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佐藤厚

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進化するがん治療

 今回は、前回に引き続き、サレー市にあるBC Cancer Agency Surreyでの私の実習体験から、がんの薬の話をします。

 かつて、がんの診断は「死の宣告」に近いものとして受け止められることが少なくありませんでした。手術・放射線・化学療法の3本柱が治療の中心を担ってきましたが、従来の抗がん剤はがん細胞だけでなく正常細胞にも影響が及ぶため、脱毛・嘔吐・骨髄抑制といった副作用は避けられませんでした。ところが、最近になって、がん治療は革新的な進歩を遂げています。

 わかりやすく言えば、今やおっさんとなってしまった私が、薬学部の学生の頃には教科書に載っておらず、授業では一言も触れられなかったような話が、新たなスタンダードとなっているのです。

 2000年代以降、「特定の分子を標的とする」という設計思想のもとに、抗体医薬・免疫チェックポイント阻害薬・CAR-T療法という3つの革新的な治療法が登場しました。もちろんこれらは万能ではなく、すべての患者さんに効くわけでも、副作用がないわけでもありません。それでも、これらの治療法がもたらした変化は非常に大きく、がんと共存しながら日常生活を送り続ける「慢性疾患としてのがん」という概念が、現実のものになっているのです。

抗体医薬(モノクローナル抗体)

 抗体とは、体がウイルスや細菌と戦うときに使うタンパク質です。特定の相手にだけくっつく鍵と鍵穴のような仕組みを持っています。抗体医薬は、この性質を利用してがん細胞の表面にある特定の目印に結合し、増殖をブロックします。

 例えば、HER2陽性乳がん(がん細胞の表面に増殖スイッチのような受容体(HER2)が、通常よりも過剰に発現しているタイプの乳がん)の場合、トラスツズマブという薬はそのアンテナに直接くっついて、命令が届かないようにします。さらに、抗体薬物複合体であるトラスツズマブ デルクステカンは、抗体を運び屋にして、毒性の強い薬をがん細胞の内側にだけ届けます。外からは攻撃せず、中に入ってから作用するため、正常な細胞への影響が少なくなります。抗体医薬により、HER2陽性乳がんの予後は大きく改善しました。転移があっても複数の薬を順次使い続けることで、数年単位で病状をコントロールする患者さんが増えています。

免疫チェックポイント阻害薬

 私たちの体には、もともとがん細胞を攻撃する免疫の力が備わっています。ところが、がん細胞はその免疫に「攻撃するな」というブレーキをかけることができます。1992年、京都大学の本庶佑教授がこのブレーキの正体であるタンパク質「PD-1」を発見し、およそ20年の研究を経て、2014年にニボルマブ(商品名オプジーボ)として実際の治療に使われるようになりました。この功績により、本庶教授は2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

 体の中には、ウイルスやがん細胞などの敵をやっつける、体を守るガードマンたちがいます。その中心になって働くのがT細胞です。T細胞のTは胸腺(きょうせん/Thymus)の頭文字で、骨髄でつくられた後、胸腺へ移動し、敵と仲間を見分ける訓練を受けます。訓練を終えたT細胞は体の中をパトロールしながら、敵を見つけてやっつける役割を担っています。ところが、がん細胞は「私を見逃して」という巧妙なメッセージを出してT細胞を騙します。このメッセージを出すタンパク質が「PD-L1」、そのメッセージを受け取るT細胞側の耳にあたるのが「PD-1」というタンパク質です。メッセージが耳に届くと、T細胞にブレーキがかかり、がんをやっつけられなくなってしまいます。

 ニボルマブ(商品名オプジーボ)やペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)は、この耳(PD-1)を先にふさいでしまう薬です。耳がふさがれると、がん細胞の巧妙なメッセージが届かなくなり、T細胞のブレーキが外れて、がんをやっつけられるようになります。このような薬を免疫チェックポイント阻害薬と呼びます。薬ががん細胞を直接壊すのではなく、体自身の免疫力によりがん細胞を攻撃するのが、これらの薬のポイントです。効果が出る患者さんでは、長期にわたって奏効が続くロングレスポンダーと呼ばれる例が存在します。かつては治療法がほとんどなかった悪性黒色腫や非小細胞肺がんで、5年から10年単位の長期生存例が報告されるようになっています。ただし、免疫が過剰に働くことによる副作用(免疫関連有害事象)が出ることもあります。

CAR-T細胞療法

 CAR-T療法は、患者さん自身の免疫細胞(T細胞)を体の外に取り出し、がん細胞を見つけやすく遺伝子改変して体内に戻すという治療法です。薬ではなく、生きた細胞そのものが治療の主役という点で、これまでの医療の枠を超えた発想です。患者さんの血液からT細胞を採取し、その細胞に「がん細胞を見つけるセンサー」を遺伝子技術で取り付けます(キメラ抗原受容体(CAR)と呼ばれるもの)。そして、センサーつきのT細胞を増やして、点滴で体内に戻しますが、体内に戻ったT細胞は、がん細胞の目印を見つけると自ら攻撃します。再発・難治性の血液がんで大きな成果を上げており、これまで有効な手段がなかった患者さんが回復する事例も報告されています。一方で、製造に数週間かかること、数千万円規模の高額医療費、発熱や炎症などの重篤な副作用リスクといった課題も残っています。現在は固形がんへの応用や、コストを下げる技術開発が世界中で進められています。

 これらの薬の登場により、がんは「治す病気」から「共存する病気」へと、その概念が変わりつつあります。糖尿病や高血圧が「完治」ではなく「管理」を目標とする病気として定着したように、がんもまた、長く付き合いながらコントロールしていく病気に変化してきたのです。もちろん、すべての患者さんにこの変化が当てはまるわけではありません。がんの種類・病期・患者背景によって状況は大きく異なりますし、治療が奏効しないケースがあることも事実です。長期治療に伴う医療費の問題も、現実として無視できません。それでも、5年後も10年後も外来で薬を受け取りながら普通の生活を続ける患者さんの姿が、確実に増えています。BC Cancer Agencyで多くのがん患者さんを目の当たりにした私としては、いつかさらなるバイオテクノロジーの進歩により、がんが風邪のように治る病気になる日が来てほしいと、思わずにはいられません。

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

お薬についての質問や相談はこちらからお願い致します。https://forms.gle/Y4GtmkXQJ8vKB4MHA

全ての「また お薬の時間ですよ」はこちらからご覧いただけます。前身の「お薬の時間ですよ」はこちらから。

BC Cancer Agencyって知っていますか?

 この度、2月の4週間、学位取得のカリキュラム(以前もお話したブリティッシュコロンビア大学フレックスPharmDプログラムのことです)の一環として、サレー市にあるBC Cancer Agency Surrey(BCSU)で実習の機会を得ました。簡単にいうと、がんの専門病院です。そこで今回から複数回に分けてがんと薬の話をしたいと思います。

 BCSUは、自宅のあるギブソンズから毎日通勤するには少し遠いので、期間中は部屋を借りて独身生活をすることにしました。実習後の夜に時間がある時には、ラングレーやメープルリッジ、ノースバンクーバーのロンドンドラッグスでシフトにも入り、何人もの日本人の患者さんと日本語で接することもありました。普段はそのような機会が少ないので、少しはお役に立てた気がしました。

 それにしても驚いたのは、サレー市内とその周辺の交通量がすごいこと。車の流れに慣れるまで大変でした。パーキングもしかり。実習2日目に、駐車場の少し外側に止めておいたら、そこは違反ですとチケットを取られてしまいました。その翌日からは、とにかく朝早い時間に到着し、毎日7時半から自習を始めるようにスケジュールを調整してもらった程です。Surrey Memorial HospitalとBCSUでは、朝8時半以降は駐車場が全然空いていないので、皆さんもご注意ください。

 さて、今回の実習で何より大きかったのは、カナダのがん専門病院の舞台裏を知ることができたことです。人口増加が加速するサレー市内の中心部にあるBC Cancer Agency Surreyは、Surrey Memorial Hospitalと建物が繋がっており、医師や看護師をはじめとする、沢山のスタッフが働いています。そして、ここで働く薬剤師の数もそのへんの薬局とは桁が違います。薬剤師の他にも、専門の資格を持つ薬局テクニシャンが抗がん剤の混合を担い、さらにこのような大所帯をまとめるマネジメントチームもいます。この先、建物の拡張に伴い、さらに多くのスタッフ薬剤師を必要とするそうです。(BCSUはユニオンのある職場なので、妻からここへの転職を勧められていました、笑)。

 BC Cancer Agencyは、サレー以外にもバンクーバー、アボッツフォード、ケローナ、ビクトリア、プリンスジョージに拠点があります。その地域の患者さんが通院できるようになっていますが、これらの複数の拠点がつながり、様々な職種向けの勉強会がZoomで開催されるなど、組織としての学びや情報共有が日常的に回っています。

