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佐藤厚

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BC Cancer Agencyって知っていますか?

 この度、2月の4週間、学位取得のカリキュラム(以前もお話したブリティッシュコロンビア大学フレックスPharmDプログラムのことです)の一環として、サレー市にあるBC Cancer Agency Surrey(BCSU)で実習の機会を得ました。簡単にいうと、がんの専門病院です。そこで今回から複数回に分けてがんと薬の話をしたいと思います。

 BCSUは、自宅のあるギブソンズから毎日通勤するには少し遠いので、期間中は部屋を借りて独身生活をすることにしました。実習後の夜に時間がある時には、ラングレーやメープルリッジ、ノースバンクーバーのロンドンドラッグスでシフトにも入り、何人もの日本人の患者さんと日本語で接することもありました。普段はそのような機会が少ないので、少しはお役に立てた気がしました。

 それにしても驚いたのは、サレー市内とその周辺の交通量がすごいこと。車の流れに慣れるまで大変でした。パーキングもしかり。実習2日目に、駐車場の少し外側に止めておいたら、そこは違反ですとチケットを取られてしまいました。その翌日からは、とにかく朝早い時間に到着し、毎日7時半から自習を始めるようにスケジュールを調整してもらった程です。Surrey Memorial HospitalとBCSUでは、朝8時半以降は駐車場が全然空いていないので、皆さんもご注意ください。

 さて、今回の実習で何より大きかったのは、カナダのがん専門病院の舞台裏を知ることができたことです。人口増加が加速するサレー市内の中心部にあるBC Cancer Agency Surreyは、Surrey Memorial Hospitalと建物が繋がっており、医師や看護師をはじめとする、沢山のスタッフが働いています。そして、ここで働く薬剤師の数もそのへんの薬局とは桁が違います。薬剤師の他にも、専門の資格を持つ薬局テクニシャンが抗がん剤の混合を担い、さらにこのような大所帯をまとめるマネジメントチームもいます。この先、建物の拡張に伴い、さらに多くのスタッフ薬剤師を必要とするそうです。(BCSUはユニオンのある職場なので、妻からここへの転職を勧められていました、笑)。

 BC Cancer Agencyは、サレー以外にもバンクーバー、アボッツフォード、ケローナ、ビクトリア、プリンスジョージに拠点があります。その地域の患者さんが通院できるようになっていますが、これらの複数の拠点がつながり、様々な職種向けの勉強会がZoomで開催されるなど、組織としての学びや情報共有が日常的に回っています。

 日々飛び交うEメールの内容も、現場の厚みを物語っていました。勉強会のお知らせだけでなく、抗がん剤予約変更、予約以外の緊急の抗がん剤治療のオーダー、患者さんの治療方針変更の連絡などです。これがなぜ重要かというと、点滴用の椅子・ベッドを確保することと、当日の薬の調合スケジュールに関わってくるからです。一度混ぜた薬は何日も保存できるものではなく、薬によっては非常に高価なものもありますから、オーダーが確定した患者さんにその都度抗がん剤を調整するのです。

 医師から薬剤師への薬に関する質問、例えば「この溶液は保存料として何が入っているか」、「この薬で副反応が起きたら、どの薬で治療すべきか」といった、臨床判断に直結するやり取りもあります。臨床試験(開発段階の薬をヒトで試験すること)に関するお知らせもあれば、先日のタンブラーリッジでの銃乱射事件の後には、スタッフとその家族の心のケアについての案内も回ってきました。ちなみに2月4日はWorld Cancer Dayで、がんについての啓発活動も行われていました。

 私にとって、がんは人ごとではありません。祖母は乳がんのために1960年代に乳房切除を受けました。再発・転移こそしませんでしたが、術後のリンパ浮腫で右腕がひどく腫れ、いつも重そうに抱えていた姿が忘れられません。祖父は口腔底がんを患い、自宅で迎えた終末期には大きな血の塊を吐いていました。そして16年前、悪性度の高い脳腫瘍を抱えて生まれた長男には有効な治療法がなく、この世で長い時間を一緒に過ごすことができませんでした。こうして並べると、大変ながん家系ですねと思われるかもしれませんが、本当にその通りで、特にこの歳になると次は我が身かと心配になってきます。しかし、これらの記憶と経験こそが、がんという病気に正面から向き合う力を私に与えてくれ、医療者としての原点になっているのもまた事実です。

