病薬の場合、薬によっては血糖値を下げすぎて冷汗、動悸、意識障害、けいれん、手足の震えなどの症状が現れ、非常に危険な状態になりえます。

 もしもこれらの状況が起こったときに、そこに調剤エラーがあったのか、指示された用量を服用して起こったことなのか、患者さんの側の思い込みや間違いで過量または過少投与になったのかなどを聞き取り、原因を突き止め、解決策を見つけます。従って、患者さんと接遇する度に病状を把握するのは、薬剤師にとって非常に重要なことなのです。

 ドクターが吸入の薬を処方するといっていたのに、鼻のスプレーが処方されたので、何かおかしいと言われたこともあります。これは、喘息の患者さんに処方されるfluticasoneという吸入のお薬がありますが、同じ成分が花粉症や慢性鼻炎で使用される点鼻の薬としても利用されるからです。

 正しいタイミングで薬を使用するのも大切です。薬によっては、食前、食後、空腹時、就寝前と、特定のタイミングで服用する必要があり、例えば骨粗鬆症を予防するアレンドロネートは空腹時に水で飲まなければなりません。多くの抗菌薬は、胃腸に負担がかからないように食後に服用してくださいと指示されますが、Cloxacillinという薬は空腹時に服用する必要があります。

 気管支喘息治療の薬でも、吸入ステロイド薬は発作を起こさないようにするため毎日使用するべきものですが、気管支拡張薬であるサルブタモールは息苦しい時にのみ使用する薬です。これらの使い方を間違えると期待する効果が得られません。私の薬局では、気管支拡張薬のリフィルの間隔が極端に短い患者さんがたまにおり、吸入ステロイド薬の使用頻度を確認し、吸入テクニックやデバイス上の問題、または副作用が治療の妨げになっていないかを確認します。

 駆け足になってしまいましたが、このように薬の仕事をしていると色々な状況に遭遇します。やや面倒に感じることもあるかとは思いますが、薬剤師が健康管理に貢献するため、質問の回答にご協力頂けると幸いです。

*薬や薬局に関する質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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