 日々飛び交うEメールの内容も、現場の厚みを物語っていました。勉強会のお知らせだけでなく、抗がん剤予約変更、予約以外の緊急の抗がん剤治療のオーダー、患者さんの治療方針変更の連絡などです。これがなぜ重要かというと、点滴用の椅子・ベッドを確保することと、当日の薬の調合スケジュールに関わってくるからです。一度混ぜた薬は何日も保存できるものではなく、薬によっては非常に高価なものもありますから、オーダーが確定した患者さんにその都度抗がん剤を調整するのです。

 医師から薬剤師への薬に関する質問、例えば「この溶液は保存料として何が入っているか」、「この薬で副反応が起きたら、どの薬で治療すべきか」といった、臨床判断に直結するやり取りもあります。臨床試験(開発段階の薬をヒトで試験すること)に関するお知らせもあれば、先日のタンブラーリッジでの銃乱射事件の後には、スタッフとその家族の心のケアについての案内も回ってきました。ちなみに2月4日はWorld Cancer Dayで、がんについての啓発活動も行われていました。

 私にとって、がんは人ごとではありません。祖母は乳がんのために1960年代に乳房切除を受けました。再発・転移こそしませんでしたが、術後のリンパ浮腫で右腕がひどく腫れ、いつも重そうに抱えていた姿が忘れられません。祖父は口腔底がんを患い、自宅で迎えた終末期には大きな血の塊を吐いていました。そして16年前、悪性度の高い脳腫瘍を抱えて生まれた長男には有効な治療法がなく、この世で長い時間を一緒に過ごすことができませんでした。こうして並べると、大変ながん家系ですねと思われるかもしれませんが、本当にその通りで、特にこの歳になると次は我が身かと心配になってきます。しかし、これらの記憶と経験こそが、がんという病気に正面から向き合う力を私に与えてくれ、医療者としての原点になっているのもまた事実です。

 今回の実習を通して、がん=不治の病というイメージは、もう昔のものになりつつあると実感するようになりました。私と同年代の友達が大腸がんや乳がんの治療を受けた後、元気に生活している姿を目にすることが増えたからです。もちろん、ケースバイケースですから、うまくいかないことがあることも事実です。それでも、がんは今、種類や進行度、発見するタイミングによっては治療可能、あるいは長く付き合う病気へと変化してきています。

 そして、その変化を支えているのは、薬の進歩です。特にこの10年で、がんの治療薬は、抗がん剤という一言では語れなくなりました。従来の細胞障害性抗がん剤に加え、分子標的薬や免疫療法、そしてがんゲノム医療という新しいアプローチが加わり、その幅はかつてとは比べものにならないほど豊かになりました。

 がん治療の手段を整理すると、大きく三つの柱から成り立っています。外科的手術、放射線治療、そして薬物療法です。この三つを、がんの種類や進行度に応じて組み合わせながら治療を組み立てていくのが、現代のがん医療の基本的な考え方です。

 まず外科的手術は、腫瘍を物理的に取り除く古くからの治療法です。胃がん、大腸がん、乳がん、肺がんなど多くのがんで今も治療の中心を担い、近年はロボット支援手術や内視鏡手術の精度が上がり、体への負担も格段に小さくなりました。放射線治療は体を切らずに放射線でがん細胞を死滅させる治療で、ピンポイントでの照射技術も進み、より精密に照射できるようになりました。

 そして最近最も大きく変わったのが薬物療法です。従来の細胞障害性抗がん剤に加え、がん細胞の特定の異常だけを狙い撃ちにする分子標的薬、患者さん自身の免疫力でがんと戦わせる免疫チェックポイント阻害剤、ホルモンを栄養に増殖するタイプのがんに使うホルモン療法、そして患者さんのがんの遺伝子を詳しく調べてその人に合った薬を探すがんゲノム医療まで、治療の選択肢は大きく広がりました。

 例えば乳がん治療の場合、ホルモン受容体やHER2、Ki-67といったバイオマーカー(指標)を詳細に調べ、さらにBRCA1/2といった遺伝子変異の有無を把握し、その結果をもとに治療を選びます。ホルモン受容体が陽性ならホルモン療法、HER2陽性なら分子標的薬、BRCA変異があればがん細胞のDNA修復の仕組みを利用して、がん細胞だけを選択的に死滅させるPARP阻害剤を使うといった具合です。同じ乳がんでも、がんの性格によって使う薬はまったく異なり、いわばオーダーメイドの医療が行われているのです。

 一方で、患者さん一人ひとりの診断から治療への流れをまとめたカルテを読んでいると、百人いれば百通りのストーリーがあることに気づかされます。同じ「乳がん」という診断名であっても、それまでのリスクファクターや、既往歴、治療方法、治療後の経過はまるで違ってきます。ある人は治療が奏効して回復し、またある人は転移が追いかけてくるという感じです。

 特に感情的になるのは、未来ある若い患者さんの記録です。まだ小さな子どもがいるお母さんやお父さん、これから結婚のような人生の大きな節目を迎えようとしていた人など、がんは年齢も立場もこれからの夢も関係なく訪れます。例えば、3人目の子供の出産時に母親にがんが見つかったなど、多くのケースに触れれば触れるほど、医学の言葉では割り切れない、なんともいえない感情に襲われます。自分が今ここで息をしていることは当たり前のことなのだろうか、がんとは一体何なのかといったことを、改めて考える機会ができたのは非常に貴重な経験でした。

 治療の選択肢が広がり薬の種類が増えたからこそ、患者さんが必要とするサポートも、かつてとは比べものにならないほど複雑になっています。分子標的薬の副作用管理、免疫療法中の体調変化、複数の薬が重なる相互作用の確認など、それらすべてに薬剤師としての目が必要とされていることに、使命感を感じました。

 では、(転職しないとして)私が現在のコミュニティーでの仕事を続けたとき、薬局薬剤師に何かできないだろうかという問いが、ずっと頭を巡っていました。自分が勉強を続ければ、がん専門病院が近くになくても、患者さんの言葉に耳を傾け、薬の知識を持って寄り添うことができないだろうか。この問いを持ち続けることが、地域でがん患者さんを支える第一歩なのかなと、今は思っています。

 次回はより具体的な薬の話をしてみます。

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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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進むおっさん化、進化する血糖値測定器

 新年のご挨拶が大変遅くなりましたが、日加トゥディ読者の皆様、明けましておめでとうございます。2026年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 昨年は何かにつけてワクチンや感染症の話題が多くなってしまいましたが、今回は少し軌道修正して、糖尿病と血糖値測定の進化について書いてみようと思います。というのも、実は私、糖尿病指導士(Certified Diabetes Educator)の資格を持っています。この資格は5年に一度更新する必要があるのですが、新年早々、その更新案内(つまりテスト受験)が届いたので、今日はこのテーマで話をしましょう。

 思い返せば今から17年前、移民申請時の健康診断で「糖尿病っぽいですねー」と言われ、思わずドキッとしたことがありました。当時はカナダでの仕事に慣れようと必死で、知らないうちにストレスが溜まり、毎晩大きな箱を抱えてアイスクリームを食べていたのが原因だったと思います(そう、まるでくまのプーさん状態です)。学生時代にテニスに打ち込んでいた頃と同じ感覚で、運動量は減っているのに摂取糖分だけは多いという生活を続ければ、やはり血糖値が高くなるのも無理はありません。しかも新潟育ちの私は、基本的にお米を主食としていましたから、どうみても糖質の取り過ぎだったのでしょう。

 その後、一時的には気をつけていたものの、育児などに追われ、どうなったかといえば、とにかく加齢の影響(おっさん化)が体型などに顕著に現れてきて大変です。最近は老眼まで入り、私にとってこれらは全て予想外の出来事です。

 とにかく仕事中心の生活で運動量が減り、年齢とともに代謝も落ちる。すると、以前と同じ食事をしているつもりでも血糖が上がりやすくなる。そんなことは頭では分かっているのに、具体的に何ができるのかと考えた時に、じゃあ運動でもしようかなという行動になかなか移せないのが今までの現実です。

 そんなタイミングで、アボット社の「FreeStyle Libre 3」という、上腕の後ろ側に装着するタイプの血糖値測定センサーのサンプルが届いたので、勉強がてら試してみることにしました。

 従来の血糖測定は、指先から採血して、その瞬間の値を確認する方法でした。必要なときに確実に測れる一方で、食後のピークを逃したり、上がっている途中なのか下がっている途中なのかが見えにくかったりします。何より、毎回の指先の穿刺(せんし)が負担でした。

 そこで近年一気に普及したのが、センサーを皮膚に装着して連続的に変化を追えるタイプの血糖値測定器です。私のところに届いたアボット社の FreeStyle Libre 3 は、上腕の後ろ側に25セントコインくらいの小さなセンサーを貼り、スマートフォンのアプリで血糖値を確認できるシステムです。測定値が約1分ごとに自動更新され、Bluetooth通信でアプリに送信されます。同様の仕組みのセンサーに「Dexcom」というブランドもあり、これらは特にインスリン投与を必要とし、1日に何度も血糖値の測定を必要とする糖尿病患者さんの間で幅広く使用されています。