 今回の実習を通して、がん=不治の病というイメージは、もう昔のものになりつつあると実感するようになりました。私と同年代の友達が大腸がんや乳がんの治療を受けた後、元気に生活している姿を目にすることが増えたからです。もちろん、ケースバイケースですから、うまくいかないことがあることも事実です。それでも、がんは今、種類や進行度、発見するタイミングによっては治療可能、あるいは長く付き合う病気へと変化してきています。

 そして、その変化を支えているのは、薬の進歩です。特にこの10年で、がんの治療薬は、抗がん剤という一言では語れなくなりました。従来の細胞障害性抗がん剤に加え、分子標的薬や免疫療法、そしてがんゲノム医療という新しいアプローチが加わり、その幅はかつてとは比べものにならないほど豊かになりました。

 がん治療の手段を整理すると、大きく三つの柱から成り立っています。外科的手術、放射線治療、そして薬物療法です。この三つを、がんの種類や進行度に応じて組み合わせながら治療を組み立てていくのが、現代のがん医療の基本的な考え方です。

 まず外科的手術は、腫瘍を物理的に取り除く古くからの治療法です。胃がん、大腸がん、乳がん、肺がんなど多くのがんで今も治療の中心を担い、近年はロボット支援手術や内視鏡手術の精度が上がり、体への負担も格段に小さくなりました。放射線治療は体を切らずに放射線でがん細胞を死滅させる治療で、ピンポイントでの照射技術も進み、より精密に照射できるようになりました。

 そして最近最も大きく変わったのが薬物療法です。従来の細胞障害性抗がん剤に加え、がん細胞の特定の異常だけを狙い撃ちにする分子標的薬、患者さん自身の免疫力でがんと戦わせる免疫チェックポイント阻害剤、ホルモンを栄養に増殖するタイプのがんに使うホルモン療法、そして患者さんのがんの遺伝子を詳しく調べてその人に合った薬を探すがんゲノム医療まで、治療の選択肢は大きく広がりました。

 例えば乳がん治療の場合、ホルモン受容体やHER2、Ki-67といったバイオマーカー(指標)を詳細に調べ、さらにBRCA1/2といった遺伝子変異の有無を把握し、その結果をもとに治療を選びます。ホルモン受容体が陽性ならホルモン療法、HER2陽性なら分子標的薬、BRCA変異があればがん細胞のDNA修復の仕組みを利用して、がん細胞だけを選択的に死滅させるPARP阻害剤を使うといった具合です。同じ乳がんでも、がんの性格によって使う薬はまったく異なり、いわばオーダーメイドの医療が行われているのです。

 一方で、患者さん一人ひとりの診断から治療への流れをまとめたカルテを読んでいると、百人いれば百通りのストーリーがあることに気づかされます。同じ「乳がん」という診断名であっても、それまでのリスクファクターや、既往歴、治療方法、治療後の経過はまるで違ってきます。ある人は治療が奏効して回復し、またある人は転移が追いかけてくるという感じです。

 特に感情的になるのは、未来ある若い患者さんの記録です。まだ小さな子どもがいるお母さんやお父さん、これから結婚のような人生の大きな節目を迎えようとしていた人など、がんは年齢も立場もこれからの夢も関係なく訪れます。例えば、3人目の子供の出産時に母親にがんが見つかったなど、多くのケースに触れれば触れるほど、医学の言葉では割り切れない、なんともいえない感情に襲われます。自分が今ここで息をしていることは当たり前のことなのだろうか、がんとは一体何なのかといったことを、改めて考える機会ができたのは非常に貴重な経験でした。

 治療の選択肢が広がり薬の種類が増えたからこそ、患者さんが必要とするサポートも、かつてとは比べものにならないほど複雑になっています。分子標的薬の副作用管理、免疫療法中の体調変化、複数の薬が重なる相互作用の確認など、それらすべてに薬剤師としての目が必要とされていることに、使命感を感じました。

 では、(転職しないとして)私が現在のコミュニティーでの仕事を続けたとき、薬局薬剤師に何かできないだろうかという問いが、ずっと頭を巡っていました。自分が勉強を続ければ、がん専門病院が近くになくても、患者さんの言葉に耳を傾け、薬の知識を持って寄り添うことができないだろうか。この問いを持ち続けることが、地域でがん患者さんを支える第一歩なのかなと、今は思っています。

 次回はより具体的な薬の話をしてみます。

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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