日加トゥデイ読者の皆様、こんにちは。カナダ西海岸も、だいぶ夏らしくなってきましたね。
私が数年前から学位取得に励んでいることは以前もお話ししましたが(第18回「ベテランになっても学び続けます!」2025年1月掲載)、1ヶ月単位で通常業務の休みを取る必要がある実務実習をこなすためには、自然とペースが落ちてしまい、卒業はもうちょっと先になりそうです。それでも、今年は2回の実習を行い、普段とは異なる分野の薬物治療や薬局の運営システムを学ぶ機会は新鮮で、多くの刺激を受けました。実は、今月(6月)、バンクーバーにあるMacdonald’s Renal Pharmacyで実習を行いましたので、この薬局について皆様にご紹介したいと思います。
専門領域のある薬局というのは滅多に見つけることはありませんが、その一つがMacdonald’s Renal Pharmacyです。こちらの薬局は、州レベルで腎疾患の診療・治療ネットワークを統括する公的機関「BC Renal(ビーシー・リーナル)」と専属的に連携しており、BC州全体の慢性腎臓病(CKD:Chronic Kidney Diseaseの略)患者さんに対して、遠隔から専門的な薬物治療の管理を行うという、非常に特徴的な業務形態をとっています。
つまり、一般的な地域薬局とは大きく異なり、患者さんが直接来局されることはほとんどない代わりに、様々な医療機関からファックスで送られてきた処方せんに沿って、ブリスターパックに薬をセットして患者さんに配達するシステムをとっているのです。薬剤師は、処方せんが届いた患者さんに電話連絡をとり、新規処方せんや処方変更の内容等がきちんと伝わっているかを確認し、その上で新しいブリスターパックを作成したり、変更を加えたりします。

ちなみにブリスターパックとは、お薬を飲むタイミングごとに薬を小分けにしているパッケージのことです。例えば「朝・昼・夕・寝る前」など、1日のお薬を時間帯ごとに区切って透明なパックにまとめてあり、曜日や時間が一目でわかるようになっています。薬の種類が多く、服用のタイミングが細かく決められている患者さんにとって、ブリスターパックは飲み間違いや飲み忘れを防ぐことで、毎日の薬の管理の負担を軽くします。
ここで少し腎臓についてお話しすると、腎臓は血圧の調整、体液バランスの維持、老廃物の排出、電解質の調整、骨を丈夫にするカルシウムのコントロール、赤血球生成のサポートなど、多岐にわたる重要な役割を担っています。日々の健康状態を保つうえで不可欠な存在でありながら、状態が悪くなるまでは黙々と働き続け、一度悪くなると元に戻ることはありません。
腎機能が著しく低下した場合には、人工透析や腎移植が必要になります。人工透析には血液透析(hemodialysis)と腹膜透析(peritoneal dialysis)の2種類があります。血液透析は病院や透析センターで週3回程度実施されることが多く、体外で血液を浄化する方法です。一方、腹膜透析は患者さんが自宅でも行える透析方法で、腎臓の状態やライフスタイルに応じて透析の方法を選びます。
慢性腎臓病(CKD)は、その初期には自覚症状に乏しく、知らないうちに進行しているケースも少なくありません。高血圧や糖尿病、肥満、喫煙などの生活習慣がリスクとなるため、日頃の生活の中で腎臓にやさしい選択を意識することが大切です。
例えば、食事では減塩を心がけ、加工食品や外食を控えるようにする、水分をこまめに摂取する、定期的に身体を動かす、十分な睡眠をとる、禁煙をするなど、どれも特別なことではありませんが、これらの積み重ねが腎機能を守る第一歩になります。特に糖尿病や高血圧のある方は、腎機能を定期的にチェックしながら、医師や薬剤師と連携した薬物治療を進めていくことが進行予防に直結します。
腎臓機能の全ての側面をサポートする薬物療法は自然と複雑なものになりがちです。例えば、リンの吸収を抑えるためのリン吸着薬、活性型ビタミンD(腎臓で活性化されるため)、カルシウム製剤、貧血に対する鉄剤、カルシウムや鉄剤による便秘を防ぐための便秘薬、アップダウンの激しい血圧をコントロールする薬、むくみを取るための利尿薬などです。また腎性貧血に対しては、造血を促進するエリスロポエチン刺激薬という注射剤が使用され、定期的に注射を行う必要があります。もちろん、腎臓病以外の疾患の治療薬を併用している患者さんも多くいますので、服用する薬の量は必然的に非常に多くなります。
ただ、そこに薬剤師の腕の見せ所も出てきます。薬によっては、腎機能が低下していると体内に蓄積し、副作用のリスクが高まります。そのため、医師や薬剤師は腎機能を評価し、それに応じて薬の量や種類を慎重に調整するわけです。例えば、一般的に使われる抗菌薬や糖尿病治療薬であっても、腎機能に合わせた適切な薬と量を選ばなければ、有害反応を引き起こしてしまいます。それをチェックするのは、まさに薬剤師の腕の見せ所といえます。
実際に現場で働いてみて驚いたのは、処方変更の頻繁なこと。10剤から15剤もの薬が入ったブリスターパックの患者さんが、毎週のように処方変更されることです。透析の患者さんでは、血圧管理がうまくいかなかったり、電解質のバランスを維持するのがとても難しいのです。数日前に配達したばかりのブリスターパックに、新たな変更が重なっていくのですから、その管理を一手に引き受けるという意味では、Macdonald’s Renal Pharmacyは非常に大きな使命を負っています。
今回の実習で特に印象に残ったのは、患者さんとのやりとりでした。患者さんご本人やご家族が病状や薬について深く理解されており、こちらの説明も的確に伝わっていることを実感しました。それだけに、慢性腎臓病のケアにおいてチーム医療がしっかりと根づいており、薬剤師もその一員として重要な役割を担っていることの重みをあらためて感じました。
腎臓病は、誰にでも起こりうる可能性のある身近な病気です。一度悪くなってしまった腎臓の機能は元に戻りませんから、早期の予防と進行抑制を意識した生活を心がけていただければと思います。定期的な健康診断で腎機能をチェックし、気になることがあれば早めに医師や薬剤師にご相談ください。
*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca
佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)
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