 ちなみにLibre3以前に幅広く使われていたLibre 2では、血糖測定のために、毎回センサーを携帯電話や専用のリーダーでスキャンする必要がありましたが、Libre3ではこのスキャン自体が不要となりました。

 さらに、Libre3では、数値だけでなくトレンド矢印(上昇・下降の方向)が一緒に見えるので、今現在の値だけでなく、これからどう変化していくかというところまでイメージしやすくなります。これはインスリンを使用している患者さんの低血糖予防に大変役に立つ機能です。Libre3センサーは最大15日間装着でき、日常生活(シャワーや水泳など)にも対応する耐水性が示されています。

 Libre3のアプリのレポート画面では、血糖(正確にはグルコース)の平均値に加えて、目標範囲に入っていた割合を示すTime in Range(範囲内/高め/低めの滞在時間)、平均センサー値から推定したHbA1cの目安となるGMI(Glucose Management Indicator)、そして日内のブレを示すグルコース変動(Variability)などが一目で確認できます。これらの指標によって、いつ上がりやすい、または下がりやすいかが見える化され、食後・夜間・運動時などの血糖の傾向をつかむのに役立ちます。

 気になるお値段ですが、Libre 3のセンサーは薬局にもよりますが1個あたり約100〜120ドル、1か月あたり約200〜250ドルが目安になります。一方、従来型の血糖測定器では、テストストリップ100枚が約80ドルで、測定回数が多い方ほどストリップ代がかさみますので、測定頻度によってはLibre3の方がコスパがよいと感じるケースもあります。参考までにDexcomの場合、一般に10日ごとにセンサー交換が必要で、1か月あたり約300ドルという計算になります。なお、Libre3・Dexcomいずれも、民間保険に加えて、特別承認(Special Authority)が得られ、免責金額に到達すれば、BC PharmaCareで費用がカバーされることがあります。

私の血糖値のデイリーパターン。ターゲットは少し厳しめにしてあります。
私の血糖値のデイリーパターン。ターゲットは少し厳しめにしてあります。

 最後に、私のここまで(5日間)の血糖の変化を少しご紹介します。装着して最初の頃は、思った以上に高い値を示すことがあり、正直ちょっと焦りました。ところが、データを見続けているうちに「どうすれば上げにくくできるか」を自然に考えるようになったのです。例えば、仕事の合間につい口にしていた甘いものが減りました。その代わりにアプリを開いて血糖の動きをチェックする、そんな小さな習慣ができてきました。さらに、夕食後に血糖が急上昇しやすいことにも気づき、なんと夜に15分ほどジョギングに行くようにまでなったのです。ここまでくると、Libre3さまさまです。これからは自腹で続けてみようかと考えています。そして今年は、お米を少し控えめにしたローカーボも試してみようと思います。

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佐藤厚(さとう・あつし)
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カナダで活躍する日本人薬剤師の物語 若子直也さん

 皆さん、こんにちは。

 2025年も残すところあと1週間となりました。今年は新しい試みとして、カナダで活躍する日本人薬剤師の皆さんを紹介してきました。多文化社会のカナダでは、さまざまな言語や価値観が混ざり合って暮らしていますが、やはり日本語で相談できる薬剤師の存在はとても心強いものです。

 また、私としては嬉しいことに、このコラムを日本から読んでくださり、実際に「カナダで薬剤師になりました」という方もいらっしゃると聞きました。

 YouTubeのような動画が主流の時代に、こうして活字を通してカナダ西海岸の日本人薬剤師の姿を伝えられること、そして国境を越えて日本人の患者さんと薬剤師のネットワークが広がっていくことを、とても素敵に感じます。

 さて今回は、ブリティッシュコロンビア州ビクトリアで薬局を運営されている薬剤師の若子直也(わかご なおや)さんをご紹介します。

若子直也さん
若子直也さん

 名古屋出身の若子さんは、もともとは薬剤師ではなく、サイエンティスト(科学者)を志していました。自宅近くに製薬大手ファイザー社の研究所があったことがきっかけで、当時としては比較的新しい分野だった分子生物学の世界に興味を持ったといいます。

 私や若子さんが学生だった頃の分子生物学の教科書は、他の科目に比べるとずいぶん薄いものでした。それでも、目には見えないながらも生命の根幹を形づくる学問として、そして薬物治療への応用が未知数であることにも惹かれ、若子さんはその可能性に夢中になっていきました。

 京都大学で薬学を学んでいた学生時代、そして大学院生として研究に打ち込んでいた頃の若子さんは、まさに“研究漬け”の日々を送っていました。昼夜を問わず実験に追われ、ライフワークバランスを失うほどの忙しさ。次第に「このままでいいのだろうか」と疑問を抱くようになったといいます。

 就職活動の際には、薬剤師としては少し異色の弁理士事務所の試験を受け、見事合格。それでも、どの資格が自立した生活につながるのかを考えたとき、若子さんが選んだのは薬剤師の道でした。

 薬剤師免許を取得し、大学院で修士号を修めた後、薬局勤務を経験。そこで直面したのは、薬を渡すことが中心で、患者さんとじっくり向き合う時間がほとんどないという、日本の薬局が抱える現実でした。当時は医薬分業が進められていたものの、実際の現場では薬の準備や監査など、対物業務に多くの時間を費やす状況に、強い違和感を覚えたといいます。

 次に目を向けたのは海外でした。留学経験があったわけではありませんが、学生時代にヨーロッパ旅行を経験しており、「もともと海外には興味があったんです」と若子さんは振り返ります。

 英語は「なんとかなる」と思いながらも、語学学校や短期留学のような“ホップ・ステップ・ジャンプ”というプロセスを経ず、日本から直接、トロント大学の外国人薬剤師向けブリッジングプログラムに入り、カナダの薬剤師国家試験の受験に備えました。

 当時はインターネットこそありましたが、今のように情報が充実していたわけではありません。ホームステイも語学学校も経ずに、いきなりカナダでの生活を始めるのは容易なことではなかったでしょう。それでも若子さんは、常に逆算思考で行動します。「カナダで薬剤師として働くにはライセンスが必要。ライセンスを取るためには試験があり、そのための勉強がある」。必要なステップを順に整理し、着実に準備を進めていきました。

 特にOSCE(実技試験)では、まず薬学英会話を重点的に磨き、その他の課題は後回しにすることで突破。常に合理的な戦略が功を奏しました。文化の違いに戸惑うことはほとんどなかったそうですが、これは単なる要領の良さではなく、柔軟に生き抜ける順応力の賜物だと思います。

 カナダでの最初の職場は、ビクトリアにあるPure Pharmacyの小さな薬局。その後、London Drugs、Rexall、Walmart(いずれもビクトリア市内)を経て、現在はPharmasave Westside Villageでマネージャーとして勤務しています。

 マネージャーとして一番大変なのは、リーダーシップとのこと。チームにはインド系・中東系など多様なバックグラウンドのスタッフが在籍し、労働倫理や時間感覚も人それぞれ。「みんなが同じ方向を向いて動いてくれるようにするのが、一番の課題です」。とはいえ、大きなトラブルはなし。「考え方が違うからこそ学びがあるんです」と、若子さんは前向きに語ります。

 「以前勤務した薬局で課されたメディケーションレビューの件数のノルマも苦手で」と苦笑する若子さん。しかも、メディケーションレビューの価値は、これまで考えられてきたよりも低いのではないか、そして今後は報酬体系の見直しが必要になるだろうと冷静に分析。現場を見つめるまなざしは、常に現実的です。

 一方で、ワクチン接種や薬剤師による処方(Minor Ailment)など、カナダの臨床薬剤師ならではの仕事にはやりがいを感じているそうです。職能の範囲には限界もありますが、必要に応じてドクターへの紹介も行います。「まだシステムとしては粗い部分もありますが、十分に患者さんの役には立っています」と話してくれました。

 若子さんと話していると、常に先見の明を感じます。今後、AI(人工知能)が薬局業務にどのように取り入れられていくのかを尋ねてみました。

 「AIが薬局業務に入ってきたとき、思考プロセスが言語化されやすくなると思います。でも、AIで置き換えられない部分はたくさんあります。特に『どうやって患者さんに薬剤師に相談してもらうか』という誘導は、人間にしかできません。人の流れをどう作るか。それを考えるのが、これからの薬剤師の仕事です。とのこと。若子さんは、AIと人の共存を見据えています。

 現在の薬局では臨床業務にやりがいを感じつつ、10年後にはリタイアしてパートタイムで働きたいと話す若子さん。プライベートでは料理好きで、「食を通じて社会に貢献したい」との思いも。日本では医食同源という言葉をよく使い、栄養バランスの取れた食事の重要性を伝えていましたが、カナダでは食育という文化はまだあまり根付いていません。その分野に自分の知識を生かしたいと語ります。

 また旅行も大好きで、これまでシンガポール、中国、タイ、メキシコ、そして日本への里帰りも欠かしません。異国で文化の違いに触れることを大切にしながら、明晰な頭脳で未来を見据え、ライフワークバランスを大切にする若子さん。料理と穏やかな暮らしを愛するその姿は、どこかカナダという国の気質にぴったりと感じられました。

 読者の皆さま、そしてこのコラムにご登場くださった薬剤師の皆さん、2025年も大変お世話になりました。どうぞご自愛のうえ、楽しいクリスマスと素晴らしい新年をお迎えください。

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佐藤厚(さとう・あつし)
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大人のためのワクチンリスト

 前回のコラムでも書いたように、町で唯一のインフルエンザ接種機関として、マネージャーの私が自ら最前線に立って、多くの患者さんにワクチン接種を行ってきました。久しぶりに顔を見る患者さんとは話が盛り上がり、また最近の患者さんが注射について気になっていることなどが分かって、大変参考になりました。

 一方で、たまった通常業務を片づけるために、夜遅くまで仕事をしている日も少なくありません。日本がバブル絶頂期だった昭和から平成にかけて育った世代なので、毎日の残業もあまり苦になりません。今どき「馬車馬のように働いていただく」なんて言ってしまう高市早苗首相とは、気が合うかもしれません(笑)。

 沢山働くのは良いと思いますが、誰もが年を取ると免疫力は下がりますよ、年齢に応じてワクチン接種を受けましょう!というのが今回のお話です。

免疫老化とは

 人間は歳を重ねるにつれ、免疫機能は自然と低下し、これを免疫老化と呼びます。免疫老化は、免疫応答に関わる細胞の機能が低下し、加齢に伴い感染症に対する抵抗力が弱くなります。このため、高齢の方はインフルエンザや肺炎球菌のような感染症、また帯状疱疹にかかりやすく、重症化のリスクも高まります。だからこそ、ワクチンで予防できる病気については、その力をうまく利用して、健康を守る手段として役立てて頂ければと思うわけです。以下、秋から冬にかけて検討したい、大人のためのワクチンリストです。

RSVワクチン

 呼吸器合胞体ウイルス(Respiratory syncytial virus: RSV)は乳幼児から高齢者まで幅広い年齢層で呼吸器感染症を引き起こすウイルスです。冬に流行し、乳幼児だけでなく高齢者にも重篤な肺炎や呼吸不全を引き起こします。75歳以上や心肺疾患のある方、COPDや喘息の方は特にリスクが高いです。80歳以上や基礎疾患のある高齢者では、RSVによる入院や死亡のリスクはインフルエンザと同程度まで高まることが報告されています。

 2023年に承認された2つのRSVワクチン(Arexvy®とAbrysvo®)は、いずれも重症化を約80%防ぐとされ、安全性も良好です。Arexvyは高齢者向けワクチンで主に65歳以上を対象としているのに対し、Abrysvoは高齢者向けに加え、妊婦さんに接種することで、生まれてくる赤ちゃんをRSVから守る目的でも使用されます。

 薬局によって多少の差はありますが、1回あたりおよそ270〜300ドル前後です。民間保険で一部または全額がカバーされる場合もあります。

 臨床試験では、Arexvyで3シーズン目、Abrysvoで2シーズン目まで一定の有効性が示されていますが、実際にどのくらい長く効果が続くかはまだ評価途上です。現時点でカナダのガイドラインでは追加接種(ブースター)は推奨されておらず、今後のエビデンスを踏まえて接種間隔が検討される見込みです。

肺炎球菌ワクチン

 肺炎球菌は細菌性肺炎の代表的な原因菌で、高齢者の肺炎による死亡に大きく関わっています。特に65歳以上で発症率が高く、肺炎だけでなく敗血症や髄膜炎の原因にもなります。

 これまで成人の肺炎球菌予防には、20種類の血清型をカバーする20価ワクチン Prevnar 20®と、23種類をカバーする23価ワクチン Pneumovax 23®が使われてきました。以前は、公費で接種できる Pneumovax 23®が主流でしたが、Prevnar 20®は糖鎖をタンパク質と結びつけた「結合型ワクチン」と呼ばれ、より質の高い免疫応答が期待できることから、自費接種ながらもこちらを選ぶケースが徐々に増えていました。そして2025年7月からは、65歳以上の方には Prevnar 20®が公費負担へ切り替わりました。副反応は腕の痛みなど一時的で軽いものが多く、一度だけの接種になります。ぜひ65歳以上の皆さんには受けて頂きたいワクチンです。

インフルエンザワクチン

 インフルエンザウイルスは毎年変異し、ワクチンも流行株に合わせて更新されます。ただ、今年11月に入って、今年はワクチンの型と流行型のミスマッチであるという報道(https://www.cbc.ca/news/health/cbc-explains-flu-shots-influenza-vaccine-2025-9.6976530)が出てからというもの、予防接種の意義についての質問が相次ぎました。煽り気味の記事でなんと厄介な報道が出たなと思いましたが、最後の方にはちゃんと効果はゼロではありませんから、接種を受けるようにしてくださいと書いてありました。

 BC州では6か月以上の住民に無料で提供されており、注射型のワクチンが中心ですが、子供向けに鼻にスプレーするタイプのワクチンも使用されています。高齢者用には抗原量が通常の4倍の高用量ワクチン(Fluzone HD®)もありますが、こちらは自己負担が発生します。在庫のない薬局も多いので、今から希望される方は予め薬局に連絡を取ることをお勧めします。

COVID-19ワクチン

 パンデミックの危機は過ぎても、COVID-19は無くなったわけではありません。そのため最新のワクチン接種が重症化を防ぐ鍵と言えます。アルバータ州ではCOVID-19ワクチンは約130ドルの自己負担となったのに対し、BC州では無料で提供されています。副反応で具合が悪くなるようなことがない限り、ぜひCOVID-19の予防接種を受け続けて頂くのが賢明かと思います。

帯状疱疹ワクチン

 帯状疱疹は、水痘ウイルス(chickenpox)が体内に潜伏したまま、加齢などで免疫力が低下した際に再活性化して起こる病気で、50歳頃から発症率が急増します。帯状疱疹そのものの痛みに加え、30%以上の高齢者でみられる帯状疱疹後神経痛は、日常生活に大きな支障を来すことがあります。季節性はなく、免疫力が落ちたタイミングで、年間を通じて誰にでも起こり得ます。

 現在使用されている帯状疱疹ワクチンShingrix®は、2〜6か月の間隔で2回接種されます。2回接種を完了することで、帯状疱疹の発症をおよそ80〜90%抑えることができます。一方で、副反応として接種部位の痛みや腫れ、発赤のほか、発熱、悪寒、倦怠感、頭痛、筋肉痛などの全身症状が比較的よくみられます。これらの症状は通常1〜3日程度で自然におさまりますが、2回目の接種後の方が、これらの症状がやや強く出る人が多いです。

 BC州では現在Shingrix®は自己負担(1回につき190ドル前後)のワクチンですが、民間保険が一部または全額を補助することがあります。2回接種で約400ドルと決して安いワクチンではありませんが、「帯状疱疹後神経痛だけは経験したくない」と接種を希望される方は後を絶ちません。

 最後になりますが、予防接種は保険のようなもので、万が一のときに備える手段のひとつです。年齢や持病の有無、生活スタイル、そしてお財布事情も含めて、ご自分にとってどのワクチンを受けるのが適当かをファミリードクターや薬剤師と相談しながら考えて頂ければ幸いです。

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

お薬についての質問や相談はこちらからお願い致します。https://forms.gle/Y4GtmkXQJ8vKB4MHA

全ての「また お薬の時間ですよ」はこちらからご覧いただけます。前身の「お薬の時間ですよ」はこちらから。

予防接種と薬局DX

 今年もインフルエンザ・COVIDの予防接種のピークシーズンがやって来ました。皆さんは、もう接種を受けられましたか?

 私の薬局では今年は少し特殊な状況が生まれています。ギブソンズには2軒の薬局がありますが、そのうち1軒が「人手不足のため、一切の予防接種を行いません」と宣言しました(と患者さんが教えてくれました)。さらに、毎年恒例だったパブリックヘルスユニットによる集団接種も見送りとのこと。つまり、私が勤務するロンドンドラッグスが町で唯一の接種拠点という形になってしまったから大変です。

 これはビジネス的には追い風に見えるかもしれませんが、現場は人手と時間のやりくりが勝負です。予防接種業務自体は、過去16年間も続けてきたので目新しいことはありませんが、これまで他の場所で接種を受けていた方々が一気に私の薬局に流れてくるとなれば、例年以上に気を引き締めて臨む必要があります。

 ただ、人の気合いで仕事が回っていたのは昔のこと。最近では、人手不足を補い、薬剤師が専門性に集中できるよう、薬局のDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速しています。私の店舗でも、この1、2年の間にいくつかのシステムが導入されましたので、紹介したいと思います。

 まず、お薬の用意が完了した際にテキストメッセージ(SMS)を送る機能です。従来は、希望する患者さんにお薬ができた旨を電話でお知らせしていたものが、テキスト送信で済むようになり、この作業は1秒もかかりません。薬局が患者さんに電話をかける時間を節約し、逆に患者さんが「お薬できていますか?」と確認の電話を入れる手間の両方が省け、双方の負担が軽減し、利便性が向上したと思います。

 また、セントラルフィル(Central Fill)というシステムも取り入れられました。店舗で入力・監査まで行った処方データを、本社にある大規模調剤センターに送り、機械が計数・包装・ラベル貼付までを行います。調剤済みの薬が店舗に送られたのち、最終照合して患者さんに渡すという流れで、いわば社内アウトソーシングです。

 ブリスターパック(朝・昼・夕・就寝の仕切り包装)の作成には、10年以上前からセントラルフィルが利用され、「機械で作る+スタッフが目視で確認する」の二重チェックで運用してきました。しかし、昨年新たに本社に導入されたマシーンでは、画像認識機能によるコンピューター監査が行われるようになりました。具体的には、原薬ボトルのバーコードで薬品名、規格、ロット、有効期限を照合し、各マス目の錠剤はカメラ画像で形と色、薬の数を自動判定します。どこかに不一致があれば機械が自動停止し、スタッフが再確認します。

 最近は、これに加えてバラ錠を正確に数えてバイアルに充填する巨大な自動調剤機もセントラルフィルで稼働を始めました。患者さんが、電話やアプリでオーダーしたリフィル処方せんを、セントラルフィルの自動調剤機で調剤し、翌日には薬が用意できるという仕組みが出来上がりました。店舗レベルでは患者さんの対応により多くの時間を割くことができ、また反復的な計数作業の量を減らすことにつながっています。

 もちろん、すべての薬がセントラルフィルで調剤されるわけではありません。当日ピックアップ、調製・混合が必要な薬、冷蔵・冷凍品、麻薬などの規制薬、在宅向けの細かなオーダーなどについては、店舗レベルで対応していますのでご心配なく。

 最後に、お薬保管場所検索システムです。これは準備済みのお薬に専用クリップを装着し、ピックアップ時に患者さんの情報を入力すると、該当の薬が光や音で所在を知らせてくれます。これで薬局スタッフが「できている薬を探す時間」を大幅に短縮。バーコード照合で薬の取り違いも未然に防げ、またレジ前での待ち時間が減りますから、スタッフと患者さん双方のストレスを軽減できます。

 これらの工夫は、薬剤師が本来担う相談・服薬指導・予防接種に集中できる環境づくりに直結します。ピックアップのワークフローを最適化すると、エラーが減ってスピードが上がり、最終的にサービスの質を上げることができます。DXは時間を生む強力な味方で、私自身この流れが大好きです。人とテクノロジーが協働することで、大量の処方を正確かつ効率的に処理し、患者さんの声に耳を傾ける時間を増やすことができるからです。

 今後私が楽しみにしているのは、AIによる処方入力支援と問題検出です。日本では一足先にQRコードで処方せんの内容をコンピューターに取り込むシステムが普及していますが、ここはカナダでも追いつきたい領域です。さらなるDXにより薬物治療上の問題を素早く見つけて解決し、より安全で満足度の高い治療に貢献できれば、薬剤師としては本望です。もちろん、テクノロジーの進化に置いていかれないよう、私自身もアップデートを続け、また予防接種も頑張っていきたいと思います。

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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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秋の夜長にHPVワクチンを考える

 コロナウイルスのパンデミック前は、いわゆるアンチワクチン派において、いかなる予防接種をためらう声も少なくありませんでした。しかしコロナを経験した今、社会全体で疾患の発症と重症化を防ぐ予防接種の価値が再認識されています。

 薬局でも、最近はインフルエンザやコロナウイルスワクチンはもとより、肺炎球菌、RSV(RSウイルス感染症)、帯状疱疹、破傷風といった様々なワクチンについての相談が目に見えて増えています。そして、予防接種への前向きな流れは若年層でも加速しており、その代表格がヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンです。

 HPVとは、200種類以上の型があるウイルスで、主に性的接触(性器同士・口と性器・性器周囲の肌と肌の密接な接触を含む)で感染します。特に高リスク型(例:16型・18型)は子宮頸がん、肛門がん、陰茎がん、陰唇・膣がん、そして男女共通の咽頭がんの原因となります。一方で低リスク型(例:6型・11型)は命に関わることは少ないものの、性器いぼ(尖圭コンジローマ)の主な原因です。多くの感染例は数か月〜1年ほどで免疫の働きにより自然に排除されますが、一部は粘膜に潜んで持続感染し、時間をかけて細胞に変化を起こすことがあります。

 厚生労働省の資料によると、日本では子宮頸がんが年間約1万人発症し約2,900人が亡くなっており、若い女性の患者さんが増えているのも心配な点です。G7の中で日本の罹患率は最も高く、カナダのおよそ3倍と言われます。背景には、思春期から若年期のうちに、ウイルスに暴露される前にワクチンで体を守る仕組みや、早期発見の仕組みが十分に行き届いていないことが挙げられます。

 ブリティッシュコロンビア(BC)州では、学校での定期接種(原則グレード6)を中心に、薬局やパブリックヘルスユニットなどでの接種機会と多言語の情報を提供、そして子宮頸がん検診(PAPテスト)が一貫して進められてきました。BC州では2008年にグレード6の女子から公費接種が開始され、2017年には男子にも適応を拡大することで思春期に入る前の年齢での幅広い予防を継続的に行ってきました。

 そして、2025年7月からはHPVワクチン公費プログラムは大きく拡充されました。従来は9〜14歳が2回、15歳以上は3回(免疫不全は年齢に関係なく3回)、公費負担は19歳未満で開始し26歳未満で完了という公費負担条件がありましたが、新制度では9〜20歳が1回、21〜45歳が2回(免疫不全やHIV陽性は3回)へと簡略化。公費負担は19〜26歳の全員に広がり、さらに27〜45歳でもHIV陽性や、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、ノンバイナリー、クエスチョニング、Two-Spiritを自認する方は公費接種の対象となりました。これに加えて、コルポスコピー(拡大鏡で膣や子宮頸部を詳しく観察する検査)後の治療を受けた方は年齢に関係なく3回の公費接種対象に加わりました。このように接種対象が拡大されたことは、単なる条件の緩和ではなく、性別や年齢、背景の違いにかかわらず公平にワクチンを届けようとする社会的な取り組みであり、多様性と包括性を尊重する医療政策の象徴的な一歩と言えるでしょう。

 日本では、2013年に定期接種が始まった直後、接種後の痛みや運動障害といった有害作用に関する報道で社会不安が拡大し、厚生労働省が異例の積極的勧奨の差し控えを決定したことで、接種率は急落しました。その結果、思春期に接種機会を逃した1990年代後半から2000年代生まれの世代が、HPVの大きな影響を受けています。HPVワクチンは感染前の接種が最も有効なため、この空白世代では将来の子宮頸がんリスク増加が懸念されています。2022年には積極的勧奨が再開されましたが、9年に渡り根付いた不信を払拭するには、正確な情報提供と、安心して接種を選べる環境づくりが不可欠と言えます。

 HPVワクチンは、この18年間で大きく進化してきました。初期のワクチンは、子宮頸がんの主要な原因である16型・18型に加え、尖圭コンジローマの原因となる6型・11型を予防し、発がんリスクの約70%をカバーしていました。その後、ワクチンの改良により、現在主流の9価ワクチンでは、追加のハイリスク型(31・33・45・52・58型)を含む計9種類を対象にできるようになり、子宮頸がん原因の約90%を防げるまでに進化しています。加えて、接種世代を長期的に追跡した研究では、前がん病変や子宮頸がんの発症が実際に減少していることも証明されており、HPVワクチンは理論的な予防から、実際に効果が確認された予防へと新たな地位を築いています。

 最近の薬局では、これまでよりも幅広い年齢の方にHPVワクチン接種を行なっています。公費接種の対象となる方に限らず、子宮頸がんのリスクがある方は、医師と相談しながら接種を検討することが望ましいでしょう。自己負担の場合は1本あたり約200ドル(薬局によって異なる)と安価ではありませんが、正確な情報に基づき、信頼できる医療者と相談することで、皆さんのライフステージに応じた適切な判断をしていただければ幸いです。

参考リンク:

Government of British Columbia
https://news.gov.bc.ca/releases/2025HLTH0076-000739

HealthLinkBC
https://www.healthlinkbc.ca/healthlinkbc-files/human-papillomavirus-hpv-vaccine

国立がん研究センター がん情報サービス
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/17_cervix_uteri.html

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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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痛み止めが欠品です。

 カナダでは、私が薬剤師として仕事を始めた頃から「薬が欠品や出荷調整する」という現象は日常茶飯事でした。最初の頃は「これでは仕事にならないじゃないか」と心の中で何度もつぶやいたものですが、現場でどうにか切り抜ける術を学ぶうちに、「薬の欠品にどう対応するか」が薬剤師の重要な役割の一つなのだと理解するようになりました。

 最近では、世界情勢の変化も、この問題に拍車をかけています。米国のトランプ大統領が、カナダから米国への麻薬の流通と関税の問題を指摘した頃から、麻薬系の鎮痛薬をめぐる状況は大きく変わり始めた気がします。そしてついに「いつもの痛み止めが手に入らない」という事態が、カナダ全土で現実のものとなったのです。

 今回出荷調整となったのは、カナダでもっとも頻繁に処方されると言っても過言ではないLenoltec#3(アセトアミノフェン+カフェイン+コデインの合剤)と、Emtec(アセトアミノフェン+コデインの合剤)といったコデイン入りの鎮痛薬。そして欠品となったのはOxycocet(アセトアミノフェン+オキシコドンの合剤)です。これらの薬が全国的に不足したことで、慢性的な痛みを抱える患者さんの生活に直結する問題が生じました。

 薬の流通は複雑で繊細です。まず有効成分(API:Active Pharmaceutical Ingredient)が海外の工場で作られたのち、カナダで製剤化、包装、承認を経て完成品となり、メーカーから卸、そして薬局へと流れてきます。しかし、現地レベルで品質問題や規制強化などがあればAPIの出荷が止まり、薬の流通が滞ってしまいます。

 カナダ保健省は今回の問題について、薬を製造するテバ社による製造中断と需要の急増によって、今回の出荷調整が引き起こされたと説明しています。公式には原料供給の不安定については言及されていませんが、世界的に原料の多くが中国やインドに依存している現状を考えると、私自身は政治的な動きや国際的な摩擦が何らかの影響を与えているのではないかと勘繰っています。

 薬の不足に対して、現場レベルでは様々な対応策を講じています。出荷調整中の薬については調剤分量を制限し、少しずつでも必要な人に行き渡るようにしました。一方、完全に欠品状態となったOxycocetについては、代替薬の提案を行っています。代替薬の選択は、患者さんの痛みの種類や強さ、これまでの薬歴を慎重に検討して行います。

 Oxycocetからの切り替えでは、同じオピオイド系のtramadol(トラマドール)を提案することが多いです。tramadolはオキシコドンに比べて依存性が低く、神経障害性疼痛にも効果があります。ただし、BCファーマケア(ブリティッシュコロンビア州の公的医療保険)では保険適用外のため、患者さんの自己負担が大きくなるという課題があります。一方、出荷調整中のEmtecとLenoltec#3については、基本的にカフェイン含有の有無だけの違いですから、可能であれば、その時点で在庫が多い方に薬を変更するよう手配しています。

 もちろん患者さんには、なぜ今までの薬が使えないのか、代わりの薬はどう効くのかといった丁寧な説明を心がけています。しかし、多くの患者さんにとって現在の薬は試行錯誤の末にたどり着いた大切な薬です。それを変更せざるを得ない状況に、薬剤師として大変心苦しい思いをしています。

 ちなみに、日経新聞は2025年6月に「米中『新アヘン戦争』の裏側 狙われた日本」という特集を組みました。中国系組織が名古屋を拠点に、合成麻薬のフェンタニルを米国に密輸していた疑惑を報じ、日本もまた麻薬の国際的な流通網に組み込まれている現実を解説していました。麻薬原料をめぐる国際問題は、私たち一般市民の身近なところまで影響が及んでいます。麻薬の流通を止めようとしているトランプ大統領はもしかすると正義の味方なのか、どうなのか。

 一日でも早く欠品が解消され、患者さんが安心して必要な薬を手にできる日が戻ることを祈りつつ仕事をしている今日この頃です。

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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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カナダで活躍する日本人薬剤師の物語 苗村英子さん

 今回紹介するのは、ブリティッシュコロンビア(BC)州の州都ビクトリアで薬局薬剤師として勤務する苗村英子(なむらえいこ)さん(以下、英子さん)です。グローバル化の時代と言われて久しいですが、英子さんの成長過程における国際色は群を抜いて鮮やかです。お父様のDNAを引き継いで薬剤師になるのは、ほぼ既定路線であったとのこと。その後、どのように現在に至ったかを、じっくりお話しいただきました。

海外で育った幼少期と、挫折を経てたどり着いた薬剤師の道

 英子さんは日本人の両親のもとに生まれましたが、薬剤師でありながら商社マンであったお父様の仕事の関係で1歳から8歳まではアルゼンチンのブエノスアイレスで過ごしました。幼稚園では、午前中にスペイン語、午後は英語、そして家庭では日本語というユニークな環境で育ちました。小学1、2年は現地の日本語学校にも通いましたが、それでも日本帰国後は日本文化に馴染むのも大変だったそう。「日本の小学校はとてもきっちりしているので、それが大変だった。学校の授業でも面白くないことは多く、人生の中で一番大変な時期でした」と振り返ります。周りの友達と同じように出来ないから面白くないし、習字などは、そもそもやる理由が分からないというのは、帰国子女特有の悩みかもしれません。地元の高校を経て神戸薬科大学へ進学。学生時代は水泳部やフィギュアスケート部で活躍し、学業とアルバイトを両立させる多忙な日々を過ごしました。当時お父様はスペインに赴任されていたため、大学の夏休みをスペインで過ごし、スペイン語を学び直すために語学学校にも通ったそう。

 ただ、薬剤師国家試験は一筋縄ではいきませんでした。卒業時に合格できず、医療機器の会社で学術の仕事をしながら受験勉強を継続。3度目にしてようやく国家試験に合格したとき、「達成感というよりも、やっと肩の荷が下りたという感じでした」。この苦労は経験した人でないと分からないものでしょう。

ワーホリから始まったカナダでの薬剤師への再挑戦

 医療機器メーカーでは3年間勤務しましたが、仕事にわだかまりを感じていたことも手伝って、思い切ってカナダへワーキングホリデーに出発した英子さん。渡加してまもなく出会ったのが、後にパートナーとなるカナダ人のコーリーさんでした。ワーキングホリデー中は主に語学学校に通って英語習得に励みましたが、コーリーさんとカフェに行ったり、バーベキューをしたりと、カナダ的な自由でゆったりとした雰囲気がすっかり気に入ってしまいました。

 「きっちりしすぎていない空気が自分に合っている」と感じ、その後もカナダ滞在を希望しましたが、生活資金とビザが必要です。そこで、日本とカナダを往復しながら薬剤師に挑戦する決意を固めました。時間とお金と努力を要する大きな決断だったと思いますが、「それしかできることがなかったから薬剤師を目指したわけで、モチベーションは高くありません」とどこまでも謙虚です。

 当時カナダで薬剤師になるためには4つの試験にパスしなければなりませんでしたが、自力での勉強では合格できないと途中で気づき、当時導入まもないブリティッシュコロンビア大学(UBC)のCanadian Pharmacy Practice Program(CP3)という6か月のブリッジングプログラムに入りました。現在ではBC州で外国人薬剤師が免許を取得するために必須のCP3も、当時はオプショナル。しかし、このCP3で良き仲間にも出会い、一緒に患者さんの服薬指導の練習をしたり、支え合いながら全ての試験を乗り越えました。

 薬剤師試験合格後まもなく、コーリーさんの仕事の都合でアルバータ州に引っ越し、アルバータ小児病院で勤務することになります。「病院で働いてみたかったもので」と、自分に素直に生きる英子さんらしいです。約1年後にBC州に戻ってからは、ナーシングホームと連携する薬局やウォルマートで経験を積みました。「ウォルマートでは15年間働きましたが、今振り返ると、まるでマシーンのように生きていた感じでした」。その違和感は仕事を辞めて初めて気づいたそうです。

患者に寄り添う現在の薬剤師として

 現在勤務するPharmasave Hillside店では、ブリスターパックをセットする大きなマシーンがある店舗で、姉妹店とも連携しながら、効率的かつ患者に寄り添った業務が行える環境が整っています。薬剤師同士のシフトが重なる時間帯も確保されており、相談しやすい雰囲気の中でチームワークを大切にした業務が行えることに働きやすさを感じているそうです。

 また、クリニカル業務に意欲的なマネージャーのもと、偏頭痛の薬物治療に関する勉強会など、専門性の高い取り組みにも積極的に関わっています。最近は更年期障害の薬物療法にも関心があり、これから学びを深めていきたいとのこと。

 何より英子さんがやりがいを感じているのは、「患者さんと同じ目線で話せること」。症状の背景や生活習慣、患者さん自身が抱える不安に耳を傾け、共感しながら解決策を探っていく。そのやり取りの中で信頼関係が生まれたときに、薬剤師としての手応えを強く感じるといいます。

 現在の勤務先はメディカルビルディングに併設の薬局ですが、姉妹店で仕事をする機会もあり、コンパウンディング(市販されていない特殊な配合の薬を製造販売すること)を行う店舗で働くこともあるとのこと。新しい知識と経験が得られ、薬局アシスタントのサポートもあり、仕事がやりやすいと感じています。

 また、UBCの薬学部学生の実務実習を受け入れる機会もあり、近年の学生たちは知識も豊富で、論理的な考え方や薬学的な判断がしっかりしており、指導を通じて逆に学ばされることも多いとのこと。そうした若い世代との関わりも、日々の刺激になっているそうです。

社会問題と向き合う現実

 英子さんが仕事をしていて最も心を痛めるのが、深刻化する薬物依存問題です。新しい住宅地の造成に合わせて人口増加が続くビクトリアでは、かつては見られなかったホームレスの集まる地域が形成され、薬物依存に関連する問題が日常的に薬局にも影響を与えています。特に、10代という若さで薬物依存に陥り、オピオイド代替療法(Opioid Agonist Therapy: OAT)を受けている患者さんが、すでに深刻な課題を抱えて医療支援を必要としている現実に直面すると、薬剤師として何とも言えない複雑な感情に包まれるといいます。

自分らしい薬剤師として

 仕事の後に、自宅で英子さんを癒してくれるのは、一緒に暮らす犬・猫・インコ・ニワトリたち。Zoomでのインタビューの間も、英子さんのことが気になるペットたちは盛んに画面に出たり入ったり。忙しい日々の中でも動物たちが癒しを与えてくれています。また、年に一度は日本に帰省し、ご両親と再会する時間も大切にしているそうです。

 カナダという国で、さまざまな経験をすることで自分らしい薬剤師になっていくプロセスが素敵でした。英子さんの穏やかで芯のあるまなざしが、きっと多くの人の励みになることと思います。お近くにお住まいの方は、ぜひ英子さんの薬局を訪ねてみてください。

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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

全ての「また お薬の時間ですよ」はこちらからご覧いただけます。前身の「お薬の時間ですよ」はこちらから。

腎臓病の専門薬局?

 日加トゥデイ読者の皆様、こんにちは。カナダ西海岸も、だいぶ夏らしくなってきましたね。

 私が数年前から学位取得に励んでいることは以前もお話ししましたが(第18回「ベテランになっても学び続けます!」2025年1月掲載)、1ヶ月単位で通常業務の休みを取る必要がある実務実習をこなすためには、自然とペースが落ちてしまい、卒業はもうちょっと先になりそうです。それでも、今年は2回の実習を行い、普段とは異なる分野の薬物治療や薬局の運営システムを学ぶ機会は新鮮で、多くの刺激を受けました。実は、今月(6月)、バンクーバーにあるMacdonald’s Renal Pharmacyで実習を行いましたので、この薬局について皆様にご紹介したいと思います。

 専門領域のある薬局というのは滅多に見つけることはありませんが、その一つがMacdonald’s Renal Pharmacyです。こちらの薬局は、州レベルで腎疾患の診療・治療ネットワークを統括する公的機関「BC Renal(ビーシー・リーナル)」と専属的に連携しており、BC州全体の慢性腎臓病(CKD:Chronic Kidney Diseaseの略)患者さんに対して、遠隔から専門的な薬物治療の管理を行うという、非常に特徴的な業務形態をとっています。

 つまり、一般的な地域薬局とは大きく異なり、患者さんが直接来局されることはほとんどない代わりに、様々な医療機関からファックスで送られてきた処方せんに沿って、ブリスターパックに薬をセットして患者さんに配達するシステムをとっているのです。薬剤師は、処方せんが届いた患者さんに電話連絡をとり、新規処方せんや処方変更の内容等がきちんと伝わっているかを確認し、その上で新しいブリスターパックを作成したり、変更を加えたりします。

ブリスターパック
ブリスターパック

 ちなみにブリスターパックとは、お薬を飲むタイミングごとに薬を小分けにしているパッケージのことです。例えば「朝・昼・夕・寝る前」など、1日のお薬を時間帯ごとに区切って透明なパックにまとめてあり、曜日や時間が一目でわかるようになっています。薬の種類が多く、服用のタイミングが細かく決められている患者さんにとって、ブリスターパックは飲み間違いや飲み忘れを防ぐことで、毎日の薬の管理の負担を軽くします。

 ここで少し腎臓についてお話しすると、腎臓は血圧の調整、体液バランスの維持、老廃物の排出、電解質の調整、骨を丈夫にするカルシウムのコントロール、赤血球生成のサポートなど、多岐にわたる重要な役割を担っています。日々の健康状態を保つうえで不可欠な存在でありながら、状態が悪くなるまでは黙々と働き続け、一度悪くなると元に戻ることはありません。

 腎機能が著しく低下した場合には、人工透析や腎移植が必要になります。人工透析には血液透析(hemodialysis)と腹膜透析(peritoneal dialysis)の2種類があります。血液透析は病院や透析センターで週3回程度実施されることが多く、体外で血液を浄化する方法です。一方、腹膜透析は患者さんが自宅でも行える透析方法で、腎臓の状態やライフスタイルに応じて透析の方法を選びます。

 慢性腎臓病(CKD)は、その初期には自覚症状に乏しく、知らないうちに進行しているケースも少なくありません。高血圧や糖尿病、肥満、喫煙などの生活習慣がリスクとなるため、日頃の生活の中で腎臓にやさしい選択を意識することが大切です。

 例えば、食事では減塩を心がけ、加工食品や外食を控えるようにする、水分をこまめに摂取する、定期的に身体を動かす、十分な睡眠をとる、禁煙をするなど、どれも特別なことではありませんが、これらの積み重ねが腎機能を守る第一歩になります。特に糖尿病や高血圧のある方は、腎機能を定期的にチェックしながら、医師や薬剤師と連携した薬物治療を進めていくことが進行予防に直結します。

 腎臓機能の全ての側面をサポートする薬物療法は自然と複雑なものになりがちです。例えば、リンの吸収を抑えるためのリン吸着薬、活性型ビタミンD(腎臓で活性化されるため)、カルシウム製剤、貧血に対する鉄剤、カルシウムや鉄剤による便秘を防ぐための便秘薬、アップダウンの激しい血圧をコントロールする薬、むくみを取るための利尿薬などです。また腎性貧血に対しては、造血を促進するエリスロポエチン刺激薬という注射剤が使用され、定期的に注射を行う必要があります。もちろん、腎臓病以外の疾患の治療薬を併用している患者さんも多くいますので、服用する薬の量は必然的に非常に多くなります。

 ただ、そこに薬剤師の腕の見せ所も出てきます。薬によっては、腎機能が低下していると体内に蓄積し、副作用のリスクが高まります。そのため、医師や薬剤師は腎機能を評価し、それに応じて薬の量や種類を慎重に調整するわけです。例えば、一般的に使われる抗菌薬や糖尿病治療薬であっても、腎機能に合わせた適切な薬と量を選ばなければ、有害反応を引き起こしてしまいます。それをチェックするのは、まさに薬剤師の腕の見せ所といえます。

 実際に現場で働いてみて驚いたのは、処方変更の頻繁なこと。10剤から15剤もの薬が入ったブリスターパックの患者さんが、毎週のように処方変更されることです。透析の患者さんでは、血圧管理がうまくいかなかったり、電解質のバランスを維持するのがとても難しいのです。数日前に配達したばかりのブリスターパックに、新たな変更が重なっていくのですから、その管理を一手に引き受けるという意味では、Macdonald’s Renal Pharmacyは非常に大きな使命を負っています。

 今回の実習で特に印象に残ったのは、患者さんとのやりとりでした。患者さんご本人やご家族が病状や薬について深く理解されており、こちらの説明も的確に伝わっていることを実感しました。それだけに、慢性腎臓病のケアにおいてチーム医療がしっかりと根づいており、薬剤師もその一員として重要な役割を担っていることの重みをあらためて感じました。

 腎臓病は、誰にでも起こりうる可能性のある身近な病気です。一度悪くなってしまった腎臓の機能は元に戻りませんから、早期の予防と進行抑制を意識した生活を心がけていただければと思います。定期的な健康診断で腎機能をチェックし、気になることがあれば早めに医師や薬剤師にご相談ください。

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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

全ての「また お薬の時間ですよ」はこちらからご覧いただけます。前身の「お薬の時間ですよ」はこちらから。

温暖化と蚊と感染症

 みなさん、こんにちは。カナダの西海岸でも夏の気配が感じられるようになり、気持ちの良い日が続いています。

 私はこの7月、奈良県で開催される日本渡航医学会の学術集会に参加するのにあわせて、日本に一時帰省する予定ですが、酷暑に耐えられるかどうか、今からとても不安です。日本の医療関係者に聞けば「最近の日本の夏は“暑い”を通り越して“危険”だから!」というではないですか。

 25年前の学生の頃は、真夏の日中に汗だくになりながら一日中テニスをして青春を謳歌していた私も、今やただの運動不足のオッさんとなり、その間に地球温暖化は激しく進行しました。たまにしか日本に帰らない私としては、かなりビビっています。

 実際、こうした気候変動に伴い、世界各地で蚊を媒介とする感染症が拡大しています。中でも、デング熱やチクングニア熱といった病気が、これまで見られなかった地域でも流行するようになってきました。

デング熱について

 デング熱はデングウイルスによる急性のウイルス感染症で、主にネッタイシマカやヒトスジシマカなどの蚊を介して感染します。語源には諸説あり、国立感染症研究所では、英語の “dandy” に由来し、背中の激痛で体をこわばらせて歩く様子が「気取って歩く姿」に見えるという説を紹介しています。一方、CDC(アメリカ疾病管理予防センター)では、スワヒリ語の “ki denga pepo” に由来するとの説を挙げており、「悪霊に取り憑かれたような発作」を意味するそうです。

 熱帯・亜熱帯地域で広く流行しており、特に都市部やその周辺で多く見られます。2014年には、東京・代々木公園でデング熱の流行が報告されたことを覚えている方も多いと思います。

 症状は、突然の高熱、激しい頭痛、眼の奥の痛み(眼窩痛)、筋肉痛、関節痛(「骨が折れるような痛み」とも)、発疹、吐き気、嘔吐、腹痛などが挙げられます。現在、有効な抗ウイルス薬はなく、治療は主に対症療法です。

 デングウイルスには4つの血清型(DEN-1〜DEN-4)があり、一度感染するとその型に対する免疫は得られますが、別の型に再感染した場合、重症化のリスクが高まります。これは「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれる現象によるものです。

 ワクチンについては、カナダではまだ承認されていませんが、世界では使用が進んでいます。武田薬品工業が開発した「QDENGA(キューデンガ)」は、4つの血清型すべてに対応した4価弱毒生ワクチンで、インドネシア、EU、英国、タイ、アルゼンチン、ブラジルなどで承認されており、入院リスクを90.4%減少させると報告されています。

チクングニア熱について

 チクングニア熱は、チクングニアウイルスによる感染症で、ネッタイシマカやヒトスジシマカが媒介します。「チクングニア」という名称はアフリカの現地語で「かがんで歩く」という意味で、強い関節痛のために前かがみで歩く患者の姿から名付けられました。

 主な症状は、突然の高熱、激しい関節痛(特に手首・足首・指・膝・肘・肩など)、発疹、頭痛、筋肉痛、全身倦怠感、吐き気、リンパ節の腫れなどです。関節痛は、症状が軽快した後も数週間〜数年続く場合があり、重症例では脳症や劇症肝炎も報告されています。

 フランスのValneva社が開発した「IXCHIQ」は、弱毒化生ワクチンで、18歳以上が対象です。2024年にカナダ保健省(Health Canada)により承認され、1回の筋肉内注射で接種されます。臨床試験では、28日後の血清反応率が98.9%と非常に高い結果が報告されています。ただし、65歳以上では心臓や神経系の重篤な副反応が報告されており、欧州や米国では高齢者への接種を一時的に制限しています。

 また、デンマークのBavarian Nordic社が開発した「VIMKUNYA」は、ウイルス様粒子を使用した組換えタンパク質ワクチンで、12歳以上を対象とし、2025年2月にFDAおよび欧州委員会により承認されました。現在、カナダでも承認申請中です。

 これからチクングニア熱の流行地域に渡航される方や、現地で生活している方は、厚生労働省の「FORTH」(https://www.forth.go.jp/index.html)やCDCの渡航者向け情報サイト(https://wwwnc.cdc.gov/travel)、最寄りのトラベルクリニックなどで最新情報を確認し、必要に応じてワクチン接種を検討してください。また、DEET配合の虫よけや長袖の着用など、蚊に刺されないための対策も忘れずに行いましょう。

 私も、日本の7月の猛暑で熱中症にならないように気をつけて行ってきます。

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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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帯状疱疹ワクチンと認知症予防

 みなさん、こんにちは。今回は、最近再び注目を集めている帯状疱疹ワクチンについてお話しします。

 帯状疱疹は、水ぼうそう(chickenpox)の原因となるウイルスが、長い年月を経て体内で再活性化することで発症します。特に50歳以上で免疫力が低下した際に起こりやすく、帯状疱疹発症後も続く神経痛は強い痛みを伴い、数年にわたって続くこともあるため、生活の質を大きく下げる原因となります。

 この帯状疱疹を予防するワクチン「シングリックス(Shingrix)」は、カナダや日本で高齢者を中心に推奨されており、「家族や友人が経験したあの帯状疱疹の痛みは避けたい」という理由で、薬局で接種を受ける方が増えています。そんな中、この帯状疱疹ワクチンが認知症予防にもつながるかもしれないという研究結果が報告され、大きな話題となっています。

 最近報道で取り上げられた米国スタンフォード大学の研究によると、イギリスのウエールズで28万人以上の高齢者を対象とした観察研究で、帯状疱疹ワクチンZostavax(Shingrix以前に使用されていたワクチン。カナダでは既に製造中止)を接種した人は、接種していない人と比べて7年間で認知症を発症するリスクが相対的に約20%低かったと報告されています。 

 2024年に医学誌『Nature Medicine』に掲載されたオックスフォード大学の研究では、米国の大規模な観察データを用いて、ZostavaxとShingrixの接種者における認知症リスクの違いを検証しました。6年間の追跡調査の結果、Shingrix接種者はZostavax接種者に比べて認知症の発症率が約17%低く、特に女性でその傾向が顕著だったと報告されています。この他にも、帯状疱疹ワクチンと認知症予防の関連を示唆する研究は複数あり、そうした蓄積を考えると、これはなかなか信頼できる話と言えるかもしれません。

 なぜ帯状疱疹の予防が認知症予防につながるかについてはいくつかの説がありますが、その一つとして、ウイルスの再活性化によって引き起こされる慢性的な神経炎症が、脳の機能低下や認知症のリスクに関係しているのではないかというもの。ワクチンによってこの再活性化を防ぐことが、間接的に脳を守る働きをしている可能性があります。また、帯状疱疹ワクチンは免疫を活性化する働きがあるため、神経保護作用があるのではないかという説もあります。

 科学の世界では、一言で「このような素晴らしい研究結果出ました」と言っても、その方法や結果をよく吟味し、またそれまでの研究と比較検討する必要があります。先のイギリスの研究では、対象者が28万人と、研究規模としてはかなりしっかりしていますが、たとえば、ワクチンを受けた人はもともと健康意識が高く、他の生活習慣も良好であった可能性があり、これが認知症予防に影響していたかもしれません。

 ただどんな研究にも制約や限界はありますから、それを正しく理解し、現時点で得られている証拠全体を総合的に評価する姿勢が医師や薬剤師には求められます。

 現場の薬局薬剤師として、シンプルに結論をお伝えするなら、認知症予防を目的とするかどうかにかかわらず、50歳以上の方にはぜひ帯状疱疹ワクチンの接種を検討していただきたいと思います。このワクチンは、帯状疱疹の予防効果が90%以上と非常に高く、重大な副作用も報告されていないことから、安全性の高いワクチンと考えられています。

 Shingrixの費用は1回あたりおよそ185ドル(薬局によって異なります)で、2〜6か月後に2回目の接種が必要となるため、合計で約400ドルかかります。決して安い金額ではありませんが、もしこれで認知症の予防効果まで期待できるとすれば、その価値は十分にあると考えます。

 実は私も、あと数年で迎える50歳の誕生日には、このワクチンを“自分へのプレゼント”にしようと密かに決めています。最近はお腹も体力も立派なオッサンの領域に突入し、妻の口ぐせは「また忘れたの?」。Shingrixに期待したくなる今日この頃です。

参考資料:

CBCニュース Shingles vaccine tied to fewer dementia diagnoses, study in Wales suggests. https://www.cbc.ca/news/health/shingles-vaccine-dementia-wales-1.7500368

Eyting, M., Xie, M., Michalik, F. et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature (2025). https://www.nature.com/articles/s41586-025-08800-x

Taquet, M., Dercon, Q., Todd, J.A. et al. The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia. Nat Med 30, 2777–2781 (2024). https://www.nature.com/articles/s41591-024-03201-5#citeas

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